ダンゴムシとお箸もよ?!

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  • 最近は各地で大きな地震が発生しています。
    もしも地震が発生した場合、どのような対応をすればいいかわかりますか?
    思わずパニックになって騒いだり、走ったりしそうになりませんか?

    子供の頃は定期的に学校で避難訓練が行われていたかと思いますが
    大人になった今はどうでしょう?
    意外とパッと具体的な答えが出てこない人も多いと思います。

    そこで今日は子どもたちが幼稚園で教わってきた地震発生の際の大事なポイントをお伝えします。

    まずは揺れがおさまるまで、安全な場所で「だんごむしのポーズ」
    机やテーブルの下にもぐって、だんごむしのように頭も体も丸めます。
    手でしっかり頭を守りましょう。

    揺れがおさまってから、安全な場所に避難します。
    このときのポイントは「お・は・し・も・よ」です。
    「お箸?」と思われるかもしれませんね。

    「お」は「押さない」
    「は」は「走らない」
    「し」は「しゃべらない」
    「も」は「もどらない」
    「よ」は「よく先生の話を聞く」
    だそうです。

    頭ではそんなことわかってる、と思っていても
    いざ実際に大きな揺れがきたときは冷静な判断ができず
    これらのポイントを忘れてしまいがちです。

    この「おはしもよ」を教えてくれた幼稚園では月に1回必ず避難訓練をします。
    地震に限らず、火災のときなども想定して行われています。
    子供たちの方が大人よりしっかりとした防災意識があるかもしれませんね。

    地震はいつ起こるかわかりません。
    今日帰宅したら早速家族みんなで話し合って、いざというときに備えましょう!

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    自然について子どもに教えることの大切さ

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  • 野山がまったくない建物ばかりに囲まれた街中は、子どもに自然について教える機会がなかなかありません。人は自然と共生しなければいけないのですが、それをついつい忘れてしまいます。普段の食生活にスポットを当てればわかることですが、自然の恵みがなければ人は生きていけませんよね。そんな根本的なことを子どもに教育するには、どうすれば良いでしょうか?

    今の子どもは自然のおもしろさに興味がまったくないのではないかと不安にななるかもしれませんが、そんなことはありません。野山や川に子どもを連れていけば、喜々としてはしゃぐ姿が見られます。子どもはおもしろそうなことや目新しいことに興味を向けますので、スマホやテレビやゲームだけではなく、野山や川にもおもしろそうなところがあれば、それで興味を持ってくれるんですよね。

    野山や川などの自然には、植物が自生してたり、天然の動物がいますよね。それを見せてあげるだけで、子どもに自然と向き合ってもらって教育するチャンスです。教育といっても難しくとらえる必要はなく、ただ遊ばせてあげるだけでも効果的だと思いますよ。

    どんなに都会のコンクリートジャングルで生活していたとしても、電車や車で1時間も移動すれば自然の残っている場所へは簡単に行けます。そうでなくても、自宅から徒歩の圏内で自然豊かな場所があるという人もいるでしょう。自然と触れ合うことは子どもだけではなく私たち大人にとっても良いストレス解消になりますし、家族との関係を深めるためにも頻繁に経験していきたいです。

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    できる人は、1日1食を実践

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  • みなさんは、1日1食って聞くとどのようなイメージをお持ちになりますか。

    おなかが空いて、元気がでない。とか栄養失調になってしまう。とかマイナスなイメージをお持ちになるかもしれません。
    私も「船瀬俊介さんの、できる男は超小食」という本を読むまでは、そのような気持ちをもっていました。

    実は、世の中で、活躍している人で1日1食の人が結構いるんですよ。
    例えば、タモリさん。いいともで活躍している時も、タモリさんが休んだのは、ゴルフによるけがによるもので、体調不良によるものは1回もなかったそうです。
    ビジネス界では、ジャパネットの元社長のたかたさんや、星野リゾートの社長も1日1食だそうです。星野さんは、1日1食でないと、発想が重くなるとすら言っています。

    なぜ、活躍する人たちが、1日1食を選ぶのか。
    理由はいろいろありますが、代表的なものを3つご紹介させていただきます。

    1つは、食事を少なくすることで、消化に使用する体力を使わずにすむということです。
    みなさんの中にも、忙しくて昼ご飯を抜いた経験があると思いますが、意外に食べない方が眠くならず疲れなかったというのがまさにこれです。

    2つめは、短眠になるということです。消化に体力を使わないので、体力の回復が早くなるためです。

    3つめは、腸が休まることで、健康管理に役立つということです。腸は第二の脳と言われている非常に重要な部分であるので、腸をしっかり休ませることは、風邪予防など健康につながっていくということになります。

    1日3食食べなければ、健康を維持できないと、私たちは子供のころから家庭科の授業などで学習してきましたけれども、必ずしもそれが正しいとは言い切れないという時代が来ているように思います。

    1日1食のすべて正しいとは思いませんが、昔から当たり前であると思われたことに、疑問をもつことは間違いではないよう思いましたのでお話しさせていただきました。

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    会社の規則やルールやマナーの教え方について

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  • 会社は集団生活の場ですので、さまざまな規則やルール、それに知っておいて欲しいマナーが存在しますよね。入社して何年も経つベテラン社員なら、規則やルールやマナーについてある程度は頭に入っているはずです。

    しかし、新しく入ってきた社員は、そうではありません。今は新卒の新入社員のみならず中途採用で採用される社員が数多くいます。そんな新しく入ってきた社員からすれば、会社の規則やルールやマナーについてまだよくわかっていませんから、まわりの社員がしっかりと教えていかないといけないですよね。

    会社では新人教育の場がしっかり設けられていますので、そこですべて教え切るのがベストです。マニュアルはもちろんのこと、口頭でも伝えられます。ただ、1回聞いてすべて覚えられる人の方が少ないでしょうから、新人教育の場だけで会社の規則やルールやマナーがすべて伝えられると決めつけるのではなく、日々の仕事の中で少しずつ教えていかなければならないという意識を持ちましょう。

    規則やルールやマナーが守れていない社員は、仕事の面においても不利になってしまいます。それが故意ではなく単に知らないだけでも、どうしても責任が生じてしまいます。それは事前にしっかり教えてあげられていれば防げることですので、まわりの社員が気をつけて教育するべきですよね。子どもではありませんから何もかも手取り足取り教える必要性はありませんが、規則やルールやマナーのような会社で働くうえで基本的なことはしっかり伝えるのが先輩社員の役目だと私は思います。

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    見守るだけで人は育つ

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  • ある小学校の話です。各クラスごとに花壇があり、先生とともに種植えをしました。先生はその後何の指示も出しませんでした。児童たちが自分達で考えて、どうやって花壇の花を育てていくのか見守ることにしました。

    花壇は教室から見える位置にありました。次の日の朝、1人の児童が水やりに行きました。花壇は1人で水やりするのは大変だったので時間がかかってしまい疲れて帰ってきました。その次の日も同じ児童だけが水やりをしました。

    しかし、その次の日から水やりに行かなくなりました。1人でしていて嫌になったのでしょう。他の児童はその時間遊んでいるので、自分だけがしんどい思いをしているのがやりきれなかったのでしょう。ですが、花壇のことが気になり、窓から花壇ばかりを見ていました。そんな様子に別の児童が気づきました。そして、花壇のことを思い出して、水やりに行くようになりました。それを見た最初に水やりをした児童も嬉しくなり、また行くようになり、2人でいっしょにするようになりました。

    それに他の児童も気づき、何日かすると全員で水やりをするようになりました。その後、しばらくそのような状態が続きましたが、段々児童達も毎朝するのに飽きてしまい、また全員ですると花壇に水をやり過ぎていることが分かる様になりました。

    児童達は話し合いをし、順番で水やりをすることにしました。そうしている内に花を育てるには水やりだけでなく、雑草を抜いたり、肥料をあげる必要があることに気づき、さらに役割分担をしました。

    先生はこの間何もしませんでした。ただ教室から花壇にいる児童たちを見守るだけでした。花が咲いた時、児童達はとても喜んだそうです。

    人を信じて、指示を出さず、見守るだけの教育も時には大事であると思いました。

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    「江戸しぐさ」と懐古主義

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  • 皆さんは「江戸しぐさ」を知っているでしょうか。
    江戸時代の商人たちによって作られたマナーのようなものだと言われています。
    公共広告機構のCMの題材となったり、教科書に掲載されたり、自治体が広報誌に載せたりしたこともあるため、その名を目にしたことのある方も多いのではないでしょうか。

    しかしこの江戸しぐさ、実際には江戸時代から存在しているわけではなく、近年になって作られた歴史的根拠のないものだと批判されています。
    そもそも江戸しぐさが存在していたという歴史的資料など存在しないのです。

    道ですれ違う時濡れないように傘を傾ける「傘かしげ」や、非喫煙者がいる場所ではタバコを吸わない「喫煙しぐさ」など、江戸しぐさの中にはマナーとしてはおかしくないものも含まれています。
    しかしそこに「江戸時代に行われていた」という歴史の捏造を付け足してしまったことが問題なのです。

    単にマナーを啓発すればいいのに、何故そのような捏造をしてしまうのでしょうか。
    また、教育に携わる人間や自治体ですら、真偽の怪しい江戸しぐさに飛びついてしまうのは何故なのでしょうか。

    私はその理由には、懐古主義があると思います。「古き良き」とか「昔は良かった」という感覚です。
    確かに、昔の人の行動から学べることはあるでしょう。しかし、それと過去を無条件に肯定することは違います。
    ましてや、実際に存在しなかったものを捏造していいはずがありません。
    過去の歴史と向き合う時は、偏った見方をしないように冷静な目線を持つことが大切だと思います。

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    セキセイインコは人間の行動を観察し実行している

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  • 我が家には最大6羽のセキセイインコがいました。現在では老衰などで死んで3羽に減っています。このインコたちですが、飼っているとインコの中には賢いインコがいます。

    まず一番賢いインコは私が餌を変えるときなどを良く観察しています。エサを差し込むところの窓を上にスライドさせてエサ入れを交換するわけですが。このスライドが一か所引っかかる場所があって、上げすぎると引っかかって開いたままになるのです。これを見ていたインコは、くちばしでスライドを何度も何度も上に上げていました。そしてスライドが引っかかるとカゴの外に出てきます。ここからがまた凄いのです。庭に飛んで行っても決して遠くまで行きません。こちらが困って追いかけると逃げません。カゴの扉を開けて目の前に置くとカゴに入るのです。

    つまりこのインコは人間のやっていることを観察し、カゴから出る方法を知り、実践し出て行きます。しかし、飼い主といる方が餌に不自由しないので決して逃げないのです。

    もう1羽は逃げ出さないようにフック式のカゴにいれています。このインコも金具を回してフックを外して扉を開ける私の仕草を観察して、くちばしでフックを回して自分で出るようになりました。そして先輩インコの真似をしているのか、このインコも決して逃げ出しません。カゴの扉を開けて呼べばカゴに戻ります。

    インコを例にするのはおかしいかも知れませんが、人間のやっていることを観察して、自分でやっているという事は、私たちの仕事でも同じです。仕事は教わるものという人もいますが、私は出来る人の仕事を見て盗むものと思っています。これは作業でも、営業でも、商談、電話の応対などでも同じです。一人前になっても、他の人の仕事を見ていると、目から鱗が落ちることがあります。このような事から今後も他人の仕事を観察したいと思います。

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    良いこと悪いことをしっかり言える自分でいることの大切さ。

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  • どんなに世の中が変わっても、変わってはいけない心の話しをたいと思います。

    今は色んなこどか沢山おきてます。事件や事故なども、まるでテレビドラマのようなことが現実でおきています。そして、それは、減ることをしないです。
    今まで起きることはないはずの、スポーツの世界でもおきています。そして、高齢者の車の事故などもです。

    そんな沢山のことがおきていて、一番に感じないたらいけないことは、その事を聞いて、みて、それがいいことなのか、悪いことなのかをしっかり自分で声に出さないといけないと思います。人が言わないから、自分も人に意見に合わせていればいいというその気持ちが一番良くないと思います。

    白か黒かをつけるのではなく、良いことと、悪いことをきちんと言葉にすることこそが、仕事でのミスや、ミスを見落とさない自分になれると、思うのです。

    良いこと、悪いことをきちんと言える人であることは、全ての今の世の中でおきている事件が起きなくなることにもつながると思います。それは悪いことだからしない。その気持ちがきちんとわかっていれば、学校や、会社などでも行き場がなくなっている人がいたら、その人のために声を出せる自分になれると思います。みてみないふりをすることは、同罪です。だから、ちゃん良いこと、悪いことをきちんとわかること、そしてそれを声に出せる自分になること。これが一番大切な心だと思います。

    その気持ちをそれぞれが持っていたら、会社のの仕事もしっかりできて、仕事に責任を持ってしっかりやっていく自分につながると思うので、自分の向上のためにも、良いこと悪いことをしっかりわかる自分になっていきたいと思います。

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    わからない事を聞く勇気の必要性

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  • IT革命と言われるように、通信に関する機器やソフトは年を追うごとに飛躍的に進んでいます。1990年代にパソコンが導入された会社が多かったと思います。当時はパソコンは一部の人が使っているくらいで一般的ではありませんでした。2000年に入ると、パソコンがほぼどの会社にも導入されました。そして事務処理や発注処理、伝票処理などがパソコンで行われ、手書きの作業は極端に減りました。そして今の時代は事務所ではパソコン、出先ではスマホやタブレットを活用する時代になりました。
    パソコン導入期から、パソコンにすぐ馴染む人、馴染めず触ろうともしない人がいました。すぐ馴染む人には2種類いて、パソコンが好きで自宅でも常に操作している人達は、会社でも率先して携わっていました。もう一つのパターンはパソコンは触ったこともないのに、パソコンを使えるようになる為に、わからないことを会社内の詳しい人に気軽に聞ける人です。上司、同僚、部下に関わらずわからないことは人に聞くというスタンスの人は覚えも良く、上達も早く、パソコンにすぐ馴染めました。
    では馴染めない人はどうかというと、何かに理由をつけてパソコンの前に座りません。教えようとしても聞こうともしません。しかしよく考えると、このタイプの人は人の話を聞かないとか、自分の言いたいことだけ言うタイプが多いと思います。ザックリいえば聞くのが恥ずかしい恥ずかしがりやだと思います。自分にプライドがあるため、こんなことも知らないのか?と思われるのが嫌なタイプだと思います。
    しかし、会社内で働く以上は、社長であってもわからないことは聞くべきだと思います。聞かずにわからないまま、勘違いのまま物事が進めば大変なことになる危険性もあります。人の話をよく聞く人、わからないことは必ず聞く人は人間関係もうまくいっています。
    決して恥ずかしがらず、聞く勇気を持つことこそが、自分のため会社の為になることだと思います。私もどしどし質問しますので、迷惑がらずに答えてください。

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    新しい社員の教育や育成であると便利なのはマニュアル

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  •  新入社員や異動してきた社員に仕事のことを教えるのは、簡単なようでいて難しいものです。新入社員や異動してきた社員は、配属された部署のことをまだよくわかっていません。特に新入社員の場合、新卒だったら社会に出て働くことが初めてのケースもあります。そんな新入社員をはじめとした社員への教育や育成は、非常に重要だと思います。そこで満足に仕事を覚えられなかったら、働くことへの意欲低下につながりかねません。ですので、どのようにして新入社員や異動してきた社員に仕事を教えるのか、それはとても大事です。

     教育や育成について私が心がけているのは、基本的で当たり前な部分も省かず教えるというものです。長く同じ部署にいれば、その部署の基本的な仕事は意識しなくてもできるようになります。それは、仕事に慣れているからに他なりません。しかし、新しく部署に配属された社員は、基本的なことがわからないことも往々にしてあります。そして、もしもその基本的な部分を省いて仕事の説明をしてしまったら、理解できなくて苦しむかもしれません。

     この問題を解決するのに効果的なのが、マニュアルの作成です。マニュアル通りの仕事についてはよく批判の対象にされがちですが、それでもマニュアルの作成は決して無駄になりません。マニュアルによってその部署で働くうえでの下地が身につけば、大きな不安なく仕事に取り組めます。ですので、社員教育を行うためにマニュアルを作成しておくことは大事だと私は思います。

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    人から学ぶ姿勢

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  • 私は愚痴や悪口をつい口にしてしまいます。

    最近、アメリカの思想家エマーソン「私の会う人はすべて、必ず何かの点で私より勝っている。私はつねにその点をその人たちから学ぶことにしている」という言葉を知り、はっとしました。

    これからはぜひ「相手から学ぶ」という考えを取り入れてみたいと思っています。
    あんな人から学ぶ事はないと思う人でも、反面教師と考えれば、「なるほど、あの人からも学ぶところがある」という気持ちに落ち着くことができ、少なくとも悪口を言いたい気持ちが治まります。

    大人になると、人から学ぶのが難しくなります。しかし人は、学歴や年齢に関係なく、どんな人でも必ず何かの面で優れたものをもっている、という事実を受け入れたいです。
    優れていると感じる内容は、知識や技術に限らず
    この人はいつもマイペースを崩さない人だな
    この人はいつもセンスのいいネクタイだな
    この人は会議の進行が上手だな

    など、小さな特徴でも、本気で他人のいいところを探しはじめてみると、だんだん探すのが楽しくなってきました。
    「自分以外の人間は、すべて自分の先生だ」

    誰に会うときもそういう意識を持っていれば、ちょっと意地悪な発言にムキになって反論したり、仕事が遅い人をバカにしたりすることもなくなります。

    誰でも自分にはないものをたくさん持っています。これから人と話すときは、その相手を「好き」か「嫌い」かで判断するのをやめ、誰と会うときにも
    「この人は私に何を教えてくれるんだろう」という気持ちで、会話の場面に臨みたいと思います。

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    安易な猿真似ではなく自己をベースとした発展を

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  • 本日は「邯鄲(かんたん)の歩み」と言うお話をしようと思います。
    邯鄲の歩みは、古代中国の思想家「荘子」の著書「荘子」に記されている説話です。
    その昔、燕(えん)と言う国に住む青年が外国の趙の首都、邯鄲の洗練された歩き方に憧れ、自分も習得しようと邯鄲に留学をしました。

    しかし結局その青年は邯鄲の洗練した歩法を習得できず、そのうえ自分の故郷の歩き方も忘れてしまったというお話です。

    つまりこの話は、「安易な他人の技術の模倣は、大抵の場合は中途半端な結果に終わり、所持していた技術を喪失する原因となる」事を警告しているのです。

    「カッコイイな」「素敵だな」という憧れを抱くことは向上心につながるため、決して悪いことではありません。

    自分のやり方でゴリ押し、独りよがりになり、周囲からの意見を受け入れない態度も考え物ですが、安易に他人の模倣をしても結局猿真似程度で終わってしまうものです。

    少々話は変わりますが皆さんは「桜梅桃李」という言葉をご存知でしょうか。

    桜、梅、桃、李(スモモ)、これらは全て美しい花を咲かせる植物です。

    どの花も美しいですがそれぞれの花は簡単に区別できる、つまりそれぞれに個性があるのです。

    「桜梅桃李」とは「桜には桜の、梅には梅の、桃には桃の、李には李の美しい花が咲く。桃の花が梅の花になる事が出来ないように、安易に自分の性質を変えようとせず、自分らしさを大切にすべきだ」と言うメッセージを我々に送っているのです。

    もし、自分の技術や性質で解決困難な課題にぶつかった時は安易に他者の猿真似をするのではなく、「自分」をベースに少しだけ「他者」を参考するに留めるべきであると私は考えています。

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    「みんな」「普通は」にだまされるな

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  • 人間は「集団行動」を生存戦略として選択した、いわゆる社会的な動物です。

    集団行動の最大メリットは「他者のサポートを得られること」、最大のデメリットは「他者の意見に流される事による自分の意思を貫く事の困難さ」にあると思います。

    集団生活では、自分勝手な行為は戒められます。

    しかし、戒め、つまり他人からの苦言の中にはあなたの利益を慮ったものではないもの、つまり苦言を発した者の利益によるものも多く存在します。

    その際、苦言の説得力を高めるために使われるテクニックに「主語の拡大化」があります。

    主語の拡大化とは本来「わたし」だけの者である意見を「みんな」、あるいは「他の誰か」や「世間」に置き換える行為です。

    それはこのように使われています。

    「俺はお前の態度が気に食わない」を「そんな態度じゃ社会でやっていけないぞ」

    「俺はお前に○○させたい」を「みんな○○してるよ?」

    また、会社内に限らず、デモなどでも「日本国民は」や「日本国民を代表して」と大声で自分たちの意見を主張している方もいらっしゃいます。

    これは「私の利益のために私の意見に賛同しろ」といっても他者にはほぼ同意を得られないからです。

    これは日本に限らずヨーロッパでも見られたもので、その中でも特に有名なのが「royal we(君主のwe)」でしょう。

    これは建前上領民の代表である君主が発言をする際、己の意見が領民の総意であることを主張するために、主語を「我々」としたところから生まれた言葉です。

    つまり本来は「私は○○であると考える」と言うべきところを「我々は○○であると考える」と言いかえたのです。

    主語の拡大は他者が意見に反発する事を防ぎ、穏やかな強制力を発揮します。

    しかし、それに安易に同意することは、他者の意見に流され、自分の意思を放棄することを意味し、非常に危険です。

    「皆がやってるから」、「社会ではこうだから」等の幻に惑わされず、自分の意思をしっかりと持つことを心がけましょう。

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    受験シーズンになって思うこと

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  • センター試験が終わり、中学校入試は大詰めと、今年も受験シーズンがやってまいりました。受験生はこんな寒い中試験を受けに行って立派であるなどというのは決まり文句ですが、私もその通りで彼らのひたむきさには頭の下がる次第であります。

    しかし寒さなどよりも余程彼らを苦しめていると思うのは、その目標の設定方法です。この学校に絶対に行きたいというような出会いに恵まれた生徒は良いのですが、大多数はそうではありません。親や塾の講師などの勧めであったり、就職を有利に進めるためであったり、学費が安いからであったり、消去法でそこ以外になかったためであったり、近所で通いやすいからであったり。とにかく100%そこに行きたいだけとは断言できない、逆らえない周囲の流れや家庭の事情などをすり合わせた妥協の結果として志望校を目指しています。

    自分の意思で志望校を目指せなどと言うのは、理想ではありますが全員ができることではないのです。

    そしてだからといって失敗は許されません。中学校と高校受験はそもそも一度きりですし、大学受験も浪人をすれば周囲からは冷ややかな目で見られる可能性もありますし、来年は成功する保障も全くありません。親の期待を受けて、なんとかそれにこたえようと力の抜きどころも分からずに遮二無二突っ走り、その結果学校へ入ってから自分の受験は何だったのかと振り返って思い悩む生徒も多くいます。

    そんな彼らとは異なり、今私は一人の大人として、自分で選択した目的を持って、それに向かって頑張ることができる。この幸せを噛みしめて仕事に臨みたい所存です。

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    犬の成長と共に変わってくる性格

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  • 我が家にはシーズーの親子が2匹います。両方ともオスですが、縁あって交配し生まれたオスを貰ったのです。

    親犬は5か月のころ買ってきました。1歳になるころまではいたずらもしましたが甘えん坊でした。その後1歳を超える辺りから反抗期のようになり怒りっぽくなりました。寝てる時に触ると歯を剥いて怒りました。現在3歳ですが常にマイペースで、気に入らないと怒る性格はそのままです。

    一方子犬は2か月のころ貰い受け、寝るときはゲージを親と分けていました。とにかく甘えん坊で、飼い主をいつも探し、いなくなると泣くような性格でした。この性格は1歳くらいまで続きました。親犬に甘えたりしますが、親犬の気分が悪い時は吠えられて叱られているようでした。1歳くらいまでは何をしても怒らず、なすがまま状態の子犬でした。

    しかし1歳を過ぎるころから親犬の性格に似てきました。寝てる時触ると歯をむき出して怒りはじめ、親犬に対しても歯を剥いて吠えかかります。そして親犬をかわいがっていると、嫉妬心からか親犬にくってかかることもあります。親犬の方は人格というのもおかしいですが、大人になったためか、怒る我が子には全く取り合いません。自分が欲しいものであっても、子犬が欲しがると子犬に取らせます。

    犬も成長と共に性格が変わり大人になって行きます。人間そのままです。厳しくしつけると怒りっぽくなるように思えます。甘やかしても自分勝手で怒りやすくなると思いました。子供を甘やかして3人育てた私ですが、犬も子犬から飼うと我が子のように見えてしまいます。

    特に子犬は親犬にライバル心を持っていますが、親犬は子犬にライバル心は出さずおおらかな気持ちでふるまっているようです。この犬たちを見ていると、自分の性格も見直さないといけない部分も見えてきます。変な話ですが、飼い犬を見て我が身を正すという新しい発見です。

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    ジェネレーションギャップ

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  • 色んな分野でジェネレーションギャップはあります。私たちの仕事の中でもジェネレーションギャップはあります。特に残業や、休日、有給休暇などの福利厚生においては大きなギャップがあります。

    高度成長期のモーレツ社員の時代から、バブル期のイケイケ時代まではサービス残業は当たり前、休めるのは公休日のみ、場合によっては公休出勤もありました。入院しない限り病欠は許されませんでした。有給も入院とかでないと取れないものでした。

    しかし時代と共に変わっています。子供の運動会や誕生日だからと言って有給休暇を取ったり、微熱でも休みます。仕事が残っていても定時には指示しない限り帰ってしまいます。流石にモーレツ社員時代の社員はいないと思いますが、バブル期の社員の多くは管理職となって、部下を持ち何らかの長になっている人は多いと思います。

    ここでジェネレーションギャップが生まれます。平気で休む社員に対し、自分たちの時代は自分や家族を犠牲にしてまで出勤したものだと思ったり、時間ぎりぎりに出勤して、定時に帰る社員に対して、自分たちは会社の為に10時間12時間と働いたものだとかです。しかしこれを強制してしまうと、ブラックとか訴えられたりします。

    昔は会社に絶対服従的だったものが、今は社員の権利が主張できる時代です。つまり、自分たちが昔やったこと部下に押し付けるのではなく、時代にマッチした仕事の与え方をするのがいい上司と言われるのだと思います。私は昔の話は、昔の同僚の間だけしかしないようにしています。

    若手に対しては定時時間内にいかに効率的に仕事をするのが重要だという事を説いて行こうと思います。

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    固定電話と新入社員

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  • 年上の先輩社員と、会社に入ったばかりの20代頃の新入社員とが話をしていると、仕事の面でも、飲み会などの会食の場でも、ジェネレーションギャップが必ず生まれるということは、みなさん実感していると思います。
    数年前には、ファックスの使い方が分からない新入社員が世間で話題になっていたこともあるようです。

    今現在、20代前半の若い世代の場合、ギリギリでほとんどすべての人の家に固定電話があったころだと思います。大学生のひとりぐらしであっても、たいていの人が家に固定電話を置いていた時代というのは、今の大学生からは想像もできない世界なのだそうです。

    この頃の新入社員は、ほとんど全員が会社に入ってから生まれて初めてファックスを使うのだそうで、使い方を先輩社員が指導するのはもはや当たり前になってきました。
    それと同様にここ数年は、会社に入ってから初めて固定電話を日常的に使うようになったという人が増えているのだそうです。

    いまどきの携帯電話は、電話帳に登録している人からの電話なら、必ず発信元がディスプレイに表示されます。ところが、会社に置いてある固定電話というのは不特定多数から電話がかかってきますので、誰だかわからない相手といきなり会話をしなくてはいけません。
    この違いは、若い世代にとってはとても衝撃的なものなのだそうです。

    新入社員のころ、会社の電話をとるのが苦手だった経験は誰にでもあると思います。その壁がさらに厚くなっていると聞き、わたしも電話は苦手だったので、新入社員をすごく応援したい気持ちになりました。

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    福沢諭吉

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  • 12月12日は一万円札の肖像画でお馴染みの福沢諭吉の誕生日だそうです。
    福沢諭吉と言えば「学問のすすめ」中でも「天は人の上に人を作らず人の下に人を作らず」という一節が有名ですが、この続きの言葉をご存じでしょうか?

    そもそもこの一節が意味することは、「人は産まれながらに平等である」ということではなく、「人は産まれた時は平等なのに、どうして賢い人と愚かな人、裕福な人と貧しい人などの差が生まれるのだろうか」という意味で使われ、福沢諭吉が考えた言葉でもなく、アメリカのリンカーンの独立宣言を引用しているとも言われています。

    では、福沢諭吉はこの「どうしてこのような差が生まれるのか」に対してどう答えたのか、その答えが「勉強をしたか、そうでないかが、その差を生むのだ」と書いています。
    だからこそこの一節は「学問のすすめ」という本に掲載されているのです。

    12月は先生も走るくらい忙しいため「師走」と呼ばれます。日々忙しくなると毎日の仕事や家事に追われて何か新しい知識や物事を勉強する、身につけるといったことがおろそかになりがちです。

    しかし、人として成長するためには学問が欠かせないと100年以上も前に福沢諭吉は語っていたのです。

    皆さんもお忙しい時かと思いますが、忘年会等でお札を見ることも多くなることでしょう。その際に少福沢諭吉を思い出して、勉強し、知識を身につけ、福沢諭吉と仲良くなり一万円札が増えるように年末あと少し頑張っていきましょう。

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    よい上司とは

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  • どんな会社にも、新しく社員が入ってくるタイミングというものがあります。
    そのときに既存の社員が必ずぶつかる課題のひとつが、「よい上司とはどうあるべきものなのか」というものではないかなと、わたしは思っています。

    わたしには、尊敬する上司や先輩が、幸いにもたくさんいます。その方々から教えていただいた言葉のなかで、印象に残っているものをみなさんと共有したいと思います。

    それは、「よい上司というのは誰よりもたくさん仕事を担当する人のことを言うのではない。きちんと現場とスタッフを見て、後輩に渡すべき仕事をきちんと分配できる人のことだ」という言葉です。

    これはわたしがまだ学生のころ、当時所属していたアルバイト先のお店で、働いていた正社員の先輩に言われた言葉なのですが、わたしは初めてリーダーを任されて悩んでいたころでした。

    社会人になった今思えば、アルバイトのリーダーなんて、大して大きな仕事を任されているわけでもないのですが、当時のわたしは毎日プレッシャーを感じて、アルバイトの後輩たちが仕事をあまり覚えていなくても、とにかく職場を円滑に回したい!と誰よりも動き回っていました。

    ですがそのとき先輩に諭されたことで、本当によい上司というのは、その人がいなくなっても問題なく職場が運営されていくように後輩を育て、後輩が自分で行動するチャンスをたくさん与える人なのだということに気づきました。

    みなさんも後輩との関係に悩んだときは、ぜひ思い出してみてください。

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    OJT

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  • 今日はOJTについてお話したく思います。

    OJTとはオン・ザ・ジョブ・トレーニングといい実際の作業を先輩に現場で現物を使って実施する訓練のことです。
    外部の講習会や訓練に行ってまたは招いて実施する訓練をオフ・ザ・ジョブ・トレ―ニングといいます。

    OJTは新人教育、不良率を下げるための再訓練、事故を予防するための確認訓練等に、作業標準、作業要領書や作業指示書等をテキストにして実施します。
    新人は作業内容を全く知りませんから1から10まですべてを手とり足とり、品質にとってまた安全作業のための重要ポイントを繰り返し教えます。
    当然この新人は人に教える能力もスキルも、この段階ではありません。

    2回目の教育は1回目で一通り訓練したとして確認訓練になります。
    この段階は作業基準書等の指導書があれば何とか作業ができるはずです。
    さらにステップアップした訓練が次のレベルです。

    作業基準書等のテキストを見ないで指導も受けず一人で一人前の作業ができるかの試験です。
    このレベルになって初めて一人の作業員として会社にまたほかの仲間の作業員に報いることができることになります。
    もしこのレベルに達していない場合は再度指導書と指導員を伴うレベル2段階をおさらいしてもらいます。
    独り立ちがなった作業員を作ることがこのOJTの目標です。

    この上のレベルはと言いますと、自立し独り立ちし指導ができる作業員です。
    このレベルになったならば作業基準書の手直しや改善等ができる立派な人材であると言えます。

    OJTは何ものにも代え難い人材育成の教育システムです。
    自部署全員が指導ができ自立した人材ばかりの職場を目指し、仕事に励んでください。

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