他人を変えられなければ事は進まない

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  • 私はある人から、こういう事を言われたことがあります。
    「過去と他人は変えられないが、自分と未来は変えられる」
    皆さん、この言葉を聞いてどう思うでしょうか。

    皆さんは「変わる」とか「変える」と言う言葉についてどういうイメージをお持ちでしょうか。
    一言で「変わる」とか「変える」とかいってもまずは皆さんお一人お一人自身にとって「いい方向」か「悪い方向」かの2種類がまず浮かぶと思います。

    例えば「自分を変える」と言う面においてならば、自分が成長する、これまで不可能だったことが可能になるなど「プラスの変化」と言えるものとその逆の自分が堕落したり人の道に外れるような「マイナスの変化」になってしまうことがあります。

    では「未来を変える」はどうでしょうか。これはむしろ難しくないかもしれません。「今の自分の生活や世の中の仕組みは本当にこれでいいのか」と言う疑問を常に持ち、「未来はこういうものだ」という固定観念を持たないで社会に向けて行動することが大事だと思います。

    3つ目の「過去を変える」はどうでしょう。これは不可能なことであり、やってはならないことです。自分の過去の過ちについてそれを否定したり、なかったことにするのは人間としてやってはいけないことです。社会に対してもそうです。社会の進歩と言うのは決してまっすぐに進むものではありません。時には間違った方向に進むこともあります。自分に対しても社会に対しても間違っていたことは素直に認め反省し、2度と同じ過ちを繰り返さないためにはどうするべきかを考えるのが人間の英知というものです。

    ここで私は指摘しておかなければならないことがあります。この日本という国は今から70年ほど前までは無残な戦争をしていました。戦争によって日本国民ばかりか周辺のアジア諸国多くの人達の命が失われました。
    ところが、この国にはこういった過去の戦争を美化し、そして日本だけが「一番」などといっている人達がいます。それは大きな間違いです。
    自分の国が絶対的に他の国よりも優れているなどという「優越思想」が戦争の元なのです。お互いの国の事情を理解し、どんな国とも、そしてどんな国の人達とも対等に付き合えるようにすることが無用な争いを防ぐ一番の方法です。

    最後に、「他人を変える」これが一番問題なのかもしれません。でもちょっと考えてみてください。世の中の進歩と言うのは人の心・意識に変化があるこそ進むものなのです。それは決してよい方向とは限りません。悪い方向かも知れません。でもやはり「他人を変える」ことが出来なければ社会は進歩しません。ですから冒頭に述べたある人が私に言った言葉の「過去と他人は変えられないが、自分と未来は変えられる」の中では「他人」については間違いだと思っています。

    皆さん、どうお考えになりますでしょうか。
    私は「他人を変えることができなければ、世の中の事は進まない」と考えています。

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    完璧にするよりも早く仕事を終わらせる方が重要

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  • ビジネスにおいてはいろいろな仕事を任され、それを遂行していくことになりますが、そのときに重要なのはなるべき早く完了させることです。中身はともかくとして、完了しないと始まらない部分というのがどうしてもあります。

    Facebookを作ったマーク・ザッカーバーグは実際に「完璧を目指すよりもまずは仕事を終わらせるべき」と言ったことがあります。それは完了した仕事を評価してもらうことが重要だからです。仕事を完璧にやるよりも実は早く終わらせて、周りからの評価を受ける方が実は大切だったりします。

    というのも、完璧に仕事を終わらせるというのは結局は自己評価でしかないので、完璧になっていない場合が多いからです。誰も文句を言わないほどに本当に完璧にできているならばそれで構わないかもしれませんが、現実的にそういった状況は難しいです。どれだけ自分が完璧にやったとしても、上司やクライアントなどから突っ込まれる部分は少なからず残ると思います。

    つまり、どれだけ完璧にやったつもりでも結局修正しないといけない部分っていうのは残るので、だったらさっさと仕事を完了させてどこが足りないのか?の評価を受けた方が、結果的に完璧に近づくのが早いと思うので、効率的と言えると思います。

    いい加減にやって良いというわけではないものの、完璧よりは仕事を早く終わらせることに重点を置くべきということで、そこを意識していくと良いと思います。自分じゃ気付けない部分に関してアドバイスをもらうことも重要なので、アドバイスを貰って修正をする時間を多くとれた方が良いと思います。

    だから、完璧よりも仕事をなるべき早く完了させるということを優先して、私はこれから取り組んでいきたいと思いますし、そういった精神は社内の多くの人にも持っておいてほしいと思います。

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    どん底からの脱出 スキルアップの重要性

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  • 最近は見なくなりましたが、一昔前の小学校の校庭には二宮金次郎の像がおかれていたかもしれません。
    二宮金次郎、または二宮尊徳は江戸時代の人物です。学校にあった像の影響か、苦しい中でも勉強をする象徴として扱われていました。

    彼の人生を見てみると、経済的な苦労の連続だったことがわかります。
    幼いころに父は散財を重ね、天災のために田畑を損なって復旧のために借金をします。
    14の時には父が死に、16の時に母も失います。しかも再び洪水により田畑を失ってしまいました。

    ある年、田植えで余った稲を用水堀に植えて米一俵の収穫を得ます。
    畑仕事の合間に商家に奉公に出て商売のやり方や家計のやりくりを学びます。
    今風に言えば、副業をしてスキルを上げていったのです。

    復興のための元手を稼ぎ出した金次郎は実家の復興にとりかかります。
    さらには小田原藩の家老である服部家の財政再建を依頼され、5年で成し遂げます。
    数々のビジネスで成功した金次郎は経営コンサルタントとしても抜群の腕を発揮するのです。

    そして、その活躍はついに小田原藩主の耳に届きます。
    藩主は藩の飛び地の経営が悪化していたので金次郎に立て直しを命じたのです。
    ここで金次郎がやった再建策は報徳仕法とよばれます。

    熱心に働き、無駄遣いをせず、将来に向かって投資するというのが報徳仕法の中身です。
    今でも通用する普遍的な考えではないでしょうか。
    ただ貯蓄するだけではなく、自分のスキルアップに投資することはビジネスマンとして成功するのに不可欠です。
    再投資を繰り返すことで、自分という資産を成長させることがビジネスや人生の成功のカギだと金次郎の行動は教えてくれます。

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    鰻の調理に対する格言で気付いたこと

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  • 食への関心が高い人なら「串打ち3年、裂き8年、焼き一生」という言葉を耳にしたことがあるのではないでしょうか。これは、鰻の調理に関する格言です。どれも一人前になるのに長い時間がかかるのだとわかりますし、焼きに関しては一生追求しなければいけないというのですからとても奥が深い言葉ですよね。

    また、ことわざにも「石の上にも三年」というものがあるように、何事も極めたければ一朝一夕で何とかなるようなものではないと先人は伝えています。今はすぐに結果が求められる社会ですから、一人前になるまで待ってられないというケースが増えてきています。また、結果が出ないことですぐに失望してしまう若者も、珍しくないですよね。

    ですが、どんなことでもすぐにその道を究められるということはありません。長きに渡って研鑽を繰り返し、苦難を乗り越えたところにやっと結果がともなってきます。それまでには最低でも三年は我慢しないといけないのですから、今のスピード社会と対極にあるような考え方と言えるのかもしれないですね。

    ただ、長く続けていくことの素晴らしさは、誰もが実感していることでしょう。学生時代を含め少しでも継続的な努力をした人なら、先に挙げた言葉の重みがわかっているはずです。長く続けていれば、その続けた分だけは必ず力になります。それを信じられるかどうかが努力の源になっていきますし、長く続けることを諦めなければいつか日の目を見るという考え方を決して忘れないようにしたいです。

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    縁の下の力持ちの重要性

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  • 今回は「縁の下の力持ちの重要性」について話したいと思います。
    皆さんは「縁の下の力持ち」は基本的に地味な存在と思いがちですよね。
    しかし、その「縁の下の力持ち」があらゆる面で重要になってくる事を忘れてはなりません。
    私はプロ野球が好きなので、野球に例えて話したいと思います。
    プロ野球選手になると、やはりほとんどの選手が、投手だと先発ローテーションに入りたい、野手だとレギュラーとして3番、4番、5番といったクリーンアップを任される選手になりたいと思うでしょう。
    ただ、そういった先発ローテーションだったりクリーンアップといったところは誰もができるのではありません。
    かと言ってそこまでの力がないからと言って、嘆いたり腐ったりする必要は全くありません。
    なぜなら、こういった集団スポーツではそういった選手を引き立てる役目の選手、いわゆる「縁の下の力持ち」も重要な役割であるからです。
    ちなみにその「縁の下の力持ち」は、プロ野球だと投手だと中継ぎ以降のリリーフ投手、野手だと1、2番を打つ選手や下位打線を打つ選手、さらには代打や代走、守備固めで途中から出場する選手がそれに当たります。
    投手だと先発ローテーションは、当然完投や完封を目指して投げるわけですが、当然投げてて球数が多くなったり失点を重ねてしまうと持たなくなるので、リリーフで控えてる投手が当然必要になってくるのです。
    そこで、「縁の下の力持ち」となるリリーフ投手が力を発揮して、チームを勝利に導いたり、仮に負けたとしても先発投手の次回登板に向けてのバックアップをしたりするのです。
    野手でも「縁の下の力持ち」と呼べる1、2番が出塁してお膳立てをする事でクリーンアップは活きてくるし、仮にクリーンアップが打てなくてもその後の「縁の下の力持ち」である下位打線が意外性を発揮すれば、それがチームの勝利につながったりもします。
    さらには「縁の下の力持ち」である控えの野手が代打や代走、守備固めで出る事によって、レギュラー選手だけでは賄いきれない部分を補ったりする事もできます。
    それは一般社会でも同じ事が言えます。
    社長や部長、支店長ら上司だけでは背負いきれない部分を「縁の下の力持ち」である部下が受け持つ事で、それが会社の利益にもつながっていくため、会社が成り立っていくのです。
    なので、自分が「縁の下の力持ち」だからと言って嘆いたり腐ったりせず、自分が上の立場の方々をバックアップする事がチームなり会社を活性化させてるんだという強い気持ちを持って頑張ってほしいと思います。
    そうすれば「縁の下の力持ち」だった時の経験が活かされて、将来さらなる出世にもつながっていく事でしょう。

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    饅頭(まんじゅう)の語源をご存知ですか?

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  • 中国が発祥の地であり、そこから日本に伝来されたと言われている饅頭ですが、その語源を語るには、三国志の時代にまで遡る必要があると言われています。

    その当時、荒れ狂う川に遭遇したときにはその川の氾濫を沈めるためにすべきこととして、信じられていたのが、「人の首を斬って頭を生け贄として川に流す」といった人身御供の風習でした。人身御供というものは、生け贄として、人柱を立てることによって、自然の驚異、すなわち神々のお怒りを沈めてもらおうとした当時では一般的な風習でした。ところが、三国志時代の中国の蜀の国の軍師であった諸葛孔明は、そういった習わしを野蛮であると考えていたため、その代わりに小麦粉をこねて皮として、その中に肉を入れたものを人間の頭に見立てて、川に流し、生け贄の代わりとして代用することで、川を沈めようと試みたのでした。

    そのときに、人間の頭に見立てたそのものに対して「饅頭」という漢字を当てて名付けられたことが、今も私たちが良く知る饅頭の語源となったと言われています。

    甘くて美味しい饅頭ですが、そもそもの由来をさかのぼってみると、じつは、恐ろしい歴史の副産物であったことが分かりました。歴史を紐解くと、史実に忠実であるかどうか、諸説のあるものが珍しくありませんが、諸葛孔明の頭の良さと咄嗟の機転の利いた対応によって、多くの人民の命が救われたということは、何物にも代えがたい、目から鱗が落ちるような出来事であり、リーダーシップが発揮された出来事であったと言えるのではないかと思います。

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    人間は自分を守ってくれる人に従う

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  • 16世紀の思想家にマキャベリがいます。
    マキャベリといえば、手段が目的を正当化するなど手段を択ばない印象が強いかもしれませんが、
    人間心理を深く洞察した人間観察の達人でもありました。

    時に、そのセリフは遠慮がなく直線的になります。
    「人間は自分を守ってくれなかったり、誤りを正す力もないものに対して忠誠であることはできない。」
    これは、上司として部下を束ねていかねばならない人にとっては十分心しなければならないことです。

    どのような組織の人間であれ、一個人としてはその力はたかが知れています。
    多くの人と一緒に仕事をし、信頼関係を築くことで個人の力は高まっていきますが、
    それに重要な役割を果たしていくのが上司です。

    ドラマや小説などで部下の失敗をかばい自らが盾となる上司が描かれます。
    実際の職場でもそういった責任感のある上司はいるかもしれません。
    ですが、大事なのはそこからです。失敗した部下を放置しているとまた同じ失敗をしてしまいます。
    どこがよくて、どこが駄目だったか適切に指摘する必要があります。

    最初は嫌がられ、敬遠され、場合によっては衝突するかもしれません。
    ですが、その過程を乗り越えなければいつまでも部下は「青二才」でとどまってしまうかもしれません。

    徹底的に育て、力をつけてきた部下に対しては全幅の信頼を寄せて仕事を任せる。
    そういった上司は部下からの熱い尊敬を獲得できるでしょう。そのために、必要以上に駄目だしを恐れてはいけないのです。

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    量より質が大切

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  • “Quality is more important than quantity. One home run is much better than two double. “
    “量より質が重要だ、2本の二塁打より、一本のホームランのほうがずっといい“

    これは、世界のブラント「アップル」を築いたスティ-ブ・ジョブズさんの言葉です。

    効率よく成果を出していく事が、これからの社会に重要であることを世界のスティーブは既に知っていたのです。ただ、長い時間仕事をしたから認められるという時代は終わっているのです。

    これからは、いかに与えられた時間を有効に使い、最大の結果を出すかを見出せる人間が勝つ時代なのです。その為には、仕事の内容を理解した上で、結果を出すためのノウハウを常に学ぶ姿勢を持つことが大切であると思います。

    全ての人間に平等に与えられた時間を、いかに有効に使うことが出来るかが勝負の決め手になるのだと思います。

    その為にも、これからの時代は仕事に対する姿勢を根本的に見直していくことが重要であるのではないかと思います。

    会議の運び方、マニュアル作業のシステム化、会社全体の意識改革など、課題は多くあると思いますが、より充実した環境を作り上げるために、常にアイディアを出し合い、話し合いをする環境を整えていくことが、成功への第一歩になるのではないでしょうか。

    ただ時間を過ごすのではなく、常に仕事の効率を上げる為にしなくてはいけない事を意識して、与えられた仕事に取り組んでいこうと思います。

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    自分の機嫌をとろう

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  • 最近Twitterで、「自分の機嫌を自分でとれず、人に当たり散らしている人は大人とは呼べない」という内容のつぶやきを見かけました。電車やバスでわざわざ人に舌打ちをしている人や、ファーストフード店やコンビニで店員さんにひどい言葉を浴びせている人を時々見かけることがありますが、まったくその通りだなと思うのと同時に、自分の行動はどうだろうかと、ふと思い返しました。

    たとえば、朝の電車で嫌なことがあったとき、出社したときのあいさつをいつも通りの笑顔でできなかったことはないでしょうか。あるいは、その日はいつもなら怒らないような小さな他人のミスが妙に目について、怒るほどではないちょっとした不注意について誰かに怒ってしまったことはないでしょうか。必要なことであれば、誰かを注意したり叱ったりするのはもちろん必要なことですが、自分の機嫌に任せて誰かを怒ってしまった経験がまったく無い人はいないのではないかと思います。

    それらの経験を思い返したとき、「自分の機嫌は自分でとる」ということをしっかり心に刻んでおかなくてはいけないと改めて思いました。そのために、最近は何か嫌なことやイライラしたことがあったとき、発言する前に5秒数えることを心がけています。カッとなった勢いで言った言葉が正しかったことはあまりないなと思いますし、一瞬時間を空けるだけでも自然と落ち着いた発言ができます。
    まだまだ完璧な人間には程遠いですが、大人らしく振舞うことで、より一人前に近づきたいと思っています。

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    引き寄せの法則について

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  • 引き寄せの法則という言葉は、幾度となく目にしたことがあるという人がほとんどではないでしょうか。
    本屋に行けば、スピリチュアル関連のコーナーには必ず引き寄せの法則の本が置いてあります。
    また、インターネット上でも、スピリチュアルな記事は多く目にすることがあります。

    さて、ここでは、引き寄せの法則の効果の信憑性についてあれこれ言うことはありません。
    それは、私が言うことではなく、それぞれの人が自分の人生の中で実感していくことだからです。

    私の実感としては、引き寄せの法則というものはあると感じています。
    しかし、それがすべての人に当てはまるのかはわかりません。

    引き寄せの法則をやってみようという人は、こういう点でワナにはまらないように気をつける必要があると思われます。
    それは、プラス思考をしなければならないと思い込むあまり、不安に陥ってしまうということです。

    プラス思考は素晴らしいことですが、それは無理矢理引き起こすものではありません。
    プラス思考でなければ、悪いことが起こるのではないかと心配をし過ぎるというのも、良い状態ではありません。

    結局のところ、人事を尽くして天命を待つ、といった心意気が健全なのではないでしょうか。
    引き寄せを信じてプラス思考に無理矢理自分を持っていっても、実際の行動を起こさなければ幸せは掴みとれないという側面があります。

    何事もバランス感覚というものは重要です。
    歯を食いしばって必死になることも人生ありますが、気負いすぎるのもよくないということです。

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    沖縄の助け合いの精神「ゆいまーる」

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  • 先日、週末を利用して、1泊2日の沖縄の旅に出かけて来ました。
    私は、何度か沖縄を訪れているのですが、今回の旅はいつもと違う経験が出来たので、皆さんにお伝えしようと思います。

    沖縄での移動手段は、毎回レンタカーを利用しているのですが、何度か訪れるうちに、だいたいの行きたい所は行き尽してしまいました。
    今回はカーナビを利用せずに、思うままに車を走らせてみようと、特に目的地を決めずにドライブを楽しみました。

    最初のうちは、天気にも恵まれ、海を眺めながら快適なドライブだったのですが、だんだんと雲行きが怪しくなり、とうとう大雨が降ってきて、視界も悪くなってしまいました。
    さらに運の悪いことに、雨に気を取られているうちに、いつの間にか農道に入ってしまい、舗装されていない道を走っていました。
    大雨の中、舗装されていない道を走った経験がないので、不安な思いで、元の道に戻ろうとしたのですが、泥にはまってしまい、車が前に進まなくなってしまったのです。

    今回、気ままな一人旅で、誰の助けも借りることが出来ず、大雨の中、一人で悪戦苦闘していると、近くのさとうきび畑から、合羽を着た60代くらいの男性が出てきました。
    男性は、困り果てている私を見て、笑顔で「私のトラクターで引っ張ってあげるから、大丈夫だよ。」と言ってくれました。
    男性のトラクターであっという間に、泥から抜け出し、私は男性にお礼を言ったのですが、男性は、また笑顔で「当たり前のことしただけさぁ。ゆいまーるだよ。」と返してくれました。

    「ゆいまーる」という言葉は、初めて聞いたので、思わず聞き返すと、沖縄では、助け合いの精神を「ゆいまーる」と言うのだそうです。
    ゆいは、「結」、まーるは、「順番」という意味で、それを聞いた私は、とても素敵な精神だなと感動してしまいました。

    さらに男性は、「いちゃりばちょーでー」という言葉も教えてくれました。
    一度会えば、みな兄弟という意味だそうです。
    沖縄の人は、人と人の繋がりを、とても大切にしていると、男性は話してくれました。

    都会になればなるほど、出来るだけ面倒なことには関わらないにする傾向があると感じることがあります。
    私も、困っている人を見かけても、見なかったふりをした経験があります。

    でも、実際に自分が困った時に、見ず知らずの人に助けてもらって、こんなにありがたくて、嬉しい気持ちになるものなんだと感じることが出来ました。

    どこの誰かも分からない私を、大雨の中助けてくれた沖縄の男性のように、私も誰かに手を差し伸べられるような人間になりたいと思います。

    もちろん、仕事においても、ゆいまーるの精神を実践して、一緒に働く仲間とよりよいパートナーシップを築いていきたいです。

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    焦りも後悔もしてはならない

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  • ゲーテの格言に「焦ることは何の役にも立たない。後悔はなおさら役に立たない。焦りは過ちを増し、後悔は新しい後悔をつくる。」というものがあります。

    実際には、人間は仕事上にせよプライベートにせよ、焦ることも、後悔も、必ずします。
    しかし「焦り」はミスや過ちを呼び、そのミスや過ちは余計に時間と労力と影響を及ぼします。焦りから生まれたミスを後悔することは更に、時間や労力を浪費します。

    反省し、次に生かすのであれば良いと思いがちですが、この格言の意図する事はそうではありません。
    焦りが生み出す負の連鎖を断ち切るため、そもそもの原因である「焦り」を取り除けと言っているのです。

    では人は何故焦るのか?それは時間がないからであり、他者からのプレッシャーがあるからであり、スケジュールがきちんと管理されていないから焦るのです。
    常日頃からきちんとスケジュールを組んでおくこと、そのスケジュールに関しても必ず余裕を見ておくことはもちろん、スケジュールに関して同じ仕事をしている仲間で共有する事もまた大事な事です。
    それは「焦り」からくるミスを無くすだけでなく、周りもお互いにそれぞれのスケジュールや仕事量を、なんとなくでもよいので把握しておくことで、お互いに余裕をなくして焦ることが無いように、お互いにフォローできるようにしてしておくことで、仕事や人間関係を円滑にすることにもつながります。

    人は焦りも後悔もするものですが、お互いにフォローしあって焦りによるミスや後悔を減らす努力をすることも大事な事であると思います。

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    男はタフでなければ生きられない。優しくなければ生きている資格がない。

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  • このフレーズは、もう40年も前に話題になったある映画のキャッチコピーです。
    その映画は男盛りの高倉健主演、そしてまだ少女である薬師丸ひろ子が共演していました。

    自衛隊秘密特殊工作隊員だった高倉健扮する男。山奥の一村全員が惨殺された事件の唯一の生き残りの、記憶を無くした少女の薬師丸ひろ子。惨殺事件の真相。国家機密である秘密工作隊の存在を知る男を抹殺しようとする自衛隊。そして自衛隊と男との闘い。

    推理小説と戦争アクションを合わせた様なこの映画は、一人のいたいけな少女の命を守らんが為に敵に回してしまった国家に対し、敢然と立ち向かって戦う男の姿を描いています。このキャッチコピーは、高倉健が演じる主人公の男の生き様を一文に表したものなのです。

    若かりし私は、このフレーズに男の生き方の神髄を見たものでした。
    そうだ、男とはこうあらねばならない、この様に生きる男になりたいと、心底感動したのです。

    40年経って、今の私がそんな風に生きて来れたかどうかは置いておくとしまして、このフレーズにとても大切な意味が含まれていると思うのは、今でも変わりません。
    男だけではなく、人も企業も国家も、この社会の全ての構成要因であるもの全てに当てはまる言葉だと思うのです。

    この地球上で競争のない社会はありません。全ては自己が生き残る為に、さらにはあらゆる意味で自己がより上位に上がれる様に他との競争に明け暮れています。
    それはまさに弱肉強食の世界で、この社会ではタフで強くなければ生き残っていく事はできないのです。それは紛れもない事実です。
    そしてその厳しい戦いに勝つ為に手段を選ばない無慈悲で冷酷な状態が往々にして現出します。

    しかし生き残る為とはいえ、それは決して正当化されるべきではないと思うのです。そこには人が人たるべき存在としてあり得る何かが不可欠だと思います。
    それが優しさなのではないでしょうか。

    他人への優しさ、他の生物への優しさ、環境への優しさ、他国への優しさ、他の宗教への優しさ、多民族への優しさ。そして地球への優しさ。
    今、私達の身の回りにある沢山の難問を解決する糸口、それは優しさなのだと思うのです。

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    御言葉に語られた朝

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  • 特に、寒い日ですと朝にベッドから出たくないという方が大勢いらっしゃると思います。私の場合は、寒さに関係なく、出来るだけ誰よりも寝たいという気持ちがあります。

    その寝たいという気持ちは、仕事で疲れて、最近寝てないなとか、残業が続いていて身体を休ませなきゃしんどいなとかあります。または仕事帰りに先輩社員か友達と夜遅くまで飲みに行き、帰りが遅くなった、またちゃんと睡眠をとるタイミングを逃してしまった場合もあるかもしれません。

    他の事例を話すなら、趣味があり、夜遅くまで、または深夜が更けるまでその趣味に没頭し、せっかくの休日を朝夜逆転をするような使い方に時間を費やしてしまったという方も中にはいるかもしれませんね。

    その中には以前まで、私・僕もそうだったかもしれないとか、「あいつだな」とか知り合いにそういったことをしていて思い当たる方もいるかもしれません。

    私がこの場を借りて共有したいことは、常にある寝たい寝たいとか、疲れた疲れたというネガティブ表現をなくすことで、人生がより豊かになるということです。実際に睡眠をあまりとっていなく、同じ人間なので寝たい気持ちも分かりますが、その気持ちを抑えて、「よし仕事頑張るぞ」とか「今日も良い一日にするぞ」という気持ちを思い切って持った方が家族・友達・上司との人間関係がより良くなり、ここにいる先輩社員、同期も仕事効率が上がり、結果的に早く仕事が終わり休憩する時間も伸びると思います。その「よし頑張るぞ」っていう強い信念で、以前まで嫌々飲みに行ってた所もあったのに、今では関係をより良くしたいという気持ちの方が強いので、楽しく話しながら飲むことが出来ると思います。

    以前内気で元気良く話す事も出来なかった私は、現在は誰とでも会話をする事を楽しみ、働くことに生きがいを感じるというのは人との関係性を重要視し始めたからです。一般の人はそれが大事だと思っても日本の恥の文化や建前を奮い立てなきゃいけないと勘違いしている文化でなかなか真理に気付けないと思います。いろんな不安・心配事・勘違い、そういったストレスでモチベーションに影響されてやる気が出なく常に眠たい人っていると思います。それが悪いといっているのではなく、真の愛について知ることで何があっても、最悪な状況に陥ったとしても、それがあなたたちを助けると思います。

    学生時代、カナダに一年間語学留学に行っている時に、英語学習のためだと思い毎週日曜日教会に行っていました。北米大陸はキリスト教人口が多く、留学先のカルガリー市内には10以上の教会がありました。それで、私は英語が出来るので聞いて理解できます。そしたら牧師さんの言葉に感動しました。

    「神様最強!完璧なお方!そしてあなた達、人間は彼の子供です!最強な方の子供は良い者です!あなたの罪は許されました!今日も頑張りましょう!」

    そうです今日も一日お仕事頑張りましょう!

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    『遊戯三昧(ゆげざんまい)』の精神でいこう

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  • 『遊戯三昧』とは禅の教科書である『無門関(むもんかん)』に出てくる禅語です。そのままの意味は「我を忘れて一心に遊ぶ」となるのですが、ここで言う遊びとはレクリエーションだけのことではなく、生きることすべてを指しています。生きることのあれやこれやを全部、仏や菩薩のような気持ちで、ひたすら自在に楽しんで無心に行うこと、と解釈してみました。

    仕事をしていく中で、苦手な業務や苦手なクライアントなど、「嫌だな」と思うことは、言いだしたらきりがありませんね。ですが、何かに無心に集中しているとき、悩みやつらさは忘れてしまっていた、という経験はありませんか?悩みや迷いといった心のとらわればかりに意識が集中すると、自在な力が発揮できません。

    スキルやポテンシャルをフルに発揮できる精神状態が『遊戯三昧』だと思います。仏教には空(くう)という言葉がありますが、これは何もないということではなく、「とらわれることがない」ないのです。「ミスをしたらどうしよう」とか「評価が下がったらどうしよう」という思考は、とらわれなんですね。

    仏や菩薩のような悟りの境地で仕事をする、なんてことは一朝一夕にできることではありませんが、「どんなことも無心に楽しんで力いっぱいやってみよう」、このくらいのモティベーションなら、今日からでもできそうです。壁にぶつかったときも『遊戯三昧』の精神なら、新しいアイディアを思いつく余裕が出てきます。

    そしていつの日か、自分に言い聞かせることも忘れて『遊戯三昧』が自然体になることを目指して、日々の仕事に打ち込んでいきたいと思っております。

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    人間は性格の束である

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  • 「人間は性格の束である」。そんな言葉を聞いたことがないでしょうか。だれでも、人間関係で悩んだり自分の性格に不満を持ったりすることがあります。「人間は性格の束である」という言葉には、一体どのような意味があるのでしょうか。
    皆さんは血液型占いを信じますか? A型は神経質、B型はマイペース、O型はおおらか。そんな風に言われると、なんだかまさにその通りと思ってしまいますよね。ですが、一度立ち止まってよく考えてみましょう。神経質なA型の人は、1年365日、いついかなる時でも神経質なのでしょうか。友達といても恋人といても家族といても商談相手といても、常に変わらず神経質であり続けるのでしょうか。
    業務報告書の記入に関しては人一倍神経質なA型の彼が、家に帰れば足の踏み場もないほど散らかった部屋で平気で生活しているということは普通にあります。恋愛ではいつもマイペースぶりを発揮するB型の彼女が、職場では管理職として社員たちの一挙一動に細かく目を光らせているなんていうことも普通です。
    どうやら私たちは、自分自身の性格についてすら、何か大きな見誤りをしているようです。あの悪名高きヒトラーですら、飼っていた愛犬の前では、おそらくはたんなる優しいおじさんにすぎなかったことでしょう。
    人間は性格の束である。自分も周りの人たちもみな、時には互いに矛盾するような様々な性格を持っています。「あの人は大雑把だ」「なんて打算的な人だ」などと決めつけてはいませんか。あるいは自分について「生まれつき行動力がないから」とか「独創性なんてまるでない」などと、可能性を自ら狭めるような根拠のない自己規定をしてはいませんか。
    性格の束である自分。そして同じく、性格の束である他人。そういう目で世の中を眺めれば、人間関係にもまた良い変化が訪れるのではないでしょうか。

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    諦めろ!諦めるな!

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  • 「諦めろ!諦めるな!」とは元プロテニスプレーヤー・松岡修造さんの言葉の一つです。

    一見矛盾しているようにも見えるフレーズですが、この言葉にはしっかりとした意味があります。

    「諦めろ!」とは自分の力では絶対に解決できない、自分の意志だけでは状況が変わらない物事を意味します。
    「諦めるな!」は自分の少しの努力次第では問題が解決できそうな物事を意味します。

    仕事で置き換えれると、自分自身の力だけでは達成できない困難な問題が出てくることがあると思います。
    今日中に終えなければならない仕事があります。しかし、どうしても外部の作業完了が必要になりその先の作業は週明けでないと進めることができません。

    その時には諦めざるを得なくなります。

    しかし、自分の少しの努力で解決できる方法があるならば諦めずに解決策を探ります。
    例えば上司・同僚に相談する。お客様に連絡を入れる、などです。

    我々の生活には、全てに「相手」があることで成り立っているからです。
    松岡修造さんも対戦相手や仲間、指導者といった「相手」がいたからこそ、この言葉を見つけたのだと思われます。

    仕事においても、プライベートにおいても必然的にこういった「諦めるしかない」「諦めてはいけない」状況は溢れていると思います。
    そういった時には家族、同僚、後輩、上司、お客様など「相手」がいます。自分の意志では自由に動かすことのできない存在です。

    そういった相手を認めて、生きていくことが最も重要ではないかと思っております。

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    上司よりも同僚、あるいは部下を大切に

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  • 上司より同僚、あるいは部下。何のことだと思いますか? 仕事で大切にすべき相手のことです。

    もちろん、上司をないがしろにしていいというわけではありません。そんなことはそもそもできないのが会社という組織でしょう。だから、上司との関係は、だれだって気を遣いながら、何とかうまく舵取りしているはずなんです。

    問題は、同僚や部下との関係ですね。皆さん、上司の意向や虫の居所ばかり気にして、同僚や部下とのコミュニケーションがお粗末になってはいないでしょうか。

    タレントの勝俣州和さんは、デビュー当時、師匠である萩本欽一さんからこんなアドバイスをされたそうです。「仲良くするなら、業界のベテランプロデューサーとかじゃなくて、若手のディレクターやアシスタントディレクターのような連中と仲良くしろ」と。

    アドバイスから十数年経って、勝俣さんはそのアドバイスの意味を理解したそうです。師匠の命令どおり、若手のテレビマンと親しく付き合うことをしてきて、そのつながりがのちに、テレビタレントとしての勝俣さんに活躍の場を与えてくれたのでした。

    業界の重鎮に取り入れば、その場は都合がよいかもしれない。でも将来にわたって末永く活躍しようと思うなら、未来を担う若い人材の方に顔を向けて、そこでの人脈づくりに励めと、天才コメディアンの師匠は若き日の勝俣さんにアドバイスしたんですね。

    上司よりも同僚、部下。最初に申し上げた言葉の意味がおわかりいただけたのではないでしょうか。いま力のある者に好かれ、取り入ることも、時には必要でしょう。でも、結局人も仕事も、本質的に未来志向なんですね。未来に向かって、今、何をしておくべきかを考えるなら、同僚や部下とのコミュニケーションの大切さが身に染みてわかってくるのではないでしょうか。

    最後にもう一度言いますが、上司をないがしろにしてよいなどとは、決して申し上げておりません(笑)。お忘れなきよう。

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    「ピンチはチャンス」は真実の言葉

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  • ピンチはチャンス。この言葉には、仕事をしていくうえでの重要なヒントが隠れています。

    来日したオバマ大統領にふるまわれたり、有名シェフのジョエル・ロブションがその味に一発でほれ込んでしまうなど、話題の尽きない今大人気の日本酒「獺祭(だっさい)」。じつは会社が名酒「獺祭」を生み出すことになるずっと前に、あわや倒産かというようなとても大きな経営危機があったんだそうです。

    それは、日本酒製造会社にとって命綱とも言うべき杜氏たちの辞職でした。日本酒ができあがるまでの品質管理のすべてを担う、酒造りのプロフェッショナルである杜氏たちが会社を去ったのは、今から20年ほども前のこと。会社の経営難がその原因でした。

    会社にとっては、まさにこれ以上ないほどの最大のピンチ。しかし、当時の桜井博志社長(現・会長)はそこで諦めることをしませんでした。それどころか、この最大の逆境を逆手にとって、新たな酒造りの道へと足を踏み出したんです。

    「杜氏がいないなら、社員だけで酒を造ればいいじゃないか」。それが桜井氏の決断でした。かんたんに聞こえますが、杜氏なしの酒造りなどだれもやったことがありません。桜井氏は杜氏たちが経験とカンで行ってきた酒造りをすべて数値化し、だれでも日本酒を作れるシステム作りに奔走したのだそうです。

    結果は、今世界から注目を集め、停滞気味だった日本酒市場を復活させた獺祭ブランドの大躍進を見れば、一目瞭然ですね。

    ピンチこそチャンス。よく聞く言葉ではありますので、ただ「そうあればいい」くらいに思っておられる方も多いかもしれません。しかし、獺祭のケースからも明らかなように、この言葉には貴重な「真実」が含まれています。

    仕事をしていれば日々ピンチの連続です。しかし、それはまた、チャンスの連続でもある。そう思えば、活力がわいてきませんか。もちろん、ピンチをチャンスに変えることは、努力なしには成しえないことも忘れないでおきましょう。

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    裸の王様

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  • 裸の王様のお話は誰もが良く知っています。
    組織のリーダーが常に心掛けなければならない訓話ですが、ある世界的な企業の最高経営責任者、所謂C.E.Oだった人物が語ったお話を紹介します。

    C.E.Oに就任した直後のある会議で、提出された二つの案について数人の部下達と議論していた時の事でした。
    両案の説明を聞いていて内心彼は一方の案が気に入ったのでした。しかし部下達が全うにディスカッション出来る様に彼は何も発言はしなかったので、部下達の議論がその案を押す方向に行き決定したのは、偏向のない状態だったと思っていたそうです。

    ところが後にその案の説明を聞いていた時の自分の表情が吾知らぬ間に満足気だった事を人伝に聞きました。
    賢明な彼は、自分のそんな表情を見た部下たちがC.E.Oである自分の気持ちを忖度した結果、会議の流れがそちらに流れてしまったのだと気づいたのですが、もし気付かない場合、これが王様が裸になってしまう始まりなのです。

    忖度をされる事は人にとって気持ちの良いことです。そして自分の言う事が正しいと周りの誰もが賛同してくれるのは、自分が優秀だからなのだと思った時、完全に裸の王様になっているのです。そうすると人間は増長し傲慢になり、駄目なリーダーに成り下がってしまうと彼は言います。

    これは、大会社のトップであろうと一部局のリーダーであろうと同じ事です。そしてやり手と言われる人ほどこの危険性は大きくなります。
    常に自分自身を振り返り、こんな坂を転げ落ちているのではないかを確かめていなくてはなりません。

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