人を動かすには

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  • デールカーネギーの「人を動かす」という本はあまりにも有名な著書ですが、その中に「人を動かす3原則」が書かれています。

    まずひとつめの原則は、「批判も非難もしない。苦情も言わない。」ということです。

    「人を批評したり、非難したり、小言を言ったりしたりすることは、どんなばか者でも出来る。そして、馬鹿者にかぎって、それをしたがるものだ。」とカーネギーは言っています。

    人は論理の動物ではなく、感情の動物であり、しかも偏見に満ち、自尊心と虚栄心によって行動するということを良く心得ておかねばならないと。

    二つ目の原則は「 率直で、誠実な評価を与える。」ということです。

    どんな人間でも、何かの点で、私よりも優れていると謙虚な姿勢を持って、その相手から学ぶべき点を見つけ、率直で誠実な評価を与えることが大切です。

    最後の原則は「 強い欲求を起こさせる。」ということです。

    そのためには、常に相手の立場に身を置き、相手の立場から物事を考えることが大切です。

    私は学生の頃、尊敬する先生からこの本を薦められ読みました。

    そのときには、謙虚に誠実に相手に接することの出来る社会人になりたいと思ったのですが、実際にはうまくいかないときついつい相手を批判したり非難したりしたくなります。
    また、自分の方が優れている点を探してしまいがちになります。
    そして、自分本位になってしまうこともしばしばあります。

    先日、この本を読み返し、学生の頃理想とした大人に近づけるようにこれから改めて自分を見つめ直したいと思います。

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    白穏禅師の教えと社員の使命

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  • 江戸時代の高僧に白穏という人がいました。ある日、世の真理や自分のなすべきことが分からなくなった武士が、寺にいた白穏に問いかけました。「極楽や地獄はどこにあるのでしょうか?」と。

    白穏は予想を裏切る返答をしました。「何を血迷ったか。極楽や地獄をお前のような武士ごときが語るのは百年早いわ。そんなことを尋ねるお前はよほどの腰抜けであろう」と。

    武士は激怒しました。「侮辱にもほどがある。腰抜けとは何だ!」と、刀に手をかけました。

    白穏が「腰抜けを腰抜けと呼んでどこが悪い」とバカにした口調で応じると、武士は刀を抜いて白穏に襲いかかりました。白穏は済んでのところで刀をかわして本堂から庭に逃げ出します。武士は両手で刀を持ったまま、白穏を追いかけ追いつきそうになりました。

    白穏は一喝しました。「それを地獄というのじゃ!」と。その声にはっとした武士は、呆然となって動けなくなりました。

    そして、我に帰った武士は刀を収め、両手を合わせながら「ありがとうございます。拙者はやはり腰抜けでした。一時の怒りで大変なことをするところでした」と一礼をしました。

    白穏は、武士の態度にうなずきながら、「それを極楽というのじゃ」と語ったとのことです。

    ここまで話すと、社員の皆さんにはよくお分かりと思います。極楽や地獄は人間の心の中だけにあると。そして、地獄の本質は人と人とが不信のあまり憎みあうことで、極楽はその反対であることが。さらに言うと、極楽とは、人の話を虚心に聞いてそれを理解し、この世の道理に反しない行動をとる場合にのみ現れるとも言えます。

    部下同士が対立して地獄が現れようとしているときに、それを制止できなければ社員でいる資格はありません。いわんや、自分自身がパワハラを行うなどで地獄を作り出すのは論外です。

    会社の全員が地獄に落ちないためには、社員として業績を意識するのはもちろん必要です。でも、そればかりになってしまうと、やはり地獄が現れます。先ほどの白穏の話を時々は意識することも、社員の基本と言えるでしょう。

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    1マイルではなく2マイル行く!

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  • 誰もが知る偉人イエス・キリストは次のような名言を残しました。

    「権威のもとにある者があなたを1マイルの奉仕に徴用するなら、その者と共に2マイル行きなさい」

    当時のユダヤ人はローマ帝国の支配下にあり、ローマの役人から何らかの仕事を命じられる事があったようです。
    そんな時、命令されただけの仕事を行なってそれで終わり、というのではなく、「2マイル」を行きなさいと、キリストは述べました。
    つまり、命令された以上の仕事を行ないなさい、という意味です。

    上司や取引先などから、これこれの仕事をして下さい、と指示されることがあります。
    指示された分だけをこなす事も、一つの手です。指示された分をきっちりこなしているなら、クレームの対象になる事は無いでしょう。

    でも、指示、命令された以上の事を進んで行なう事には大きなメリットがあります。
    自分がオーダーした以上の仕事をしてくれた部下や取引先の従業員の事を、皆さんはどのように感じるでしょうか?
    きっとこれまで以上に信頼を置き、大きな仕事も安心して任せられるのでは無いでしょうか。
    余分の仕事を進んで行なう事によって、より大きなビジネスチャンスを掴む事も出来るかもしれません。

    メリットはこれだけではありません。
    指示、命令されただけの仕事を行なっているなら、言わば仕事の奴隷となっているようなものです。
    しかし、要求されている以上の事を自ら進んで行なうなら、自分で仕事をコントロールしていることになるのです。

    では、ただノルマをこなすだけの仕事ではなく、是非「2マイルを行く」仕事を心がけてまいりましょう。

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    スポーツ界に浸透する名言をビジネスに活かす

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  • 「練習は本番のように、本番は練習のように」という主にスポーツ界で浸透している名言がありますが、これはビジネスにも通用する考え方だと思います。

    ビジネスに練習も本番もないだろうと一瞬思えてしまいますが、実際の現場はそうではありません。どんなビジネスでも、仕事によって濃淡はあるものです。大事なプレゼンテーションの場、大口の取引相手との商談、セールの開催など、いろいろな「本番」があります。

    ビジネスにおいてこのような本番に直面すれば、誰でも緊張することでしょう。体も心もガチガチになってしまい、通常の思考ができないかもしれません。ですが、こんなときこそ事前のシミュレーション、練習を思い出してそのように取り組むべきではないでしょうか?名言の「本番は練習のように」の部分ですね。そうすれば肩の力が抜け、自然体で仕事に取り組むことができるはずです。

    また、それを思い通りに行うためには、シミュレーションの段階で本番さながらの練習をしておくことも同じように大切です。それを「本番ではない」と思って手を抜いてしまったら、肝心の本番で上手くはいかないのでしょう。

    スポーツだけではなく何でもそうですが、本番となれば誰でも多少なりとも普通ではいられなくなります。不安が募り、結果を気にしてどうしても心配になってしまいます。ですが、事前に練習を本番のように行い、本番ではそれを思い出して練習のように行えば、期待する通りの結果がきっとついてくるはずです。ですので、この名言を忘れないようにし、ビジネスでも活かしていきたいですね。

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    必死に今を生きる

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  • ベストセラー作品「嫌われる勇気」の著者である心理学者のアドラーは、人生において大切なのは、「他者貢献し『いま、ここ』を毎日真剣に生きることが幸せである」と述べています。

    過去のことを悩んだり、先のことを見越したりせず、ただただ今を必死に生きるような仕事をしてみたいと思います。

    結果は自分の頑張りに必ず付いてくるものと信じています。

    今日の自分が本当に真剣だったかを毎日振り返り、明日の自分は、もっと真剣にならなくてはと、自問自答をしながら前に進み、先輩方のような仕事ができるように背中を追いかけたいと思っています。

    さらに、一人で仕事をしているわけではなく、相手があっての自分なのだということを忘れずにいたいと思っています。何事も自分一人では成り立ちません。

    ときには皆さんの手を煩わせてしまうこともあるかと思います。

    そこでお借りした皆さんの手を決して忘れることなく、ご指導に対する感謝の気持ちを持ち続け、いつかその思いを形にして返すことができるようにしていきたいです。

    これが、アドラー博士の言っている他者貢献に当たると思います。

    私の姿を見て、真剣に取り組めていないなと感じたら、ぜひ渇をいれてください。

    他者貢献を忘れるような心ない仕事をしていたら、どうぞ叱ってください。私の人生の大半を過ごすこの職場で人として成長し続け、1日でも早く会社に貢献できる社会人になっていきたいと思います。

    どうぞ、よろしくお願いいたします。

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    稲盛和夫さんの考え方を読んで。

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  • 稲盛和夫さんが書かれた「考え方」という本を読んで、その中に、「世の中に自力だけでやれることなどたかが知れています。また、周囲の人々の助けという他力を得るだけで達成できることにも限界があります。偉大なことは人智を超えた天の力である、もう一つの他力を受けなければ成し得ません。けれども、天の力という他力を受けるためには、自分自身の心を利己まみれの心ではなく、他に善かかれしという美しい心にすることが必要。」という言葉があります。
    私はこの言葉を受けて、思わず感銘を受けてしまいました。京セラの創業者である稲盛和夫さんが、自分の力一つで、ここまで成し遂げたという事なく、天の力を受けてここまできたと言われ、さらには、自分自身の心を利己まみれにしない事が、成功には、とても大切という事を言われておられるからです。もし私が一代で、このような大きな会社の経営者となったら、こんな言葉を果たして言えるのか疑問です。だからこそ、この言葉から、私は、謙虚さの素晴らしさを学びました。
    また、他人の喜びを自分の喜びとする、世のため人のためになることを思う、自分だけでなく、周りの人々みんなが常に幸せに生きることを願う事が大切、とも言われておられます。こうした言葉を読ませて頂く度に、自分中心の考え方だけではなく、他者の事をしっかりと考える事が大切だと言う事に気づかせて頂きました。なので、私はこの会社で、自分の事だけでなく、他者の事もしっかりと考え、行動して行きたいと考えています。

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    渋沢栄一の名言について。

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  • 今は亡き、渋沢栄一さんの言葉に、若かろうが、年老いていようが、勉強の心を失ってしまった人は、進歩や発達がない。と言う言葉があります。
    私達はつい、怠け心が出てしまい、いつの間には、易きに流れてしまいます。勉強はしないといけないと思いながらも、つい明日から明日からと言って、ずるずると先延ばしにしてしまう傾向があります。しかし、そういう行動をする事で、一番困るのは、自分自身であるという事に気づかされました。
    また、修養は自分の知識を増し、自分の魂を輝かせるのである。修養を積めば積むほど、物事の善悪の判断がつくようになり、修養は、人の知恵を増すのにも必要。という言葉も残されています。
    こうした言葉に触れる事で、自分自身の行動を振り返り、あと一歩あと一歩と、前に進む事が出来ると思います。そして人格を磨く事にも繋がると思います。確かに仕事というのは、楽しい仕事ばかりではありません。辛い事もたくさんあります。しかしその中でも、この修養に努める事で、自分自身の成長にも繋がると思います。
    さらに、成功や失敗というのは、真心をこめて努力してきた人の身体に残るカスのようなもの。という言葉が印象的で、一生懸命一つひとつの事に取り組む事が大切で、一生懸命頑張った結果、成功しようが、失敗しようが、特に気にする事がないという、力強い、私自身に対するエールに思えました。こういった一つひとつの言葉を、噛み締め、日々を前向きに生きて行きたいと思っております。

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    ありがとうのすごい秘密について。

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  • 今はもうお亡くなりになられましたが、小林正観さんが言われた言葉に、本当の幸せとは、今、すでに自分が幸せに囲まれていることに気がつくこと。という言葉を言われておられます。
    つい私たちは、何かもっと良いものを求めてしまいます。それが人間の欲望なのかもしれませんが、勤めていたら、もっと良い給料を、また、もっと良い待遇を、もっとより良い地位をといった感じで、もっともっとと欲望が尽きる事はありません。
    確かにそれが向上心となって、自分を高める事に繋がる事もありますが、その欲望に自分の心が掴まれてしまい、今の自分に満足する事が出来なくなってしまうと、常に今に不平不満を持ってしまい、今を楽しむ事が出来なくなってしまいます。それはやはり、とても悲しい事だと私は思います。
    今の自分の状況を受け入れる事から、幸せは始まると思います。そしてその際に、大切な言葉が「ありがとう」という言葉であると、小林正観さんは言っておられます。たとえ、最初は心がこもっていない「ありがとう」でも、ずっと言っていると、自然と心を込められるようになる。と言っておられます。
    それだけ、「ありがとう」という言葉には、大きな力があるという事です。つまり、今を受け入れ、「ありがとう」と、感謝をする事が、幸せの第一歩である。という事です。また、運がいい、運が悪いは、自分が勝手に決めているだけ。とも言われています。それだけ自分の考え方が大切だという事です。どうか不平不満を言うのではなく、今の自分の状況をあるがままに受け入れ、「ありがとう」と感謝して下さい。それが幸せの第一歩だと、私は考えています。

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    デール・カーネギーの対人力の名言

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  • デール・カーネギーの対人力の名言に、人を批判したり非難したり、小言を言ったりはどんな愚か者にも出来る。しかし人を理解し、許すことには、人格と自制心がいる。という言葉があります。
    実際社会人になって一番よく気がつくのは、他の人に対する不平不満の多さです。まるで人の呼吸のように他人への不平不満が社内に蔓延しています。
    そういう不平不満の中には、私は入らないようにしていますが、そういう会話を聞くだけで、私自身辛い気持ちになると共に、憤りを感じる事があります。
    しかし、そんな時に、このデール・カーネギーの言葉にある、人を理解し、許すことには、人格と自制心がいる。という言葉を思い出し、そういう不平不満を言っている人を、許そうと思い、気にしないようにしています。
    確かに社会人になると、自分自身が、好んで納得して行う仕事ばかりではなく、あまりしたくない仕事もしないといけません。しかしそれを受け入れ、その中から学ぶ事で、自分自身の成長に繋がる事が多々あると思います。なので私は、どんな仕事でも、その仕事を行う前から、したくないという事は思わず、まずやってみる。という事を実践してきています。
    そういった行動をする中で、様々な発見があり、自分の仕事の質を向上させる事も出来ます。なので私は、他人の不平不満を気にしないと共に、もし可能であれば、他の方も、不平不満を言わないように努力してもらえればと思います。まずは小さな勇気を発揮してもらえればと思います。

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    仕事で周りが見えていない時はチェンジ・チェアを意識

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  • 仕事で周りが見えなくなっている時は、どうしても自分本位で考えてしまいがちです。自分がどう動いたら良いのか、自分に何を求められているのかばかりを考えてしまい、相手のことをあまり考えられなくなってしまいます。私もそういう時があるのですが、そんな時は「チェンジ・チェア」の法則を思い出すようにしています。

    チェンジ・チェアとは、直訳すれば椅子を変えるという意味ですが、これは立場を変えて物事を見るという意味です。自分本位で仕事をとらえるのではなく相手の立場になってみることで、新たな光景が見えてくる効果を期待できます。

    仕事は相手あってこそのものですので、自分本位に考えているだけではなかなか進展しませんよね。それで順調に進んでいるうちはまだ良いですが、難局を前にしたらどうしても立ち止まってしまいます。そこで、チェンジ・チェアです。上司は何を考えているのか、あるいは顧客は何を考えているのか、自分のことはいったんすべて忘れ、相手の立場になって考えてみます。そうすることで、今まで見えていなかったことも見えるようになるかもしれません。

    もしも許されるようなら、オフィスで実際にその立場になりたい人の椅子に座ってみるのも良いでしょう。それで何がわかるのかと半信半疑で当たり前ですが、自分が座っている椅子とは見えてくる光景がだいぶ違うことに驚くことは案外あるものです。チェンジ・チェアは仕事で軸となるような考え方ですので、忘れることなく覚えておきたいです。

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    コツコツやってると誰かがみていてくれます。

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  • 頑張らなくていい、怠けないこと。

    この言葉は、テレビドラマの先生が言ってました。この言葉を聞いた時から、自分の心に宿しています。誰もが頑張る時は、自分に気合いを入れて望みます。でも、みんな誰もが頑張っているんです。でも、頑張る時は、少し何かあると、力を抜いてしまったりします。それより
    大切なとことは、いつも、どんなときも、コツコツ続けることなんだと思いました。

    大切なことは、みんな誰もが頑張っているのですから、仕事も、頑張ってやっているのですから、一番の値打ちは、怠けないで続けてやることなんだと思います。

    確かに、怠けないで続けることのほうがとても難しいことなのかもしれません。それは、頑張ると気合いを入れた時より。

    人は、自分に余裕がでたり、少し力が抜けた時って、怠けるものです。それは、子供も大人です。だから、怠けないで続けてコツコツやることの忍耐、覚悟、責任、この全てこそが、怠けないこと。につながると思いました。

    一回怠けると、もう少し怠けても大丈夫だ。と自分に甘やかしがでて、怠け続きになってしまいます。だから、どれだけ怠けないでコツコツ続けるかが、人間性の評価だと思いました。

    だから、頑張らなくていい、怠けないこと。この言葉を、人生の教科書にして、何事もにも続けてコツコツ怠けないでなっていきたいと思います。きっと、怠けないでやりつづけることの意味は、答えは、必ず出るものだと思います。

    頑張らなくていい怠けないこと。これは素晴らしい人生の教訓であり、教科書です。

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    ほう・れん・そうの大切さ

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  • ほう・れん・そうと聞くと野菜を思いうかべるひともいると思います。
    「今更、何を言っているのだ。」と思うひともいると思います。
    そしてまた、そんなことを社会人ならば知っているひとも少なくないと思います。

    法連相は1982年に山種証券の山崎社長が社内キャンペーンで始めたということは知らなかったひともいると思います。

    報はは報告ということです。部下が上司の指示に取り組みつつ途中経過を報告することです。
    連は連絡で、自分の意見を憶測を含めない関係者への近況報告をすることです。
    最後に相は、相談のことで、自分だけで業務の判断が困難な時に上司に意見を聞くことです。

    この3つの言葉をなしに業務は遂行できないと私は、思います。
    社内がこの3つの言葉で一弾となり遂行することで業績が上がり士気があがると信じています。

    報連相により社員のすべての任務に温度差がなくなり、向かう方向が同じになります。
    これは、業績を上げるための必須事項です。

    報連相をしっかりしていると取引相手さまにも社員が全員同じ対応ができます。
    相手様の信用も得ることができます。信用を得ることは時間のかかることです。
    信用を失うことはすぐです。
    報連相により信用を失うこともありません。

    営業、生産部門その他すべての部門においても効率的に仕事ができます。

    みなさんも報連相をありきたりの言葉ですが確実に実行していって欲いことだと思っています。

    もちろん私も日々、この報連相を忘れずに仕事に取り組みたいと思います。

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    天才と凡人

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  •  スポーツの世界において天才と呼ばれる選手は数多くいます。しかし、それらの選手は本当に生まれながらに才能を持った天才だったのでしょうか。
    少なからず、身長、体つきに恵まれた人はいます。外見では差がついてしまいますが、能力は別物のはずです。最初からの天才などいません。
     
     エジソンはこう言いました。「天才は1%のひらめきと99%の努力である。」と、このように努力を怠らないことが天才へとつながる道です。つまり、天才になれない人は
    どこにもいないはずです。誰しもが努力を必死ですれば天才になることができます。スポーツ選手でも一緒です。かの有名なイチローも誰よりも早く会場につき、誰よりも日頃から練習をしています。その成果がいまのイチローにつながっています。
     
     だから、どの世界にいたとしても努力は最高の結果をもたらしてくれます。努力ないしには何も始まりません。それをすることをやめた途端あなたたちはもう凡人でいるしかないのです。そのため例えできないことがあろうと、必死で努力すればその道の天才になることは可能です。上司に叱られたから、嫌がらせを受けたから、これは一つの理由づけに過ぎないのです。そうならないための努力を怠った結果でしかないのです。
     
     私たちは諦めるよりも先にやることが必ずあります。それをすることなしで諦めないでください。粘り強く自分たちの向上を常に目指して取り組む姿勢で行きたいと思います。そして集団の向上にも貢献できるよう努めたいです。

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    業者様は神様

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  • 「お客様は神様である」という言葉は良く耳にしますが、「業者様は神様である」という言葉はあまり聞いたことがないと思います。
    これはかつて人事のエキスパートであった人が言っていた言葉です。

    どんなに大きな会社でも、どんなに優秀な人材を有する会社でも、その会社が実績をあげることができるのは社員やお客様はもちろんのことながら、そこに関わる多くの業者さんあってのことです。
    発注者の立場に慣れてしまうと、知らず知らずの内に仕事を依頼する側、仕事を依頼される側という関係になってしまいがちですが、業者の方々はある意味私たちの夢を形にする為に無くてはならない存在です。

    この方々を大切にせずに、上から目線で物事を進めてしまっては、それが有形無形に関わらず本当の意味で人の心に響く物にはならないのではないでしょうか。

    金を出しているんだからこれくらいできるだろう。という態度では相手も最低限のことしかしたくないと思いますが、同じ目線に立ってお願いをする、良いパートナーとして接することで、業者さんからも最高のパフォーマンスを引き出すことができ、関わった全ての人が共に喜びを分かち合える素晴らしい製品やサービスが生まれるはずです。

    日頃から業者の方々と良好な信頼関係を築く事で、これから先何か窮地に陥った時や、難しい場面に遭遇した際に、手助けをしてもらえる場面もあるでしょう。

    どんなことも、縁の下で支えてくれる力あって成り立っているのだということを忘れることなく、人と人との繋がりと感謝の気持ちを忘れることなく、日々仕事に励みたいと思います。

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    継続は力なりについて

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  • 継続は力なりという言葉があります。
    この言葉は続けることの大切さ、小さなことを積み重ねていけば、いずれ大きな成果に繋がっていく、などの意味があります。
    以前、雑誌のコラムでダイエットについて書かれた記事を読んだことがあります。
    現在、ダイエットにはいろいろなダイエット方法があります。しかしダイエットに成功したという話より、失敗したという話の方をよく耳にします。
    そして、その原因はダイエットに途中で挫折して失敗したという話が多いです。
    簡単にいうとダイエットを続けることができなかったから失敗しているのです。
    そしてダイエットは続ければ成功できるのです。
    しかし、この続けるということが簡単なようで難しいことでもあります。
    私たちに置き換えても言えることだと思います。
    そこでこの難しくもある、続けるということを解決する方法があります。
    それは、短期間で結果を求めるのではなく長い期間で目標を立て実行していくことです。
    短期間で成果を出そうとすれば日々、大きな負荷をクリアしていかなければいけません。
    そして、それがストレスとなり途中で断念することになってしまいます。
    しかし、長い期間で成果を出すようにすれば日々の負担は小さくすみ、続けていくことが容易くなります。
    私たちの日々の業務でも成果は求められます。この私たちの業務でも日々、小さな努力の積み重ねを続けていくことによって実力となり、周りからの信頼を得ています。
    そして短期間で成果を求められることもありますが、このときに成果を出せるか出せないかは
    私たちが日々継続して努力を重ねているかにかかっていると思います。
    これからも小さいことでも苦労を惜しまず努力を続けていきましょう。

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    他人ではなく、自分自身と比較することの大切さ

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  • イギリスの探検家であるラポックさんの名言で、「他人と比較して、 他人が自分より優れていたとしても、それは恥ではない。しかし、去年の自分より今年の 自分が優れていないのは立派な恥だ。」という言葉があります。

    私は、他人と自分を比べて、自分の事を過小評価してしまいがちでした。
    私がなかなか達成することができなかった成果を、他人が簡単に達成しているのを見ると、やる気が削がれてしまうことがよくありました。
    そして、そのことについて思い悩んで、無意識のうちに自分の力などをセーブしたりしていました。

    しかし、この名言に出会って、自分自身が成長を妨げていることに気付きました。
    もし自分が努力を諦めてしまうと、いつまで経っても自分自身は何も変わらないということになります。

    自分にできることは、小さくても、自分自身を進歩させていくことしかありません。

    実際のところ、一人一人もっているものや、与えられているものは違います。
    ですから、探せばいくらでも他人の方が優れている点は見つかります。
    裏を返すと、自分の方が優れている点も本当はあるはずです。
    そう考えると、他人と比較することは無意味なことだったと思います。

    これからは、このことを心に刻んで、自分にできることを考えて、過去の自分と比較して一歩一歩前に進んでいくことを心がけていきたいと思います。
    もし、優れた成果を出している人がいたとしても、その人を比較対象としてみるのではなく、自分自身を成長する糧を学べる人になっていきたいと思います。

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    仕事にも役立つ。BLEACHから学ぶ大切なこと

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  • BLEACHは週刊少年史ジャンプで連載されていたアニメです。その中で、こんな言葉があります。

    ”大切なのは「どうあるべきか」ではなく「どうありたいか」”

    私たち大人は、年齢を重ねるにつれていろんなことをあきらめ、日常がマンネリ化してしまいます。しかし、多くの人は若い頃にそれぞれ夢を持っていたことでしょう。子供のころは、将来こうなりたい!と口に出すことになんのためらいもありませんでした。しかし、年齢を重ねるにつれて、自分の目標や夢に限界を覚え自分で進歩をとめてしまいます。

    私たち社会人も新入社員のころにはやる気に満ち溢れていたはずが、30代、40代と年齢を重ねると熱量がなくなっていきます。どうしたら常に仕事に対して真剣にやる気をもって取り組めるか、その答えが

    ”大切なのは「どうあるべきか」ではなく「どうありたいか」”

    にあると思います。

    この言葉には、私たちが普段の生活で忘れてしまっていることを思い出させてくれます。自分が子供のころや若いころ、将来こういう人になりたい。と思ったことがあるはずです。しかし、次第に「どうありたいか」ではなく、「どうあるべきか」に姿を変えてしまいます。

    そこで、今一度、私たちはお客様や取引企業にとって、どんな存在でありたいか。この言葉を機会に改めて考えることによって、今以上に仕事に対してやる気や、やりがいを感じることができるのではないかと思います。

    そこで、私はお客様に対して「どうありたいか」を考え真摯に仕事に取り組みたいと思います。

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    スヌーピーが教えてくれる初心の大切さ

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  • 皆さん本当にいろいろな個性を持って日々業務を行っているわけですが、ある日そんな事をふと考えた時に、

    「配られたカードで勝負するっきゃないのさ」と言う言葉を思い出しました。実はこれは有名な博徒やギャンブラーの言葉ではなく、昔、スヌーピーと言う作品に出てきたセリフです。

    自分に無いものや自分にしか無いもの、それが個性です。更には、自分の置かれている境遇や状況が例え厳しいものであったとしても、文句を言わずに現状を受け入れ、自分の持っているカードで勝負をするしかない。と言う事なのですが、子供の頃に何気なく聞いた言葉やセリフが今更ではありますが、大人になって再認識させられるものだと感じました。

    それと同時に、ここからは自分の解釈ではありますが、社会ではその最初に配られたカードを時間は掛かるかもしれませんが、自分に有利な物に変えていく事もできます。

    それは、例えば自分に業務知識が足りないのであれば空き時間に勉強をする、業務遂行において自分に協調性が足りないのかもと感じたら、周囲の迷惑にならない程度に気を配り、なるべくお互いの認識をすり合わせるように情報共有を行う、と言ったように常に同僚や諸先輩方を見ていて自分に足りない部分を見つけ出し、吸収していければ、配られたカードは、より良い物になると思っております。

    本当に今更基礎中の基礎的な内容ではありますが、繁忙期になればそう言った初心忘れるべからず、ではありませんが今一度初心に戻って、自己研鑽に励みつつ業務遂行ができればと思います。

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    現代でも大活躍!孫子の言葉

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  • 孫子、本名「孫武」は紀元前500年代に活躍した中国の思想家、兵法の大家です。

    彼の兵法は人間の心理を冷徹に監視し生み出されたものであり、そのノウハウは戦場に限らず、我々のような日本人の日常生活にも応用可能です。

    今回はその孫子の起こした言葉の中より、我々にも応用可能なものをご紹介します。

    ●「智者の慮は必ず利害に雑う(ちしゃのりょはかならずりがいにまじう)」

    これは「賢い人間はメリットデメリットの両面から物事を観察」するという意味です。

    世の中にうまい話は存在しません。

    仮に存在していたとしても、既に誰かが独占し、むやみやたらと赤の他人に漏らすことはありえません。

    何かを良さそうな話を勧められた際は、すぐに跳び付こうとせず、デメリットやリスクがないかを考える事が重要です。

    とはいえ逆にデメリットやリスクばかりに目を向けることは、二の足を踏み、チャンスを逃す原因となります。

    この言葉は、物事はメリット、デメリット一方を見るのではなく、それらのバランスを考慮して進めましょうという、とても常識的、それでいて非常に重要なポイントを我々に再確認させてくれます。

    「善く戦うものは、勝ち易きに勝つ者なり(よくたたかうものはかちやすきにかつものなり)」

    この言葉は「上手に戦う者とは、勝ちやすい状況を作り出し、勝つ者のことだ」といった意味です。

    戦闘、特に個人の能力差の影響が、一騎打ちに比べ小さくなる集団戦では、戦闘に至る前の事前準備の良し悪しが勝敗を分けます。

    上手な準備とは戦闘の流れを何パターンも想定し、それぞれへの対策を怠らない事、つまり自分たちの有利な状況を保つ作戦や道具を用意すること、つまり最終目標への到達を容易にすることです。

    当然ながら現代社会でも事前準備は重要視されていますが、その中には最終目標までの流れに対する意識が不十分なものも多く見受けられます。

    以上の事を踏まえ、何かを計画する際は、はじめに最終目標を置き、その後スタート地点から複数のパターンを構築する事をお勧めします。

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    自由が不自由になっていませんか

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  • 今回は20世紀のフランスで活躍した哲学者、ジャン・ポール・サルトルと彼の思想についてご紹介してゆきます。

    まず彼の思想の大元になっている「実存主義」についてご紹介します。

    実存主義のテーマを最も端的に表現した言葉は「実存は本質に先立つ」でしょう。

    ここに1個のお饅頭があるとしましょう。

    お饅頭は和菓子職人が作り、和菓子職人はお饅頭がどういうものであるかを理解していなければなりません。

    当然の事ながら職人はお饅頭を作るときに「お饅頭を作ろう」と考え、こねた小麦粉であんこを包んで蒸かします。

    これはつまり、最初に存在するのは「和菓子職人のお饅頭に対する知識や概念(本質)」であり、それによって「物質としてのお饅頭(実存)」は生み出される、「本質は実存に先立つ」ということになります。

    人間も同様に宗教の力が強かった時代においては神が人間を創った、つまりお饅頭と同様に「本質が実存に先立」っていました。

    しかし現在ではそれ以外の視点、つまり「人間は何の目的もなく生まれ(実存)、成長するにつれ自分の生きる意味(本質)を見出す」が登場しました。

    これを実存主義では「実存は本質に先立つ」と表現し、「人生の目的を自分で定めること」は人間のみに与えられた特権であると考えています。

    これは一見素晴らしい事に見えるかもしれません。

    しかし、人生の目的を「神に仕える」と宗教が決めてくれていた時代、人間はそれ以外の行き方を選択することは困難であったものの、人生の目的について思い悩む必要はありませんでした。

    しかし、宗教の力が弱まり、自由を得た現代の人々は、どのような人生を選ぶ音が出来るという権利と同時に「何をしていいか分からない」「人生の目的を自分で見つけ出さなくてはならない」という悩みを背負う事になってしまったのです。

    サルトルはこれを「我々は皆自由の刑に処されている」と表現しました。

    自由とは耳ざわりのいい言葉ですが、自由の本質は無秩序、無指向性です。

    「自分のすべきことは一体何なのか」、「自分はどのように生きるべきなのか」、自由が「刑罰」になるか「恵み」になるかは我々の心構え次第といえるのではないでしょうか。

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