今も生かせる「百万一心」

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  • 戦国武将の毛利元就といえば、息子たち3人に対しての教訓である「三本の矢」が有名ですが、実は、もう一つの逸話があります。それが「百万一心」です。

    百の字の一画を省いて「一日」、万の字を書き崩して「一力」とすると、縦に書けば「一日一力一心」と読めるというものです。一日一日、力を合わせ、心を一つにしていこう。という意味です。城の修復工事が難航した際、当時の慣習に従い人柱を立てることを主張する家臣たちに、「百万一心」と刻ませた石を代わりに立てて人柱の代わりにしたというのです。

    もともと毛利氏は中国地方の山間部に拠点を持つ国人領主に過ぎませんでした。大内家と尼子家という二大勢力に挟まれ、常に存亡の危機に立たされていました。規模が小さく、人も少ない中で一致団結することこそが生き残るうえでの絶対条件だったのでしょう。

    これは、現代の中小企業の在り方でとても参考になるものです。資本や人的資源で圧倒的な大手の進出に対し、小さいながらも一致団結して自分の長所を磨き上げることで生き残りを図る戦術です。

    人柱という形での犠牲を回避し、団結を重視した毛利家は徐々に勢力を拡大します。現在の広島県にあたる安芸の国人領主たちをまとめ、次男・三男に有力国人の家を継がせることで勢力を拡大しました。そしてついには厳島の戦いで大内氏の重臣陶晴賢を討ち取り、ついには大内家・尼子家を滅ぼして中国地方の覇者へとのし上がりました。

    大企業となった毛利家は徐々に一族の結束が緩みます。関ヶ原の戦いの際には毛利本家と次男の吉川家・三男の小早川家が結束できず、戦後処理で大幅な領土削減をされてしまいました。

    大きくなっても創業当初の志を守ることはとても難しい。まさに、初心忘るべからずではないでしょうか。

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    カラスの特性

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  • カラスといえば人間社会にとっては嫌われ者的な存在ですが、実はとても社会的な行動をとる生き物です。カラスは非常に憶病な生き物で死を恐れます。そのためかグループの中で弱っているカラスがいるとグループからはじき出そうとします。これは会社の中で成績を残せないものは必要とされないという現代社会に通じるところがあります。
    さらに、カラスの世界ではグループの中での上下関係が存在しません。グループの中にはそれぞれが役割を持っていて協力して行動するため権力争いはおこらないとされています。だからこそつながりが強く、自分たちの縄張りに無断で入ってくるものには群れになって襲いかかります。時には人間にも襲い掛かることがあってカラスの群れに襲われたという話もよく聞きます。
    最近では中間管理職を撤廃した組織体制を完全にフラットにした会社も出てきましたがそれに近いのかもしれません。一人一人がそれぞれの責任で行動をとることで従業員のやる気が上昇しインベーションが生まれる可能性が高まります。一昔前ならこのような組織体制は異質として見られていましたが近年に近づくにつれスタンダードとなりつつあります。
    そういう意味では、結果的にカラスの世界は私たち人間社会のトレンドであり、仲間意識が高く協力し合って生きているカラスを見ることで、私たちが今後見据えていくべき姿がそこにはあるのかもしれません。
    私も少し物事の見方を変えることで意識改革を行っていこうと思います。

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    机上の空論の怖さ

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  • 第二次世界大戦における陸上の戦闘の内、直接敵の姿を見ながら交戦する接近戦で、敵にむかって実際に発砲していたのは、戦闘に参加した全兵士の2割前後しかいなかったという研究があるそうです。

    戦争映画で知っている戦闘のイメージとはずいぶんかけ離れています。
    生きている人間を目の当たりにしながら相手を殺す事が、人間にとっていかに心理的抵抗が大きいかを物語っています。

    この発砲率を高めるもっとも簡単な方法は、出来るだけ殺す敵との距離を開ける事だそうです。
    例えば遠距離で相手の表情が判別出来ないと、それだけで心理的抵抗は激減するといいます。

    だから作戦本部で指揮を執る部隊長始や参謀の将校たちは、戦闘現場の死傷者を目撃しないで無線連絡で入る数字で捉え、兵員の損傷率○○%といった具合に把握しています。その感覚は前線の兵士達とは全く異なっている筈です。

    私達についても「某国で内乱、一般市民の死者数百人」と新聞TVで見る事と、人の死体が見渡す限り横たわっているのを実際に目撃する事の違いを想像すれば理解できるでしょう。

    私達の仕事においても、現代では膨大なデータが収集分析され、それ基づいた会議が行われて営業の方針や業務の方法など、会社と社員の活動が決められて行きます。
    しかし、実際に動くのは決して1人の社員というデータではありません。○○君という感情を持った人間が動くのです。
    相手も取引先の○○さんであり、ユーザーの○○様なのです。

    データや会議は勿論必要不可欠なものです。
    ただ全ては感情を持った人間が現場で動いて行われる事を前提にしておかなければ、所謂机上の空論になり兼ねない事を十分に理解しておく必要があります。

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    カニ道楽の看板、動きに違いが有ることにお気づきでしたか

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  • とれとれピチピチかに料理でおなじみの、かに道楽というお店には、道頓堀などを代表する、有名な大きなカニが動く看板が知られているかと思いますが、その大きなカニの看板にも微妙な違いがあることをご存知ですか。

    たとえば、路面店など大通りに面しているところに店舗を構えている場所であれば、カニの足とハサミの動きが縦方向に動くようになっており、狭い通りであったり、少し路地や入り組んだ立地に軒を構える店舗であれば、カニの足とハサミは横方向に動くというのです。

    これには至極もっともな理由があり、誰もが店舗の前で立ち止まってじっくりと見るようなお店の看板は縦に動かすことによってよりカニの躍動感を演出するようにした仕組みになっており、逆に近くで立ち止まって見るようなことができない店舗のカニについては、遠目ででも動いていることがわかりやすいように、より横方向に動かすことによって、看板の存在感を演出しているとのことでした。

    私が、かに道楽の看板から学んだことは、小さな違いではあるものの、こういった創意工夫というのは、消費者であるお客様の立場に立っていなければ、決して思いつくようなアイデアではないと思います。だからこそ、お客様の目線で経営をするということは、非常に意味のあることだということでした。

    内部の人間の視点ではなく、もっと外側から自らの会社のサービスをあらためて見てみることにより、新しいビジネスアイデアにつなげることができるようなこともあるのではないかと思います。

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    マクドとバナナ 関西人はインターナショナル?!

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  • おなじみのハンバーガーチェーン店であるマクドナルドの呼び方は、地域によってさまざまあるかとは思いますが、最も意見の別れるところが、「マック」なのか「マクド」なのかという二択に落ち着くのではないでしょうか。

    実際、関東方面や地方都市においては「マック」派が主流であるものの、関西周辺地域となると途端に「マクド」と呼ぶ人々が圧倒的に多数派となります。

    世界に目を向けてみても、フランスやフィリピンでは「マクド」、カナダでは「メクド」だそうで、関西の方に近い発音であることが分かります。

    このことから、関西の人の感覚や感性が、より世界基準に近しいものがあり、インターナショナルであると言う人もいらっしゃるようです。

    もちろんマクドナルドだけではありません。

    たとえば、「バナナ」と発音するときにも、関西人のイントネーションは、2つ目の「ナ」を強調するので、いわゆる英語のバナナの発音と同じようなニュアンスになります。

    ところが標準語となると、最初の「バ」に重きを置くことになり、確かに世界では通じにくいことになるかもしれません。

    よく海外に行ったときにも、関西の人たちは、関西弁でもって、おおよそすべてが日本語であるのにも関わらず、コミュニケーションを試み、見事に通じているといったこともあるようです。

    おそらく、関西人はもともと商人(あきんど)の基質を遺伝子レベルで受け継いでいるため、そういった能力に長けていると推測できます。

    関西弁が国際的な言語であるという話には、それなりの根拠があるような気がしています。

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    技術の進歩とジェネレーションギャップ

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  • 「ジェネレーションギャップ」
    皆さんも一昔前に聞いた事が有るかもしれませんが、所謂、世代間での価値観や文化、それらのズレや隔たりの事です。

    この言葉自体、少々古臭く感じる言葉ですが、これからも使われていく事になる言葉です。

    この世代間の価値観の相違は何処から生まれて来るのか、と疑問に思うかもしれませんが、これは我々が進歩し発展しているから起きるのです。

    太古は道具を生み出し言葉を覚えた者達の間での隔たり、文字を生み出しそれを読み書きできるようになった者達とも隔たりが生まれました。
    そして、作物を育てる方法を見つけ、移動速度も速くなって遠くの相手へと情報を伝える技術が生まれ、生活が豊かになり、それに伴い娯楽や文化も発展してきました。

    その節目節目で、生まれた時からその技術や文化があった者と、その前の文化と価値観が身に染みてしまっていた人達との間で、ジェネレーションギャップという物が生まれるのです。

    昨今でもTI技術やサービスの発展に伴い、この現象が度々起きています。

    この世代間の溝は埋められない物なのか?と言うと、そうではありません。

    昔の紙の手紙でのやり取りと、今の携帯機器を通して行うメールのやり取りでも、その本質は言葉を相手に伝える事ですし、テレビや動画などの娯楽に関しても、昔の演劇でのお芝居や大道芸人を見て楽しむといった事と心で感じる感情の部分では同じだからです。
    それらは、ただ伝達のスピードが上がったり、受け取れる場所と方法が変わっただけに過ぎず、人の根本的な行動や心の有り方は変わってはいません。

    つまりは、それらの技術やサービスを提供する側が、隔たりの無い世代へと向けた形で送り出せば、その溝は埋める事が出来るわけです。

    ただ新しく便利な物を生み出すだけでは、それが古くなった時に、また同じ運命を辿るだけでし、実際にその古い物を切り捨てる事もできません。
    それらは捨てようとも、世界のどこかには必ず残るからです。

    切り捨てるのではなく、その古い物も取り込んだ形へ、そして新しい物へと生まれ変わらせる事が必要なのです。

    そして、その方向性は技術やサービスの進歩だけではなく、それを受け取る人々の幅も広がっていく事になります。

    これを念頭に物事を進めれば、今まで捨てていた事、置き去りにしていた物を無くし、無駄が減り、社会全体で前へと進めるわけです。

    でも、そんな事が可能なのか?どうすれば良いのか?と言った疑問が浮かぶでしょうが、その方法もそこまで難しい物では無いと思います。

    人間と言うのは、面倒で複雑な物を嫌う傾向がありますから、シンプルで分かり易く簡単な形を目指せば良いのではないでしょうか?

    そうすれば、子供やお年寄りなどの、技術や世の中の仕組みに四苦八苦している人々へも伝えるのが簡単で、受け取りやすい物や形が出来上がっていくのではないでしょうか。

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    カンガルーとノルウェイの森(勘違いと誤訳にまつわるお話)

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  • カンガルーの語源の由来であると言われているのが、諸説はありますが、俗説の一つで面白い逸話が残っています。キャプテン・クック率いる探検隊が、オーストラリアで見たカンガルーを指さして、「あの動物は何か?」と現地の原住民たちに尋ねたところ、彼らが「(何を言っているのか)わからない」を意味する「カンガルー」と発したため、それがその動物の名前であると勘違いして、今なお「カンガルー」は「カンガルー」と呼ばれているという話です。

    なんともお間抜けでお粗末な逸話ではありますが、それに似たような話が、かの有名な村上春樹さんの小説やビートルズの楽曲である「ノルウェイの森」にも残されています。

    ビートルズの詞のなかで展開されているストーリーを実際に見てみると、彼女が尋ねてきて、「Isn’t it good, Norwegian wood」という節が出てきます。家のなかに森があるとは思えませんので、これはおそらくノルウェイ調の家具であったり、ノルウェイ風の材木であるとするのが正しいのではないかと言われています。

    もし、正しい翻訳がなされていたら、村上春樹さんの小説のタイトルも「ノルウェイの森」ではなく「ノルウェイの家具」になっていた可能性もゼロではないというところが面白い話です。

    これらの話から得られる教訓は、私たちも間違ったことなどが、そのまま一般に認知され、広まってしまう前に、そういった事態を想定しつつもなるべく回避できるよう、最終確認をしっかり行うことが大切さであるということになりそうです。

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    たまには上等なお豆腐を

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  • 今の時代はコンビニに行けばいつでも美味しい食事やお菓子が安定した値段で手に入れることが出来ます。
    これを実現させているのはものすごい企業努力だと言わざるを得ません。
    私達はそのおかげで便利な暮らしをすることが出来るのですから。

    ところが、これを別の言葉で言い換えると「あまりにも便利になりすぎている」とも言えます。
    一昔前の時代は24時間オープンのコンビニやレストランなんてありませんでしたが、それでも普通に生活出来ていました。
    しかし、深夜前に閉めるコンビニをたまに見かけると驚きと同時に文句を言ってしまう方が多いのが現実なのではないでしょうか。

    また、食品自体に目を向けてみましょう。
    例えばお豆腐ですが、スーパーやコンビニではどんなに高くても一丁100円程で買えるお豆腐があるのが当たり前になっております。
    しかしお豆腐屋さんが早朝に手作りで作るお豆腐はどうでしょうか。
    一丁200円以上することも珍しくありません。
    昔の人達は朝から豆腐を入れる木の桶をぶら下げてお豆腐屋さんに足を運んで買っていました。
    そこでついでにこれまた高いがんもどきや油揚げを買うこともありました。

    コストカットに成功し、外国などの安い原料を使ってより安く消費者に提供する企業の熱意は素晴らしいものがあります。
    ですが、たまにはお豆腐屋さんで豆腐を買うように、こだわりを持ってつくられた食品を探し、それを食べてみてはどうでしょうか。
    その食品の本来の味を堪能することが贅沢となった今だからこそ、食品本来の味や姿を知るチャンスだとも言えると思います。

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    ソフトパワーと将来への責任

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  • 「ソフトパワー」とは、アメリカの政治学者ジョセフ・ナイ氏によって生み出された概念です。
    かつての国際政治の世界では、軍事力や経済力を伸張させ、他国に対して優位に立つことが重視されていました。
    ナイ氏はこれらをハードパワーと名付け、それに対して、その国の持つ価値観や政策、文化によって国際社会で影響力を及ぼすという道を見つけ出しました。
    そして、従来のように相手のことを押さえつけるのではないこの力のことをソフトパワーと呼びました。

    第二次世界大戦の悲惨な敗戦を教訓に、軍事力を放棄した日本にとって、国際社会での影響力を保つにはソフトパワーをいかに伸ばしていくかが肝心となります。
    現在のところ、その方針は上手くいっているように思えます。
    漫画やアニメ、ゲームは世界的にファンを獲得。
    車や電化製品と言った日本製品は、世界でも安心・安全の代名詞として高いブランド力を誇っています。
    その結果が、現在の訪日観光客の激増という成果として表れていると言えます。

    このような成功は、かつての日本人たちが日々の仕事を真面目に全力で取り組んできたからこそもたらされました。
    私たち自身のことを考えてみると、現在の仕事に全力に打ち込み、素晴らしい商品を提供することが日本のソフトパワーを強くしていくことに繋がります。
    将来の日本人が国際社会でどのような立場に置かれるかは、今現在の私たちの仕事にかかっていると言えます。

    今一度、自分の仕事に緩みがないか検討してみたいと思います。
    将来の日本人に恥ずかしい思いをさせぬよう今日の仕事を全力で取り組んでいきたいと思います。

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    子どもの教育と仕事を切り離して考える時代は終わった

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  • 今の時代、家族である子どもの教育と仕事は切り離して考えることができないと思います。

    昭和の時代までは、父が仕事に出て母が子育てをすることで両立していたのかもしれません。しかし、平成の時代に入ってからは共働き世帯が増え、父母ともに働くケースは珍しくなくなりました。そして、子どもがいればその間に子育ても平行させて行わなければいけません。ですから、仕事ともに子育てできる環境をどれだけ充実させられるかが、社会には求められています。

    最近では保育園が次々と開園したりなど、いわゆる待機児童問題についての取り組みがだいぶ活発化していますよね。ただ、それでもまだ保育園は足りていない状況です。そこで、企業内保育所や、あるいは企業と連携した保育施設の取り組みが期待されています。

    企業内保育所があって出勤するとともに子どもを預けられれば、働きやすくなるのはいうまでもありません。これならたとえ子どもに体調不良等で何かあってもすぐに駆け付けられますし、その利便性は企業にとってもプラスなはずです。

    実際にはスペースや人材の確保や認可の問題などがあるため、良い取り組みだからといってすぐに着手はできないです。ですが、今の時代に対応していくならそのような取り組みから目を逸らすことはできませんので、よく考えなければいけませんよね。

    また、その実現には私のような一社員から問題に向き合う姿勢が大事ですし、子どもがいるいないにかかわらずみんなで答えを出す問題だと私は考えています。

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    損得勘定抜きのビジネスが思いのほか成功を導く

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  • 誰もが知る元首相の田中角栄さんは、損得勘定を抜きにした行動で人の心を虜にしたそうです。

    人が行動する時、損得勘定を抜きにしてはどうしても考えられないものですよね。それは自分が一番かわいいからだと思います。ただ、それが常識的な考え方になっているからこそ、田中角栄さんのような相手に喜んでもらうために自分の損得をかえりみない行動が、人の心を打ったのでしょう。

    働いてビジネスの世界で生きている以上、損得勘定を捨て去ることはなかなかできないですよね。1円でも多く稼ぎたいと思うのが普通ですし、そうでなければ生き残っていけません。ただ、仕事は利益を出さなければいけない一面がある反面、人のために何ができるのかを真剣に考えなければ成功しないという性質もあります。ですから、ビジネスで成功したかったら、時には邪念を振り払い損得勘定を抜きにして考えなければいけないシチュエーションもあります。

    たとえば、子どものための商品を企画する時「儲けたい」という気持ちだけでアイデアが出るでしょうか?その気持ちだけでは、ベストなアイデアが出てこないですよね。それよりも「どういう商品だったら子どもが喜んでくれるのだろう?」と考えてアイデアを出そうとしなければいけません。そこはひとまず損得勘定抜きです。

    また、本当に顧客のことを思った企画の商品なら必ず受け入れられますし、結果として利益が還元されますよね。ですので、損得勘定を抜きにして考えることも、ビジネスでは必要です。

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    『隣の芝生は青く見える』ということわざ

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  • 昔から『隣の芝生は青く見える』といいます。他人も持っているものや、他人のすることが良く見えるという内容ですが、由来を調べると面白い事がわかりました。実際に芝生を自宅の庭などに敷き詰めると、剥げた部分や、草の色の悪い箇所、枯れた箇所など良く目につきます。これは毎日身近に細かいところまで見ているからです。ところが隣の芝生は、遠目に見るので、小さいアラは見えず、綺麗に見えることから来ているそうです。

    仕事をしていても良くあります。『自分の部署はキツいが、あの部署は楽しそうで働きやすそうだ』とか、『自分の会社より、○○会社の方が待遇も良く働きやすい』とか『あの会社は注文が毎日多くててんてこ舞いしている。さぞや儲けているだろうなあ』などです。

    しかし実際に、『その部署へ異動して見たら、前の部署と変わらなかった』とか『いいと思って転職したら前の会社より悪かった』などと現実は違うものです。同じ職場でも良くあるのが、あの人は何時も楽して売り上げを上げている、契約をとってくるとか考えたりして、実際にその人の担当の仕事をやってみると大変だったなどです。

    私は他の人の事を羨むことは良い事だと思います。しかしそのことで自分の仕事を適当にやってはいけないと思います。なぜなら何処かに自分の仕事を羨ましく思っている人がいるかもしれないのです。他人も羨みながら自分もそれ以上に頑張る事を心掛け、他人から羨まれるような存在になりたいと思います。

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    ちょっと意識するだけで福祉貢献はできると実感

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  •  地域の情報を逃さずキャッチすることで、福祉に貢献することができるんですよね。先日、私はそれを実感することができました。

     少し前に、福祉作業所の制作物を販売所で買いました。地域の情報としてそういう催しがあると知ったので、どんな物が販売されているのか積極的にチェックしたのです。

     そこで販売されていたのは、手作りのアクリルたわしでした。そのアクリルたわしは食器を洗うのに使えるので、自炊を行う私にとって必要な物だと思いました。価格は200円だったので、それを買ったんですね。

     単純にコストからいえば、100円ショップで何個かまとめて売られているセットのスポンジを買ったほうが安いですよね。ですが、福祉作業所で制作された物を買うということに意味があると私は思いました。

     100円ショップで買うのに比べれば高いですが、それでも200円です。しかも、手作りだけあってあたたかみのある触り心地、そして何より使いやすいんですよ。汚れがよく落ちます。

     普段仕事に追われる生活をしていたら、福祉貢献をする余裕なんかないと思ってしまいがちです。少し前の私もそうでした。また、機会がそもそもないと考えていました。ですが、地域でどんな活動が行われているのかを注意深くチェックし、ちょっとだけ前向きに考えれば福祉貢献はできるんですよ。

     私の場合はただ買い物をしただけに過ぎないですが、それでも手作りした制作物が売れたとわかれば、作った人は嬉しいと思うんですよね。ですので、みなさんも福祉についてちょっと考えてみて下さい。

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    坪月商が高い飲食店の工夫に着目

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  •  飲食店が繁盛しているのかどうかを知る目安の1つに、坪月商がありますよね。坪月商が高ければ高いほど、飲食店の広さに対する売り上げの効率が良いということです。この坪月商を高くするためには、単にがむしゃらに頑張ればいいというものではなく、さまざまな経営的工夫をしないといけません。

     世の中には、坪月商が40万円50万円、あるいはそれ以上というような「まさか」と思える飲食店も存在します。坪月商がそれだけあれば、利益が出やすいのは明らかですよね。飲食店の広さだけで家賃が決まるわけではありませんが、狭いところの家賃は総じて安いものです。それで目の覚めるぐらい大きな売上を叩き出せるなら、見事と称賛するより他ないでしょう。

     坪月商が高い飲食店の工夫で多いのは、狭いスペースをギリギリまで有効活用したレイアウトにしていることです。狭いのに何席も設けられれば、それだけたくさんの人を集客できますよね。それで回転率を上げられれば、坪月商は自ずと高くなります。

     また、それだけではなく、客単価を高くするようなメニューの工夫もそれとなく行っておくのがポイントですよね。頼んでもらいたいメニューを客に自然と選ばせるようなことができれば、そのメニューが売上に大きく貢献するでしょう。

     このように坪月商をよくするための工夫は、少ない資本からでも利益を出すヒントが隠れていますよね。これは私たちの仕事にもきっと役に立つノウハウですから、なるべくたくさん知っておくようにしたいですね。

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    企業による労働条件の違いと人手不足

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  • 我が家には3人の子供がいます。めでたく3人とも就職しました。
    子供たちが就職先を選ぶ場合、基本給の額と、休日の多さでした。私たちの時代は、自分が何をやりたいか?で就職先を絞っていたと思います。しかし子供たちのような条件で絞るのが今時の多くの若者のようです。

    実際に子供たちの同級生たちの2割近くが、労働条件のギャップで退社し、再就職しているといいます。
    それは、休日出勤が多い、残業が多い、営業ノルマを課せられた、転勤で勤務地が遠くなったなどと、自分の時代では当たり前の事でした。
    時代は変わったものだと安易に思っていたら、取引先の部長さんからこんな話を聞きました。今年は内定を30人出して、入社はゼロだったというのです。そして中途採用の募集をしているが問い合わせすらない!という事でした。この企業は朝が非常に早い出勤の水産会社です。つまり今の若者にはそぐわない労働条件です。

    自分の子供たちの内、一人は給与はいいが、週休二日が完全に取れない、ノルマがきつすぎるというのを理由に退社し、今では完全週休二日でGWや盆、年末年始は連休のある会社に入社しています。給与は低くなってもこっちのほうがいいというのです。後の二人は初めから休みの多い会社に入社し、今も働いています。

    このような時代には、企業も労働条件を変えていく必要があると思います。時代に合った労働条件に変えた企業は人手不足は皆無で、昔ながらの企業は人手不足で火の車状態です。この両極端の傾向は今後も続くかもしれません。

    私の勤める会社はどうなのかと言われると、私の口からは言えません。労働条件を変えるのは、私を含め、今の社員の皆さんの考え方から変えないといけないと思います。私たちが、今の時代の労働条件が当たり前だと思うようになってこそ、本当の労働条件の改革が出来ると思います。私も皆さんの見本になるように変えていきますのでよろしくお願いいたします。

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    江戸時代に生まれた“商人道”を、営業に活かす

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  • 今から約150年前の江戸は当時、世界2位とも、1位とも言われた経済基盤を築き上げ、継続させた時代でした。

    現在でも世界各国を魅了している、日本の“武士道”精神ですが、当時の江戸では、“商人道”が生まれました。

    この商人道の根本は、商いをし、成功を収めている江戸での商人富裕層が、格差が広がり続けていた、富まない人々へ向けた、
    徹底した分かち合いの精神でした。

    年老いた人、健康上の不安を抱えた人、日々の食べるものに事欠く人などに対して、
    蓄えの安定している人々が組織を作り、食料を、自らの財産を出し合い、変わって備蓄庫に貯蔵したのです。

    近江商人の「売り手よし、買い手よし、世間よし」の“三方良し”、の精神は有名な商売の極意ですが、
    この、江戸の“商人道”も、自社の利益だけに固執しない、非常に視野の広い、同時に懐の深い眼差しに支えられた商いの精神でした。

    江戸経済が世界に誇る隆盛を極められた背景には、江戸に生きる商人たちの徹底した商いへの本気があったことは言うまでもありませんが、
    隆盛が継続した理由には、こうした、自らのみを守ったのではない、ゆとりの“商人道”が存在したのです。

    ウィンウィンと言うフレーズを耳にして久しいですが、結局、自らのことのみを考える経営は、永続せずに、
    短命であることは、知られています。

    営業を行い、自社側から、
    「君は、自社と先方の、どちらの営業?」
    と、言われれば、本物です。

    常に社会の動向に目を光らせ、自らの利益を社会に還元できる力を蓄えるための広い視野と洞察力を磨き続けたとき、
    自社に初めて、安定した経営が訪れるのだと、胸に刻んで前進したいものです。

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    人口減少による経済規模縮小への危機感

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  • 経済的なチャンスや利益が大きいのは、人口の多い時と少ない時のどちらでしょうか?

    少し考えれば何となくわかることですが、人口の多い時のほうが経済的なチャンスや利益は大きくなります。そして、世界の人口は増える一方です。この事実を客観的にとらえるなら、世界的にみて景気が良くなると見通せますよね。だからこそ今は株を買えといわれていますが、それは世界的にみて好景気になりやすいからだという理由があるからです。

    ただ、この状況に安穏としていられないのが、私たち日本人です。日本の人口は減るばかりで、将来的には1億人を切るといわれています。そして、人口の減少は経済の衰退を招き、チャンスや利益を生む機会はどんどん減っていくと考えられますよね。特に国内マーケットがメインの会社は苦しく、どうやっても買い手がみつからなくて四苦八苦するということもあっておかしくありません。

    この問題に対処する方法は、主に2つです。1つはマーケットの目を海外に向ける、そしてもう1つは国内マーケットで需要のある商品を販売していくということです。どちらもただ安定無事を求めていたのでは切り拓けない未来ですから、厳しさをともなうのは避けられません。ですが、日本の会社で働くなら向き合わなければいけないことで、決定的な打開策を講じていかないと厳しいです。

    人口減少は決して対岸の火事ではなく、私たちがまぎれもなく当事者です。ですので、なるべく早く手を打っていくことが、この状況を切り抜けるための考え方です。

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    ラッキーじゃなくて実力で勝ってみせます。

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  • 写真を撮るのが好きで、いつもスマホでいろんなものを撮っています。風景や子犬を撮って、パソコンの大きな画面で見ています。そうしているとちょっと前の事なのに懐かしく感じたりするんです。写真で何か思いだしたりすることってありますよね。少し前の事でも思い出してみると、違う事に気が付いたりしてちょっと嬉しい事もあります。

    ちょっと変な事なんですが、パソコンで見て初めて気が付くことがあるんです。写したはずのないものが写りこんでいるんです。いえ、心霊写真とかではありません。鳥とかが画面の端に写っていたり、後ろにいた人の影が子犬にかかってたりするような事です。たまにそういうもののせいで、いい写真とかになる事があるんです。この前は川の水面を撮ったら、魚がジャンプしているのが写ってて凄い偶然だなって思いました。魚がジャンプするのを待ってたら、何時間かかるか分かりませんから。

    もしそういう写真で、なんかの大会とかに入選したりしたら嬉しいですけど、それってただのラッキーですよね。学校の試験で予想が当たっていい点が取れたみたいな、一回きりの事になりますから、宝くじみたいなものです。それはそれでいいんですけど、やるんだったらやっぱり実力で勝負したいですよね。

    一時的な運とかを信じて何かするのはギャンブルみたいなものです。私は実力を磨いて勝負してこそ本物なんだと思います。写真で入賞するのは無理ですけど、仕事も他の事も実力を付けて勝負します。

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    ニッカポッカ

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  • 現在、日本では「ニッカポッカ」といえば、土木・建設工事の作業服として多く見られるものとなりました。

    もともとニッカポッカとは、オランダの男子子供服のスタイルを指しているものであり、語源はニッカーボッカーズ(knicker bockers)であると言われています。そのデザインは、膝下でくくる、ゆったりとしたズボンとして、立ったり座ったりと言う動作が楽であるところから、作業服として採用されるに至りました。

    ニッカポッカが作業服として優れている点を挙げますと、足首部分が締まっている事で、裾が引っかかることがないといったところや、汗をかいた時に、足にペッタリくっつかないところが現場での重労働作業に勤しむ人たちにとって非常に使い勝手のよいと重宝されました。また、動きやすくするだけでなく、高所作業のとき、幅の広がった裾の部分が揺れることによって、風の強さを測るといった機能も兼ね備えていたことが実用的でもあったわけです。

    熱や危険作業を伴う現場においても、肌に直接触れることのないような作りによって、労働者の安全をも担保してくれるといったメリットもあります。

    このように、ニッカポッカは、工事現場などで働くひとにとって理にかなっているからこそ、最も多く採用される作業服となったと言えるわけです。

    ちなみに、ニッカとポッカという企業がありますが、ニッカバーにレモン飲料を納入したことから1966年当時、作業服のニッカポッカからアイデアをもらって「ポッカ(レモン株式会社)」が誕生したそうです。

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    1回の質を良くするか、多くのことをこなすべきか

  • 追加
  • 人に認めてもらうためには「1回の質を良くするか、多くのことをこなすべきか」

    人は人生の中で多くのことを学び、そして成していきます。
    しかし、そのすべてが認められているわけではありません。

    当然のことですが、悲しいながらも現実のことで、一個の結果を出すためにたくさんの努力をしても
    周囲には一個のことでしか認めてもらえず、少し不満ながらも受け入れていくしかないのです。

    これだけでは自分の解釈も混じってしまうのでう分かりづらいと思いますから、もっと身近な例をあげます。

    これまで有名になってきた俳優さん、女優さん、そして数々の書籍、漫画、著名人
    その全てのことにあてはまります。

    あなたは超有名人の人の功績をどれぐらい一つにつき思い出すことができますか?
    せいぜい2、3個ぐらいなものでしょう。
    あの俳優さんはあのドラマが良かったよね~とか。あの映画はあのシーンが最高だったわ、とか。

    所詮人なんてそんなものです。が、かく絶望しかけるその真実は裏を返せば新たな可能性を
    秘めているのです。

    人に2、3個しか認めてもらえないのであれば、1つ1つに熱をいれて1個、1個をでかくしていけばいいのです。

    人に2、3個しか認めてもらえないのであればたくさんのことを成しても褒めてはもらえど認めてはもらえないでしょう。
    これでは意味がありません。なにもなしていないのと同じです。

    1つ1つを大きくすることにこそ意味があるのです。

    しかし、どうしても人間というのは成果がでないと不安になるものです。
    実際あなた達が今までこのやり方できたのは、精神的に安心したいという思いがあるからでしょう。
    でもそれになんの意味があるというのでしょうか。

    もう一度考え直してみませんか?あなたの努力の仕方。

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