5分早く行動せよ

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  • 今回のテーマは「5分早く行動せよ」です。
    私は高校1年生の時、島根の三瓶山に2泊3日の登山研修に行きました。
    その時に計画書が各自に渡され、細かい予定時間などが割り当てられたのですが、その研修で教えられた事は、
    「集合時間より5分早く集合する事、そして5分早く集合する事を想定して通常より5分早く行動しなさい。」
    という事でした。
    これは研修の3日間徹底するように言われ、最初の方は少しでも遅れた生徒はお叱りを受ける生徒もいましたが、2日目、3日目になると皆、教えられた通り決められた時刻より5分早く集合するようになりました。
    この研修がきっかけで、私は通常の高校生活に戻っても授業の5分前には着席し、次の授業への備えができるようになりました。
    その結果、高校3年間無遅刻で過ごす事ができました。
    それは大学生活に入ってからも継続し、大学の講義も始まる5分前には席について準備する事ができました。
    そして、社会に出てからは5分前では済まないケースも多々ありますが、普段から研修で教えられた「5分早く」を社会に出てからも続け、どんなに渋滞に巻き込まれて遅くなっても始業の5分前には到着しているため、社会に出てからも一度も遅刻をした事がありません。
    それは学生生活や仕事のみならず、プライベートでも友人との約束や彼女とのデートの集合時間においても「5分早く」を実践しているため、「時間に対して律儀だね」とよく褒められます。
    このように「5分早く」を心がければ何をするにしても普段より円滑に物事を進められる事は間違いありません。
    私は今後も「5分早く」を継続するつもりですし、皆さんも是非普段より「5分早く行動」する事を心がけてみてはいかがでしょうか?

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    ショートスリーパーという生き方

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  • 皆さんは、ロングスリーパーやショートスリーパーといった言葉を聞かれたことがあるでしょうか。
    テレビや雑誌などのメディアで、一度は耳にしたことがあるという人は多いのではないかと思います。

    長時間睡眠が必要なのがロングスリーパー、短時間睡眠でも大丈夫なのがショートスリーパーと言われますね。
    私は、どちらかというとロングスリーパー気味で、ショートスリーパーに憧れたことがありました。

    しかし、ショートスリーパーに憧れ、睡眠時間を減らしてみたところ、体調不良に悩まされるようになりました。

    やはり人間それぞれには適正な睡眠時間というものがあり、あまりにも変わったことをしようとしてはいけないのだと痛感いたしました。

    かといって、寝すぎることの害というものもありますから、適度というものが大切であるといえます。過ぎたるは及ばざるがごとしと言われる通りです。

    さて、企業戦士ですと、睡眠時間をしっかり取りたい、のいうのが甘えのように聞こえる人もいるかもしれません。
    しかし、昨今はワークライフバランスと言われるように、自分自身を大切にしながら働くということも大切だと言われてきております。

    無理をして、体調を崩してしまうことのほうが、結果的に周りに迷惑をかけるということもあります。
    ですから、日々、自分の体調管理をしっかり行う必要があります。
    そのためにも、自分がどの程度の睡眠が必要なのかを知り、睡眠時間が十分取れるようなスケジュール管理をしなければならないです。

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    コンプライアンスは企業の品格を決定するバロメーター

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  • おはようございます。今朝は少しコンプライアンスについてお話をしようと思います。

    最近ではどこの企業でもこのコンプライアンスを重要な企業要素として考えるようになってきました。一昔前には聞かれなかった言葉ですが、今では、国内の大手企業のみならず、中小企業に至るまで広く浸透してきました。

    皆さんも当然コンプライアンスが何を意味するものかはご存知と思いますが、念のために申し上げますと、法令遵守と表面的には解されております。実際にはもっと深い意味合いのあるものとして捉えられているようです。

    法令遵守ということであれば、法律を犯さなければ企業は何をやっても良いということになってしまいます。

    コンプライアンスの真の意味合いは、企業倫理の遵守と解釈した方が正解でしょう。要するに法律よりもさらに上位の道徳を拠り所として、企業活動を展開することがコンプライアンスの意図するところであり、現代社会が企業に求めているものであります。

    したがって、コンプライアンスから逸脱した行為を行ってしまうことは、社会から敬遠され、強いては企業の存続が危ぶまれる状況にもなり兼ねないのが最近の動向です。
    時折こうしたニュースが新聞やテレビを賑わせているのは、皆さんもご存知の通りであります。

    それでは、日常の業務の中ではこのコンプライアンスを私達はどのように遂行すればよいのかという身近なところで考えてみましょう。

    例えば、工場内のクリーンルームに入る場合、会社が定めた手順があります。私も何度か入ったことがありますが、大変面倒な手順を実行しなくてはなりません。ともすると人が見ていなければ、手洗いぐらいは省いても、などと脳裏を横切ります。

    人が見ていようがいまいが、決められたことをきちんと守って実行することが、日常の業務の中で私達に課せられているコンプライアンスなのです。

    そうした社員一人ひとりの精神こそが大切であり、その企業の品格を決定していると私は思います。ご静聴ありがとうございました。

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    コミュニケーションも仕事です

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  • 最近私は仕事でミスをしてしまい、しばらく落ち込んでいました。

    先輩や上司にフォローしていただき事なきを得ましたが、自分の不甲斐なさに落ち込み反省しました。
    家に帰り、一連を振り返ると、自分の日頃の行いやちょっとした思い違いでこうなったのだと気づきました。

    私は自分で言うのもなんですが、人とのコミュニケーションが得意ではありません。
    言い訳ですが、朝は低血圧で寝起きも悪いためとても苦手です。
    挨拶も小声で酷い時は会釈しかできていません。
    仕事中も必要最低限の会話をして、仕事をきっちりこなせていれば他に話す必要もなく、むしろ仕事以外の会話は無駄話だとまで思っていました。

    ところが今回のミスは苦手とするコミュニケーション不足でおこってしまいました。
    先方のお客様ともう少しコミュニケーションを日頃からとっていれば、表情をくみ取ることができていればおこらなかった事でした。

    日頃の挨拶から始まり相手の目を見てコミュニケーションすることは、全てが雑談というわけではないんだとこの歳で気づきました。
    お互いの考え方や表情にでる感情を得られるコミュニケーションは、仕事を気持ちよく円満に進める最も重要な仕事でもあるのではないかと。

    これまでの自分の行動や考え方が急に恥ずかしくなりました。
    ですが、すぐに自分を変える事は難しいので、少しずつ変えていこうと思っています。

    まずは朝の挨拶から始めていこうと思っています。
    皆さんに急に挨拶しますが、びっくりせずどうか温かい目で見ていただけたらなと思います。
    宜しくお願いいたします。

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    仕事は慣れた時こそ初心に帰ることが必要

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  • 新しく仕事を始める時、最初は教わったことを丁寧に緊張感を持って行いますが、慣れてくると我流のやり方になることがあります。
    もちろん、どんな仕事もマニュアル通りに行うことが全て正しいわけではなく、より良い成果を求めて臨機応変に対応することも必要です。

    私は研修中に先輩から「忙しい時はこんな風にやるといいよ」と言われましたが、それはマニュアル通りのものではありませんでした。
    先輩は良かれと思って経験に基づいたアドバイスをしてくれたのですが、仕事を覚えるだけで必死の時には出来ません。

    慣れてくるとそのやり方もいいとは思うのですが、最初はやはりマニュアルに従うほうが間違いが起こりません。
    先輩も人間なので完璧ではありませんし、まず基本に忠実に行うことが、仕事をする上で欠かせないことだと思います。

    仕事を始めて半年も経つと、ある程度こなせるようになり、安心感が出てきます。
    すると、最初の頃の緊張感がなくなって基本的なことを忘れがちになります。

    私も仕事に慣れた頃、同じようなミスが立て続けに起こったことがありました。
    そして、その反省をちゃんとしていないと、ミスが起こりそうな仕事を何度も任されるんです。
    これは「試されている」、言い換えれば「ちゃんと宿題をやりなさい」とうことだと思います。

    仕事を教わる時に誰でもメモを取っていると思いますが、ミスが続く時はそのメモを確認することが必要です。
    そして、ただ読むだけではなく、整理して書き直すと理解が深まります。

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    報・連・相の難しさ

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  • 報告、連絡、相談は働く私たちや家族、親戚、友人など自分に関係あるすべの人に必要に応じてすることが大切です。当然の事ですね。

    報・連・相は、自分には責任が無い事、例えば、事故に遭遇した時の警察への連絡や火事を発見した時の消防署への通報などでその場に自分が入れば躊躇なくする事が出来るものです。

    誰かに物事を頼まれた時は必ずどのようにしたかを報告するものですし、何かあった時も必要な人には連絡を必ずするものです。相談も身近な人や友人や家族には忌憚なく話せるものです。仕事でもいつも言い聞かされています。

    しかし、問題は自分が仕事の上でミスをしてしまった時に、果たしてすぐに報・連・相が出来るのかということです。そうすることは当然必要とされますが、すぐにという点は難しい事かも知れません。

    例として友人から聞いた話ですが、備品の発注をしていた人が誤って型番を記入したため誤発注をしてしまったそうです。その人は困りまして、再び正しい備品の発注をしたのだそうです。しかし、その時に報告をしなかったために、後になって発覚し会社に損害が発生してしまったということです。

    正しい処理は、上司に自分の誤発注ミスをすぐに連絡し、相談することでした。そうすれば会社は返品の交渉が出来たはずですし、自分へのお咎めも少なくて済んだでしょう。

    報・連・相は簡単なようで自分の落ち度の事になると行うのが難しいという話ですが、自分の判断で処理したりしてしまいますと、事が大きくなり処理が大変になります。自分の評価も落ちてしまいます。逆に処理が早ければ評価が上がるかも知れません。

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    自分を律したければまず規則を守ることが第一

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  • 規則やルールを設けることは束縛につながると考えられがちですが、束縛されることで自分を律することができるという利点も忘れてはいけないと思います。学生時代の校則や会社に入社してからの社則は、なかなか意識できないことが多いですよね。そして、校則や社則にあまりに縛られてしまったら、何だか息苦しくなってしまいそうです。

    ですが、一人だけで活動しているのではなく学校や会社という場で集団生活をしている以上、校則や社則を意識することはすごく大切です。いくら個人の自由が認められているとはいっても、無鉄砲に何でもかんでも自分の好きにして良いわけではありません。それでは他人に迷惑をかけてしまいますから、そうならないようにする必要があります。

    校則や社則などの規則やルールは、自分を律するための行動指針を示したものです。自分を律することができれば、勉強にしろ仕事にしろパフォーマンスを発揮しやすくなるのはいうまでもありません。人は我慢や辛抱をしなければいけないものですが、仕事となればまさにそういう局面が多くありますよね。

    そのような局面に遭遇しても普段から規則やルールに従って行動をしていれば、あまりストレスに感じることなくどこ吹く風で乗り切れるのではないでしょうか?ですから、規則やルールは自分にとっての枷になっていると考えるのではなく、自分を律するために必要な決まり事だととらえるのが適切です。ですから、規則やルールをよく守れたほうがいろいろな面でプラスだと思います。

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    西暦と元号について

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  • 西暦と元号の違いについて説明させていただきたいと思います。

    まず、西暦ですが、言わずとしれた世界共通の年を表すための指標であり、これはイエス・キリストが生まれる前と生まれたあとで、B.CとA.Dといった表示がされることは、世界史の勉強をした際に学んだとおりです。

    一方、元号というのは、日本独自の年のカウント表示であり、代々続いている天皇制を基準として生まれてきたものとして広く一般的に知られるところです。
    その天皇が君臨している間は、その天皇の名を冠した元号を用いますが、次の天皇に代替わりすると、また新しい元号として脈々と受け継がれてきました。

    そんな元号のなかでも「昭和」にだけ当てはまる、西暦との関係性・法則のようなものが存在していますので、ご紹介させていただきます。

    それは昭和+1925 というものです。

    具体的には、昭和○○年というところに1925を足すことによって、簡単に元号から西暦を知ることができます。
    このことにより、昭和生まれである方の生年月日を一瞬にして西暦に変換できるといったメリットがあり、仕事をしていく上で必要にせまられる場面でも使うことができると思います。

    トリビアのようですが、アルコール飲酒可能年齢であるかどうか判断する際にも、相手を試すために、すぐに西暦を尋ねるといったことで、トラブルを回避することも可能となるため、実際のところ、有益な計算式ではないかと思います。ぜひ覚えておくと使える場面に遭遇するかもしれません。

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    表現規制の是非について

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  • 表現の自由は、日本国憲法第21条によって保証されている大切な権利です。
    しかし、漫画やゲームなど特定の表現が子供に悪影響を与えたり、犯罪を誘発する可能性があるので規制すべきではないかという意見もあります。
    当然規制には反対という人も多く、昔から様々な議論が交わされてきました。

    私は、表現が人に悪影響を及ぼすことはあると思います。
    例えば、永井豪先生の『ハレンチ学園』が流行った時、漫画の真似をしてスカートめくりをする子供もいたそうです。
    これは表現の悪影響の一例と言えるでしょう。

    では悪影響を及ぼす表現は規制しても良いのかと言えば、私はそれは違うと思います。
    表現が人に与える影響は一律ではないのです。『ハレンチ学園』を読んでもスカートめくりなどしなかったという子供も当然いるはずです。

    表現による悪影響を軽減する方法は、規制以外にもいくつかあります。
    まず、私が重要だと思うのは教育です。
    漫画でもアニメでも小説でもそうですが、フィクションに書かれていることは必ずしも正しいことではない、ということを子供のうちからきちんと教えることが必要でしょう。

    また、レーティングも大切です。
    過激な内容が含まれる作品、あるいはまだ判断能力が未熟な子供には適さない作品などには年齢制限を設け、分別のある大人だけが見られるようにするのです。
    ただし、子供の発達には個人差がありますし、どこに線引きをするかというのは非常に難しい問題です。

    いずれにせよ、教育とレーティングをしっかりやれば、表現による悪影響を減らすことは可能だと思います。

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    定年退職のあり方

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  • 殆ど会社では定年退職があります。退職年齢の多くは60歳で近年では65歳の会社も出始めています。

    今の時代60歳と言えばまだまだ現役です。現場や営業の第一線で働くことが出来て、会社にも貢献できます。特に堅物ではない柔軟な考え方を持っている人は、時代の流れに沿って仕事をしています。そんな中、役員でもない限り定年退職はやってきます。

    第二の人生を優雅に過ごそうというのは過去の話です。一流企業ならまだしも、多くの人は、年金がもらえる年齢も上がり、退職金は少なく、再雇用しても今までの給与から大幅に下がります。この時、厚生年金からの給付金は申請でもらえますが、決して今までの額は貰う事は出来ません。

    このような状況で会社側は、会社にとって貢献できる社員は定年後も本人の希望があれば再雇用します。会社にとっては支給給与は減り、期待できる戦力なのでこの上ない人材です。しかし私の知る限りでは、今まで会社に貢献し、第一線で働いていた人たちも、一旦退職し、収入が減ると、同じモチベーションでは仕事が出来ない人がほとんどです。

    その人たちの話では、給与半分では、昔と同じ気持ちでは仕事は出来ない。仕事が終わらなくても定時で帰る、後の事は知らないなどという事ばかりでした。この話を聞いて私は少し驚きました。悠々自適な定年後の生活を期待していた私の考えは崩れました。

    そう遠くは無い時代に年金満額支給は70歳になるそうです。年金支給と会社の定年退職を合わせることは法整備で出来ないものかと思いました。今まで、定年の事はこれっぽっちも考えなかった私は、その年齢に近づいてくると聞いて調べて現実を知りました。この場の人もどれくらい考えているのかはわかりませんが、一度考えて見てはどうかと思います。

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    焦りも後悔もしてはならない

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  • ゲーテの格言に「焦ることは何の役にも立たない。後悔はなおさら役に立たない。焦りは過ちを増し、後悔は新しい後悔をつくる。」というものがあります。

    実際には、人間は仕事上にせよプライベートにせよ、焦ることも、後悔も、必ずします。
    しかし「焦り」はミスや過ちを呼び、そのミスや過ちは余計に時間と労力と影響を及ぼします。焦りから生まれたミスを後悔することは更に、時間や労力を浪費します。

    反省し、次に生かすのであれば良いと思いがちですが、この格言の意図する事はそうではありません。
    焦りが生み出す負の連鎖を断ち切るため、そもそもの原因である「焦り」を取り除けと言っているのです。

    では人は何故焦るのか?それは時間がないからであり、他者からのプレッシャーがあるからであり、スケジュールがきちんと管理されていないから焦るのです。
    常日頃からきちんとスケジュールを組んでおくこと、そのスケジュールに関しても必ず余裕を見ておくことはもちろん、スケジュールに関して同じ仕事をしている仲間で共有する事もまた大事な事です。
    それは「焦り」からくるミスを無くすだけでなく、周りもお互いにそれぞれのスケジュールや仕事量を、なんとなくでもよいので把握しておくことで、お互いに余裕をなくして焦ることが無いように、お互いにフォローできるようにしてしておくことで、仕事や人間関係を円滑にすることにもつながります。

    人は焦りも後悔もするものですが、お互いにフォローしあって焦りによるミスや後悔を減らす努力をすることも大事な事であると思います。

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    サービスマンは同性を大事にしよう

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  • サービスマンの中でも接客業をする上で大事な暗黙のルールを紹介します。それは接客する上では同性を大事にしようと言うことです。

    どういうことかと言いますと、接客するときにはお客様は男性も女性もいます。男性同士か女性同士のグループなら問題はありませんが、もし男女が混ざっているグループであれば、接客の仕方には暗黙のルールがあります。

    それは接客する側が男性だった場合、お客様のグループの中でも目線は男性に合わせると言うことです。女性に目を合わせるなと言うことではありませんが、主に男性を見なさいと言うことです。

    逆に接客する側が女性なら、お客様の女性をメインに目線を送ることになります。

    これは接客する側が自分と異性の方ばかり見て話していると、お客様の中で嫉妬心が沸いてしまい気分を損ねてしまうからです。

    あの店員はお客に下心があるのか、色気で誘っているのかと思わせることになりかねませんので、自分と同姓のお客様を見て話すようにしているのです。

    旅館の女将は家族で来たお客様には、ほとんど奥さんの方を見て話すと言われています。そして時に子供を見たり。

    旦那さんの方にはたまに程度でしょう。

    そして、男性バーテンダーさんは、自分の知り合いの女性が男性の友達を連れてきたときには、男性の友達の方と話をするように心がけています。

    いくら知っているのは女性の方でも、だからといってそちらとばかり話していたら、連れてこられた男性は面白くないですので。

    接客する時は、お客様のためにも同性を大事にすることが暗黙のルールなのです。

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    あるたった1つの行動で社長になった男の話

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  • ある会社に70代の社長がいます。
    社長になる前にした、あるシンプルな行動があります。それは誰でもできることですが、率先してする人は少ないことです。

    そうです。それは掃除です。

    その男性はごく一般的なサラリーマンでした。ある時から朝早く出社し、黙々と掃除をはじめたそうです。しかもなるべく人に気づかれないように毎日毎日掃除をし続けました。

    ある程度大きな会社となると、派閥もあり、社長をはじめ役員となるのには労力も時間もかかります。時には違う派閥からの、ある種の攻撃とも言えるアクションも受けるでしょう。その会社内でも、社員同士の足の引っ張り合いや、イザコザがあったそうです。

    しかし、掃除をはじめ少ししてから、その男性の周りの空気が変わりました。周りの皆が話を聞きてくれるようになり、気づくと男性は一目置かれる存在となっていたそうです。

    掃除というものは、少し面倒だと感じることもありますが、掃除をするとまず自分自身の気持ちが晴れやかになります。整理整頓や掃除をすると、物を探す時間も減り、片付けないといけないというストレスから解放されます。それにより作業効率もアップするのだと言われています。

    それに加え、有名人やお金持ちがトイレ掃除を日課としている話も有名です。しかし、毎日人知れず掃除をするのは大変なことです。直接営業の数字が上がるわけでもありません。残業代が出るわけでもないのです。それでもその男性は掃除を続けました。

    周りを蹴落とすでもなく、ただひたすら掃除したのです。その結果、社内でも協力者が現れ、上司や部下からも尊敬されるようになり、ついには社長へと就任します。

    掃除をするということは、場所を綺麗にするというだけでなく、自分自身の鍛錬にもなります。人が面倒だと感じることを率先し、継続してするというパワーは、自分自身を大きく成長させることにも繋がるのでしょう。

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    自分の常識は世間の常識ではないかもしれません

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  • 食事の仕方など生活習慣の関して今まで自分が当たり前だと思っていた事が、実は自分や自分の家庭内と人様のそれとは全く違っていて驚いたという経験はありませんか? 

    友達同士の会話の中で、例えばある食べ物をウスターソースで食べるか、醤油で食べるかが話題になって「ウッソー!」なんて事が少なからずあったのではないでしょうか。私は新婚当時、練り物のてんぷらをソースか醤油かで妻と論争になった経験があります。

    会社内の仕事に関しても同様の食い違いは大小様々起こり得ます。
    仕事の運び方や作業の手順などについて同僚と微妙に違っていて問題になる事もありますし、考え方や心構えなど目に見る事の出来ない事柄に関してはさらに食い違いの可能性が高くなり、上司に叱責を受けた事のある方もおられるのではないでしょう。

    これが会社内と世間一般の社会の間になると、もっと大きな差が生じる事になります。
    その差が社会の許容範囲内に収まり、会社の個性や方針として受け入れられる間は良いのですが、それが一定以上に乖離した時、例えばユーザーニーズを捉え損なう事になって会社の業績に影を落とし、極限では社内理論のみで行われた会社活動が社会の倫理を外れ、法規を犯すものになるのです。

    私達は常に自己の思考や行動を顧みて、それが独りよがりなものでないかどうかを確認しながら、それぞれの立場に応じた仕事をしなければなりません。
    その為には周囲の人達や一般社会とのコミュニケーションを大切にし、何が本当に正しいのかを問い続ける必要があります。

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    時には手を抜くことも重要

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  • ビジネスにおいての2:6:2の法則はよく使われます。
    仕事を引っ張っていっている2割、自分の能力内で仕事を行っている6割、仕事の足を引っ張っている2割とされている考え方で、もともとは働きアリの行動を観察すると働いているのが8割で2割はサボっていると言う研究結果をビジネスに応用したものです。
    しかしながら、実は仕事をしていない2割と言うのが大きな役割を果たしていると言うことがここ最近わかってきました。
    働きアリの仕事において、エサを取ってきたり巣をつくるために土を掘ったりすると言った仕事の他に女王アリが産んだ卵を舐め続けると言った仕事があるみたいです。
    この仕事が実は一番重要な仕事で卵を舐め続けないと卵が乾燥してしまって子孫が残せなくなってしまうので継続した仕事が求められるそうです。
    その舐め続けると言った仕事は全員で取りかかると全員が疲弊してしまって継続できないそうです。なので必ず2割は仕事をせず休んでおり、交互に交代をして休んでいるみたいです。
    確かに実験でも働いていない2割だけを取り出してもその中でまた8:2の割合で仕事をするアリとしないアリに分かれるみたいです。
    働き方改革や女性の社会進出等で通常の正社員への仕事のしわ寄せがきているのが働く身として痛感します。労働は国民の義務なので働きたくはないとは思いませんがもう少し男性の長時間労働によって政府の理想としている働き方を支えている現実を知ってもらいたいと言うことと改善案を出してもらいたいものです。

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    フィクションとの付き合い方

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  • アライグマはタヌキに似ていますが、タヌキはイヌ科、アライグマはアライグマ科であり、近縁ではありません。
    見た目の違いでわかりやすいのは尻尾で、アライグマの尻尾には縞模様があります。

    アライグマの原産地は北米及び中米で、元々日本には生息していませんでした。
    しかし、ペットとして移入されたものが逃げ出したり捨てられたりして、日本に定着してしまったのです。

    外来種であるアライグマは様々な問題を引き起こします。
    その一つが農作物に対する被害です。アライグマの特徴の一つは、前足を使って物を掴むことができるということです。
    その手先はとても器用で、スイカに穴を開けて中身だけをくり抜くという芸当までできます。
    また、アライグマは雑食ですから、養殖されているニシキゴイなどを食べてしまうこともあります。

    アライグマは日本に元々住んでいた野生動物も脅かします。
    両生類や爬虫類を食べたり、鳥の巣を奪ったりとやりたい放題です。

    しかし、アライグマはただ生きているだけです。
    悪いのは、本来のすみかではないところに連れてきてしまった人間なのです。

    『あらいぐまラスカル』というアニメがあります。
    有名な作品なので、実際に見たことはなくても、タイトルは知っているという方も多いのではないでしょうか。
    日本でアライグマがペットとして人気となったのは、このアニメの影響だとも言われています。
    もし『あらいぐまラスカル』が放送されていなかったら、アライグマによる外来種問題は起きていなかったかもしれません。

    アニメに限った話ではありませんが、フィクションというものは現実に悪影響を及ぼすこともあるのです。
    かと言って、それを規制するとなると表現の自由の観点から問題が生じてきます。
    フィクションとどう付き合うかということは、私たち一人ひとりが考えていくべきことだと思います。

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    会社の規則やルールやマナーの教え方について

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  • 会社は集団生活の場ですので、さまざまな規則やルール、それに知っておいて欲しいマナーが存在しますよね。入社して何年も経つベテラン社員なら、規則やルールやマナーについてある程度は頭に入っているはずです。

    しかし、新しく入ってきた社員は、そうではありません。今は新卒の新入社員のみならず中途採用で採用される社員が数多くいます。そんな新しく入ってきた社員からすれば、会社の規則やルールやマナーについてまだよくわかっていませんから、まわりの社員がしっかりと教えていかないといけないですよね。

    会社では新人教育の場がしっかり設けられていますので、そこですべて教え切るのがベストです。マニュアルはもちろんのこと、口頭でも伝えられます。ただ、1回聞いてすべて覚えられる人の方が少ないでしょうから、新人教育の場だけで会社の規則やルールやマナーがすべて伝えられると決めつけるのではなく、日々の仕事の中で少しずつ教えていかなければならないという意識を持ちましょう。

    規則やルールやマナーが守れていない社員は、仕事の面においても不利になってしまいます。それが故意ではなく単に知らないだけでも、どうしても責任が生じてしまいます。それは事前にしっかり教えてあげられていれば防げることですので、まわりの社員が気をつけて教育するべきですよね。子どもではありませんから何もかも手取り足取り教える必要性はありませんが、規則やルールやマナーのような会社で働くうえで基本的なことはしっかり伝えるのが先輩社員の役目だと私は思います。

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    歩きスマホによる事故は未然に防げる

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  • 今、スマホを手放せない人がたくさんいます。スマホでできないことはないというぐらい多機能化していますので、スマホに頼った生活になるのはおかしくありません。ただ、歩きスマホは交通安全上非常に危ない行為ですよね。今は歩きスマホをしている人を見かけることが珍しくなくなってしまいましたが、これは良くない傾向です。

    歩きスマホでスマホの画面に集中し続けていたら、どうしても前方不注意になります。そのせいで、人や自転車、あるいは自動車と衝突してしまうような事故に結びつくことがあります。対象が何であれ、交通事故を引き起こすのは誰にとってもマイナスですよね。歩きスマホをしていなければ防げた事故、そんな事故が増えてきているのではないでしょうか?

    また、足腰が不自由で杖を突いている高齢者からすれば、前から歩きスマホをしている人を避けるのに一苦労です。本来なら、健常者が避けてあげるのがマナーです。ですが、歩きスマホをしていては避けられませんよね。仮に避けるにしても、ぶつかるギリギリでの行動になってしまいます。これでは足腰が不自由な人に対してまったく優しくないですよね。

    歩きスマホをしてはいけないと頭では理解していてもスマホについつい夢中になってしまうのは、現代人が向き合うべき問題の1つです。マナーではなくルール化すれば良いという意見もありますが、それはそれで現実的ではなさそうです。スマホは仕事でも使うことがありますが、歩きスマホはしないように注意しましょう。

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    頑張れという言葉より頑張れる言葉がある

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  • 人は誰かを励ますとき、激励するとき、どんな言葉を思い浮かべますか。やはり、1番よく使いすぐ口から出てくる言葉は[頑張れ]ではないでしょうか。

    職場でも家庭でも誰かを励ましたり慰めなければならない時がありっます。 でも、うまくいけばいいと思って言った話が、逆に相手の意欲を呼び起こすどころか意欲を失わせたり、怒らせたりもします。

    励ますことがこのように難しい理由はいったい何でしょうか?

    私たちは激励を受けたり励まされたりすることはあっても、実際に人を励ますのは少し気兼ねしてしまうこともあります。 今まで激励をどのようにするのか習ったことがないばかりか、‘頑張れ!ファイト!’のようなスローガン程度なら充分だと考えていたためです。励ます方法がわからなくて、自身に影響を与えた人の激励方式をまねる場合がほとんどです。 ということは、どのようにすれば効果的に誰かを激励できるかを知っている人はとても少ないということです。

    誰かがしてくれたように、ある意味で表面的な建前だけのために誰かに激励の言葉をかけても、それは全く意味を持たないし、逆に不快にすることもあるということ。その事考えると、不用意に[頑張れ!]という言葉を使えなくなりました。

    何かに失敗して落ち込んでいる人、失恋して心が折れてしまった人、家族とうまくいってなくて最近元気がない人など周囲には励ましが欲しい人、激励を受けたい人がたくさんいます。その人達の心に寄り添い、また立ち上がって歩けるようになるにはどうしたらいいのか。やはり、まずはその人の話をじっくり聞いてあげること。そして、[頑張れ]のような一般的な言葉ではなく、自分自身の言葉で語りかけることでないのかと思います。私はいつも誰かについ[頑張れ]と言ってしまいそうになるのを抑えて、自分の言葉を探すようにしています。

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    忖度は日常社会でもあるもの

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  • 忖度という言葉がある事件をきっかけに広まりました。忖度(そんたく)とは『他人の気持ちをおしはかること』という意味です。難しく考えないで、日常を見ると、私が妻が楽になると思い、勝手に家事をやってやったりします。これも忖度です。会社内でもそうです。この仕事で成果を出したら上司が喜ぶと思ってやれば忖度です。つまり誰かの為に黙って何かをやってやることこそが忖度です。

    しかし、今話題になっている忖度とは、ルールを破って成果を出して○○さんのためにやることです。会社内でも、上司を喜ばすため、社長に喜んでもらうため、データをねつ造したり、偽装などをしていい報告をすればルール破りとなります。

    昔から会社内においても、指示をしないと仕事をしない社員は良い評価を受けません。会社の方針や、上司の考えを察して、指示されなくても、仕事で実績を残し、結果を出す社員が評価されますし、そういう社員が多くないと会社は伸びません。逆に指示をしないと動かない社員ばかりでは、会社の先行きは見えません。社員に対し、いちいち指示を出して仕事を与えるという会社はほとんどないと思います。そして責任を取るのが上長であり、会社全体で言えば社長をはじめとする経営陣です。

    私は、この忖度という言葉が流行って、忖度は悪いような風潮が見られるのはおかしいと思っています。忖度=悪ではなく、いい意味での忖度は会社内でも家庭内でも、どんどんやるべきだと思いますし、私もどんどんやって行きたいと思います。

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