笑う門には福来たるが座右の銘

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  •  私は笑顔があまり得意なほうではありませんが、ここ何年かは「笑う門には福来たる」を座右の銘にしています。

     笑う門には福来たるという言葉は、本当に素敵ですよね。この言葉は笑顔でいれば良いことあるさ、幸せがやってくるという意味ですが、人が生きるうえでとても大切な考え方だと思います。

     大人になって仕事も含めいろいろ辛い経験をしてしまうと「いつも笑顔でいられないよ」と、弱音を吐いたりやさぐれたくなってしまいますよね。それに、心から落ち込むような悲しいで出来事も、少なからずあります。そんな時は思い切り悲しむことも、人間らしさの一端でしょう。

     ですが、いつまでもクヨクヨしているのは良くないですし、悲しい出来事でも何か意味があるのではないかと前向きにとらえ早く笑えるようになると、人として一皮むけますよね。

     また、笑顔でいれば、愚痴はいわない、悪口はいわない、不平不満をもらさないですから、他人をイヤな気持ちにさせることはないでしょう。これもまた、笑う門には福来たるの理由なのかもしれません。笑顔でいることが、知らず知らずのうちに周りの人も幸せにさせるのではないでしょうか?

     よく考えたら、赤ちゃんの笑顔がまさにそうですよね。赤ちゃんの笑顔を前にしたら、どんな人でもほんわかしてとても幸せな気持ちになれます。これこそ笑う門には福来たるです。大人になると自然に笑うのが難しく感じたりもしますが、笑う門には福来たるを座右の銘とし、仕事に励んでいきたいです。

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    イソップ童話を仕事に活かす

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  • 私たちは子供の頃、童話を通じて様々な道徳観や社会倫理を学びます。中でもイソップ童話には学ぶべき教訓が多く含まれています。

    例えば「アリとキリギリス」では、コツコツと努力を重ねた働き者のアリは、安心感を持って冬を乗り越えますが、道楽者のキリギリスは食料に困ってしまい、アリに助けを乞う、というお話です。
    「北風と太陽」では、北風と太陽のどちらが旅人のコートを脱がせられるかを競い合います。北風は熾烈な強風でコートを吹き飛ばそうとするも、旅人はコートを強く閉じてしまい、失敗。太陽は温かな日差しを旅人に与え、暑さを感じた旅人がコートを脱ぎ、戦いに勝利します。

    子どもたちへ読み聞かせるために作られたイソップ童話ですが、日々の業務や部下への指導など、大人になった私たちにも様々な場面で活かすことができるお話が数多くあります。
    今日はそんなイソップ童話の中から、「3人のレンガ職人」というお話をご紹介したいと思います。

    ある旅人が道中で3人のレンガ職人に会います。
    彼らはレンガを積むという同じ作業をしているのですが、旅人が「ここで何をしているのか?」と尋ねると「レンガを積んでいる」「家族の食い扶持を稼いでいる」「人々の心を癒やす大聖堂を作っている」と、同じ作業であるにもかかわらず、返ってくる答えが違います。
    旅人はその答えに応じて慰め、いたわり、感謝の言葉を告げる、という話です。

    どういった業種であれ、どいういった職業であれ、お金を稼ぐ・お金をいただくということは、「世の中を幸せにする」ということに繋がっています。
    自分の仕事を通じて、世の中の幸せにする。そうした目的意識を持つことで、働く私たちの充実感は大きく変わります。

    苦しいと感じるときにはこの話を思い出し、「世の中を幸せにする」という大いなる目的に向かって仕事に取り組みたいと思います。

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    一億一心っていう言葉を知ってますか?

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  • 「一億一心」という言葉を知っていますか? 何となく解かる様な気もしますが、最近ではあまり聞かないと思います。

    これは戦時中にもてはやされた言葉で、天皇の大御心に沿って戦争を完遂し鬼畜米英を撃滅する為に、日本国中の国民全てが心を一つにしようと呼び掛けられた言葉です。
    安倍政権の一億総活躍社会や、かつて流行った一億総白痴化、一億総中流などはこの言葉の流れで出て来たものです。

    あの戦争を経験した人はこの言葉を聞くと大抵、眉をひそめるでしょう。
    何故なら戦争や軍部を批判したり平和を賛美すると即憲兵に連行されて命の保証も無かった時代で、全ての人間が皆同じ方向を向いて、思想、言論、行動も全て同じでなければいけなかった、その恐ろしさ、おぞましさ、不自然さを痛感しているからでしょう。

    よく似た言葉で今でも使われる言葉に、「○○一丸となって」という言葉があります。「全社一丸となって」「全校一丸となって」「全国民が一丸となって」などと言いますが、「一億一心」と大差ない意味です。
    ただ違うのは、一億一心が強制された面が大きいのに比べ、「一丸」は呼び掛ける者と応じる者が互いに自発的な思いから結果的に同じ意識になる、という事だと思います。

    「一丸」は企業活動にとっては大切な要素の一つです。企業活動はトップから社員の末端まで同じ方向に進まなければ成り立ちません。即ち社員が一丸となる事は企業のパワーを一方向に集中するという事で、そうでなければ企業の発展は覚束ないものになります。社員一丸はそういう意味で必要不可欠なのです。

    しかし似て非なるものとして、上位下達でしか動こうとしない硬直した不活発な組織があります。一見、皆が同じ方向に向いて進んでいるのですが、自発的意思が無いという点で、これはまさに一億一心なのです。

    社員の自由闊達な発想やそれに伴う活発な議論が、企業パワーを生みだす源である事も今や疑う余地はありません。
    ある意味、最初は混沌とした状態が続くかもしれませんが、議論を尽くした結果、一定方向に収斂された状態が社員一丸なのだと思います。自発的な意思の基に方向づけられたパワーこそが真の企業パワーになり得るのではないでしょうか。

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    苦手意識が人を伸ばす

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  • 苦手意識が人を伸ばす。そんな風に感じることはありませんか。

    今自分が任されている仕事について、少し振り返ってみましょう。例えば学生の頃、今やっている仕事をどのようにイメージしていたでしょうか? 当時は思ってもみなかったような業務、あるいは「自分には絶対向いていない」と鼻から決めつけていたような業務ではないでしょうか。

    中には、昔から得意だった分野で今なお仕事を続けているという恵まれた方もおられるでしょう。しかし大抵の場合、苦労しながら慣れない業務に悪戦苦闘し、少しずつ力を身につけてきたのだと思います。

    そして、たとえ後者であっても、今や会社の中でしっかりと役割を果たし、社会人として十分りっぱな働きをしているのです。

    得意・不得意に関する若い頃の先入観がさほど意味のないものであったか、あるいは「苦手なことだからこそガムシャラに取り組んで、その分スキルを磨くことができた」と振り返る人もいるのではないでしょうか。

    タレントの萩本欽一さんは、若い頃から司会に苦手意識があったそうです。事務所に「司会の仕事だけは入れてくれるな」と注文していたそうですが、いざ蓋を開けてみると、来た仕事のほとんどが司会業。観念して引き受けていたら、いつのまにかそれが、自分のキャリアの骨格をなす重要な仕事になったと言います。

    「うさぎとかめ」ではないですが、得意なことには人はあぐらをかいて、あまり努力をしないものなのかもしれません。逆に不得意なことには、人はその強烈な苦手意識をバネに懸命に頑張り、本当に確かな力を身につけることができるのかもしれません。

    苦手意識が人を伸ばす。苦手なことへのチャレンジで、新しい自分が見つかるかもしれませんね。

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    失敗は成功のもとの考え方を忘れない

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  •  みなさんは、仕事での失敗を恐れるでしょうか?

     失敗したらもちろん嫌な気持ちになりますので、できるだけ回避したいですよね。ですが、完全無欠で失敗しない人というのは、ドラマの中だけの話でしょう。私も1日に1つ2つ小さい失敗をすることはよくありますし、何か月かに1回ぐらいは後に尾を引くような大きな失敗をすることもあります。つまり、仕事をしている以上、多かれ少なかれ失敗はしてしまうものですよね。

     ただ「失敗は成功のもと」ということわざがあるように、失敗から学ぶことはとても多いと私は思います。失敗したら真っ先に思うのは「次からは気をつけよう」ということです。失敗して何ら反省しなかったらまだ同じ失敗を繰り返してしまいかねませんが、失敗した時少しでも反省すれば次は失敗しにくくなるでしょう。この気をつけるということが、人としての成長につながるのではないでしょうか?

     また、失敗を経験することで、こんな失敗のパターンがあるのではないかと予測することができるようになります。1度失敗したことを記憶しておくことにより、いろいろな失敗が見えてきますよね。ですから、失敗することがすべて無駄、単なる損失だとは限らないのです。

     これは、スポーツの世界に目を向けてみるとよくわかります。特にプロスポーツ選手は、1回失敗した点を修正して成功につなげる、まさに「失敗は成功のもと」を体現していることがよくあります。ですので、仕事で失敗することを恐れず、果敢に挑戦していきたいですね。

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    笑顔の筋トレはじめませんか?

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  • 『笑う門には福きたる』ということわざがありますね。いつも笑顔の人は親しみやすくて良い印象だから、ということだと思っていました。ところが、最近の研究で、笑顔には自律神経や体調を整えるリアルなパワーがあることが分かってきたのです。

    楽しい時には自然と笑みが浮かぶものですが、まず笑顔になることで気分が良くなる、というのがその研究の結論です。笑顔が脳の幸せホルモンであるセロトニンを放出し、さらに免疫力が高まって、イライラや不安の原因となる自律神経の不調も回復するのだそうです。

    子どもはちょっとしたことで大笑い、それって何故でしょう?「あれは嫌だ、これは苦手」という記憶が少ないからなのです。いつも新鮮で楽しいことがいっぱい、それが子どもたちの見ている世界です。大人になるに連れて、辛いことの方が増えてくる気がするのは、知ってしまったことが増えるから。でも、何十年生きたって、知らないことはゴマンとありますよね。

    顔の筋トレと思って笑顔で生きていると、子どもの頃のように、楽しいことを発見して大笑いすることが増えてくるでしょう。声を出して笑うことには、さらにパワーがあって、呼吸が深くなり脳にたくさんの酸素が行き渡るそうです。ストレスホルモンが減って幸せホルモンが増量!

    「作り笑いなんてウソくさい」、「営業スマイル疲れるわ」というのは時代遅れの意識になったようです。最初はぎこちなくても、一人でいる時に思いっきりの笑顔を浮かべてみましょう。鏡に映して「いい笑顔!その調子!」と声に出してみましょう。笑顔の筋トレで笑顔名人になって、ポジティブ・パワーを今日の仕事に注ぎたいと思います。

     

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    『遊戯三昧(ゆげざんまい)』の精神でいこう

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  • 『遊戯三昧』とは禅の教科書である『無門関(むもんかん)』に出てくる禅語です。そのままの意味は「我を忘れて一心に遊ぶ」となるのですが、ここで言う遊びとはレクリエーションだけのことではなく、生きることすべてを指しています。生きることのあれやこれやを全部、仏や菩薩のような気持ちで、ひたすら自在に楽しんで無心に行うこと、と解釈してみました。

    仕事をしていく中で、苦手な業務や苦手なクライアントなど、「嫌だな」と思うことは、言いだしたらきりがありませんね。ですが、何かに無心に集中しているとき、悩みやつらさは忘れてしまっていた、という経験はありませんか?悩みや迷いといった心のとらわればかりに意識が集中すると、自在な力が発揮できません。

    スキルやポテンシャルをフルに発揮できる精神状態が『遊戯三昧』だと思います。仏教には空(くう)という言葉がありますが、これは何もないということではなく、「とらわれることがない」ないのです。「ミスをしたらどうしよう」とか「評価が下がったらどうしよう」という思考は、とらわれなんですね。

    仏や菩薩のような悟りの境地で仕事をする、なんてことは一朝一夕にできることではありませんが、「どんなことも無心に楽しんで力いっぱいやってみよう」、このくらいのモティベーションなら、今日からでもできそうです。壁にぶつかったときも『遊戯三昧』の精神なら、新しいアイディアを思いつく余裕が出てきます。

    そしていつの日か、自分に言い聞かせることも忘れて『遊戯三昧』が自然体になることを目指して、日々の仕事に打ち込んでいきたいと思っております。

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    機械のように働かないために。

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  • 「人の振り見て我が振り直せ」
    これは「他人の行動を目にしたとき、その人の良いところは真似をし悪いところは自分に置き換えて自身の行動を正していく」という意味として使います。
    もちろん、その人の悪いところを注意してもいいですが、余計な争いは生みたくありませんからね。
    さて、この言葉ですが、誰もが聞いたことがありますし、言われたこともあるでしょう。
    例えば、身だしなみ。
    心理学の有名な法則がありますね。
    視覚情報、つまり人は最初の見た目でその人を判断するそうです。
    正直、恐ろしいです。
    話し方やその内容も判断の基準らしいですね。
    本当かどうか、専門的なことはこの際置いておくとしても、心当たりありませんか。
    他人は自分の写し鏡と思うと背筋が伸びます。
    服装、表情、行動、言動、最後に内容。
    真面目に硬くなれとは言わないです。
    常識的なことですが、自分が嫌なことを人にしていませんか。
    逆に、されて嬉しいことをしていますか。
    今、楽しんでいますか。
    休憩時間は仕事のことを忘れていますか。
    きれいごとを言うつもりはありません。
    学生気分は捨てています。
    何年前とかは聞かないでください。
    当たり前ですが、お金を得るため、生活するために仕事をしています。
    しかし、無になって働けとはだれも言わないでしょう。
    それは、機械がやってくれます。
    機械のように同じ作業を繰り返していたとしても、無にはならないでください。
    生意気言いましたが、もう一度言います。
    「人の振り見て我が振り直せ」
    これをキーワードに今日は仕事をしたいと思います。
    手始めに、あとでトイレで自分の顔を見てきます。
    ありがとうございました。

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    人間は性格の束である

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  • 「人間は性格の束である」。そんな言葉を聞いたことがないでしょうか。だれでも、人間関係で悩んだり自分の性格に不満を持ったりすることがあります。「人間は性格の束である」という言葉には、一体どのような意味があるのでしょうか。
    皆さんは血液型占いを信じますか? A型は神経質、B型はマイペース、O型はおおらか。そんな風に言われると、なんだかまさにその通りと思ってしまいますよね。ですが、一度立ち止まってよく考えてみましょう。神経質なA型の人は、1年365日、いついかなる時でも神経質なのでしょうか。友達といても恋人といても家族といても商談相手といても、常に変わらず神経質であり続けるのでしょうか。
    業務報告書の記入に関しては人一倍神経質なA型の彼が、家に帰れば足の踏み場もないほど散らかった部屋で平気で生活しているということは普通にあります。恋愛ではいつもマイペースぶりを発揮するB型の彼女が、職場では管理職として社員たちの一挙一動に細かく目を光らせているなんていうことも普通です。
    どうやら私たちは、自分自身の性格についてすら、何か大きな見誤りをしているようです。あの悪名高きヒトラーですら、飼っていた愛犬の前では、おそらくはたんなる優しいおじさんにすぎなかったことでしょう。
    人間は性格の束である。自分も周りの人たちもみな、時には互いに矛盾するような様々な性格を持っています。「あの人は大雑把だ」「なんて打算的な人だ」などと決めつけてはいませんか。あるいは自分について「生まれつき行動力がないから」とか「独創性なんてまるでない」などと、可能性を自ら狭めるような根拠のない自己規定をしてはいませんか。
    性格の束である自分。そして同じく、性格の束である他人。そういう目で世の中を眺めれば、人間関係にもまた良い変化が訪れるのではないでしょうか。

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    「ピンチはチャンス」は真実の言葉

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  • ピンチはチャンス。この言葉には、仕事をしていくうえでの重要なヒントが隠れています。

    来日したオバマ大統領にふるまわれたり、有名シェフのジョエル・ロブションがその味に一発でほれ込んでしまうなど、話題の尽きない今大人気の日本酒「獺祭(だっさい)」。じつは会社が名酒「獺祭」を生み出すことになるずっと前に、あわや倒産かというようなとても大きな経営危機があったんだそうです。

    それは、日本酒製造会社にとって命綱とも言うべき杜氏たちの辞職でした。日本酒ができあがるまでの品質管理のすべてを担う、酒造りのプロフェッショナルである杜氏たちが会社を去ったのは、今から20年ほども前のこと。会社の経営難がその原因でした。

    会社にとっては、まさにこれ以上ないほどの最大のピンチ。しかし、当時の桜井博志社長(現・会長)はそこで諦めることをしませんでした。それどころか、この最大の逆境を逆手にとって、新たな酒造りの道へと足を踏み出したんです。

    「杜氏がいないなら、社員だけで酒を造ればいいじゃないか」。それが桜井氏の決断でした。かんたんに聞こえますが、杜氏なしの酒造りなどだれもやったことがありません。桜井氏は杜氏たちが経験とカンで行ってきた酒造りをすべて数値化し、だれでも日本酒を作れるシステム作りに奔走したのだそうです。

    結果は、今世界から注目を集め、停滞気味だった日本酒市場を復活させた獺祭ブランドの大躍進を見れば、一目瞭然ですね。

    ピンチこそチャンス。よく聞く言葉ではありますので、ただ「そうあればいい」くらいに思っておられる方も多いかもしれません。しかし、獺祭のケースからも明らかなように、この言葉には貴重な「真実」が含まれています。

    仕事をしていれば日々ピンチの連続です。しかし、それはまた、チャンスの連続でもある。そう思えば、活力がわいてきませんか。もちろん、ピンチをチャンスに変えることは、努力なしには成しえないことも忘れないでおきましょう。

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    一見(いちげん)さんお断りの真の目的をしっていますか?

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  • 京都の花街のお茶屋さんは一見(いちげん)さんお断り、とはよく聞く話です。
    私は、なんてお高くとまった客商売なんだろうと、あまり良いイメージはありませんでした。もっと言えば、上級の客しか利用できない如何にも高級な店にする事で高価な利用料をとっている、本音で言ってしまうとぼったくりの店なんだ、位にしか見ていませんでした。

    でもこれは無知な私の誠に失礼な思い込みでした。お茶屋の女将さん、御免なさい。
    元々は、最高のおもてなしを長年追求してきた結果出来上がった、接客の極意とも言えるお店の一つの形態だったです。

    例えば、ある客が来店する時、お茶屋の女将は料理の仕出し屋にその客の嫌いな食べ物を除き、その分、好みの食べ物を入れる様に具体的に料理の内容まで指図します。
    また、客本人への気配りばかりか、その客の妻の誕生日にはそれとなく誕生祝の品を用意したり、受験前の子供に天神さんのお守りを渡したりするのです。

    それ程の行き届いたおもてなしを考えると、突然訪れた一見さんでは対応が出来ないという訳です。それは接待の仕方という表面の形を重んじているのではありません。奥底から滲み出る、客と女将との信頼の体現なのです。
    だから支払いをその場でお茶屋が請求する様な無粋な事はしません。タクシー代や、他店の二次会の支払いまでお茶屋が立て替えする事もあります。この後払いの信用売りも互いの信頼の証です。

    この話を知った時、私は驚き、心底納得し、浅はかな我が見識を恥ずかしく思いました。物事には表面だけでは思いもよらない奥底の真実があるのですね。
    人は見かけによらないもの、事の表面(おもてづら)に騙されるな、などとは分かっちゃいるけどややもすればそんな風に流されている自分があります。見識を高めて人や物事の本筋を見分ける眼力を持ちたいものです。

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    忖度(ソンタク)

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  • 「忖度」という単語が流行り言葉のようにとびかった時期がありましたが、この言葉の意味を調べてみると、他人の気持ちを推し量る事、人の気持ちを察する事、さらには胸中を推し量って適切に取り計らう事などとなっています。

    今、世間でこの「忖度」を口にする時、あまり良いニュアンスでは使われていない様ですが、この様にその本来の意味を読んでみると決して悪い意味の言葉ではありません。この言葉は人間関係を良好に保つ上で非常に役に立つ、素晴らしい言葉ではありませんか。これは自分の周囲の人と接する時に、人として心掛けておかねばならない大切な行動の筈です。忖度が無ければ人と人との関係はギスギスした潤いの無い物になってしまいます。

    問題なのは忖度が誰かの損得に係わる様になる事でしょう。誰かが何らかの利益を得る為に忖度するからこの言葉が汚れてしまうのです。本来は相手に負担を掛けない様に気を付ける事が忖度である筈なのです。

    そう考えていくと、忖度される側の人間も、相手が忖度しないでも良い様に忖度しなければならないという事になります。お互いに忖度しあってこそ本当の忖度の意義があるわけで、忖度される事が多い立場の人間は、その周囲の人達にさらに多くの忖度する様に注意するべきなのです。忖度の一方通行は不自然であり、そこには歪んだ人間関係が生じてくるのではないでしょうか。

    詰まるところ、相手が忖度をしてくれている事に対するお互いの感謝の気持ちが、本当は大切なのだと思います。

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    トイレ掃除で金運アップは本当です。

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  • 巷でトイレ掃除をすると金運アップすると本やネットで話題になっています。

    しかし、本当に金運アップするのか?と思う人も多いと思います。
    一回や二回掃除したからといって金運アップするわけじゃないですよね。毎日掃除するのは当たり前なのです。部屋の掃除と一緒です。

    でも、トイレは汚い、臭いという理由で特別扱いされています。

    私は、金運アップするからトイレ掃除をするのではなく、汚い、臭い場所に入るのが嫌だからそうならないように掃除をしています。

    トイレは絶対無いと困りますよね。誰もがそうだと思うのです。

    災害など合ったときもお風呂より先にトイレが用意されます。トイレは人間にとって必要な場所なんです。
    その必要な場所をいつも綺麗にしなければいけないのは当然ですよね。

    トイレ掃除の話で有名なのが松下幸之助さんです。
    戦略に先立つものとして強い経営を行う前に「心」を整えると言って、従業員に掃除を徹底させたが、トイレだけなぜか汚れたままでこれではいけないと自らトイレ掃除行い、「精神の持ち方を教えるのも私の責任だ」だと思ったそうです。

    トイレはその家の心とも言われています。
    お店もそうです。飲食店でトイレが汚いとせっかくの料理もまずく感じてしまい、私は二度と行かなくなります。
    トイレが汚れていると他の場所も汚れているのではと思んです。

    トイレが汚い、それでお客が離れてしまったらそれでは商売は成り立ちません。
    やはり家の心を綺麗にしなければ全てがうまくいかなくなってくるのです。

    家も会社も同じです。気持ちよくトイレを使えるように掃除をすることが本当の心の掃除となり、それが金運に結びついて行くのではないのでしょうか。
    それで金運アップしたら本当にラッキーな話ですね。

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    親しき仲にも礼儀ありで人と接する

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  • 何でも言い合えるような人間関係はとても素敵ですし、そうなれたら人生はとても楽しくなるはずです。家族、親友、恋人などが代表的な例ですが、そこまで深い人間関係になることはそうあるものではありません。ですが、ここで疎かにしてはいけないのが礼儀です。

    親しき仲にも礼儀ありというのは本当で、これを守らないとどんなに仲が良くても関係が悪化してしまいかねません。以前、私は親友に何でもかんでもズバズバ言っていたら、それで親友を傷つけてしまったことがありました。その時は心の中で「親友だから何を言っても許される」という間違った考え方が私にあったのです。今思えばとても恥ずかしいのですが、そんなわけないですよね。

    その後過ちに気付いた私は親友に謝罪して事なきを得たのですが、もしも気付かなかったら私は大切な親友を失っていたかもしれません。確かに親友同士は腹を割って話せることに違いありませんが、だからといって言いたいことを何でも言って良いわけではないんですよね。これに早いうちに気付けて、本当に良かったです。

    もしも親しき仲にも礼儀ありが疎かになっていて、仕事でちょっと関係が深まった相手にうっかり失礼なことを言ってしまったら、上手くいく話もご破算になりかねません。そんな失態を演じるのは最悪ですし、礼を欠いているということ事態が社会人として恥ずべきことです。ですから、親しき仲にも礼儀ありを絶対忘れないようにし、良好な関係を築いていきたいです。

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    白穏禅師の教えと社員の使命

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  • 江戸時代の高僧に白穏という人がいました。ある日、世の真理や自分のなすべきことが分からなくなった武士が、寺にいた白穏に問いかけました。「極楽や地獄はどこにあるのでしょうか?」と。

    白穏は予想を裏切る返答をしました。「何を血迷ったか。極楽や地獄をお前のような武士ごときが語るのは百年早いわ。そんなことを尋ねるお前はよほどの腰抜けであろう」と。

    武士は激怒しました。「侮辱にもほどがある。腰抜けとは何だ!」と、刀に手をかけました。

    白穏が「腰抜けを腰抜けと呼んでどこが悪い」とバカにした口調で応じると、武士は刀を抜いて白穏に襲いかかりました。白穏は済んでのところで刀をかわして本堂から庭に逃げ出します。武士は両手で刀を持ったまま、白穏を追いかけ追いつきそうになりました。

    白穏は一喝しました。「それを地獄というのじゃ!」と。その声にはっとした武士は、呆然となって動けなくなりました。

    そして、我に帰った武士は刀を収め、両手を合わせながら「ありがとうございます。拙者はやはり腰抜けでした。一時の怒りで大変なことをするところでした」と一礼をしました。

    白穏は、武士の態度にうなずきながら、「それを極楽というのじゃ」と語ったとのことです。

    ここまで話すと、社員の皆さんにはよくお分かりと思います。極楽や地獄は人間の心の中だけにあると。そして、地獄の本質は人と人とが不信のあまり憎みあうことで、極楽はその反対であることが。さらに言うと、極楽とは、人の話を虚心に聞いてそれを理解し、この世の道理に反しない行動をとる場合にのみ現れるとも言えます。

    部下同士が対立して地獄が現れようとしているときに、それを制止できなければ社員でいる資格はありません。いわんや、自分自身がパワハラを行うなどで地獄を作り出すのは論外です。

    会社の全員が地獄に落ちないためには、社員として業績を意識するのはもちろん必要です。でも、そればかりになってしまうと、やはり地獄が現れます。先ほどの白穏の話を時々は意識することも、社員の基本と言えるでしょう。

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    1マイルではなく2マイル行く!

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  • 誰もが知る偉人イエス・キリストは次のような名言を残しました。

    「権威のもとにある者があなたを1マイルの奉仕に徴用するなら、その者と共に2マイル行きなさい」

    当時のユダヤ人はローマ帝国の支配下にあり、ローマの役人から何らかの仕事を命じられる事があったようです。
    そんな時、命令されただけの仕事を行なってそれで終わり、というのではなく、「2マイル」を行きなさいと、キリストは述べました。
    つまり、命令された以上の仕事を行ないなさい、という意味です。

    上司や取引先などから、これこれの仕事をして下さい、と指示されることがあります。
    指示された分だけをこなす事も、一つの手です。指示された分をきっちりこなしているなら、クレームの対象になる事は無いでしょう。

    でも、指示、命令された以上の事を進んで行なう事には大きなメリットがあります。
    自分がオーダーした以上の仕事をしてくれた部下や取引先の従業員の事を、皆さんはどのように感じるでしょうか?
    きっとこれまで以上に信頼を置き、大きな仕事も安心して任せられるのでは無いでしょうか。
    余分の仕事を進んで行なう事によって、より大きなビジネスチャンスを掴む事も出来るかもしれません。

    メリットはこれだけではありません。
    指示、命令されただけの仕事を行なっているなら、言わば仕事の奴隷となっているようなものです。
    しかし、要求されている以上の事を自ら進んで行なうなら、自分で仕事をコントロールしていることになるのです。

    では、ただノルマをこなすだけの仕事ではなく、是非「2マイルを行く」仕事を心がけてまいりましょう。

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    情けは人の為ならず

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  • 「情けは人の為ならず」という有名なことわざがあります。

    このことわざは、「人に親切にすることは、相手の為にならないからやめなさい」という意味だと思われがちですが実は違います。

    本来の意味は、「人に親切にするとまわりまわって、自分に返ってくるので人の為というわけではない」という意味なのです。

    職場で一緒に働く人達が困っている時に手を差し伸べてあげるからこそ、自分が追い詰められている時に手を差し伸べてくれる同僚や上司がいるのです。

    繁忙期などだと自分のことで精一杯になって周りが見えなくなってしまう人も多いかもしれませんが、そんな時こそ周りを見渡してみることはとても大切です。

    「あの仕事を任せられたのが自分でなくてラッキーだった」「忙しい人は大変そうだけど、手伝うと自分が損してしまう」などと頭をよぎるかもしれません。

    しかし、そんな時はどうかこのことわざ『情けは人の為ならず』ということわざを思い出して、周りに手を差し伸べてあげてください。

    そして手を差し伸べて持った人もまた、『情けは人の為ならず』ということわざを思い出して、手を差し伸べてくれた人に次は手を差し伸べてあげてください。

    人間は、持ちつ持たれつという原理で生活しています。

    忙しい時こそ、会社ない全ての人が親切心を忘れないことで仕事の効率化をはかっていくことが大切なのではないでしょうか。

    情けは人の為ならず、どんな小さなことでもいいので今日からこのことわざを思い出して親切心を持ってみましょう。

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    4月に纏わることわざ

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  • 日本には四季があり、咲く花や気候などさまざまなものによって季節を感じることができます。
    先人たちはその季節によって感じられるものを、ことわざに残されました。今日はそのうち4月に纏わることわざを2つ紹介したいと思います。

    ひとつめは「ツバメが低く飛べば雨近し」です。
    ツバメは渡り鳥で、フィリピンなどの東南アジアで越冬し、日本には4月上旬ころになるとやってきます。
    繁殖期を日本で向かえ、また寒くなる季節になると日本を飛び立っていきます。
    まさに春の訪れとともにやってくる野鳥ですね。

    さて、「ツバメが低く飛べば雨近し」ですが、これは低気圧が近づくことと関係しています。
    天気が悪くなるのは低気圧が近づいてくるからです。
    そうなると温度や湿度があがります。湿度が上がるとツバメがエサとする昆虫たちがたくさん出てきます。
    それをツバメが捕食しようとさかんに低空飛行をするのです。
    これが「ツバメが低く飛べば雨近し」と言われるゆえんです。

    ふたつめは「女心は四月の空のごとし」です。
    このことわざで使われている4月とは太陰暦の4月のことなので、いまの暦の4月とは1ヶ月ほどずれています。
    この頃になると大陸からの高気圧の一部が移動性高気圧となって日本に流れてきます。高気圧がくると青空に覆われて晴れ間が広がります。
    しかし、この高気圧が通り過ぎたあとには低気圧がやってきます。低気圧がくると天気は崩れてしまいます。
    晴天になったかと思えばすぐに天気が崩れて雨が降る。変わりやすい女心を4月の天気に掛け合わせて読まれたことわざなのです。
    もちろん全ての女性がそうではないかと思いますが、男性諸君は心に留めておいたらよいかも知れませんね。

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    職場でも便利なスマホアプリは使うべきです

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  • 今やガラケーで電話をするのが恥ずかしいくらいのスマートフォン全盛です。このスマートフォンは使い方によっては会社にとって非常に便利な、連絡手段となります。

    現在会社単位で携帯電話の契約をする場合、ガラケーよりもスマートフォンの方が安くなっています。しかし、スマートフォン事情を知らない会社の上層部は、断固としてガラケーにします。それもメール無しです。スマートフォンに変更して、膨大な通信料の請求が来たら大変という概念です。実際はそうではありません。会社にWi-Fiを設備すればWi-Fiの遠く範囲は無料ですし、Wi-Fiを装備した施設も数多くあります。また上限を決めた通信料を超えると、通信速度が非常に遅くなって追加料金が発生しにくい仕組みです。

    何よりも便利になるのが連絡方法です。誰も知っているアプリ『LINE』を使えば、グループ化するだけで、全員に一斉に連絡事項が送れます。また言った、言わないの連絡事項や、注文などもトークで行えば、読んだか読んでいないかの既読マークがつく便利さです。また取引関係では、見積書を画像で乗せることもできます。

    スマートフォンを使いこなす幹部のいる会社は、全てスマートフォン化しています。そして、便利なアプリをどんどん使って、情報の伝達や、連絡事項などにおける時間短縮を行っています。また取引先においても、スマートフォン使用の場合は、アプリを使った連絡、商談と、一昔前とは随分違うやり方を行い、浮いた時間を別の仕事に使っています。

    逆に昔からの、電話と対面での会話、ファックスという会社もまだ多く見られます。私は最先端のツールを使う派です。社内でも、取引先でも、スマホアプリ使用可能な相手は、全てスマホアプリで対応しています。便利なものは使うべきです。このスマホアプリの使用例を見ていると、ことわざの『聞くは一時の恥聞かぬは一生の損』を思い出してしまいます。

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    天高く馬肥ゆる秋という諺は本当は怖い諺です。

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  • 「天高く馬肥ゆる秋」という諺があります。
    空が高く見える秋は収穫の時期で、食べ物の豊富なこの季節は馬も肥え太る、という意味でこの諺は現在使われており、食欲の秋と並べる事で、寒くもなく暑くもなくなった過ごし易い季節には体調も良くなり食欲が増したところで、美味しい食べ物も摂れることから体重が増えるのだと理解されている事が多いのではないでしょうか。

    しかし本来のこの諺の意味を考える時、この様な平和でのんびりとした状況を表現するには相応しくない諺となってきます。
    この諺は、古代中国の詩人、杜審言の詩の中に出て来る一文です。
    「肥える」という言葉は飽食の時代の今でこそ、文字通り体の太ったという意味で、俗称で表現すると「デブ」という言わば蔑称として使われますが、大昔の食糧事情の良くない時代においては、十分に食べて肥え太った人は即ち体格の良い、体力のある力強い人という意味合いが強かったのです。馬においても肥え太った肥馬とは大きな強い馬を表す単語でした。

    昔の中国では、常に北方騎馬民族による侵略に晒されており、あの有名な万里の長城はその侵略を阻止する為のものです。つまり、秋という季節は、春夏の草が豊富な時期を過ごして肥え太って強い馬に乗った北方騎馬民族が攻撃を仕掛けて来るという季節です。この諺はその危機感を表現した諺なのです。

    我が社は今ブームの波に乗って業績が上がり急成長しています。この好況を天高い秋と喜んで自社を肥え太る馬だと満足してばかりいると、より太って強力になった競合他社に先を越される結果になりかねません。
    油断することなくこの諺の本来の意味を教訓にしなければなりません。

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