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早起きは三文の徳ということわざについて

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  • 「早起きは三文の徳」ということわざは、朝早く起きると人より早く仕事ができるので、何かと徳という意味があります。

    最近は朝活という形で朝早く起きて英語を勉強したり、ランニングしたりという活動をするビジネスマンが増えています。
    また、朝の始業前の出勤を推奨し、夜の残業を減らそうとする取り組みを行なっている企業もあると聞いたことがあります。

    定時後の夜に残業するよりも、朝早めに出社し始業前まで業務を行うほうが実質的な業務時間を短縮でき、効率に繋がると思います。
    ダラダラと残業をしてしまうよりも、朝スピードを持って取り組むほうがより仕事の進み具合が早そうですね。

    そのほかにも夜の残業よりも朝早くの出社のほうがメリットは大きいように感じます。
    例えば朝早く出社することで、その日一日の仕事の流れやお客様のアポイントの確認や準備を早い時間から行うことが可能となってきます。

    特に営業であれば前日に万が一、当日のお客様への提案資料などに準備不足があったとしても、朝早く出社していればその分慌てふためくこともなくなると思います。
    また、気持ち的にもゆとりが生まれそうな気がします。

    どうしても営業であれば日中は外回りなどで、書類作成などの内勤的な事務作業は帰社後となり遅い時間になりがちです。

    だからこそ効率的に業務を行うことが求められると思います。

    私も早起きを心がけて、朝の時間を有効に使えるよう励みたいと思います。
    そして、それが業務に何らかの形で貢献できることが最大の目標です。

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    急がば回れということわざについて

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  • 「急がば回れ」とは、急いで物事を成し遂げようとするときは、危険を含む近道を行くよりも、安全確実な遠回りを行く方がかえって得策だという、ことわざです。

    急ぐからといって慣れていない道を行ってもかえって迷ってしまい、道に迷って時間がかかってしまうかもしれません。
    それよりも多少の回り道をしても知ってる道や本道を通ったほうがかえって早く着くかもしれませんよね。

    仕事に置いてもこれは言えると思います。

    例えば書類チェックの際です。
    締め切り間近だからとはいえチェックを主要な部分だけ行ったり、手を抜いてチェックをしてしまうと、後から重大なミスが発覚してしまったり、やり直しになってしまいかえって時間のロスになってしまうかもしれません。

    それよりも一つ一つ着実にチェックを行い、ミス一つない状態で提出するほうがかえって書類不備や修正がなく、結果的に早く仕上げることができるかもしれません。

    書類は大なり小なりありますが、チェックをおそろかにしてしまって、後からミスが発覚すると取り返しのつかないことになってしまうこともあります。

    普段私たちは何枚、何十枚の書類を確認したり、パソコンへの入力業務を行うこともあるかと思いますが、果たして業務で絶対ミスなくできているよう、一つ一つ確実にチェックできていますでしょうか。

    私たちにとってはたくさんある業務の一つ、書類の一つかもしれませんが、それも会社やお客さんにとっては大事な業務、書類となっていると思います。

    だからこそ、今ここで再度気持ち新たにスピードも大事ではありますが、正確なチェックを一つ一つの業務にて行い、ミスを無くしていきたいと思います。

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    時は金なりについて

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  • 「時は金なり」ということわざは時間は貴重なもので、お金と同じように大切なものだから、決して無駄にしてはいけないという、いわば戒めのようなことわざです。

    時間は有効に使わなくてはいけないということですね。

    このことわざはどんな仕事によっても大切になってくると思います。

    一日に仕事に費やせる時間はある程度限られています。
    同じ仕事を「まだ締め切りまで時間があるから」と先延ばしにして時間をかけてやるのと、「この時間までにやってしまおう」と自分の中での締め切りを決めてやるのとでは効率がかなり違ってきます。

    中にはしなくても良かった残業を減らすこともできるかもしれません。

    これは本人にとっても会社にとってもメリットがあります。
    仕事をダラダラとすることなくテキパキとやることで、残業時間を減らしたり、残った時間を他の仕事に費やすことができます。

    会社にとっても残業代を減らせたり、業務効率が良くなる分、人件費削減にも繋がるでしょう。

    双方にとって大きなメリットがあると言えると思います。

    仕事を先延ばしにすることは簡単ですし、ダラダラと仕事をすることも楽かもしれません。
    しかし仕事をテキパキとすることでダラダラとしていた時よりも大きなメリットを手に入れられるかもしれません。

    そのため、仕事を締め切りよりも早く着実に終えることを目標とし、一分一秒無駄にすることなく仕事に集中して頑張りたいと思います。
    目標は高く、頑張りたいです。

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    石の上にも三年について

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  • 「石の上にも三年」とは辛くても辛抱して続ければ、いつかは成し遂げられるということわざです。
    冷たい石でも三年も座り続ければ暖まるということから転じて何事にも忍耐強さが必要ということだそうです。

    最近では新入社員が入ってすぐ辞めてしまうということも多く、三年以内の離職率も昔に比べると高くなっていると感じます。

    このことわざは仕事に置いても同じことが言えるのではないかと思います。

    学生から社会人になって右も左もわからない中、いきなり仕事で成果を出すことは困難だと思います。
    むしろ失敗をして当たり前なのではないでしょうか。

    仕事を覚えていく中で以前わからなかったことがわかるようになって楽しさを覚えたり、お客様から断わり続けられても忍耐強く接していくことで契約が取れて仕事の喜びを見出せたりするのではないでしょうか。

    だからこそ仕事の楽しみや喜びを知ることもないまま、しんどい・辛いという記憶だけを残して仕事を早々に辞めてしまったり、部署異動を希望するのは少々勿体無いように思います。

    そしてこれは新入社員以外にももちろん言えることだと思います。
    例えば進行するプロジェクトの中には数ヶ月、数年に渡るような長期的なものもあるかと思います。
    その中で時には壁にぶつかってしまうことも、辛い思いをすることもあるでしょう。

    しかしそれを乗り越え、プロジェクトを達成した日には大きな達成感とやりがいが残り、他には変えがたいものになると思います。

    仕事は一日にしてなりえないということを改めて自覚し、一歩一歩着実に辛抱強く、根気よく進めていきたいと思います。

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    一期一会ということわざについて

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  • 一期一会ということわざは、人と人との出会いは一度限りで大切なものという意味で使われることが多く、もともとは茶道の心得を表した語なのだそうです。

    この一瞬を大切に思い、相手に誠意をつくすことが大事で、また出会うかもしれないけれども、もう二度と会わないかもしれないという気持ちで相手に接することが大切だと思います。

    これは多様な職種でも必要な考えだと思います。

    仕事をやっていくうちにどうしても出てくるのが「慣れ」だと思います。
    いつもお会いしている、電話を受けているお客様に対して「いつも通りのサービスをしよう」という形で接してしまっているかもしれません。
    しかし、そのお客様とは自分の態度次第で明日いきなり取引が停止になるかもしれませんし、もう二度とお会いできなくなるかもしれません。

    「また今度やり取りするから」ではなく、「今この場でできる最大のサービス・接客をしよう」と考えて行動することが顧客満足度に繋がるのではないかと思います。
    「いつでもやり取りできる」ではなく「今この場でしかやり取りできない」と思って対応するほうが、緊張感が高まってミスも減らせるのではないかと思います。

    お客様の信頼は強くても自分次第でいつでも脆くなってしまうと考えます。

    そのため、常にお客様はもちろんですが、上司や同僚や仕事で関わる全ての方に対して「今この一瞬を大事にし、私の今できる最善の対応」を心がけて、業務に励んでいきたいと思います。

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    損して得取れという言葉

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  • 損して得取れという言葉があります。大きな意味では一時的に損をして最終的には利益を生み出すということです。

    古きよき時代は、商売のとっかかりの納品は損をしてでもお客を取れとかいわれていました。商売の道筋が出来れば、他の商品で利益が取れるということでやっていたことです。

    しかし今の時代はこれが通用しません。ライバル、競合が多いので、安いものだけツマミ食いされるような商売になり利益が生まれません。

    でも今でも通用することがあります。それは信頼につなげることです。

    以前こんな話がありました。ある肉の卸売り店で、表面の少し変色した高級肉がありました。注文通り部位わけしているとベテランの社員が変色部分は削らず付けておけといったそうです。トリミングしている若い社員が『何故?』と聞くと『その肉は高いので削ると歩留まりが落ちるので利益が出ない』と言いました。しかし若い社員は『変色したものを納品するほうがもっと悪いのでは?』と言い返したそうです。

    利益だけ考えて、変色した表面が残ったまま納品して信頼関係を崩し、トラブルや取引が無くなることを思えば、綺麗に整形して一時的に損をしても、信頼関係を優先すれば取引は続きます。

    これも損して得取れということです。

    つまり、目先のことだけ考えて行動するより先を見据えて行動しないといけないと言うことです。

    さて、その言い返した若い社員はどうなったかというと、ベテラン社員が『お前の言うとおりかもしれない』と言ったそうです。そのベテラン社員も若い社員に言われてハッと気付いたようです。

    同じパターンの仕事を毎日やっていると、先の例のように目先のことしか見えなくなる場合があります。

    この事例を教訓に目先のこと以上にその先を見た仕事をしていこうと思います。

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    酉は竜より強い

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  • 酉年といえば鶏ですが、いつも思い出すお話があります。
    沖縄の古い民話の中に「竜は絶対に鶏を襲わない」というものです。
    正しい題名は忘れてしまいましたが、小さいころに読んで覚えているお話のひとつです。

    あるお医者さんのところに「耳が痛くて眠れない」という患者がやってきます。
    調べてみると耳の中に大きなムカデが入っていました。

    お医者さんは「こんなことは普通じゃない。この人は人間じゃないな。」と思います。
    そこで、「あなたの本当の姿を現したら治療してあげましょう。」と言うのです。
    そうすると目の前の患者がたちまち竜の姿になりました。
    泣きながら「耳が痛くて眠れない」と訴える竜を哀れに思ったお医者さんは、竜の耳の中に一羽の鶏を入れてやります。
    鶏はムカデを追いかけまわして捕まえて食べてしまいました。
    耳の痛みがすっかりなくなった竜は鶏にとても感謝し、それ以来「絶対に鶏を襲わない」ということになったそうです。

    昔の船乗りたちの間には「海が荒れたら東の空に向かってコケコッコーと鳴くと海が鎮まる」という言い伝えがあるそうです。
    海が荒れるのは竜が暴れるから、だから恩義のある鶏の乗っている船を沈めないために竜が治まるのです。
    こういうお話でした。

    竜といえば成功と権力の象徴のように思われています。
    一方、鶏は、といえば「弱虫」とか「つまらない人物」を表す動物のように扱われています。

    ところがこのお話では強くて立派な竜が小さな鶏に「助けられる」のです。

    私も含めて人はみんな「成功している立派な人」に注目します。
    でもどんな人だって自分だけでは成功できません。
    たくさんの「普通の人」に助けられていることを忘れてはならないと思います。

    酉年を迎えて、常に「誰かに支えてもらっている」ことに感謝しながら今年も精進したいと考えています。

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    立場がかわれば

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  • 生き方や心の持ち方における大切なことをまとめた中国の古典「菜根譚(さいこんたん)」の中に、「立場がかわれば」という条があります。

    感情が冷静になってから、熱狂していた当時のことを考えてみると、初めて一時は熱中してかけまわったことがなんの益もなかったことに気がつく。また、煩雑で多忙なところから、わずらわしさのない閑静なところに来てみると、初めて閑静な時の味わいが格別すぐれていることがわかる。

    このように、物事はすべてこれを対比することによって、その長短・優劣・是非などがはっきりするものである、ということが書かれています。

    これは、仕事をしていく上でも、人間関係を築いていく上でも、とても大切なことだと思います。

    たとえばお客様からクレームがあった場合、会社としての立場ばかり強調してしまえば、お客様は余計にご立腹されてしまいます。お客様の言い分を上辺だけ聞くのではなく、本当にお客様の立場に立って、自分が同じ目にあったらということを考えた上でお話をすれば、きっと理解していただくことにつながると思います。

    また、家族や友人、同僚などとの関係においても、相手の身になって考えてみるということができるかできないかで、円滑な人間関係が築けるかどうかということが決まってくるのではないかと思います。

    何事においても独りよがりになるのではなく、常に多角的な視点を持って、物事を対比することによって判断していくということを心がけていきたいと思います。

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    師走

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  • 12月の声を聴くとやはりみなさんも1年の終わりであることを実感すると思います。

    他の月と長さが違うわけでもないのに、「ああ、今年も1年が過ぎていくのか」と思うことでしょう。1年間のまとめであると共に次の年への橋渡しとなる月なのでそのように感じるのだと思います。

    仕事では、よく時間との勝負という言葉がつかわれます。

    この言葉は、この12月には、他の月よりももっと確実に実感されるものと思います。なぜならば、仕事上のお客様に「では、来年までその案件について待ってください」とは、言いづらいものがあるでしょう。信用を失わせてしまうかもしれません。「時は金なり」とも言いますがやはりやるべきことは、今年中にやってしまわなければなりません。

    太陰暦と太陽暦の違いがありますので、今とは、月日はずれますが、大晦日の江戸はよく落語の借金とりの題材となります。ここでも、大晦日までに借金をとりたてること、話を変えれば仕事の始末をつけておくことが大事であるということです。太陰暦の世では、晦(つごもり)は月隠(つきごもり)、月が隠れる月末そのものを指し、一年が終わる晦日ですので、「大晦日」と呼ばれるようになったのですね。やはり、1年のしめくくりがこの12月であるということでしょう。

    やはり、12月はいろいろなことについて、勿論仕事についても忙しい時期です。飲み会も多くなるでしょう。しかし、「師走」なのです。体の調子を整えながら仕事の締めくくりを行うこと。それが、新しい新年をすがすがしく迎えられるポイントになることです。

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    仕事は仲間を信頼し、和を大事にしてはじめて良い仕事が出来るのです。

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  • 皆さんおはようございます。
    今月も元気に目標達成の為健康に留意して、仕事に励みましょう。
    事故の無いように十分注意してください。

    さて、日本には、昔から「和を以て尊しとなす。」と言うことわざがあります。

    これは皆さんもご存じの通り、何事かをなすためにはお互いに信頼し合って、力を合わせて、事に当たらなければその仕事は絶対に成就しないと言うことを言ったことわざです。

    さらに、個人個人のやる気と仲間に対する思いやりの精神も必要だと言う意味も込められております。

    どんな場合も仕事にスタンドプレーはもってのほかですが、それぞれ得意分野と言うものがあるのも事実です。
    それを補完するために必要なのが、一緒に仕事をする相手や仲間への思いやりです。
    別の言葉でいえば助け合いです。

    一人だけが目立つ、つまり独断専行では絶対に良い仕事は出来ません。
    マニュアル通りの仕事でも良くありません。
    そこに一工夫が無ければ進歩はありません。

    当社には提案制度と言う制度があります。
    過去そこへの提案から新製品の開発や作業の合理化が数えきれいくらい生まれて、会社へ貢献しております。

    それが業績の向上につながっています。
    具体的にはコストの削減により利益が増加したり、新製品の開発により売上向上となり利益の向上となっています。

    ひいてはそれが働く皆さんの給与やボーナス、福祉や待遇の改善に結びついているのです。
    今月も力いっぱい働きましょう。

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    想像力のなせる業

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  • 「幽霊の正体見たり枯れ尾花」ということわざがあります。
    恐怖心や疑いの気持ちで見ると、実はなんでもないものでさえとんでもなく恐ろしいものに見えたりするということを表す言葉です。

    別に特別なことではなくて、日常生活でも普通によくあることだと思います。
    ホラー映画を観ている最中に自分の背後を確認したり、観た後になんとなくよく知っている自分の家の廊下なんかの暗がりまで怖かったりすることもありますね。
    なんか怖いなと思うと、風にあおられて動いたものまでお化けかと思ったりするものです。

    同じような想像でも逆にいい方向に働く場合もあります。
    それが「あばたもえくぼ」という状態だと思います。
    愛する相手であれば、欠点さえも長所として受け入れられるということです。

    自分の可愛いペットのしたことであれば、家具を汚されたり・食事を邪魔されても気になることはありません。
    本来なら怒って当然のところを「可愛いからすべて許せる」という気持ちで見ているためにいたずらもチャームポイントに見えるのでしょう。

    考えてみると、私たちは初めて会う人に対してこれまでの経験から「こういう人に違いない」という思い込みのイメージを作りがちだと思います。
    よく怒られた先生に似ている人は「絶対に怖い人に違いない」と思ったりして、その人が咳払いしただけで「怒られる」と考えたりします。

    逆に大好きな俳優に似ていると思った人はどんな人でも「絶対にいい人に違いない」と考えてしまうことがあると思うのです。

    なんでも怖く見えるのはマイナスの想像力・なんでも素敵に見えるのはプラスの想像力と考えます。

    どうせなら自分の想像でなんでも怖く見えるより、なんでも素敵に見えるほうがいつも明るく前向きでいられるでしょう。
    だから私はマイナスの想像力よりプラスの想像力を磨いていたいなと思うのです。

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    深いなあ、と感じた方言の話

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  • 鹿児島の最南端に与論島という島があります。歴史を辿るとかつては琉球王国に属していた時代もあったようです。戦後しばらくは「国境の島」として賑わいました。

    そんな小さな島でであった方言の話です。

    「とーとぅがなし」平仮名ではそう表記します。実際に耳で聞くと「とーとがなし」と聞こえます。「ありがとう」という意味で使われており、主に70代以上のおばちゃん、おじちゃんからかけられた言葉です。初めは響きの面白さが頭に残りました。 しかし数年後立ち寄ったおみやげ屋さんで、この言葉に漢字をあててプリントされたTシャツを見た時、「あー、なるほど??」と声をあげたものです。

    「尊尊我無」

    誰がそうあてたのかはわかりません。しかし、言葉の持つ意味を強く感じて、とても心に残りました。

    人に感謝を伝える時、我を入れてはいけないよ。
    相手を敬い、大切に思う心を贈らないとね。

    そう解釈しました。
    おばちゃんやおじちゃんの言葉の響きには面白さがありました。しかし不思議な温かさも感じました。その理由がわかったような気がしました。

    批判に近い注意や指摘を受けた時、一言愚痴る前に「ありがとう」と言ってみるようにしました。自分では見つけることが出来なかった瑕疵を気づかせてくれたことに感謝を伝える為に。最初は半ばやけくそでも、あとからちゃんと心がついてきました。ちょっと意地悪で声をかけた相手はちょっと呆気にとられた表情をした後、次からはきちんと向き合ってくれました。

    素直にあたたかく言葉にのせて。難しく考えずに言ってみましょう。
    ありがとう。心を込めてありがとう。「尊尊我無」

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    千歳飴の意味について

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  • 今月は七五三があります。
    11月15日前後に行う方が多いと思いますが、神社の混み具合を考えて早めにしたり、11月の後半にゆったりと時間をかけてお参りするほうが良いようです。
    最近ではプロのカメラマンに頼んで、神社で七五三出張撮影をする方も多いそうです。

    七五三といえば千歳飴ですが、千歳飴は、「親が子供に長寿の願い」をかけるという意味を持っています。
    細く長くそして色も縁起の良い紅白の形状になっています。

    江戸時代は子供の生存率が今より低かったので、「無事に育って長生きをして欲しい」といった願いが、強かったのかもしれません。
    現代と違って甘い物が貴重品だった江戸時代は、子供だけでなく大人にも飴は嬉しい贈りものだったそうです。

    七五三は五代将軍 綱吉が子供の長寿を祈って始めたという説があります。
    このころは紅白2本で売られていたようですが、最近は年の数だけ袋に入っているところが多いようです。
    七・五・三は奇数です。紅白の割合は白が1本多く入っているそうです。

    千歳飴は、七五三のお宮参りのお土産の縁起物として使われるだけでなく、お祝いのお返しとしても送られています。
    千歳飴のサイズは、直径15mm位、長さ1m以内と決まっているそうです。

    千歳飴の袋のデザインには、鶴、亀、松竹梅が描かれ、寿の文字が書かれています。
    鶴と亀は「鶴は千年亀は万年」といわれているように「長生き」を示しています。
    松竹梅に関しては、松と竹が冬でも緑を保つことや、梅が冬を耐えて真っ先に花を咲かせることから、「健康や力強さ」を示しています。

    千歳飴に込められている思いや袋に描かれているデザインの意味ついて、お子様に伝えてあげてみてはいかがでしょうか。

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    自分と向き合う

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  • 中島敦の小説、『山月記』を知っている人はいるでしょうか。
    短い小説で学校の教科書でも使われていることがあるため、知っている人もいるかもしれません。

    この物語の主人公は李徴という中国の青年で、秀才として有名で当時のエリートである官吏にもなった人物でした。
    しかし、彼は官吏になるだけでは満足できず、詩人として名を残そうと官吏を辞めて詩作に没頭します。
    といはいえ、彼の名は上がらず、ついには生活に困窮し今まで蔑んでいた同期の官吏にまで侮られてしまいます。

    そんな中で彼は発狂して行方不明となり、親友の袁?に再会した時には何と虎になってしまっていました。
    彼は、天才であるという自尊心、失敗を恐れる羞恥心、何より詩作への努力の足りなさに苛まれ、遂には虎の姿になってしまった、と告げます。
    最期は自分の意識がなくなる直前、親友の袁?に自分の詩を記録するよう頼み、遂には意識までも完全に虎になってしまいます。

    この小説を読み、李徴の顛末を見たとき、私はどきりとさせられました。
    詩人を目指した李徴のように、何かに挑戦する時には必ず「失敗したくない」「惨めな姿を見られたくない」「精一杯頑張ったんだからもう十分だ」という気持ちが付きまといます。

    焦る気持ちとは裏腹に、努力の成果がなかなか出ず経済的に困窮することもきっとあるでしょう。

    ですが、そうした逆風を乗り越え、何より自分自身の弱い心を乗り越えないことには真の成功は手に入れられないのではないでしょうか。
    自分自身の弱い心というのは、それこそ虎のように手強いものです。
    そして、自分の中にいるからこそ、他人の助けを求めるにも限界があります。

    私たちの心の中には、常に私たち自身に牙をむく虎が住んでいるのです。
    この虎から逃げずにしっかり向き合い、打ち負かしたりうまく手なずけることができれば、本当の成功とより良い人生へ近づけるのではないかと感じています。
    もしかしたら虎に打ち勝っても結果は失敗だったり、成果が伴わないこともあるかもしれません。

    しかし、そうした努力は決して無駄にはならず、目に見える形、目に見えない形で私たちの中で活きていきます。
    思わぬところで失敗の経験が役に立つかもしれません。

    心の中の虎に負けぬよう、今日も仕事に励んでいきたいと思います。

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    二度あることは三度ある

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  • 二度あることは三度あると言います。

    いい事が二度続けば次はどんないい事が起きるのか三度目が楽しみになります。しかし悪い事だったらどうでしょう。
    悪い事が立て続けに二度起きてしまうと気がかりです。
    仕事に関わる事なら次は何を失敗してしまうのか、上司に叱られてしまうのか、あれこれ考えるものです。仕事に身が入りません。

    小心者の私は、「二度あることは三度ある」この言葉を信じるタイプです。

    普段の生活の中でも仕事においても、立て続けに物事が起きればこの言葉がすぐ浮かびます。
    単純なのか、いい事が二度続くと今日はついてるぞと思えて何をするにも気持ちがのってきます。、逆に続けて二度悪い事が起こると、今日はついてないなと思い気になります。後一回悪い事が起きると思ってしまうのですから。

    そこで普段私がやっているモチベーションアップの方法を紹介したいと思います。

    いい事の場合はそのまま三度目を楽しみに過ごせばいいのですが、悪い事が二度起きてしまって
    「今日はついてないな」と思ったら自分から先に三度目の悪い事を起こしてしまうのです。
    例えば、仕事上で自分が二度ミスをしてしまって自信をなくしかけた時は、自分から「ちょっとミスした」と思う事をするのです。資料を落として「あっ!ミスした」と思って三度ミスしたと状況を作るのです。

    これで三度ミスしたからもう大丈夫と思うのます。誰にも分からないように実践してみて下さい。
    「二度あることは三度ある」この言葉を信じる人だけでなく、誰でも気持ちのコントロールは自分で出来るというものです。

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    菜根譚の教える因果の帳尻、成功ということ

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  • 今回は「菜根譚の教える因果の帳尻、成功ということ」についてです。

    稲森和夫氏の著作に触れる機会が多い筆者にとって、その著作の中には時に「ハッ」とする言葉に出会うことがあります。
    今回はその中でも氏が中国の古典「菜根譚」のなかでの言葉、
    「善をなすもその益を見ざるは、草むらの東瓜のごとし」をあげます。

    例えばビジネスの場面においてはいくら打ち込んでもなかなか「成果が生まれない」、そういったことがあるかもしれません。そういう時は私でも余裕がなくなり、短絡的な思考になりがちです。
    しかし氏は、そんなときほど、先ほどの言葉を思い出すよう述べます。
    この言葉の意味は「因果はめぐる」ということ。
    すなわち善行(=一生懸命に誠意ある仕事をする)を積むことは、今はみえなくても、長い目で見れば因果は巡り「良い結果」を産むという言葉です。

    なかなか結果が表れない時は焦ることも多いと思います。
    しかし「長い目でみること」。
    この因果は何も良い因果だけではありません。悪い因果もめぐるのです。
    悪徳的に一瞬だけ成功する「経営者」の方もいますが、心持ちが悪かったり、誠意の欠いた仕事ぶりは必ず失敗する。当たり前のことですね。因果の帳尻は合うのです。

    このことは西洋の考え「等価交換」の原理も思い出させます。
    苦労した努力はかならず「その分」報われる、ということ。

    腐らず毎日の仕事に従事していたら成功を産むことが多い、よく考えたら当たり前のことですが、見えなくなる時があるだけに大事にしたい言葉ですね。

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    二回目の「名月」十三夜について

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  • 9月に、「仲秋の名月」の話を致しました。今日もまた「名月」の話です。

    またかと言われそうですが、実は「名月」は2回あるのです。
    1回目は先月お話した旧暦の8月15日。2回目は旧暦の9月13日。今の暦だと10月になります。

    「十五夜」は中国から伝わったと言われていますが、「十三夜」は日本の宮廷行事が起源みたいです。
    十五夜とは違い、栗や豆を供えることから、「栗名月(くりめいげつ)」とか、「豆名月(まめめいげつ)」とも呼ばれます。

    なぜ、2回目は満月ではないのでしょう。矢張り、日本人の奥ゆかしさから来ているのでしょうかね。
    ほら、ユーミンの歌にも、そんなのがありますよ。満月はそのあと欠けていくので、その前の月ほうが良いという意味の歌が。あ、あれは十四月(そんな言葉あるのかな。)でしたね。

    実は片方だけを観るのは「片月見」と言って不吉だとされたそうです。
    そこで「名月」についても両方語らないと験が悪いかなと思い、今回話題にすることにしたわけです。

    しかも、「仲秋の名月」に月見をしたら全く同じ場所で観なければいけないと。
    さすがに出張の多い仕事についている人間にはこれ無理かもしれません。

    たまたまクレーム処理で行った先でげっそりしながら「十五夜」を見て、、来月また来なければいけないのかとなったら、
    ヤケ酒の缶ビールも進んでしまいそうです。

    昔は、一部の人を除いては旅自体がそれほど日常的なことでは無かったので、こんな迷信、いや言い伝えが生まれたのかもしれませんね。

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    悪銭身に付かず

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  • 悪銭身に付かずということわざがあります。みなさんは聞いたことがあるでしょうか。

    ギャンブル好きの方々達には良く使われることわざなんですが、結構ことわざが生きている言葉です。

    意味は、不正な手段で手に入れたお金は、つまらない事などに使用してしまい無くなってしまうという教えです。
    あまり苦労しないで手に入れたお金や悪い事をして手に入れたお金は、そのありがたさがわからないためか、または苦労していないためか、すぐに手元から飛んでいき、お金が残らないという事です。

    確かに、競馬や競輪、パチンコなどの公営ギャンブルで稼いだお金が有効に使われた話はあまり聞きません。
    まれに、友達にふるまった話を聞きますが、大体出費してしまい、結論として手元には残っていません。もうけたお金をつぎ込んですべてなくなる人もいます。ギャンブルだけでなく悪いことにより得た収入は、概ね手元に残らず、ローンのためや借金に消えていくという話が多いです。人間の性なのでしょうか。

    そこで、せっかくですので悪銭というわけではありませんが、趣味として競輪や競馬やパチンコなどで稼いだ時は、何か一つ自分のためになるものを一つ購入する癖をつけてはどうでしょう。

    小さなものでも良いです。奥様へのプレゼントでもいいです。すると形として物が残るので全く何も残らないよりはいいのではないでしょうかと私は思います。そのうえで、他の人に食事を奢る事を決めておくと、他人の喜びが自分の喜びにもなるので心理的にもプラスになると思います。

    悪銭身に付かずではなく、悪銭にて他人も自分も身に付くなんて良いと思いませんか。

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    「3」の数の効果について

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  • 1~10までの中で、3という数字はマジックナンバーと言われているのをご存じですか?

    3という数字は、とても効果的で何かと使える数字ですので、みなさん覚えておいた方がいいと思います。
    特に、プレゼンをする場面では、3つの理由、3つの構成、と、3の数字を多用しています。

    今は亡き、アップル社を作ったスティーブ・ジョブズは、カリスマ的なプレゼンを行うことで有名でしたが、彼も同じく3の数字を使ったプレゼンターでした。
    実は3という数字には心理学上、相手の頭に上手く内容を伝える事ができる効果があるとされてるのだそうです。

    つまり、人に「理解してほしい」 かつ「印象に残したい」時には、重要なポイントを3つに絞るのがベストなのです。

    ところで、3という数字といえば日本人であれば「3本の矢」を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。

    これは、毛利元就が 三人の子に伝えたとされる結束の重要性を説いた逸話です。
    「三矢の教え」「三本の矢の 教え」とも言いますが、つまり、矢は1本では簡単に折れてしまいますが、3本束ねると折ろうとしても簡単には折れない。
    このことと同じように一族も結束して強靭に生きよと説いた教訓とされています。

    また日本には昔より、「3人よれば文殊の知恵」という諺や、三位一体、三権分立、という四字熟語もあります。
    更に3脚、三輪車など、3という数字には、数字は調和を意味したり、不思議と人に安心感、安定感を与える数でもあるようです。

    以上、3という数字をうまく使って周りの人とうまくコミュニケーションとって行きたいものですね。

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    オリジナル座右の銘。

  • 追加
  • 私の座右の銘は「継続は力なり」です。が、しかし私にはオリジナルな座右の銘があります。

    それは「過去は問わない。やる気が宝。」です。

    何かと気にしいな私はよく、くよくよしてしまい、あーでも無かったな。こーでもない。など余計な事が頭をよぎり後悔したりする。こんな事は誰しもよくある事だと思います。がしかし、この様なことに振り回されてばかりで何も手に付かなかった時期がありました。

    そんな自分が嫌でまた考え込みまた落ち込む。そんなループにハマっていた時期でした。自分に常に問いかけ前を向きたい。そう強く思った時に、なんでも良いから頭が空っぽになる位夢中になれる事。私の場合思い付いた事がランニングでした。夜になると考え込む癖があったので、あえてその時間帯に近所の公園を走る。汗が出るまで走る。すると爽快。悩む自分が嘘の様に居なくなる。それに気がつきました。

    寒い日や、気分が乗らない日もありましたが、やる。そう決めた。できる限り習慣にする事を意識して、そうしているウチに過去を振り返り、くよくよする癖が無くなっていっているのを実感しました。丁度その頃勤めていた会社の仕事や人間関係も良好で、その時に痛感しました。継続は力なり…正しく。どんな力になったのか。

    そうです。過去を振り返りくよくよ考えず、無駄な時間を過ごさない。自分に自信が持てました。その時に思った事が、過去は問わないで一旦何かに没頭する。やる気があれば変われる。そう思ったのでした。それが、「過去は問わない。やる気が宝。」そう心から思えた日から、これが座右の銘に加わりました。

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