同じ言葉も考え方で受け取るイメージが変わると感じたこと

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  • イギリスのことわざに「A rolling stone gathers no moss」というものがあります。
    「転がる石には苔が生えぬ」という感じの文に和訳されているので目にしたことのある人も多いことわざではないでしょうか。

    解釈としては状況によっていろんなものがあると思います。
    一番多いのは「精力的に活動を続けることによっていつまでも能力が錆びつかない」。
    あるいは「勉強を続けることでいつでも最新の知識や情報を持っている」といった「ひとつの場所にとどまらないことの重要性」を解くタイプが多い印象です。

    ところがちょっと調べてみるとこのことわざのもともとの発祥地、イギリスでは全く正反対の意味だということを知りました。
    イギリスでの解釈は「職業や住まいを転々とする人は成功できない」という意味で使われるのだそうです。
    「活動を続けることによって錆びつかない」の解釈はアメリカで使われているのだとか。

    どういう過程で解釈が変わったのかはわかりません。
    でも同じ言葉なのに全く正反対の意味に説明されているのがなんとも面白いものです。
    もしイギリス人の友人がいて、何か目標に向かっている時に励ますつもりで「転がる石はっていうから」と言ったら「やめとけってことか」と聞かれるかもしれません。

    ことわざの例はきちんと説明すれば笑い話になるようなことです。
    でも日常生活の中にも「同じ言葉を言っても相手の解釈の違いで全く正反対の意味に理解されてしまう場合がある」というのはよくあることだと思います。

    落ち込んでいる人に「頑張って」と言ったら「自分は努力が足りないんだ」ともっと落ち込む人もいるかもしれません。
    逆に「そうだな、もっとできるよな」と元気になる人もいるでしょう。
    言葉の持つイメージは人それぞれ、いちいち気にしていたら本当は気軽に他人と話すことは難しいことなのかな、とも感じます。

    だからといって「誰とも話さない」というわけにもいかないのが人間です。
    他の人の言葉に対するイメージや考えを100%理解することはできません。
    でも少なくとも「乱暴な言葉使いをしない・やたらと略語を使わない」といった「丁寧に話す」ということなら心掛けることができます。

    完璧とはいかないまでも常に丁寧な話し手でありたいと考えています。

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    人間関係で悩んでいる時に思い出したいことわざ

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  • 職場をはじめ人間関係で思い悩むのはよくあることですが、そんな時私はこう思うようにしています。それは「私と出会った人たちは出会うべくして出会ったのだ」ということです。

    世界中にたくさんの人がいる中で、縁あって私たちは出会うことができました。数学的にみて、これは凄い確率だと思うんですよね。本当に数えきれないぐらいの人の中からまるで選ばれるようにして出会ったわけですから、すべてが奇跡の出会い、運命の出会いといえるのではないでしょうか?

    そう考えた時、たとえ人間関係で思い悩んでいたとしても、それすら自身を成長させるために与えられた試練だと思えてきますよね。そして、出会えただけでもその出会いに感謝しなければいけないですし、それが家族や親友や恋人だったらなおのことそうでしょう。

    それを集約したことわざに「袖すり合うも他生の縁」というのがありますが、まさに世の中はそんな風にできているのかもしれません。そう思えたら、職場の同僚は本当に貴重な仲間ですし、顧客や取引先は言うまでもなく大切なお客様ですよね。その出会いを単なる普通の出会いだと片付けてしまうのではなく、1つ1つが自分の人生に大きな影響を与えるような存在なのだということを、仕事の上で忘れてはいけないと思います。

    人間関係で悩めば当然苦しくなりますし、逃げ出したくなることももちろんあります。ですが「袖すり合うも他生の縁」で出会いそのものを決して疎かにすることなく、人を大切にすることが大事だと私は思っています。

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    「江戸しぐさ」と懐古主義

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  • 皆さんは「江戸しぐさ」を知っているでしょうか。
    江戸時代の商人たちによって作られたマナーのようなものだと言われています。
    公共広告機構のCMの題材となったり、教科書に掲載されたり、自治体が広報誌に載せたりしたこともあるため、その名を目にしたことのある方も多いのではないでしょうか。

    しかしこの江戸しぐさ、実際には江戸時代から存在しているわけではなく、近年になって作られた歴史的根拠のないものだと批判されています。
    そもそも江戸しぐさが存在していたという歴史的資料など存在しないのです。

    道ですれ違う時濡れないように傘を傾ける「傘かしげ」や、非喫煙者がいる場所ではタバコを吸わない「喫煙しぐさ」など、江戸しぐさの中にはマナーとしてはおかしくないものも含まれています。
    しかしそこに「江戸時代に行われていた」という歴史の捏造を付け足してしまったことが問題なのです。

    単にマナーを啓発すればいいのに、何故そのような捏造をしてしまうのでしょうか。
    また、教育に携わる人間や自治体ですら、真偽の怪しい江戸しぐさに飛びついてしまうのは何故なのでしょうか。

    私はその理由には、懐古主義があると思います。「古き良き」とか「昔は良かった」という感覚です。
    確かに、昔の人の行動から学べることはあるでしょう。しかし、それと過去を無条件に肯定することは違います。
    ましてや、実際に存在しなかったものを捏造していいはずがありません。
    過去の歴史と向き合う時は、偏った見方をしないように冷静な目線を持つことが大切だと思います。

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    塵も積もれば山となる

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  • ご存知だとは思いますが、塵も積もれば山となる、ということわざがあります。ビジネスの場において、このことわざを当てはめてみると、大事な事に気付かされることがあります。

    営業や販売において、値引きや交渉が行われます。受注ができるかできないかなので、安易に受けてしまうこともあると思います。しかし、端数の1000円としても、月に100件あれば、10万円です。1年で計算すると120万円、10年で1200万にもなります。ほんの少しの値引きでも、積もれば大金になるのです。受注できる最高値を見つけ出すことが、企業利益を高める事になると気付かされます。
    最高値を見つけるにはどうしたら良いのか、競合情報、顧客のニーズ、営業の対応等、顧客は色んな部分を見て、発注を決めます。金額以外の部分でどこを差別化するかを考えてみる良いきっかけにもなると思います。

    塵も積もれば山となる、を時間で当てはめてみると、面白いこともわかります。タバコ休憩を1回5分として、10本吸うと、1日50分もタバコ休憩をしていることがわかります。1ヶ月20日とすると、1000分(約16.6時間)、1年で12000分(200時間)つまり1日8時間勤務とすると、25日間休んでいることになります。タバコが悪いということではありませんが、時間に使い方について考え直すきっかけになりました。

    このように、塵も積もれば山となるということわざはビジネスの場においても、大事なことを気づかせてくれます。もう一度、色んなことに無駄がないか考え直すきっかけになれば良いなと思います。

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    映画が教えてくれる、見直しの大切さについて

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  • 突然ではありますが、風が吹けば桶屋が儲かる、と言う非常に有名な諺があります。

    これは一見すると全く関係の無い出来事がいつ誰にどのような影響を及ぼすのか分からない、また人によっては無理矢理なこじつけであると言った用に受け取られるかも知れませんが、いずれにしましても、一つの何気ない出来事が、どのような事に発展するのか、わかりません。

    ただ、この諺を踏まえた上で、釘が足らずに蹄鉄打てず、馬が揃わず伝令届かず、戦に負けて国が滅ぶ。と言う、桶屋のポジティブな諺とは対照的な言葉があります。これは有名な諺では無く、ワイルドスピードと言う映画で出てきたセリフなのです。本当はもう少し長いセリフなのですが、要するに釘が足りないだけで国が滅ぶ可能性がある、と言う非常に強烈な言葉として自分は記憶しております。

    私たちが日々業務を行う上で、誰しも繁忙期等で忙しくなってきますと、一つの作業をスピーディにこなす事に気を取られ、普段は行っている隅々までの見直し等がついつい疎かになってしまう事もあるかと思います。勿論、時間が限られた中での作業になりますと精神的な余裕が普段よりも無くなり、集中力の低下を招く事もあるでしょう。その結果、どう言った細かいミスが誰にどのような不利益を与えてしまうのかわかりません。

    しかし、そんな時だからこそ私はこの作品のセリフの要である「釘」を思い出すように心掛けております。たかが一映画のセリフではありますし、社会人にとって当たり前の事なのかもしれませんが、業務遂行上のミスなく常に満点の成果物をあげるために、今一度この言葉を思い出す事がある。と言う事で〆させて頂きたいと思います。

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    笑顔のお隣さん

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  • 人の振り見て我が振り直せというのは有名なことわざですが、自分にも同じことが言えるなと思った最近のできごとについて、話そうと思います。

    家の近くでよくすれ違う穏やかそうな女性がいるのですが、その方は朝でも夜でも、私が疲れているときでも必ず笑顔であいさつをしてくださいます。

    それだけのことなんですが、近所ですれ違う人の中で、いつも笑顔でいらっしゃるのはその方だけです。
    特に私が何かをしてあげたこともありませんし、どこに住んでいる方なのかも知らない、言ってみればかかわりを持たなくてもいい間柄の自分に対して、いつも笑顔でいてくださるので、すれ違うといつも嬉しい気持ちになります。

    こんな人がいてね、と家族に話をしたときも、「ああ、あの笑顔のお姉さんね」とすぐに話が通じるので、本当に誰と会ったときにも笑顔なのだろうと思います。

    そして、決まってその後に「いい人そうだよねえ」と言葉が続きますし、私もその方を見つけたときには自然と笑顔になってあいさつをしています。

    そう考えてみると、笑顔で道を歩くだけで、不特定多数の同じ地域で暮らす人たちに、「あの人はきっといい人だ」というポジティブなイメージとともに印象に残っているのはすごいことだなと思いますし、同時に「私は近くに住んでいる人たちからどう思われているんだろう」と不安になりもしました。

    なので、最近はエレベーターに誰かと同乗したときや、よく顔を見る人とすれ違う時などには、自分も笑顔でいようと心がけています。
    少しずつでも笑顔の輪が広がっていったら、とてもすてきだなと思います。

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    継続は力なり、試行錯誤の継続はもっと大きな力なり

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  • 継続は力なりという言葉があります。誰でも一度は聞いたことがある有名なことわざです。ですが、ただ毎日漫然と継続しているだけでは、ある程度のところまで上達しても、頭打ちになってしまいます。例えば、事務や営業職の人ならば経験のある電話取り。毎日続ければ、ワンコール鳴るか鳴らないかくらいの速さで出ることが可能になります。受け答えだって、なめらかに出来るようになるでしょう。

    しかし、ただ継続しているだけではそれだけで終わってしまいます。言い換えれば、電話取りなどは、ある程度継続した人であれば皆同等のスキルを手に入れられるのです。たしかに上手にはなったけれど、他と比べて、なんの魅力もないことになってしまいます。ここで大切なのが試行錯誤です。

    電話取りを例にあげていますが、電話というのは、向こうのお客様の顔がわかりません。当然ながら、お客様もこちらの顔がわからないのです。互いに声でだいたいの年齢や性別がわかったとしても、大変不安要素が多い連絡方法なのです。継続の力で、いくら上手に電話の受け答えが出来たところで、もし高齢のお客様だったら、聞き取れない場合があります。どのくらいのスピードで、どのくらいの声の大きさで、どういった言葉を選べば相手にきちんと伝わるのかを試行錯誤して継続していかなければ、結局はただ、独りよがりとなって終わってしまいます。

    私が電話の受け答えで大切にしているのは、お客様の話し方に合わせるための試行錯誤です。ゆっくりとされていて、なにを質問したら良いか少し迷っておられるお客様に対し、
    いままで継続してきたというだけでこちらのペースを押し付けては、失礼になります。せっかくのチャンスをつぶすことにもなりかねません。電話先のお客様は、聞きたいことがあり、不安があってかけてきてくださっていることを忘れずに、これからも試行錯誤の継続を続けていきたいと思います。

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    最初の一歩を思い切って踏み出すことが大切だとわかることわざ

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  •  最初に一歩踏み出すことが大事、まずはできるところからやる、そんな意味のことわざが「千里の道も一歩から」です。このことわざは、私の座右の銘といっても良いぐらい日常生活の中で常に意識しています。何かやってみたいことがあったとき、あまりに大きな目標だと尻込みしてしまって最初の一歩を思い切って踏み出せなかったりします。そんなとき脳裏をよぎるのは「できるわけない」というやる前から諦めてしまう気持ちです。

     たとえば、世界一周旅行がしたいと思ったら、いろいろな不安が思い浮かびます。まず、資金、仕事、安全上の問題などがそうです。パッと思いつくだけでもこれだけの不安があり、一歩を踏み出すことなく諦めてしまいそうになります。しかし、これこそまさしく「千里の道も一歩から」で、まず旅行をする習慣を身につけるところから始めれば良いのです。それは、国内旅行でも全然構いません。そして、それに慣れてきたら、次は台湾のような親日エリアへの海外旅行など、世界一周旅行へと段階的に近付いていけば、遠かった道のりがそうではなく思えてくるかもしれません。

     これは極端な例かもしれませんが、イメージとしてはその方向性で間違っていないはずです。一歩を踏み出さないことには何も始まらない、それが真理であるがゆえに「千里の道も一歩から」ということわざは心にズシリと響きます。千里を歩こうと思ったら大変ですが、一歩踏み出すだけなら簡単です。ですので、常に臆することなく一歩踏み出す勇気だけは、持っていたいと思います。

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    継続は力なりについて

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  • 継続は力なりという言葉があります。
    この言葉は続けることの大切さ、小さなことを積み重ねていけば、いずれ大きな成果に繋がっていく、などの意味があります。
    以前、雑誌のコラムでダイエットについて書かれた記事を読んだことがあります。
    現在、ダイエットにはいろいろなダイエット方法があります。しかしダイエットに成功したという話より、失敗したという話の方をよく耳にします。
    そして、その原因はダイエットに途中で挫折して失敗したという話が多いです。
    簡単にいうとダイエットを続けることができなかったから失敗しているのです。
    そしてダイエットは続ければ成功できるのです。
    しかし、この続けるということが簡単なようで難しいことでもあります。
    私たちに置き換えても言えることだと思います。
    そこでこの難しくもある、続けるということを解決する方法があります。
    それは、短期間で結果を求めるのではなく長い期間で目標を立て実行していくことです。
    短期間で成果を出そうとすれば日々、大きな負荷をクリアしていかなければいけません。
    そして、それがストレスとなり途中で断念することになってしまいます。
    しかし、長い期間で成果を出すようにすれば日々の負担は小さくすみ、続けていくことが容易くなります。
    私たちの日々の業務でも成果は求められます。この私たちの業務でも日々、小さな努力の積み重ねを続けていくことによって実力となり、周りからの信頼を得ています。
    そして短期間で成果を求められることもありますが、このときに成果を出せるか出せないかは
    私たちが日々継続して努力を重ねているかにかかっていると思います。
    これからも小さいことでも苦労を惜しまず努力を続けていきましょう。

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    継続させることの難しさ

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  • 誰しも一度は『継続は力なり』という言葉を耳にしたことがあると思います。
    皆さんはこの言葉を、どのようにとらえていますか。
    「何事も継続して行っていれば、必ず結果となって返ってくる」と考えている人もいるでしょう。

    ですがこの言葉には、様々な解釈があると言われています。
    そのうちの1つに「継続は力なりではない。継続してなければ力は生まれない」というものがあります。
    読んで字の如しとも言えますが、そもそも力とは継続しなければ生まれない、というものですね。

    ここで皆さんに一度考えていただきたいのが、継続することの大変さについてです。
    継続することは難しいことではないでしょうか。

    たとえばダイエットは最たる例でしょう。
    ダイエットに成功した人は軒並みに『ダイエットを継続させること』に成功しています。
    反対にダイエットに失敗した人は、途中で挫折している人が多いのではありませんか。

    中には「1年以上ダイエットを続けたけど効果が出なかった」という人もいるかもしれません。
    ですがダイエットに成功した人の中には「1年は効果が出なかったが、2年続けたら効果が出た」という人もいることでしょう。
    もちろんダイエットのやり方を見直すことも大事だとは思いますが、きちんと継続させることも大事なのではないでしょうか。

    どんなプロのアスリートであっても、スポーツを始めてから数カ月でオリンピックに出られる人なんていないと思います。
    自分に適した練習を、何年もの歳月をかけて継続させたからこそ、オリンピックに出られるのではありませんか。

    継続することは大変で、挫折してしまうことも多いです。
    しかしまずは継続させることを目標にしてみるのも、良いのではないでしょうか。
    継続できたことだって、自分にとって大きな自信になると思います。

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    負けているときほどチャンス

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  • 負けているときほど、「今がチャンス」とおもわなければいけません。今日はそんなお話をしたいと思います。

    我々が普段使っている漢字は中国古代の「漢」という国で作られました。三国志でも登場する国ですね。この漢を作った男を劉邦といいます。劉邦には当時項羽というライバルがいました。項羽は中国史上でも屈指の猛将で、劉邦も当然の如く項羽と戦って敗れてばかりいました。

    しかし、劉邦が優れていたのは、狭い戦場ではいつも負けていたにもかかわらず優秀な武将を抜擢し、重要な地点をどんどん占領して行き、最終的に項羽を大量の兵士で囲み敗北させてしまったのです。

    劉邦が負けて悲しむだけの男だったらもしかしたら漢という国は生まれず、漢字は生まれていなかったかもしれません。

    私たちも普段仕事をしているとこの会社にはとても勝てない、この仕事はとてもやりきれないと思うことがあるかもしれません。
    でもそこで見習うべきは劉邦の姿勢で、局地戦で勝てなくても大局を見て、他の重要なところをおさえて行けばよいのです。

    ある会社に営業に行き、例え案件が安売り競争で競合他社に取られてしまっても、大局を見てお客様にとって重要で自社にしかできないサービスを考える等、負けながら考えなければなりません。逆に勝っている相手はその案件に注意が行きがちです。つまりその間により重要な案件を発掘作成出来るチャンスとなるわけです。

    このようなことを心がけながら仕事をしていきたいと思います。

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    スピードスケート女子パシュート 継続は力なり

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  • 「継続は力なり」とは、何事においても継続することは大変な努力が必要であり、地道な努力を続けていけば、やがて積み重ねが力となっていくことです。

    今年開催される平昌冬季オリンピックで注目されているスピードスケート女子パシュート。3人1組で走るスケート競技で、今季W杯で3勝し、その全てで世界記録を達成する勝負強さがあります。
    ただし女子パシュート選手の中で高木美帆選手以外は決して強い選手ばかりとはいえません。

    勝利を得るために、年間およそ300日も一緒に練習を行い、チームワークは抜群ですし、1秒でも速く走るために、他国にはない技術を惜しむことなく努力することによって手にいれました。その技術を手に入れるために長い期間継続的に努力したことでしょう。

    特に高木美帆選手は前回オリンピックの出場落選の悔しさを乗り越え、今回のオリンピックは大活躍しています。

    継続的に努力することはどの仕事をするうえでも大切なことだと思います。

    努力しても成果をなかなか得ることのできないこともたくさんあることでしょう。

    でも、そこでくじけることなく、努力を続けていれば、それを見ててくれる人は周りに必ずいますし、その努力が形になれば、何物にも代えがたい達成感が手に入れることができると思います。

    また、次の仕事に対してもモチベーション高く取り組めることでしょう。

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    日々是好日~色々なものに囚われている人へ~

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  • 「日々是好日」と言う言葉をご存知でしょうか?

    中国の禅僧雲門文偃(うんもんぶんえん)が遺した言葉です。

    意味はそのまま「毎日が好日(こうにち)である」ですが、当然の事ながらこれは「毎日が良い日で実によいことだ」等といった薄っぺらな意味ではありません。

    これまで生きてきて毎日楽しい事だらけ、嫌な日など一日もなかった、という人はまずいません。

    学生なら友達とケンカしたり、テストの点が悪かったり、社会ならば仕事のミスや、上司との関係悪化など、我々の周りには常に「好ましくない事」は起こりえます。

    それとは逆に良い成績を残せた、仕事がうまくいったなど、良い日もきっとあるでしょう。

    しかし、良い事があれば、それを失う事を怖れるのが人間です。

    良い日、悪い日とは、我々が自身に起こったことに対して、善悪や優劣などのものさしを用いて作り出した認識にすぎません。

    ものさしで日々の出来事を測り続けることは常にその基準に振り回される事を意味し、そのように心乱された状態では、落ち着いて仕事に打ち込むことなどできはしません。

    「この仕事でミスを犯したらどうしよう」「この契約を取れたら、俺は出世間違いなしだ」、このような思考は仕事をする際、ノイズとなってしまうのです。

    良い仕事をするためには一時的にでも、そのものさしを手放さなければなりません。

    ものさしを手放すことにより、初めて人はこだわりから自由になり、真摯に仕事に打ち込むことが出来るのです。

    「どのようなことが起きても、それを受け入れよう」このような心構えで仕事に取り組む事ができたなら、その日からあなたの残りの人生全ての日が「好日」となるでしょう。

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    現代の三十六計~「順手牽羊(じゅんしゅけんよう)」~

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  • 皆さん「三十六計逃げるにしかず」と言う言葉を一度はお聞きになった事があるはずです。

    これは「ピンチに陥った際はあれこれと計略をめぐらせるよりも、一刻も早く逃げるべきだ」と言う意味ですが、この三十六計がどういったものであるかはご存じない方も多いのではないでしょうか?

    三十六計は正式名称を「兵法三十六計」5世紀の中国の武将「檀道済(だんどうせい)」の記した兵法書です。

    中国には「孫子」という有名な兵法書が存在し、「兵法三十六計」はよく混同されますが、全くの別物です。

    「兵法三十六計」は、その名のとおり、36種類の戦術を紹介していますが、それらは平和な現代日本でも十分に活用できるものです。

    今回はその中から「順手牽羊(じゅんしゅけんよう)」を紹介したいと思います。

    「順手牽羊」を書き下し文にすると「手に順(したが)って羊を牽(ひ)く」、つまり、「相手に悟られないように、羊1匹程度の損害(小さな損害)を細かく与え続ける」と言う意味ですが、私は「細かい損害や利益を軽視することのの危険性」も示しているのではないかと考えています。

    これは、ある男が羊の群れか1匹だけ羊を盗み出した際に、あまりに堂々とした態度に周囲は違和感を覚えず、男の犯行に気付く事ができなかったという故事を基にしています。

    この計略は自分が相手よりやや優位な状況に置いて効果を発揮します。

    当然現代において他人に危害を加えることは容認されていませんが、「小さな利益、損害を軽んじない」ことは、現代でも非常に重要です。

    小さな事柄にこだわりすぎることも考え物ですが、塵も積もれば山となるという言葉のとおり、小さなチャンスや利益、落とし穴を見落とさないようにしたいものです。

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    逆耳払心という言葉

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  • 中国の古典「菜根譚」という本の中に、「逆耳払心」とも略される説話が出てきます。
    最初、私はこの四文字を口に出して読んでみても、その意味がきちんと把握できませんでした。ですが、その解説を読んでみるととても腑に落ちてしっかりと納得できましたので、ぜひ皆さんにも知っていただこうと、この「逆耳払心」という言葉についてご紹介したいと思います。

    まずこの言葉の前半、「逆耳」という部分について。
    解説によるとこの部分は文字通り「自分の耳に逆らう言葉」、「あまり自分が聞きたくないこと」を意味するようです。すなわち「他人からの忠告」を意味します。
    もっと具体的な例で考えてみましょう。

    例えば、私の仕事のやり方が他の同僚から見るとあまり効率が良くないように見える。
    なので、気付いた同僚はまったくの親切心から「こうしたほうが早いよ、便利だよ」と私に助言してくれたとします。すると、その助言を受けた私は何を考えるでしょうか。
    もちろん善意でしてくれたことでしょうから、ありがたいとは思うはずです。ですがもしかしたら、心の片隅ではその言葉を嫌味混じりと受け取って、「うるさいことを言われたなあ」と思ったりしてしまうかもしれません。

    ここで言葉の後半、「払心」の部分を考えてみます。
    これも解説によると、その意味は「思うようにいかないこと」とあります。つまり私が嫌だなと考えてしまったこと、その考え自体をこの言葉はきちんと先回ってくれているのです。
    そしてその上で逆耳払心という説話はこう続きます。「しかし、その思うようにいかない事柄にきちんと対応することで自分自身が磨かれる」と。

    先の例で言えば、同僚からの助言は言わば「あなたは間違っている」と言われているようなものですから、確かに耳が痛いです。
    しかしそれをただ気に食わないとして受け入れないのではなく、耳が痛いと感じつつもきちんと誠実に対応する。
    例えば助言された通りのやり方で一度仕事をしてみるなど、辛抱強く、また柔軟な頭でもって目の前の仕事に関わっていくべきではないでしょうか。

    これは理屈はわかっていても、意外に実践が難しいことです。ですがまずは少しずつでも始めていきましょう。
    私もこの言葉を日々心がけて職務に励みたいと思います。

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    勝負事の日について

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  • 一月八日は何の日かご存じでしょうか。

    実は、一月八日は「勝負事の日」とされています。
    これは、例えば、「運を天に任せて一か八かやってみるしかない」という際などに使われる「一か八か」がその日の由来となっています。

    そもそも、なぜ「一か八か」というと、サイコロの賭博で有名な「丁半博打」という言葉は聞いたことがあるかもしれませんが、サイコロの目の「一」は「丁」であり、サイコロの目の「八」は「半」を表します。なぜ、そう表すのかというと、「丁」を漢字で書くと、上の部分の横棒が「一」、「半」を漢字で書くと、上の部分に「八」が逆立ちして書かれているように見えるからと言われています。

    ただ、仕事は丁半博打のように取り組んでいいわけではありません。少しでも案件を煮詰め、しっかり準備していくことでより勝算や成功する可能性を引き上げることができます。むしろ、準備をしなければしないほど、うまくいく可能性はどんどん下がっていくかもしれません。

    業務提携すべきか否か等、どちらかの選択肢を選ばなければならない状況になることは多々あると思いますが、安易にサイコロをふって選択肢を選ぶのではなく、用意周到にしっかり準備したうえでどちらかを選択することを心がけていきましょう。

    もっとも、今晩のご飯を何にするか、次のお休みはどこへ行くのかなどについては、サイコロに頼って「一か八か」とは言い過ぎかもしれませんが、選んでみてもいいかもしれませんね。

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    逃げ恥

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  • 「逃げるは恥だが役に立つ」漫画のタイトルでもあり、ドラマ化されあまりにも有名になってしまった言葉です。

    作品の中でも紹介されていましたが、これはハンガリーに存在することわざだそうです。ことわざは代々受け継がれるにあたって意味や解釈がかわってきますし、お国柄もあって正確なニュアンスで受け止めるのは難しい面もあります。
    例えば「風が吹けば桶屋が儲かる」をそのまま訳してに外国の方に説明するなんて私には何年時間をもらってできる気がしません。

    この言葉そもまま文字通り受け止めると、「時には逃げることも必要だよ」という意味にとれ、私もそう思っていましたが、現地の人からすると少し異なるようです。
    それは「苦手なことからは離れて、得意分野で勝負をしよう」ということです。

    自分にできないことはできないと認め、あきらめることが「逃げるは恥」ですが逃げたことによってたどり着いた先で「役に立つ」こういうニュアンスで使われることが多いようです。
    このことわざの面白いのは「逃げている」けども全体を通してみれば「何かに対しての行動という面では逃げずに継続したからこそ役に立った」という点ではないでしょうか。
    逃げっぱなしでは役に立つことはできないのです。

    「逃げるは恥だが役に立つ」は嫌なことから逃げろと言っているのではなく、自分の長所を生かせ!と言っていると私はとらえるようにしています。

    失敗が続くとどうしても落ち込んでしまいますが、長所を生かして最終的に役に立つ人を目指してこれからは仕事に取り組みたいと思います。

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    囲師必闕(いしひっけつ)について

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  • 囲師必闕(いしひっけつ)とは、古来から伝わっている兵法のひとつである「孫子」に書かれているものです。

    この、「孫子」に掲載されている兵法は、武田信玄げ孫子に惚れ込み、風林火山のもととなったものですが、今でも世界の名だたる経営者のバイブルとして、今でも読まれている本です。

    さて、囲師必闕とは、すなわち、相手を攻撃する際は必ず逃げ道を作っておくこと、ということです。
    これは仕事の上でも部下や相手企業との交渉にも生かされます。例えば、部下の失敗を追求せざるを得ない場合があると思います。その際に、ひたすら詰めるばかりで何の逃げ道や落としどころをなくしてしまうとどうなるでしょう。部下をとことん追い込むと、労基署や逆に上司の失敗や弱点を攻撃してくるかもしれません。とどのつまりは自殺してしまうかもしれません。

    また、相手企業との交渉で、相手に無理難題を押し付け、落としどころがないようにしてしまうと、契約が破談になるばかりか、敵対企業の側にたってこちらを攻撃してくることすらあります。相手を追い詰めすぎると、今度はいわゆる「背水の陣」という言葉もありますが、必死になって向かってきます。
    必ず、交渉や話し合いには落としどころを事前に準備して挑むことで、不必要な損害を被ることをなくすことができます。

    仕事のみならず、人間関係を気づいていく上でも、相手を追い詰めすぎることのないようにすることを肝に銘じ、接していきたいと思います。

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    変えてもいい事

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  • 私が子供のころは、夏になると水を飲んではいけないと言われました。それは水を飲むと汗が出て体力を奪われるという理由からでした。

    ゆえにクラブ活動や運動会、体育祭、さらには夏の自分の趣味などは水筒すら持っていかない状態でした。水を飲まないことによって持続力が生まれると先生や、色々な人に教えられたことを覚えています。

    それが近年は何につけ水分の補給を促されます。特に夏場は熱中症予防でとにかく水を飲むようにと言われ、病院でも体調を維持するために水を飲んでくださいと言われます。

    自分が子供のころに習った事と正反対なのです。これは医学的に研究が進んだ結果水分補給が体に一番いいとわかったからだと思います。しかし今までの格言ともいえるくらいの『水を飲むな』を完全にひっくり返したのには驚きました。

    では自分たちが仕事をしていても昔からの習慣というか決まり事のようなことが多くあると思います。例えば『損して得獲れ』という言葉があります。
    これは営業などでは初めの1品は損をしてでも納品すればやがて、納品アイテムが増え利益が生まれるという事です。しかし今の時代は『損したらそのまま』と言われるくらい納品価格競争は過激です。
    競争相手が多い為1品の損を取り返すのは至難の業です。ひどい場合には損した商品しか発注が来ない事すらあります。

    このように昔はこうだったという決まり事や、習慣で、今の時代にそぐわないものはどんどん変えないといけないと思います。
    高度成長期やバブル期の言葉や言い伝えがすべて今の時代に通じるかといえばそうではありません。これは誰かが言い出さないと変わらないことだと思います。

    前例の『水分補給』の話のように、今の時代にそぐわないものは変えるという勇気が必要だと思います。私も今後色々提案をしていきたいと思います。

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    ことわざ

  • 追加
  • ことわざは古くから伝わってきているものですが、私の好きなことわざに「風が吹けば桶屋が儲かる」というものがあります。

    風が吹くと砂ぼこりが舞う、砂ぼこりが舞うと目に入る…というように様々な現象が次から次に起きて、最終的には桶屋が儲かる、という落語のような話ですが、改めて考えるとこのことわざは何を伝えたいのでしょうか?

    単に話の面白さもあって伝わっている面もあるかと思いますし、物事は関係ないように見えて関係しているのだ、という意味で捉えられていることが多いと思います。
    似たような意味で蝶がは羽ばたくとハリケーンが起きるということわざも海外には存在しているので、こういった話は万国共通なのかもしれません。

    ただ、私はこの言葉をもう少し拡大解釈して「何が自分の役に立つかわからないので積極的に行動していこう」という意味で捉えたいと思っています。

    一見関係ないように見えることも、実はどこかで繋がっている。仕事はまさにこの繰り返しではないでしょうか?

    例えば一見地味で単純な会議の資料をコピーして作成する、という作業でも文字は鮮明に読めるか・ページの抜けはないかという確認、めくりやすい位置にホッチキスをとじれているか、出席者が増える可能性を考えた予備はあるかと、いったことの積み重ねで最終的な会議の進行具合や内容の決定が変わることは大いにありえることだと思います。

    与えられた仕事は自分では把握できないところで評価されることもあります。どんな小さな仕事でも手を抜かず真剣に取り組んで行こうという思いを忘れずにいきましょう。

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