和光同塵って知ってますか

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  • 和光同塵という言葉があります。自分の才能や学徳を隠し、俗世間に混じって目立たないように生活する事です。

    皆さんの中にもこのような方がいらっしゃるかもしれませんね。本当は凄いのに隠してるだけの人が沢山いるんでしょうね。
    わざと出来ないふりをしてすぐに出来る仕事を何日もかけてやっているのかもしれませんね。

    仮に天才がいたとしましょう。彼は和光同塵をして会社員をしていました。彼が本気を出せばすぐに解決できるのに、黙っていたのです。
    それはいい事なのでしょうか。天才がばれたら期待され過ぎて困るから黙っていたというのでしょう。
    でもそれは間違いなのです。天才だからと言って万能ではありません。できる事が多いかもしれませんが出来ないこともあるのです。
    会社は出来る事を買ってくれているんですから、彼が黙っていることは裏切り行為にあたります。
    その天才が苦手な事で雇われたらどうでしょう。本当に出来ないから真剣にやらざるを得ないでしょう。
    しかし実績があまりに悪ければクビになることもあるでしょう。クビにされた彼に言える事がありますか。

    それは単なる思い上がりでしかないのです。出来ないことは克服すべきですし、できる事は精いっぱいやることが仕事なのです。
    会社は一人で成り立つものではありません。個人ではなく組織として個人の力を使っているのです。
    その中で一人楽をすることは他の人に迷惑をかけているだけだと思いませんか。
    天才がすぐに意見していたら会社が助かり社員全員が助かったのかもしれないのです。

    これから困難な問題に直面した時に考えてみてください。自分は本気でやっているのかと。
    もし少しでも疑問があるのなら考えなおして下さい。同僚に迷惑をかけてはいけないでしょう。
    あなたは天才ではないかもしれませんがもっとできるのかもしれませんよね。

    話しは変わりますが子供が遊んでいて凄い発見をしたとしましょう。でも子供にはその発見の事は理解できないでしょう。
    発見の意味を知るまでに何年かかるか分かりません。それまでその大発見はねむらせるのですか。
    誰かそれを見た人が気づけば発見は10年以上早く活かされることになります。
    なんでもそうなんですね。何もしなければ無意味なんです。

    会社では人の意見も聞かなければいけません。同時に子供の発見を見過ごしてはいけません。
    認めるべきものはちゃんと認めてしかるべきなのです。
    その事が未来を変えていくことになるかもしれないのです。

    誰だって可能性を持っているんです。それを存分に使いましょう。それでみんなが幸福になれるなら最高じゃないですか。
    そして周りを認めてあげましょう。自分にないものを持っている人には敬意を払いましょう。
    そうすれば自分も認めてもらえるようになるでしょう。
    協力するってそういう事から始まるのですよね。
    共同作業が会社ですから、同じことです。

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    「人は見た目が9割」…ほんと?

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  • 」新しく入ったバイトのおじさんに偉そうに接していたら、実は視察に来たCEOだった」というドッキリ、皆さんも一度はご覧になったことがあるのではないでしょうか?

    このとき、偉そうに接していた先輩社員は、「バイト」「おじさん」ということだけをもって、知らず知らずのうちに「あいつはデキない奴」というレッテルを貼ってしまいと、結果的に人事評価では大きなペナルティを科されてしまうという不幸な運命を受けることになってしまいます。

    逆に、「困っていたホームレスを助けてあげたら、実は大資産家」などといった、良い結果を招いたというエピソードも耳にしたことがありますが、果たして皆さんは、人をどの程度見た目で判断してしまっているでしょうか?

    営業などにおいても、最初厳しかった取引先の経理担当者が、めげずに接していると実は高く評価してくれていたり、あるいはその逆もしかりだと思います。

    現に私が今でも仲良くしている親友は、大学時代、初対面は最悪の奴でした。

    『人は見た目が9割』という著者がありますが、おそらく見た目だけで判断してしまうことで、私たちは多くのチャンスを逃してしまっているのだと思います。

    今後人と出会うときは、「あ、この人イヤだな」と思ったときこそが、実は将来の大きなチャンスが転がっているのかもしれません。見た目だけでなく、内面や経歴、話し方など、それ以外の部分から、真の「人を見抜く力」を身に付けることが、私たちには求められているのかもしれません。

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    朝の挨拶の効果について

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  • 今朝、みなさんはどの人と挨拶を交わしましたか。上司、部下、同僚など様々でしょうか、どんなふうに挨拶をしたか思い出してみましょう。

    しかめっ面で会釈だけした、ということはありませんか。もしくは、わざとらしく微笑んでみせたということはないでしょうか。

    朝の挨拶には力があります。挨拶を気持ち良く交わすだけでも、その日1日の気分が大きく変わるのです。

    私が以前勤務していた職場は、俗に言うブラックだったと思います。しかしながら、精神を病まずに続け、転職に成功するエネルギーだったのは、毎朝挨拶をしてくれる受付の女性の爽やかさでした。

    私はその人に恋愛感情を抱いていたわけではありません。しかしながら、過酷な職場であるにもかかわらず、毎朝心からの笑顔で社員の人々を迎えるその姿に、私は感銘を受けたのです。

    その女性は、ブラックな環境に染まって洗脳されていたわけでも、不満を押し殺していたわけでもありませんでした。その証拠に、私が転職してのち、その女性も、もっと待遇の良い仕事に転職をしたのです。

    なぜ彼女の明るさがあったのかと思いますと、それは希望を忘れなかったからではないかと予想されます。
    苦しい状況の中でも、顧客一人一人への愛を忘れず、また、共に働く仲間への敬意を忘れることがなかったのです。

    みなさんも、今の状況に何か不満があったとしても、まずは挨拶からはじめてみましょう。職場の空気が変われば、転職せずとも、職場ぜんたいが清々しい空気に包まれて良い方向に変わって行くことでしょう。

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    「全然大丈夫」「やばい美味しい」は誤用ではありません

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  • 「全然」という言葉のあとには、必ずと言って良いほど、「~ない」の形で全否定を表す文法が、とりわけ第二次世界大戦後の現代語でもっとも一般的な用法とされてきました。これは、日本語の専門家であったり、研究をしている方でなくとも、ごく普通の感覚でも当たり前のように思えることですが、最近は若者を中心として「全然大丈夫」などといった、肯定的な意味で使われることが増えてきていることが注目に値します。
    夏目漱石も「全然」を否定を伴わず使っていた
    この事自体を間違った日本語であると指摘する声があることも事実ですが、じつは昔は「全然+肯定」の表現が普通に使われていたようです。
    明治から昭和戦前にかけて、「全然」は否定にも肯定にも用いられてきたことがあり、あの夏目漱石でさえも「全然」を否定を伴わず使っていたという文献が残っているのです。

    また、「やばい」という言葉も江戸時代の作家十返舎一九の作品にも見られるように、当時から当たり前のように使われていたものと思われます。当時は、いわゆる「危険である、危ない」という意味で使用がされていたようですが、最近の若者は「とても」のような意味合いでむしろ肯定的な意味で使う人が少なくありません。

    とある老舗の飲食店で、若者が「やばい、やばい」と連呼しているので、食材に不備や問題があったのかと心配になった店主が、尋ねてみたところ、「やばいくらい美味しい」ということであったとの笑い話もあるほどです。

    日本語だけに限らず言語のすべてに言えることですが、時代とともに用法が変わっていくことは当然の帰結であり、だからこそ言語が生き物であると言われる由縁になっているのではないかと思いました。

    今後は、間違いを指摘する前には、ググってみようと思いました。

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    ちょっとしたトラブルは謝ることが大切です

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  • 仕事にトラブルはつきものです。社内であれば、問題解決は早いですが、取引先や、お客となるとそうはいきません。

    一番多いちょっとしたトラブルは、お互いの思い違いです。取引関係でも昔のように対面や電話ではなく、メールやSNSなどでのやり取りが多くなっています。相手先からの内容をこちらが勝手に思い込んでのミスが多く発生します。この時の初期対応が重要です。

    物事が多くなる原因の一つに『いつもこうだから、そう思った』とか『いつもの注文と違うので間違いだと思った』、『いつもいない時間なので判断していつもの時間にした』などの、こちらの勝手な思い込みを言い訳にすることです。先日も、『またお願いします』というメールをまた納品お願いしますと思い込んで納品したら『注文もしていないのに持ってこないでください』と言われました。その時即座に『勘違いしました。ごめんなさい』と素直に謝ると相手さんも『まあいいや!置いて帰って』と気持ちの良い返事が来ました。店主不在時の納品で綺麗だった箱が、汚れているというクレームが来ました。この時はさすがに、他の納品業者が、汚れたものを上に積んだのだろうと思いましたが、素直に『すいませんでした。以後無いように気をつけます』というと、『まあ気を付けてね!』という返事で終わりました。

    最初の納品間違い時に『このメール見たら注文だと思いますよ』と言ってしまったら、トラブルは大きくなります。次の箱の汚れも『納品時は綺麗だった』と言い切ったら、水掛け論になっていたと思います。

    このように、トラブルは誰でも起ります。この時自分に非は無いと思っても、まず謝っておけば相手の気分が癒され、問題の解決がしやすくなります。これは夫婦間でも同じだと思います。また自分が逆の立場だったらそうです。

    このように私が営業をしながら経験したことです。もし自分が謝りたくない気持でも、今後の事を考えると謝った方が、自分にとっても、会社にとってもいい方向に向かいます。わかっている事ではありますが、参考にしていただければ幸いです。

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    仕事ができる人だけが人なのですか?

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  • 僕は確かに仕事ができる人間ではありません。
    上司の指示の眼目を外す事もありますし、尋ねる人が回りにいないとどうして良いのか判らず、仕事が停滞してしまう事もままあります。
    確かに手も遅くて不器用だからミスする事もしばしばですし、うっかりやらなければいけない作業を忘れてしまう事も。

    ホントに御免なさい。
    仲間や先輩や上司の方に御迷惑をお掛けしている事は十分に認識しています。
    だから叱られるのも自分が悪いんだと思っています。だって足を引っ張ているんですから当たり前です。
    会社が悪い、上司が悪い、先輩が同僚がーなどとは決して考えていません。

    でもこれでも一生懸命なんです。必死で頑張っているんです。絶対、サボったり手を抜いたりはしていません。
    その事だけは信じて欲しいんです。

    それに、並にできる人と比べると能率の悪いのは確かですし、出来の良い人ばかりの集団を基準にすれば全体の仕事効率も下がるでしょうけど、そんなに優秀な人ばかり集める事なんて実際には不可能でよね。
    僕みたいな人間も戦力として含まれて来るのが現実だとすると、貢献度は低くても少ないながらも貢献はしていてマイナスにはなってないと思うんです。

    ですから僕の事を馬鹿扱いするのだけは止めて欲しいんです。
    仕事のミスで怒られるのは仕方がありません。褒めて欲しいとか、甘やかして欲しいというのではありません。

    人として接して欲しいだけなんです。人としての尊厳を守りたいというのは贅沢なことですか?

    あなたの周りにはこんな人はいませんか? そしてその人にあなたはどう接していますか?

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    木はそれぞれの伸び方をしています。

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  • 私は毎朝公園を散歩しています。朝の公園はとても気持ちがいいものです。歩きながらたくさん生えている木を見ると、たまに他の木と違う方向に枝を伸ばしている木があります。普通は太陽の方向に向かって枝が伸びるはずなのに一本だけ反対に枝が伸びているのです。

    木が自分で方向を変えている訳ではなく、何かがあってそうなったんだなとは分かりますが、そんな木を見ていると自分に似ていると感じてしまいます。わざと反対側に枝を伸ばして目立ってやろうとしているように感じるんです。私も目立ちたいとか、もてたいとかの為に似たような事をする時があるからです。

    木は自分を守るために枝の方向を変えたんでしょう。それは木が本来持つ本能のようなもので、自然な成り行きだと思います。それに比べて私は自分をわざと曲げて、良く見せようとしているんだなと感じさせられてしまいました。本当の自分じゃないのに評価されたりもてたりしても、結局は後で恥をかく事になるんですよね。木は葉が日陰に入らないようにしているのに、私は日陰を作って誰かの邪魔をしているのかも知れません。

    見栄を張ったりして一時的にいい事があったとしても、結局期待を裏切ったりして相手に迷惑をかけてしまいます。私はあの木のように自分を偽らずに、自然な流れで枝を伸ばしていきたいと思います。それが私の為であり、周りの人達を裏切らないことに繋がるんだと、公園の木に教えてもらったんですね。木を見て森を見ずに、自分を見てみました。

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    ちょっとした仕草が人を引き付ける

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  • 皆さんは普段接客をするのにどのように接客をしていますか。
    接客の応対に関してこれをしておくだけできれいに見えて、また来たくなるようなお店作りをすることが出来るポイントがあります。

    それは挨拶の時に止まることです。
    挨拶をするときに皆さんはどのように挨拶をしますか。
    流れ作業で挨拶をしていませんか。

    挨拶はお客様を迎える、あるいは見送るために行うものです。
    歓迎の意を伝える為にきちんと止まって挨拶をすることは基本中の基本です。
    その基本的なことが忙しいという理由だけで疎かになっていませんか。
    今一度自分で確認をしてみてください。

    また、お見送りをするときも止まって挨拶をするのもまた来てくださいという意思表示にもなりますし、また来たくなるようなお店作りが出来ることになります。

    すがすがしい気分でお客様を接待するの接客の基本です。
    身なりだけ気にしていても仕方がないのです。
    この止まるという動作も普段から気を付けていなければなかなか出来るものではありません。
    どんなお客様でもお客様はお客様です。
    こちらが選ぶのではなく、お客様がこちらを選ばなければ商売になりません。
    このポイントを直すだけで、このお店はいいお店と思ってくれる人は多くいると思います。

    改めて言いますが、今一度自分の接客態度を確認してお客様から選ばれるようなお店作りをみんなで行っていきませんか?
    お客様に喜ばれることが私たちの仕事に基本であり、ビジネスチャンスにもつながってくることは間違いありません。
    皆さんで喜ばれるお店作りをしていきましょう。

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    全ての責任は自分にあり

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  • 人が二人集えば、そこには社会が発生する。
    社会が出来ると、大小問わず必ず問題が起きる。

    そんな時、真のチームワークが表面化します。
    チームは個々の集まりだから、個々の質が結果に大きく反映する。

    悪い結果を生み出すチームは、個々がそれぞれ、問題の原因を誰かの責任にする。
    いわゆる責任転嫁。

    一度、責任転嫁ぎ始まると終わりなき責任転嫁に発展して、最後は信頼関係まで崩壊する。
    一方、チームの個々が、問題原因は自分にある。と思い省みた時は、その問題をバネに新たな大きな結果を生み出せる可能性が出てくる。

    特にリーダー格の人が責任の所在を他人にするなか、自分にするのかで、その後の信頼や評価は大きく変わる事は間違いない。

    おそらく、信頼を勝ち取る人物は、責任は自分あり、お手柄は部下にある。という行動を実践しているだろう。

    直接的な責任がなくても、事前の準備の時や計画の段階で問題を未然に防げる事も多いのは事実であるから、チーム全体が責任を請け負う覚悟でいれば、少なくとも人間関係のトラブルは皆無になるはず。

    この考え方は、家庭でも大きな意味を成すと思います。
    特に夫婦間では、先に感情が出てしまいがちです。が、もし目の前にある問題の原因が自分の責任と、夫婦お互いが思い会う事が出来れば、この世から夫婦喧嘩は無くなるだろうし、死ぬまでお互いを労い労わり続けられる関係でいられるのではないでしょうか。

    簡単には出来る事ではありませんが、チームや社会、人間関係の理想を追求すると、全ての責任は自分にあり!に尽きると思います。

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    電車内のマナーを改めて確認してみてわかること

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  •  社会生活を送っていく以上、どこにいても相応のマナーは求められるものですよね。特に電車は、多くの人が乗車します。それだけに、マナーを守ってこそ快適な利用ができるといえるでしょう。皆さんの中にも電車通勤を行っている人は多いでしょうから、今日はそんな電車のマナーについて改めて確認してみます。

     電車の中で音楽を聴いている人は大勢いますが、中には音漏れしている人もいますよね。ただ、こればかりはもうしかたないです。満員電車で静かさを求めることは高望みですから、音漏れについては許容するより他ないでしょう。本当なら音漏れさせないようにするのがマナーなのですが、音漏れしているかどうかは自分では非常に気付きにくいですよね。ですから、そこに腹を立てていたらキリがありません。

     あとは、たとえ満員電車ではなくても、座席に座る時は気をつけないといけないです。特に男性は、足を大きく広げて座っていないでしょうか?私も気を抜いているとそういう座り方をしてしまうので注意しているのですが、マナー的に良くないのは言うまでもありません。多くの人が座れるように意識したうえで、座らないといけないですよね。

     他にも、電車内でのメイク、乗降する時にドア付近の人は一旦降りて通り道を空けなければいけないなど、電車に関するマナーはとても多いですよね。いずれもしっかり守ることによって快適な車内環境作りにつながりますので、電車を利用する時にはよく注意するようにしましょう。

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    外食にまつわるマナーあれこれ

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  • 外食と一言で言ってしまっても、和洋中など今ではあらゆる国の料理がいただけるお店が増えてきました。

    それぞれの国によって食事のマナーは違っているため、私達は日頃そのマナーがきちんとできていない場合があるので、注意が必要です。

    和食に関して言えば、涙箸、寄せ箸、刺し箸、迷い箸といったことは厳禁ですし、器の蓋の扱い方、手皿であったり、塩の掛け方など所作を意識した様式美からくるマナーを意識しなければいけません。強すぎる香水などもデリカシーがないと取られかねません。

    フレンチや中華料理に関しても、ナイフとフォークの使う順番から、円卓の回し方、ナプキンの取扱方法や、スープのいただき方など、和食とは違って、器やお皿を持ち上げるということはマナー違反につながるため、注意が必要です。

    イタリアンなどの場合にも、日本人がよくやりがちな、フォークとスプーンを使ってパスタを食べる行為は現地では子どもの食べ方であるため、フォークのみでいただくようにしなければならかったり、お皿にもられたライスについても、フォークの背に乗せることは下品であると言われています。

    所変われば品変わるではありませんが、郷に入れば郷に従ったような振る舞いができることも、社会人として、また常識ある大人として身につけておきたい素養の1つではないでしょうか。

    また、料理に関係なく、最近ではインスタグラムにアップする写真を撮影する人も珍しくありませんが、ちゃんとお店の方に許可をとってから、あまり時間を掛けすぎないように気をつけて撮影することが求められると思います。

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    地図は便利になったが下調べの準備は変わらず大事

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  • ITの進歩により劇的に変わったことの1つに、地図が挙げられますよね。今地図を確認する時昔ながらの紙の地図を使っている人は、なかなかいないのではないでしょうか?紙の地図は味がありますから良い面もありますが、利便性という点においてはネットの地図にちょっと太刀打ちできないですよね。

    地図はどこかの目的地へ到達するために使われる場合が多いですが、ネットの地図なら最寄りの駅からのルート検索をしてくれるのですから助かります。また、飲食店の有無、コンビニの有無、さらには駅やバス停の細かい位置まで詳細に表示してくれますから便利そのものですよね。

    ただ、このネットの地図を頼り過ぎるあまり、事前準備を怠ってしまうのはいただけません。たとえば誰かと待ち合わせをする場所が初めてだった場合「その時スマホで場所を確認すればいいや」と気を抜いていたら、道に迷って時間に遅れてしまうということが意外とあります。あまりに便利過ぎるネットの地図に頼り過ぎた結果失敗するという典型的なケースです。

    もしもこれが仕事絡みで先方を怒らせてしまったら、とんでもない大失敗だといえるでしょう。ネットの地図はいつでもどこでも使えますから非常に便利ですが、だからといって頼り過ぎると思わぬ落とし穴に落っこちかねません。

    ネットの地図も完璧ではないですから、初めて行く場所で待ち合わせをする際は最低限の下調べをするべきです。つまり、待ち合わせで相手に失礼がないよう準備しておくことが、最低限の礼儀だといえるでしょう。

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    マナーとは、誰のためにあるのでしょうか。

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  • 様々なマナーが存在しますね。

    社会人としてのマナー。
    食事の際のマナー。
    国際人としてのマナー、などです。

    さて、このマナーというとき、誰のためのマナーであるのかを、考えたことはあるでしょうか。

    様々なマナーのための解説書やマニュアルが販売されているので、
    マナーは自分のために存在する。
    と感じている人が多いかもしれません。

    しかし、マナーというのは、実は、
    その場にいる人々。
    本日の主役。
    そして、その場(を提供してくれている人々)。
    のために、本来はあるものなのです。

    おもしろい例があります。

    あるカップルが素敵なレストランでディナーをしようとしています。

    それぞれがお洒落な装いに身を包みました。

    しかし、男性はその場にそぐわないマイバッグをつい、普段の習慣で手に提げてレストランに入ってしまいました。
    マイバッグとは、お買い物をするときに普段男性が使用しているバッグで、くたくたにくたびれていました。

    自分がマイバッグを提げていることに気づき、気まずく感じた男性は、
    レストランに入店直後、その場には明らかに不釣り合いなそのマイバッグを、
    何と!パートナーの女性につい、ひょいと、持たせてしまいました。

    どうですか、自分ひとりのことだけを考えた、とっさのこの行動と、
    似たような行動をとってしまった経験は、ありませんか。

    女性は悲しくなりますね。

    なぜなら、せっかくお洒落をしてきたのですから。

    その夜や、お店にふさわしい佇まいでありたい気持ちは、男性と同じなのに。

    ここで男性は、本来であれば、お店のスタッフに、
    「誤って持参してしまいました。
    退店時まで、預かっていてもらえませんか」
    と、伝えることができれば、女性を悲しくさせることはなく、マナーに叶いましたね。

    こういった、
    自分だけの利益や見栄を優先している“マナー違反”が、
    実は、ビジネスにおいて、とても目立っています。

    気付いていないのは、本人だけ、というケースは多くあります。

    マナーを知らないことよりも、
    その場にいる相手、
    その日の主役、
    その場の状況や雰囲気を、
    自らだけが良く思われようと壊してしまうことの方が、
    はずかしいことです。

    逆に言えば、
    自分以外の周囲が、いつでもしっかりと視野に入っていれば、
    マナーを多少知らないことなどは、
    マナー違反にはなりません。

    食事のマナーを知らず、困っている人と同席をしたら、
    笑顔でそっと、その人だけに、
    マナーを伝えてあげられる。

    そういった気持ちを備えた大人が、
    ほんとうの意味で、マナーを分かっている人なのですね。

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    ラッキーじゃなくて実力で勝ってみせます。

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  • 写真を撮るのが好きで、いつもスマホでいろんなものを撮っています。風景や子犬を撮って、パソコンの大きな画面で見ています。そうしているとちょっと前の事なのに懐かしく感じたりするんです。写真で何か思いだしたりすることってありますよね。少し前の事でも思い出してみると、違う事に気が付いたりしてちょっと嬉しい事もあります。

    ちょっと変な事なんですが、パソコンで見て初めて気が付くことがあるんです。写したはずのないものが写りこんでいるんです。いえ、心霊写真とかではありません。鳥とかが画面の端に写っていたり、後ろにいた人の影が子犬にかかってたりするような事です。たまにそういうもののせいで、いい写真とかになる事があるんです。この前は川の水面を撮ったら、魚がジャンプしているのが写ってて凄い偶然だなって思いました。魚がジャンプするのを待ってたら、何時間かかるか分かりませんから。

    もしそういう写真で、なんかの大会とかに入選したりしたら嬉しいですけど、それってただのラッキーですよね。学校の試験で予想が当たっていい点が取れたみたいな、一回きりの事になりますから、宝くじみたいなものです。それはそれでいいんですけど、やるんだったらやっぱり実力で勝負したいですよね。

    一時的な運とかを信じて何かするのはギャンブルみたいなものです。私は実力を磨いて勝負してこそ本物なんだと思います。写真で入賞するのは無理ですけど、仕事も他の事も実力を付けて勝負します。

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    会話中の目線はどこに向ければ良いのか

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  • 目は口ほどに物を言うという言葉があるぐらい、目は感情を雄弁に物語りますよね。コミュニケーションにおいて目は非常に重要な役割を担っていますから、意識するのとしないのとではだいぶ違うでしょう。

    みなさんは人と話す時、目を相手のどこに向けているでしょうか?相手の目をジッと見続ける、恥ずかしくてつい相手とは関係ないところを見てしまう、下ばかり向いてしまうなどいろいろですよね。厳密に正解がどれとは言えないのかもしれないですが、2秒3秒相手の目を見て適度に逸らすのがマナー的にはベターだといえるでしょう。それなら相手を変に意識させないですし、だからといって気が散っているようには思われません。ですから、会話の時はそのような目線を心がけるのが無難です。

    もしも適度に相手と目線を合わせなかったら、どう思われるでしょうか?相手からは「嫌われてしまっているのかな」「会話を早く終わらせたいのかな」など、余計なことを勘繰られてしまうかもしれませんね。それは不本意ですし、妙な軋轢を生みかねません。ですので、そうならないよう注意しないといけないです。

    また、相手が何を考えているか知りたかったら、言葉よりも目線に注目すると感情を読み取りやすいやすいです。目線がソワソワして落ち着かないようなら、気もそぞろだと判断して良いでしょう。会話中の目線をどうするのかは悩んでしまうものですが、難しく考えることなく自然に相手の方を向けば良いのだと、心によく刻んでおきたいものです。

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    5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)について説明します

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  • 5Sとよく言いますが、単なる掃除のことではありません。5Sの内容と実施の仕方についてお話します。

    5Sは整理・整頓・清掃・清潔・躾の最初の頭文字のSを取って5Sと呼ばれています。もっとも重要なのは整理・整頓ですが、多くの人はその本当の意味を良く理解していません。今日は、5Sの意味と実施の仕方についてお話したいと思います。5Sは会社の利益につながることですので、話を聞いてください。

    まず、整理とは必要な物と不要な物を区別して、不要な物は即刻捨てることをいいます。整頓とは残った必要な物を、すぐに取り出せるように置き場所を決めたり、重要度の高いものから順番に並べること。そして一目でわかるように表示をすることです。無駄なものがあるとスペースが必要ですし、必要な物を取り出そうと思ってもすぐに取り出さない場合があります。整理整頓をすれば、無駄なスペースもなくなり、取り出す手間も省けるのです。

    清掃は、必要なものが汚れていては役にたたないし、見た目も悪いですよね。ほこりや異物は品質にも影響します。常に仕事場は綺麗にしましょう。

    清潔は、特に自分の身の回りを清潔にしましょう。大勢の人が風邪やインフルエンザで休んでしまったら大変です。

    躾は整理・整頓・清掃・清潔のくせをつけるて、習慣にすることです。すべてが一回限りで終わってしまっては意味がありません。継続して行うことが重要で、常に忘れずに整理・整頓・清掃・清潔を行いましょう。

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    5分早く行動せよ

  • 追加
  • 今回のテーマは「5分早く行動せよ」です。
    私は高校1年生の時、島根の三瓶山に2泊3日の登山研修に行きました。
    その時に計画書が各自に渡され、細かい予定時間などが割り当てられたのですが、その研修で教えられた事は、
    「集合時間より5分早く集合する事、そして5分早く集合する事を想定して通常より5分早く行動しなさい。」
    という事でした。
    これは研修の3日間徹底するように言われ、最初の方は少しでも遅れた生徒はお叱りを受ける生徒もいましたが、2日目、3日目になると皆、教えられた通り決められた時刻より5分早く集合するようになりました。
    この研修がきっかけで、私は通常の高校生活に戻っても授業の5分前には着席し、次の授業への備えができるようになりました。
    その結果、高校3年間無遅刻で過ごす事ができました。
    それは大学生活に入ってからも継続し、大学の講義も始まる5分前には席について準備する事ができました。
    そして、社会に出てからは5分前では済まないケースも多々ありますが、普段から研修で教えられた「5分早く」を社会に出てからも続け、どんなに渋滞に巻き込まれて遅くなっても始業の5分前には到着しているため、社会に出てからも一度も遅刻をした事がありません。
    それは学生生活や仕事のみならず、プライベートでも友人との約束や彼女とのデートの集合時間においても「5分早く」を実践しているため、「時間に対して律儀だね」とよく褒められます。
    このように「5分早く」を心がければ何をするにしても普段より円滑に物事を進められる事は間違いありません。
    私は今後も「5分早く」を継続するつもりですし、皆さんも是非普段より「5分早く行動」する事を心がけてみてはいかがでしょうか?

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    あなたは、自身気付かずに誰かの邪魔をしていませんか?

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  • 車に乗っていてしばしば感じる事があります。
    前の車が右左折の際、十分に右または左に寄ってくれない為に、直進したいこちらが通過する事が出来ないという経験がありませんか。
    道幅に余裕があるので、もう少し、もう何十センチか寄せてくれたらスムーズに行き過ぎる事が可能なのに、とイライラを感じる事が少なからず私はあります。

    勿論、狭い道でどうしようもない時には、当たり前の事、通過出来る様になるまで何の精神的苦痛もなく待ちます。
    寄せ幅があるにも拘わらず道の中央近くに車を停車させる人は、他人の迷惑には無頓着なのでしょうか。おそらく全く周囲の状況に気を配っておらず、自分の行動が周囲の流れにどう影響するのかを考えていないのだと思います。

    この様な事柄は、他にも、道幅いっぱいに横に並んで歩く集団や、歩道を塞ぐようにして信号待ちをしている自転車など、いたる所で散見出来ます。
    そして、この様な状況は社内の仕事上でも当てはまる事があるのではないでしょうか。

    只々目の前の自分の仕事をこなす事に集中する余り、周囲の状況に目が行き届かなくて、誰かの業務を何かしら邪魔している事はないでしょうか。
    ほんの少し、一瞬で良いから回りに目を配ってみたら、もっとスムーズに全体の仕事が流れるようになるかもしれません。

    多少は面倒臭い事でしょう。しかし、要はそれは習慣の問題です。そんな気配りが身に付いていれば、たいした苦痛も無く自然とその気配りを出来る様になる筈です。
    目配り気配りは練習が必要です。皆でそれが出来る様になればきっと良い職場になると思います。

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    転売、転売、また転売

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  • 転売という行為がより問題視されるようになったのは、ヤフオクやメルカリといった自由に商品を出品出来る手段が増えてきた頃である。
    例えば現在は入手困難で、その道の人なら垂涎ものと言われているようなレアアイテム。
    芸能人やアーティストのイベントでしか手に入らないようなアイテムを特に好きでもない人がそのアイテムを転売したいが為にイベントに参加するといったことも問題視されている。
    しかしイベント自体は何かしらの条件を満たせば参加出来るものがほとんどで、転売目的でのイベントの参加が禁じられているわけではない。

    また、純粋なファンにもかかわらず、メルカリなどで高く売れるとわかると欲望に負けて出品してしまうケースもある。
    メルカリなどは売り買いする双方が手軽であり、需要に対してすぐに対応出来てしまう点から売り手側もつい出品して手放してしまう。

    とはいえ、純粋なファンの大半はそのレアアイテムを所持していることに誇りを持っている人達なのですが、転売屋からは「偽善ぶってファンということをアピールしている」と何故か批判されてしまうのが一番辛いところである。

    転売屋からすれば「転売を規制する法律は無いし、やったもの勝ちである」というのが本音のようだ。
    サイン会などで手に入れた直筆のサイン色紙も、言ってしまえば人が名前を書いた紙と言われたらそれまでであり、それに対して万単位の値段が付けば売りたくなる気持ちもわかる。

    しかし転売は時としてニュースにも取り上げられて物議をかもす場合もある。
    その根底にあるのは、人としてプライドは無いのか、ということだ。

    金が全てなのか、偽善と呼ばれてもファンとしての意地を見せるか、どちらがいいともいえない時代ではあります。

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    コミュニケーションも仕事です

  • 追加
  • 最近私は仕事でミスをしてしまい、しばらく落ち込んでいました。

    先輩や上司にフォローしていただき事なきを得ましたが、自分の不甲斐なさに落ち込み反省しました。
    家に帰り、一連を振り返ると、自分の日頃の行いやちょっとした思い違いでこうなったのだと気づきました。

    私は自分で言うのもなんですが、人とのコミュニケーションが得意ではありません。
    言い訳ですが、朝は低血圧で寝起きも悪いためとても苦手です。
    挨拶も小声で酷い時は会釈しかできていません。
    仕事中も必要最低限の会話をして、仕事をきっちりこなせていれば他に話す必要もなく、むしろ仕事以外の会話は無駄話だとまで思っていました。

    ところが今回のミスは苦手とするコミュニケーション不足でおこってしまいました。
    先方のお客様ともう少しコミュニケーションを日頃からとっていれば、表情をくみ取ることができていればおこらなかった事でした。

    日頃の挨拶から始まり相手の目を見てコミュニケーションすることは、全てが雑談というわけではないんだとこの歳で気づきました。
    お互いの考え方や表情にでる感情を得られるコミュニケーションは、仕事を気持ちよく円満に進める最も重要な仕事でもあるのではないかと。

    これまでの自分の行動や考え方が急に恥ずかしくなりました。
    ですが、すぐに自分を変える事は難しいので、少しずつ変えていこうと思っています。

    まずは朝の挨拶から始めていこうと思っています。
    皆さんに急に挨拶しますが、びっくりせずどうか温かい目で見ていただけたらなと思います。
    宜しくお願いいたします。

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