罪悪感との付き合い方と業務について

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  • みなさんは日頃、罪悪感を感じることはあるでしょうか。全く感じたことがないという人はめったにいませんね。

    罪悪感があるからこそ、私たちは慎重になります。また、会社組織の秩序が保たれるのも、ひとえに人々の良心があるからだと言えるでしょう。

    しかしながら、罪悪感には、感じるべき罪悪感と、気にしないほうがいい罪悪感があります。

    感じるべき罪悪感というのは、嘘をついたり、人を迫害するようなことに対する罪悪感です。これは、本当に邪悪なことをした場合に感じる気持ちですから、従うべき良心だといえます。

    虚偽を行なってしまったり、顧客に失礼な態度をとってしまうなど、間違えたときは、罪悪感に従い、粛々と処理をすることで、大きな間違いへと落ちていくことが回避されるのです。

    しかしながら、気にしないほうがいい罪悪感というものもあります。それは、他人からの意地悪により、必要以上に自分を悪く感じているときが挙げられます。

    私も経験があるのですが、世の中、注意や叱咤をする人が必ずしも正しい気持ちでしているとは限らないのです。

    パワハラに代表されるように、ただ人を傷つけたいという欲求だけで怒鳴りつけるような人種もいます。私も実際に遭遇したことがあります。

    このような、的外れな指摘やパワハラ的な言葉に対しては、罪悪感を感じなくても良いのです。
    うつ病やメンタルの病にならないためにも、バランスの良い感覚を身につけ、自分も他人も大切にする気持ちが大切だと言えるでしょう。

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    先輩の姿

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  • 私が入社したての新人社員だったころ、Kさんという先輩がいました。

    Kさんは私を早く一人前にしたいが故か、または単に自分の手間を省くためか、私にあれもこれもとたくさんの仕事をおしつけてきました。

    はじめは新人社員としてがんばろうと張り切っていた私でしたが、Kさんの要求に耐えきれなくなって、ついに反抗してしまいました。いわゆる切れたというやつです。

    「Kさん、私にはもうそんなつまらない仕事はさせないでください。手間も時間もかかるしもっと別の仕事で頑張らせてください」

    てっきりKさんは怒るのかなと思っていましたが、意外にも静かな口調で、「そうか、ちょっと考えておくわ」と言われました。

    それから少し時間がたったのち、会社の終業のカネが鳴りましたので、私はいつものようにKさんに挨拶をしてから帰宅しようとしたのですが、その日はKさんの姿が見えません。どうしたものかと探し回りまして、しばらくしてKさんの姿を見つけた私はハッと息をのみこみました。

    なんとKさんが先ほど私が切れてイヤだと言った仕事を黙々としているではありませんか。私は恥ずかしいやら申し訳ないやら何とも言えない気持ちになりまして、思わずKさんのところへ駆け寄りました。

    私「Kさん、もうやめて下さい。この仕事は私がやっぱりやりますから。」
    Kさん「実はね、自分はこういう仕事が昔からけっこう好きなんだよね。だから気にしないでもいいんだよ。」

    その後、私の仕事に対するモチベーションが何倍、いや何十倍も跳ね上がったことは想像に難くないと思います。

    先輩が後輩を指導するときはあれこれうるさく言ってもダメなんです。自分で真摯な姿を見せることが大事だと思います。

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    コミュニケーションで大切なホウレンソウについて

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  • さまざまな場面で社内外問わずコミュニケーションが必要になるシーンは多くあります。

    その際に、ホウレンソウを素早く行うことが、情報を円滑に共有するための重要になります。

    ホウレンソウとは
    「報告」、「連絡」、「相談」です。

    結果を伴うものに関しては報告をし、手法や周知事項がある際には連絡をし、判断に困ったり、不測の事態等に直面した際には相談をすることが大切です。

    短期長期を問わず、プロジェクト等を進める際にはこの報・連・相の繰り返しによってミスを防ぎ、また、ミスをしても早急に取り返すことができるものです。

    報告については、いい報告は焦らず、悪い報告は素早く迅速にと言われます。
    悪い報告ほど責任者に早急に届け、社内、チーム内で共有し解決に向けて動き出すことが肝要です。

    連絡については言いっ放し、聞きっぱなしにならないよう、伝える側はわかりやすく丁寧に、聞き手側はわからないところをわからないままにせず、しっかりと理解をすることが重要となります。

    相談に関しては、上下問わず広く相談することで、問題に対しての解決策を多方面から考慮することができるよう配慮することが必要です。

    これらの報・連・相を使いこなしていくことで、求められているパフォーマンスを発揮するだけでなく、より良い結果を出すため熟練度を高めていくことが求められます。

    誰かがではなく全員が当事者意識を持って報・連・相に加わることでより良いチームになり、より良い仕事をすることの助力となります。

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    仕事には数字は必要か?

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  • 業種にもよりますが、仕事には数字というものがつきものです。
    逆に言えば、数字と無縁な仕事はあまりないともいえます。

    昨今のIT化とかデジタル化で数字を直視するサラリーマンは増えていると思います。
    数字は正直で嘘をつきません。逆に、オブラートにも包んでくれません。
    ある意味漠然とした仕事よりもメリハリがあっていいこともあります。

    転じて、サービス業や教育業の世界では無茶なことをいうクレーマーやモンスターペアレントが問題になっています。
    企業の中には、こういった人たちに毅然と対応することで従業員を守ろうとする動きも出始めているのが実情です。
    ただ、よく考えてみたら、こういった人たちも間違いなく仕事をしている人たちなんですよね。
    仕事をしてお金を稼がないと普通に客として来店できませんから…。

    なぜ彼らが病的なクレームに駆り立てられるのか。
    我々の社会があまりに数字に対してステレオタイプになりすぎているからかもしれません。
    お客様1人に対して「客単価なんぼ」って考えてしまうサービス業、利用者1人に対して「実績1単位」と考えてしまう福祉事業者。
    商売をする上では数字は必須で忘れてはいけないことですが、時にそっちに捕らわれると思わぬ落とし穴があったりするものです。

    数字を求めすぎるあまり、お客さんや取引先と仕事ができるようになった「ご縁」を忘れると、不思議なことに神様は試練を与えます。
    ご縁なんていうと非科学的で仕事に持ち込むことを忌避する人もいるかもしれませんが、理屈を抜きにしたご縁はどんな仕事にもあるものです。

    いくらエクセルやデーターベースで数字を管理しても、仕事は相手があってのこと。
    計算できない仕事の「ご縁」を見つめなおしてみるといいかもしれません。

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    会社内のジェネレーションギャップにどう対応していけば良いのか

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  •  老若男女を問わずさまざまな年齢の人が働いている会社では、ジェネレーションギャップに悩まされることがありますよね。同年代同士では当たり前の常識が違う世代にはまったく通用しない、そんなシチュエーションに遭遇することは日常茶飯事です。

     ただ、会社で仕事を通じて多くの人と接しなければいけない以上、ジェネレーションギャップがあるからどうにもならないと問題を放り投げることはできませんよね。そこで参考にしたいのが自分の家族です。

     一人暮らしをしていると厳しいですが、そうでなければまず家族を参考にしてジェネレーションギャップへの対応方法を学んでいきましょう。今は核家族が主流ですから家族を相手にするパターンには限りがありますが、それでも学べる点は多いと思います。

     高齢者世代の祖父母、現役世代の父母、若者の世代の息子や娘が家族にいれば、ジェネレーションギャップに対して身近で体感できますよね。最近では家族間の交流が薄れていることが社会問題として懸念されていますが、家族こそコミュニケーションの最小単位とされているわけですから疎かにはできません。

     家族との交流を密にしてジェネレーションギャップの対応を模索していけば、それが会社内でも必ず活きてきます。考え方が後ろ向きになって「世代が違うから接しない」というのでは進展が望めないですので、まずは家族としっかり向き合うことによってジェネレーションギャップの溝が埋められるよう努力しなければいけないと思います。

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    わかりやすいコミュニケーションは相手を安心させる

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  •  人とのコミュニケーションが上手く取れない時「相手の考えていることがいまいちよくわからない」と思うことはないでしょうか?表情や感情表現に乏しい人は心の奥底が見えにくく、どう接して良いのかわからなくなってしまうものですよね。

     これを反面教師にするなら、考えていることが伝わるようなわかりやすいコミュニケーションを心がけたほうがコミュニケーションは円滑になるといえないでしょうか?どう考えているのかダイレクトでわかりやすく伝わるコミュニケーションなら、相手に安心してもらいやすいですよね。

     たとえば、楽しい時に満面の笑みを浮かべて楽しい気持ちを目一杯表現する人がいたら「心の底から楽しんでいるんだろうな」とわかります。たとえ言葉少なめでも、表情からその気持ちがハッキリと伝わってきますよね。このわかりやすさが、コミュニケーションでは大事です。

     言葉以外のノンバーバルコミュニケーションの重要性はすでに多くの人が知るところになっていますが、だからこそわかりやすい態度で接することはとても大切だといえるでしょう。そして、表情豊かな人なら言葉以外のコミュニケーションにも優れていますから、間違っても「考えていることがよくわからない」と言われるようなことはありませんよね。

     日本人は全体的にシャイなところがありますから、どうしても感情表現に乏しくなってしまいがちです。ただ、それではコミュニケーションが上手くいかない可能性がありますので、わかりやすさを心がけていきたいですね。

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    マクドとバナナ 関西人はインターナショナル?!

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  • おなじみのハンバーガーチェーン店であるマクドナルドの呼び方は、地域によってさまざまあるかとは思いますが、最も意見の別れるところが、「マック」なのか「マクド」なのかという二択に落ち着くのではないでしょうか。

    実際、関東方面や地方都市においては「マック」派が主流であるものの、関西周辺地域となると途端に「マクド」と呼ぶ人々が圧倒的に多数派となります。

    世界に目を向けてみても、フランスやフィリピンでは「マクド」、カナダでは「メクド」だそうで、関西の方に近い発音であることが分かります。

    このことから、関西の人の感覚や感性が、より世界基準に近しいものがあり、インターナショナルであると言う人もいらっしゃるようです。

    もちろんマクドナルドだけではありません。

    たとえば、「バナナ」と発音するときにも、関西人のイントネーションは、2つ目の「ナ」を強調するので、いわゆる英語のバナナの発音と同じようなニュアンスになります。

    ところが標準語となると、最初の「バ」に重きを置くことになり、確かに世界では通じにくいことになるかもしれません。

    よく海外に行ったときにも、関西の人たちは、関西弁でもって、おおよそすべてが日本語であるのにも関わらず、コミュニケーションを試み、見事に通じているといったこともあるようです。

    おそらく、関西人はもともと商人(あきんど)の基質を遺伝子レベルで受け継いでいるため、そういった能力に長けていると推測できます。

    関西弁が国際的な言語であるという話には、それなりの根拠があるような気がしています。

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    仕事の典型的な失敗例です。あなたはどう思いますか?

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  • 居酒屋で、後ろのサラリーマン二人のお話が興味深くて、つい聞き耳を立ててしまいました。

    上司が部下にお説教していました。上司のセリフのままです。

    今日はご苦労だったな。帰りたいだろうけど、ちょっと言っておきたい事もあるんで付き合ってくれ。
    お前の為にもな。

    今日の書類、切るかもしれない仕入先への、まあ言えば詰問状みたいなもんだ。
    仕入先も大切な取引先だからな、そことの取引を止めるかどうかに係わる大事な書類なんだ。
    その事は作るの頼んだ時にお前に言ったよな。

    そんで、金曜日に発送する事もいったよな。明日がその金曜日なんだよ。
    なのに、木曜日の今日まで、俺が尋ねるまで、何も言って来ないてのはどういう事なの? 

    明日、オレに見て貰うつもりだったて言ってたけど、俺の明日のスケジュール、分かってんの?調べた?俺に聞いてきた?やってないだろ。
    だったらもし俺が何かの用事で明日1日いなかったら、お前どうすんだよ。
    俺のチェックなしで発送するの? あんな大事な書類をさ。

    そんなじゃ大事な仕事、お前に任せられないじゃんか。
    いちいち、何日までに書き上げて、何日までに俺に見せてって、細かく俺が指図しなきゃダメなの? それじゃ新入社員と同じだよ。

    もう何年になるんだよ、お前。
    こんなさ、仕事の基本的なやり方が出来ないんじゃ、ホント、信用できないぜ。危なくって何も頼めないじゃんか。

    そりゃ、お前も忙しいのは分かってるさ。でも俺だってお前以上に忙しんだよ。
    悪いけど、お前一人をじっと見てるわけにはいけないんだよ。俺にはお前以外にも何人も部下が居るんだよ。

    だからさ、別に上司だからって偉そぶってるわけじゃないけどさ、報・連・相はお前からやってくれよな。
    頼むよ、ホント。分かった?

    有りがちな、大変判り易い失敗例ですね。人の振り見て我が振り直せです。

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    あなたも繋がりたい症候群ですか?

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  • 繋がりたい症候群という医学的な病名はありませんが、今は名前から想像出来るような症状の人々がたくさんいます。

    例えばSNSです。
    ツイッター、フェイスブック、挙げればキリがありませんが、手軽に人とコミュニケーションを取れるようになったと言えばそれは幸せのように聞こえます。

    ところが、この繋がりが時に心の重荷になってしまうことがあります。
    例えば、自分が食べた美味しいランチの画像や飼っているペットの可愛い画像を投稿したとします。
    それに対して「いいね」といった目に見える反応を示す指数が予想以上に少ない、或いはフォロワーの人数の割合から計算して少ない場合に不幸になる人もいます。

    更に、他のフォロワーが似たような画像を貼ったのに対して自分よりもたくさんの「いいね」をもらっていたらどうでしょう。
    どうして私はこんなに「いいね」が少ないのか、と落ち込んでしまうこともあります。

    「いいね」に差がある理由は決して大したことではないかもしれません。
    あなたが食べたイタリアンより、他のフォロワーが食べた和食の方がたまたま目についただけかもしれません。
    その時たまたまあなたのフォロワーがSNSすら確認していなかったのかもしれません。

    「いいね」をあたかも自分の評価の基準のように考えている人は要注意です。
    そんな方に対して問いたいのは、あなたは他人の投稿に対して全て「いいね」を押しているのですか?
    大体の記事はそんなことをせず、「へ〜そうなんだ」と思うくらいに留めておくのが普通だと思います。

    仮に「いいね」を押されなくても、あなたの投稿は「いいね」の数以上に読まれていることは確実ですし、「いいね」の数が決してあなたの評価ということは絶対にありません。

    バトル漫画の戦闘力ではないのですから、低いからといって死ぬことは無いのです。
    もう少し気楽にSNSをしてみませんか?

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    お客様のクレームは宝の山だけど

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  •  昔アメリカのあるビルで、利用者からエレベータについてのクレームが絶えないビルがあったそうです。
    それは「エレベータの待ち時間が長い」とか「エレベータが遅い」というクレームでした。

    しかし、エレベータを最新式の速い機種に変えるとしたら、もし技術的にはできるとしても大変な資金がかかります。とてもそんな事はできないと、そのビルの管理部門ではなかばあきらめていたそうです。

    しかし、ある時ある若手社員のアイデアを採用して、結局ずっと安い予算でクレームをほとんどなくす事ができました。

     それはどんなアイデアだったと思いますか。

     実はそのアイデアは、エレベータ乗り場の脇の壁に姿見、つまり鏡を取り付ける、というものでした。
     
     すると、人々は自然とエレベータを待つ間その鏡を見て、髪型や服装をチェックしたりするようになりました。その結果、エレベータが遅いというクレームを言う人がほぼいなくなったのです。
     
     つまり、ビルの利用者に本当に必要な事は、エレベータの待ち時間を何分減らすといったことではなく、待っている間のイライラや手持ち無沙汰な感じを解消する、そういう事だったのです。
     
     なんの商売でも、お客様のクレームからニーズをくみ取って業務を改善したり、新しい製品やサービスを生み出すと良い、そういうことができるという事は、皆たいてい知っています。
     
     しかし考えてみれば当たり前ですが、お客様は自分に必要なものを分析して正確にわかりやすく伝える義理なんてありません。お客様の言葉から、本当にお客様に必要なものは何かをつかみ取るのは、クレームをうける方の仕事です。
     
     つまり、お客様からのクレームは宝石に例えれば原石です。それを磨いて本当の宝石にする事ができれは、クレームの山は宝の山にもできるのではないでしょうか。
     
     私も、お客様や取引先などからのクレームに接することがあれば、このエピソードを思い出して、言葉通りの意味を考えるだけでなく、本当に相手に必要な事は何か、より深く、多角的に考えていきたいと思います。

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    他者を評価するときの伝え方はPNPで

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  • 他者を評価するときに、どんな風に伝えていますか?

    伝え方には順序が大切です。

    簡単な方法を一つお伝えします。

    それは、PNPです。

    P(ポジティブ)
    N(ネガティブ)
    P(ポジティブ)

    評価内容を伝えるときは、
    まず良かったところ(ポジティブ)を伝え、
    次に悪かったところ、改善点(ネガティブ)、
    最後に良いところ(ポジティブ)
    の順番で伝えると、伝えられたほうは評価を受け入れ前向きに考えることができるようです。

    例)研修レポートの評価
    とてもよい研修になったようですね。(ポジティブ)
    でも、どんな学びがあったのか、より具体的にレポートに表現できると良かったですね。(ネガティブ)
    真剣に研修に取り組む姿が印象的でしたよ。これからも応援しています。(ポジティブ)

    どうでしょうか?

    ひとは、一番最初に否定的な言葉を聞いてしまうと
    その先にどんな良いことを言われても受け入れることが出来ないのだそうです。

    確かにそうですね。

    例からみても、最初にポジティブな評価を聞くと、
    上司に自分が受け入れられている印象、そして自分の存在自体が肯定された印象を持ちます。
    上司に対して心が開かれるわけですから、
    その後のアドバイス(ネガティブ評価)も肯定的に受け止めることが出来ます。
    そして、最後のポジティブ評価でやる気が増してきます。

    これは、評価する場面以外にも、お願い事をする場面でも応用できそうですね。

    お互いの気持ちを大切にしながら関係を深めていくためにも
    有効な方法だと思います。

    私ももっと活用していきたいと思います。

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    ひょっとしたら自分にも出来るかな、と思った出来事

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  • かなり前の休みの日の出来事でした。結構朝早く知人を訪ねる用事があって、何時もとは違う電車に乗った時のことです。
    ふと見ると、聴覚障害を持った人でしょうか、男女2人が手話で会話しているのが目に入りました。同じ駅で降りたのですが、その時1人の人が手袋を落としたのです。
    拾おうかと思ったのですが、それより早く声をかけた人がいました。でもその2人には当然聞こえなかったのです。

    多分その声をかけた人は、お2人が聴覚障害を持っているとわからなかったのかもしれません。でも自分としては、何で拾って届けないのだろうと不思議に思ったのも事実です。
    その時電車の中の人が手袋を拾って、電車の外に投げたのです。2人の内1人の人が気がついて、その手袋を拾いました。良かったと思いつつ、声をかけた人を見たらその荷物にヘルプマークがついていたのです。
    ああ、だから拾えなかったのだろうか、きっと身体の問題でかがめなかったのだなと、やっと自分も理解しました。

    先週またその知人を訪ねる事になり、同じ電車に乗りました。驚いたことに、聴覚障害の人達もヘルプマークを荷物に付けた人も、また乗っていたのです。
    きっと仕事か何かでこの電車に同じ時間に乗り合わせているのだと思い、その日は荷物が多かったので降車後エレベーターに向かったのです。
    そこには聴覚障害のお2人と、ヘルプマークの人が先に来ていました。

    エレベーターに乗った時、ヘルプマークを荷物に付けた人が手を動かしました。と、聴覚障害者の人達がにっこり笑ってやはり手を動かしたのです。
    いつの間にかヘルプマークを付けた人も、手話を勉強したようです。いつも会うのだから挨拶くらい、と思ったのかもしれません。
    でもそれを見て、何か身体に問題がある人のほうが、他のやはり身体に問題のある人への気遣いが出来るのではないか、と思えたのです。

    健常者はどうしても、自分の状態を基準にして他を見ます。身体にトラブルがある人の辛さは、中々わかりづらいものです。
    でも健常者であることにあぐらをかいてはいけない、自分からこういうふうに働きかけが出来たらと、しみじみその時思ったのです。

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    マナーとは、誰のためにあるのでしょうか。

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  • 様々なマナーが存在しますね。

    社会人としてのマナー。
    食事の際のマナー。
    国際人としてのマナー、などです。

    さて、このマナーというとき、誰のためのマナーであるのかを、考えたことはあるでしょうか。

    様々なマナーのための解説書やマニュアルが販売されているので、
    マナーは自分のために存在する。
    と感じている人が多いかもしれません。

    しかし、マナーというのは、実は、
    その場にいる人々。
    本日の主役。
    そして、その場(を提供してくれている人々)。
    のために、本来はあるものなのです。

    おもしろい例があります。

    あるカップルが素敵なレストランでディナーをしようとしています。

    それぞれがお洒落な装いに身を包みました。

    しかし、男性はその場にそぐわないマイバッグをつい、普段の習慣で手に提げてレストランに入ってしまいました。
    マイバッグとは、お買い物をするときに普段男性が使用しているバッグで、くたくたにくたびれていました。

    自分がマイバッグを提げていることに気づき、気まずく感じた男性は、
    レストランに入店直後、その場には明らかに不釣り合いなそのマイバッグを、
    何と!パートナーの女性につい、ひょいと、持たせてしまいました。

    どうですか、自分ひとりのことだけを考えた、とっさのこの行動と、
    似たような行動をとってしまった経験は、ありませんか。

    女性は悲しくなりますね。

    なぜなら、せっかくお洒落をしてきたのですから。

    その夜や、お店にふさわしい佇まいでありたい気持ちは、男性と同じなのに。

    ここで男性は、本来であれば、お店のスタッフに、
    「誤って持参してしまいました。
    退店時まで、預かっていてもらえませんか」
    と、伝えることができれば、女性を悲しくさせることはなく、マナーに叶いましたね。

    こういった、
    自分だけの利益や見栄を優先している“マナー違反”が、
    実は、ビジネスにおいて、とても目立っています。

    気付いていないのは、本人だけ、というケースは多くあります。

    マナーを知らないことよりも、
    その場にいる相手、
    その日の主役、
    その場の状況や雰囲気を、
    自らだけが良く思われようと壊してしまうことの方が、
    はずかしいことです。

    逆に言えば、
    自分以外の周囲が、いつでもしっかりと視野に入っていれば、
    マナーを多少知らないことなどは、
    マナー違反にはなりません。

    食事のマナーを知らず、困っている人と同席をしたら、
    笑顔でそっと、その人だけに、
    マナーを伝えてあげられる。

    そういった気持ちを備えた大人が、
    ほんとうの意味で、マナーを分かっている人なのですね。

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    人を褒めることは意外と高度な技術が必要

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  • 「人を褒めるのは良いこと」だと誰もが認識しているはずですが、その褒め方を間違ってしまうと相手を不快にさせてしまう可能性がありますから注意しないといけません。

    たとえば、褒めたことについてよく知りもしないのにいい加減な褒め方をしたら、口から出まかせで褒めているのがすぐにバレて相手をしらけさせてしまいます。何もわかっていないのに何となく褒めるぐらいなら、素直にいろいろと質問を重ねて知っていく努力をしようとするほうが好感を持たれやすいでしょう。

    また、褒めるのが誰かを貶めるのとセットになるのもいけません。誰々より凄いというような褒められ方はあまり嬉しくないですし、それなら素直に褒めてくれた方が喜びやすいです。人と人を比較して褒めるのは、やめたほうが無用なトラブルを避けられます。

    そして、あまりに感情たっぷりに褒め過ぎるのも、嘘くさくなってしまうからよくありません。もしも顧客を褒めるのにあまりにも大げさな褒め方をしてしまったら「見え透いた嘘をつくんじゃない」と機嫌を損ねられかねません。それではプラスどころかマイナスですので、できれば感情のままに褒めるのがストレートに伝わる分好感を持たれやすいです。

    このように褒めるのは案外高度な技術がいるもので、ただ褒めればそれで良いというわけではありません。安易に褒めても言葉が上ずってしまって気持ちがこもらないです。それなら言葉少なめでも良いから、本心で褒めることが大切です。私も褒め上手を目指したいです。

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    会話中の目線はどこに向ければ良いのか

  • 追加
  • 目は口ほどに物を言うという言葉があるぐらい、目は感情を雄弁に物語りますよね。コミュニケーションにおいて目は非常に重要な役割を担っていますから、意識するのとしないのとではだいぶ違うでしょう。

    みなさんは人と話す時、目を相手のどこに向けているでしょうか?相手の目をジッと見続ける、恥ずかしくてつい相手とは関係ないところを見てしまう、下ばかり向いてしまうなどいろいろですよね。厳密に正解がどれとは言えないのかもしれないですが、2秒3秒相手の目を見て適度に逸らすのがマナー的にはベターだといえるでしょう。それなら相手を変に意識させないですし、だからといって気が散っているようには思われません。ですから、会話の時はそのような目線を心がけるのが無難です。

    もしも適度に相手と目線を合わせなかったら、どう思われるでしょうか?相手からは「嫌われてしまっているのかな」「会話を早く終わらせたいのかな」など、余計なことを勘繰られてしまうかもしれませんね。それは不本意ですし、妙な軋轢を生みかねません。ですので、そうならないよう注意しないといけないです。

    また、相手が何を考えているか知りたかったら、言葉よりも目線に注目すると感情を読み取りやすいやすいです。目線がソワソワして落ち着かないようなら、気もそぞろだと判断して良いでしょう。会話中の目線をどうするのかは悩んでしまうものですが、難しく考えることなく自然に相手の方を向けば良いのだと、心によく刻んでおきたいものです。

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    企業の一体感を育むもの

  • 追加
  • 戦後の日本経済を牽引し、日本を世界有数の経済大国に押し上げた企業群の代表の一つ、トヨタ自動車株式会社は、バルブ崩壊以後、経済低迷の長期化、日本経済の主役交代など経済界の激変の中で、今もなお日本を代表する世界的優良企業のその座に揺るぎはありません。

    トヨタのこの強さはトヨタ独特の「土着性」に起因すると、トヨタで働いた経験を持つある作家がいっています。

    トヨタの本社は愛知県豊田市。
    政界との繋がりや世界的な経済活動に有利である東京に拠点を移す事無く、企業の発祥地に拘る理由は、労使は勿論のこと関連企業を含む組織全体の一体感を重要視する経営思想にあります。

    この一体感は企業発祥から受け継がれた伝統が基礎になる、とトヨタは考えるのです。
    モノづくりのスペシャリスト養成学校であるトヨタ工業学園では、トヨタのDNAを伝える為に、トヨタの源流である創始・豊田佐吉から始まるその歴史を先ず勉強します。
    モノづくりの中核になるトヨタ社員の一体感を育むのが目的です。

    それ程に企業の一体感を大切にするあるエピソードがあります。
    初代社長・豊田利三郎と二代目社長・豊田喜一郎の50回忌での昼食会。
    約100人の参列者の席順の最前列が、血の繋がらない関連企業の代表だったのです。次にトヨタの経営者グループで、豊田家の人々は末席でした。

    創業家だからといって、無暗には決して前へは出ない。
    トヨタの企業グループ全体の一体感を大切にする精神がここに現れています。

    企業一丸などのセリフは往々にして謳われますが、口先だけのスローガンでない本当の意味での一体感とは、こういう所に見えるものです。

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    わかりやすい言葉に集約して話すのが会話術の基本

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  • テンポが良くて相手に満足してもらえるような会話術の基本は、言いたいことが言葉に集約されているかどうかで決まると思います。

    先日、私は街の緑化推進運動を行っている人とお話しする機会がありました。その人は駅前の緑化推進運動について熱弁をふるっていたのは確かなのですが、いかんせん内容があまりまとまっていないため、正直わかりにくかったです。

    おそらく緑化推進運動への熱意ばかりが先走ってしまい、気持ちのままにしゃべっていたのだと思います。その熱意は大変すばらしいですし、考え方自体は賛同しても良いと思えるものでした。しかし、会話術の観点からみるとややストレスが溜まってしまい、もったいないように感じました。会話で相手の気持ちを盛り上げていくのは、とても難しいのだと痛感しました。

    この体験を通して反面教師にしなければいけないのは、伝えたいことを胸に秘めている時ほど冷静に話さなければいけないということです。とりとめのない生活への不満をお互い愚痴としてこぼすならまだしも、意見を伝えるような会話で長々と同じ言葉をひたすら繰り返すような話し方は好ましくありません。これでは話の内容がどうこうの前に、相手が会話に疲れてしまいます。

    会話はテンポが生まれなければ、どうしても間延びした感じになってしまいます。それではどこかまとまりがなくなってしまいますし、何だか疲れてしまいます。主張そのものはすばらしくても会話術ができていないばかりに損していたらもったいないですし、私も気をつけていきたいです。

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    読み聞かせというツール

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  • 絵本の読み聞かせは子育てをしている人、また子供に接する機会が多い人は経験しているのではと思います。

    その絵本の読み聞かせですが、幼児期の人格形成に大きな役割を担っていると言われおり、今や、産まれて間もない新生児や胎児に読み聞かせをすることも有効なのだとか。

    フレデリック大王の実験をご存知でしょうか。
    触れ合いをせずに赤ちゃんを育てるという実験が、修道院でなされたのです。
    赤ちゃんが修道士を見ても、目を合わせない。
    笑いかけても、笑い返さない。
    結果は、実験が終わる前に赤ちゃんが死亡してしまったそうです。

    子供にせがまれて絵本を読むとき、私たちはいつもではしないような、オーバーアクションであったり、声に抑揚をつけてみたり、絵本の中の登場人物になってみたりして、子供が楽しんでくれるよう読んでいませんか。

    それは、直接的なスキンシップはありませんが、子供たちとの触れ合いになっていると思います。
    自分の声色で驚いたり笑ったり、その子供を見て読み聞かせている大人もまた笑顔になったり、わざと怖い顔になってみたりというコミュニケーションが生まれます。

    大人になってからも、是非、機会があれば読み聞かせてもらって下さい。
    小学校や幼稚園の行事で、何度か絵本の朗読をしてもらったことがあるのですが、大人でもやはり楽しいのです。
    安心して感情移入ができるというか、心地よいのです。

    そして普段では見落としがちなことや、忘れていたことなどを「あ、そうだった」と思い出させてくれるのです。

    身近に子供がいない人は、なかなか絵本に触れる機会もないかもしれません。
    もし本を手に取る機会がありましたら、ついでにパッケージで選んでもタイトルで選んでもなんでもいいので、一冊手に取って読んでみてください。
    きっと初心に返れると思います。

    何が大事なことなのかを見極める力を、過去にも未来にも必要とされる場面は沢山あります。
    シンプルにそして、初心に返る、大事なことではないかと思います。
    その一つのツールとして、またコミュニケーションのツールとしても、絵本の読み聞かせを活用していくのも手だなと思っています。

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    あるお店の素晴らしい対応

  • 追加
  • 年に数回は訪れる中華料理店でのことです。
    家族で訪ね、いつも決まった料理を頼みます。
    クラゲやピータンなどの前妻から始まり、ツバメの巣のスープ、エビとグリンピースの炒め物、
    カニの爪の揚げ物、花巻、デザート。
    その他、いつもと変わらぬ料理です。

    いつもとても美味しいお店だったのですが、この時は少し違和感がありました。
    ある一品の味がいつもと違っていたのです。
    特に不味い訳ではありませんでしたが、気になってお会計のときに聞いてみました。
    何気なく、少し味を変えたの?と。

    すると、責任者らしき人は「その料理の代金はいただきません」と言いました。
    そんなつもりで聞いた訳ではないと言っても、代金を受け取ってくれません。
    「お客様が食べたいと思って来店していただいたのに、それに反する料理を出してしまった。」
    だから代金はいただけない。
    素晴らしい対応だと思います。

    味を変えた理由は聞きませんでしたが、何かあったのでしょう。
    その後も、定期的にその店には通いました。
    あの対応ならば、期待を裏切らないでくれるだろうと。

    ところが2年後くらいのことです、素晴らしい対応をしてくれた方が退社したと言うのです。
    そのことにも驚きましたが、出てきた料理にもビックリしました。
    ほぼ全ての料理の味が変わっていました、悪い方に・・・。
    お会計の時に聞いても、何だかわからない返事でした。

    たぶん、経営者や料理人が変わったのでしょう。
    もう二度と行かない店となってしまいました。
    私もお店にとっても残念なことだと思います。

    相手との接し方、日々、深く考えることが必要かと強く感じました。

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    ある曲を聞いて勇気を貰える話し

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  • Mr.Childrenの曲で「彩り」は2007年3月14日発売のMr.Childrenの13枚目のアルバム「HOME」の中の1曲です。

    僕のした単純作業がこの世界を回り回って
    まだ出会ったこともない人の笑い声を作っていく
    そんな些細な生き甲斐が日常に彩りを加える

    上記歌詞引用いたしました。

    曲を聴いた方は、次の日から自分の仕事に自信を持つようになり、生き生きと業務をこなすようになったということでした。
    なかには、目に見える形で自分の成果を確認することができない仕事をしている人もいるでしょう。

    経理担当の人であれば、パソコン画面に伝票の数字をひたすら入力し続ける仕事に飽き飽きしているかもしれません。
    通販サイトの受付を担当している人は、まるでパソコン画面に向かって接客しているような感覚になり、実際にお客様の笑顔を見る機会がないかもしれません。
    ですが、どんな仕事も必ず誰かの役に立っているのです。
    目の前の仕事に意味のないことなどありません。

    クリック一つで社会貢献できていると思えば、仕事にもやりがいが出てきませんか?
    同じ仕事の繰り返しでやる気がなくなっている人は、今やっている仕事が回りまわって誰かの笑顔を作っていると思って仕事をしてみると良いと思います。
    そうすれば、きっとモチベーションが上がるはずです。

    毎日仕事で同じ作業をしていると、やりがいを見失ったり、モチベーションを上げるのが難しくなるものです。
    自分がやっている業務は、自分じゃなくても誰でもできる仕事だと思ってしまい、自分の価値ってなんだろう…と落ち込むこともあるでしょう。

    必要の無い仕事は無く気持ちを大らかにして接してください。(さぼりは禁物ですが)

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