あなたも繋がりたい症候群ですか?

  • 追加
  • 繋がりたい症候群という医学的な病名はありませんが、今は名前から想像出来るような症状の人々がたくさんいます。

    例えばSNSです。
    ツイッター、フェイスブック、挙げればキリがありませんが、手軽に人とコミュニケーションを取れるようになったと言えばそれは幸せのように聞こえます。

    ところが、この繋がりが時に心の重荷になってしまうことがあります。
    例えば、自分が食べた美味しいランチの画像や飼っているペットの可愛い画像を投稿したとします。
    それに対して「いいね」といった目に見える反応を示す指数が予想以上に少ない、或いはフォロワーの人数の割合から計算して少ない場合に不幸になる人もいます。

    更に、他のフォロワーが似たような画像を貼ったのに対して自分よりもたくさんの「いいね」をもらっていたらどうでしょう。
    どうして私はこんなに「いいね」が少ないのか、と落ち込んでしまうこともあります。

    「いいね」に差がある理由は決して大したことではないかもしれません。
    あなたが食べたイタリアンより、他のフォロワーが食べた和食の方がたまたま目についただけかもしれません。
    その時たまたまあなたのフォロワーがSNSすら確認していなかったのかもしれません。

    「いいね」をあたかも自分の評価の基準のように考えている人は要注意です。
    そんな方に対して問いたいのは、あなたは他人の投稿に対して全て「いいね」を押しているのですか?
    大体の記事はそんなことをせず、「へ〜そうなんだ」と思うくらいに留めておくのが普通だと思います。

    仮に「いいね」を押されなくても、あなたの投稿は「いいね」の数以上に読まれていることは確実ですし、「いいね」の数が決してあなたの評価ということは絶対にありません。

    バトル漫画の戦闘力ではないのですから、低いからといって死ぬことは無いのです。
    もう少し気楽にSNSをしてみませんか?

    目次に戻る⬆


    お客様のクレームは宝の山だけど

  • 追加
  •  昔アメリカのあるビルで、利用者からエレベータについてのクレームが絶えないビルがあったそうです。
    それは「エレベータの待ち時間が長い」とか「エレベータが遅い」というクレームでした。

    しかし、エレベータを最新式の速い機種に変えるとしたら、もし技術的にはできるとしても大変な資金がかかります。とてもそんな事はできないと、そのビルの管理部門ではなかばあきらめていたそうです。

    しかし、ある時ある若手社員のアイデアを採用して、結局ずっと安い予算でクレームをほとんどなくす事ができました。

     それはどんなアイデアだったと思いますか。

     実はそのアイデアは、エレベータ乗り場の脇の壁に姿見、つまり鏡を取り付ける、というものでした。
     
     すると、人々は自然とエレベータを待つ間その鏡を見て、髪型や服装をチェックしたりするようになりました。その結果、エレベータが遅いというクレームを言う人がほぼいなくなったのです。
     
     つまり、ビルの利用者に本当に必要な事は、エレベータの待ち時間を何分減らすといったことではなく、待っている間のイライラや手持ち無沙汰な感じを解消する、そういう事だったのです。
     
     なんの商売でも、お客様のクレームからニーズをくみ取って業務を改善したり、新しい製品やサービスを生み出すと良い、そういうことができるという事は、皆たいてい知っています。
     
     しかし考えてみれば当たり前ですが、お客様は自分に必要なものを分析して正確にわかりやすく伝える義理なんてありません。お客様の言葉から、本当にお客様に必要なものは何かをつかみ取るのは、クレームをうける方の仕事です。
     
     つまり、お客様からのクレームは宝石に例えれば原石です。それを磨いて本当の宝石にする事ができれは、クレームの山は宝の山にもできるのではないでしょうか。
     
     私も、お客様や取引先などからのクレームに接することがあれば、このエピソードを思い出して、言葉通りの意味を考えるだけでなく、本当に相手に必要な事は何か、より深く、多角的に考えていきたいと思います。

    目次に戻る⬆


    他者を評価するときの伝え方はPNPで

  • 追加
  • 他者を評価するときに、どんな風に伝えていますか?

    伝え方には順序が大切です。

    簡単な方法を一つお伝えします。

    それは、PNPです。

    P(ポジティブ)
    N(ネガティブ)
    P(ポジティブ)

    評価内容を伝えるときは、
    まず良かったところ(ポジティブ)を伝え、
    次に悪かったところ、改善点(ネガティブ)、
    最後に良いところ(ポジティブ)
    の順番で伝えると、伝えられたほうは評価を受け入れ前向きに考えることができるようです。

    例)研修レポートの評価
    とてもよい研修になったようですね。(ポジティブ)
    でも、どんな学びがあったのか、より具体的にレポートに表現できると良かったですね。(ネガティブ)
    真剣に研修に取り組む姿が印象的でしたよ。これからも応援しています。(ポジティブ)

    どうでしょうか?

    ひとは、一番最初に否定的な言葉を聞いてしまうと
    その先にどんな良いことを言われても受け入れることが出来ないのだそうです。

    確かにそうですね。

    例からみても、最初にポジティブな評価を聞くと、
    上司に自分が受け入れられている印象、そして自分の存在自体が肯定された印象を持ちます。
    上司に対して心が開かれるわけですから、
    その後のアドバイス(ネガティブ評価)も肯定的に受け止めることが出来ます。
    そして、最後のポジティブ評価でやる気が増してきます。

    これは、評価する場面以外にも、お願い事をする場面でも応用できそうですね。

    お互いの気持ちを大切にしながら関係を深めていくためにも
    有効な方法だと思います。

    私ももっと活用していきたいと思います。

    目次に戻る⬆


    ひょっとしたら自分にも出来るかな、と思った出来事

  • 追加
  • かなり前の休みの日の出来事でした。結構朝早く知人を訪ねる用事があって、何時もとは違う電車に乗った時のことです。
    ふと見ると、聴覚障害を持った人でしょうか、男女2人が手話で会話しているのが目に入りました。同じ駅で降りたのですが、その時1人の人が手袋を落としたのです。
    拾おうかと思ったのですが、それより早く声をかけた人がいました。でもその2人には当然聞こえなかったのです。

    多分その声をかけた人は、お2人が聴覚障害を持っているとわからなかったのかもしれません。でも自分としては、何で拾って届けないのだろうと不思議に思ったのも事実です。
    その時電車の中の人が手袋を拾って、電車の外に投げたのです。2人の内1人の人が気がついて、その手袋を拾いました。良かったと思いつつ、声をかけた人を見たらその荷物にヘルプマークがついていたのです。
    ああ、だから拾えなかったのだろうか、きっと身体の問題でかがめなかったのだなと、やっと自分も理解しました。

    先週またその知人を訪ねる事になり、同じ電車に乗りました。驚いたことに、聴覚障害の人達もヘルプマークを荷物に付けた人も、また乗っていたのです。
    きっと仕事か何かでこの電車に同じ時間に乗り合わせているのだと思い、その日は荷物が多かったので降車後エレベーターに向かったのです。
    そこには聴覚障害のお2人と、ヘルプマークの人が先に来ていました。

    エレベーターに乗った時、ヘルプマークを荷物に付けた人が手を動かしました。と、聴覚障害者の人達がにっこり笑ってやはり手を動かしたのです。
    いつの間にかヘルプマークを付けた人も、手話を勉強したようです。いつも会うのだから挨拶くらい、と思ったのかもしれません。
    でもそれを見て、何か身体に問題がある人のほうが、他のやはり身体に問題のある人への気遣いが出来るのではないか、と思えたのです。

    健常者はどうしても、自分の状態を基準にして他を見ます。身体にトラブルがある人の辛さは、中々わかりづらいものです。
    でも健常者であることにあぐらをかいてはいけない、自分からこういうふうに働きかけが出来たらと、しみじみその時思ったのです。

    目次に戻る⬆


    マナーとは、誰のためにあるのでしょうか。

  • 追加
  • 様々なマナーが存在しますね。

    社会人としてのマナー。
    食事の際のマナー。
    国際人としてのマナー、などです。

    さて、このマナーというとき、誰のためのマナーであるのかを、考えたことはあるでしょうか。

    様々なマナーのための解説書やマニュアルが販売されているので、
    マナーは自分のために存在する。
    と感じている人が多いかもしれません。

    しかし、マナーというのは、実は、
    その場にいる人々。
    本日の主役。
    そして、その場(を提供してくれている人々)。
    のために、本来はあるものなのです。

    おもしろい例があります。

    あるカップルが素敵なレストランでディナーをしようとしています。

    それぞれがお洒落な装いに身を包みました。

    しかし、男性はその場にそぐわないマイバッグをつい、普段の習慣で手に提げてレストランに入ってしまいました。
    マイバッグとは、お買い物をするときに普段男性が使用しているバッグで、くたくたにくたびれていました。

    自分がマイバッグを提げていることに気づき、気まずく感じた男性は、
    レストランに入店直後、その場には明らかに不釣り合いなそのマイバッグを、
    何と!パートナーの女性につい、ひょいと、持たせてしまいました。

    どうですか、自分ひとりのことだけを考えた、とっさのこの行動と、
    似たような行動をとってしまった経験は、ありませんか。

    女性は悲しくなりますね。

    なぜなら、せっかくお洒落をしてきたのですから。

    その夜や、お店にふさわしい佇まいでありたい気持ちは、男性と同じなのに。

    ここで男性は、本来であれば、お店のスタッフに、
    「誤って持参してしまいました。
    退店時まで、預かっていてもらえませんか」
    と、伝えることができれば、女性を悲しくさせることはなく、マナーに叶いましたね。

    こういった、
    自分だけの利益や見栄を優先している“マナー違反”が、
    実は、ビジネスにおいて、とても目立っています。

    気付いていないのは、本人だけ、というケースは多くあります。

    マナーを知らないことよりも、
    その場にいる相手、
    その日の主役、
    その場の状況や雰囲気を、
    自らだけが良く思われようと壊してしまうことの方が、
    はずかしいことです。

    逆に言えば、
    自分以外の周囲が、いつでもしっかりと視野に入っていれば、
    マナーを多少知らないことなどは、
    マナー違反にはなりません。

    食事のマナーを知らず、困っている人と同席をしたら、
    笑顔でそっと、その人だけに、
    マナーを伝えてあげられる。

    そういった気持ちを備えた大人が、
    ほんとうの意味で、マナーを分かっている人なのですね。

    目次に戻る⬆


    人を褒めることは意外と高度な技術が必要

  • 追加
  • 「人を褒めるのは良いこと」だと誰もが認識しているはずですが、その褒め方を間違ってしまうと相手を不快にさせてしまう可能性がありますから注意しないといけません。

    たとえば、褒めたことについてよく知りもしないのにいい加減な褒め方をしたら、口から出まかせで褒めているのがすぐにバレて相手をしらけさせてしまいます。何もわかっていないのに何となく褒めるぐらいなら、素直にいろいろと質問を重ねて知っていく努力をしようとするほうが好感を持たれやすいでしょう。

    また、褒めるのが誰かを貶めるのとセットになるのもいけません。誰々より凄いというような褒められ方はあまり嬉しくないですし、それなら素直に褒めてくれた方が喜びやすいです。人と人を比較して褒めるのは、やめたほうが無用なトラブルを避けられます。

    そして、あまりに感情たっぷりに褒め過ぎるのも、嘘くさくなってしまうからよくありません。もしも顧客を褒めるのにあまりにも大げさな褒め方をしてしまったら「見え透いた嘘をつくんじゃない」と機嫌を損ねられかねません。それではプラスどころかマイナスですので、できれば感情のままに褒めるのがストレートに伝わる分好感を持たれやすいです。

    このように褒めるのは案外高度な技術がいるもので、ただ褒めればそれで良いというわけではありません。安易に褒めても言葉が上ずってしまって気持ちがこもらないです。それなら言葉少なめでも良いから、本心で褒めることが大切です。私も褒め上手を目指したいです。

    目次に戻る⬆


    会話中の目線はどこに向ければ良いのか

  • 追加
  • 目は口ほどに物を言うという言葉があるぐらい、目は感情を雄弁に物語りますよね。コミュニケーションにおいて目は非常に重要な役割を担っていますから、意識するのとしないのとではだいぶ違うでしょう。

    みなさんは人と話す時、目を相手のどこに向けているでしょうか?相手の目をジッと見続ける、恥ずかしくてつい相手とは関係ないところを見てしまう、下ばかり向いてしまうなどいろいろですよね。厳密に正解がどれとは言えないのかもしれないですが、2秒3秒相手の目を見て適度に逸らすのがマナー的にはベターだといえるでしょう。それなら相手を変に意識させないですし、だからといって気が散っているようには思われません。ですから、会話の時はそのような目線を心がけるのが無難です。

    もしも適度に相手と目線を合わせなかったら、どう思われるでしょうか?相手からは「嫌われてしまっているのかな」「会話を早く終わらせたいのかな」など、余計なことを勘繰られてしまうかもしれませんね。それは不本意ですし、妙な軋轢を生みかねません。ですので、そうならないよう注意しないといけないです。

    また、相手が何を考えているか知りたかったら、言葉よりも目線に注目すると感情を読み取りやすいやすいです。目線がソワソワして落ち着かないようなら、気もそぞろだと判断して良いでしょう。会話中の目線をどうするのかは悩んでしまうものですが、難しく考えることなく自然に相手の方を向けば良いのだと、心によく刻んでおきたいものです。

    目次に戻る⬆


    企業の一体感を育むもの

  • 追加
  • 戦後の日本経済を牽引し、日本を世界有数の経済大国に押し上げた企業群の代表の一つ、トヨタ自動車株式会社は、バルブ崩壊以後、経済低迷の長期化、日本経済の主役交代など経済界の激変の中で、今もなお日本を代表する世界的優良企業のその座に揺るぎはありません。

    トヨタのこの強さはトヨタ独特の「土着性」に起因すると、トヨタで働いた経験を持つある作家がいっています。

    トヨタの本社は愛知県豊田市。
    政界との繋がりや世界的な経済活動に有利である東京に拠点を移す事無く、企業の発祥地に拘る理由は、労使は勿論のこと関連企業を含む組織全体の一体感を重要視する経営思想にあります。

    この一体感は企業発祥から受け継がれた伝統が基礎になる、とトヨタは考えるのです。
    モノづくりのスペシャリスト養成学校であるトヨタ工業学園では、トヨタのDNAを伝える為に、トヨタの源流である創始・豊田佐吉から始まるその歴史を先ず勉強します。
    モノづくりの中核になるトヨタ社員の一体感を育むのが目的です。

    それ程に企業の一体感を大切にするあるエピソードがあります。
    初代社長・豊田利三郎と二代目社長・豊田喜一郎の50回忌での昼食会。
    約100人の参列者の席順の最前列が、血の繋がらない関連企業の代表だったのです。次にトヨタの経営者グループで、豊田家の人々は末席でした。

    創業家だからといって、無暗には決して前へは出ない。
    トヨタの企業グループ全体の一体感を大切にする精神がここに現れています。

    企業一丸などのセリフは往々にして謳われますが、口先だけのスローガンでない本当の意味での一体感とは、こういう所に見えるものです。

    目次に戻る⬆


    わかりやすい言葉に集約して話すのが会話術の基本

  • 追加
  • テンポが良くて相手に満足してもらえるような会話術の基本は、言いたいことが言葉に集約されているかどうかで決まると思います。

    先日、私は街の緑化推進運動を行っている人とお話しする機会がありました。その人は駅前の緑化推進運動について熱弁をふるっていたのは確かなのですが、いかんせん内容があまりまとまっていないため、正直わかりにくかったです。

    おそらく緑化推進運動への熱意ばかりが先走ってしまい、気持ちのままにしゃべっていたのだと思います。その熱意は大変すばらしいですし、考え方自体は賛同しても良いと思えるものでした。しかし、会話術の観点からみるとややストレスが溜まってしまい、もったいないように感じました。会話で相手の気持ちを盛り上げていくのは、とても難しいのだと痛感しました。

    この体験を通して反面教師にしなければいけないのは、伝えたいことを胸に秘めている時ほど冷静に話さなければいけないということです。とりとめのない生活への不満をお互い愚痴としてこぼすならまだしも、意見を伝えるような会話で長々と同じ言葉をひたすら繰り返すような話し方は好ましくありません。これでは話の内容がどうこうの前に、相手が会話に疲れてしまいます。

    会話はテンポが生まれなければ、どうしても間延びした感じになってしまいます。それではどこかまとまりがなくなってしまいますし、何だか疲れてしまいます。主張そのものはすばらしくても会話術ができていないばかりに損していたらもったいないですし、私も気をつけていきたいです。

    目次に戻る⬆


    読み聞かせというツール

  • 追加
  • 絵本の読み聞かせは子育てをしている人、また子供に接する機会が多い人は経験しているのではと思います。

    その絵本の読み聞かせですが、幼児期の人格形成に大きな役割を担っていると言われおり、今や、産まれて間もない新生児や胎児に読み聞かせをすることも有効なのだとか。

    フレデリック大王の実験をご存知でしょうか。
    触れ合いをせずに赤ちゃんを育てるという実験が、修道院でなされたのです。
    赤ちゃんが修道士を見ても、目を合わせない。
    笑いかけても、笑い返さない。
    結果は、実験が終わる前に赤ちゃんが死亡してしまったそうです。

    子供にせがまれて絵本を読むとき、私たちはいつもではしないような、オーバーアクションであったり、声に抑揚をつけてみたり、絵本の中の登場人物になってみたりして、子供が楽しんでくれるよう読んでいませんか。

    それは、直接的なスキンシップはありませんが、子供たちとの触れ合いになっていると思います。
    自分の声色で驚いたり笑ったり、その子供を見て読み聞かせている大人もまた笑顔になったり、わざと怖い顔になってみたりというコミュニケーションが生まれます。

    大人になってからも、是非、機会があれば読み聞かせてもらって下さい。
    小学校や幼稚園の行事で、何度か絵本の朗読をしてもらったことがあるのですが、大人でもやはり楽しいのです。
    安心して感情移入ができるというか、心地よいのです。

    そして普段では見落としがちなことや、忘れていたことなどを「あ、そうだった」と思い出させてくれるのです。

    身近に子供がいない人は、なかなか絵本に触れる機会もないかもしれません。
    もし本を手に取る機会がありましたら、ついでにパッケージで選んでもタイトルで選んでもなんでもいいので、一冊手に取って読んでみてください。
    きっと初心に返れると思います。

    何が大事なことなのかを見極める力を、過去にも未来にも必要とされる場面は沢山あります。
    シンプルにそして、初心に返る、大事なことではないかと思います。
    その一つのツールとして、またコミュニケーションのツールとしても、絵本の読み聞かせを活用していくのも手だなと思っています。

    目次に戻る⬆


    あるお店の素晴らしい対応

  • 追加
  • 年に数回は訪れる中華料理店でのことです。
    家族で訪ね、いつも決まった料理を頼みます。
    クラゲやピータンなどの前妻から始まり、ツバメの巣のスープ、エビとグリンピースの炒め物、
    カニの爪の揚げ物、花巻、デザート。
    その他、いつもと変わらぬ料理です。

    いつもとても美味しいお店だったのですが、この時は少し違和感がありました。
    ある一品の味がいつもと違っていたのです。
    特に不味い訳ではありませんでしたが、気になってお会計のときに聞いてみました。
    何気なく、少し味を変えたの?と。

    すると、責任者らしき人は「その料理の代金はいただきません」と言いました。
    そんなつもりで聞いた訳ではないと言っても、代金を受け取ってくれません。
    「お客様が食べたいと思って来店していただいたのに、それに反する料理を出してしまった。」
    だから代金はいただけない。
    素晴らしい対応だと思います。

    味を変えた理由は聞きませんでしたが、何かあったのでしょう。
    その後も、定期的にその店には通いました。
    あの対応ならば、期待を裏切らないでくれるだろうと。

    ところが2年後くらいのことです、素晴らしい対応をしてくれた方が退社したと言うのです。
    そのことにも驚きましたが、出てきた料理にもビックリしました。
    ほぼ全ての料理の味が変わっていました、悪い方に・・・。
    お会計の時に聞いても、何だかわからない返事でした。

    たぶん、経営者や料理人が変わったのでしょう。
    もう二度と行かない店となってしまいました。
    私もお店にとっても残念なことだと思います。

    相手との接し方、日々、深く考えることが必要かと強く感じました。

    目次に戻る⬆


    ある曲を聞いて勇気を貰える話し

  • 追加
  • Mr.Childrenの曲で「彩り」は2007年3月14日発売のMr.Childrenの13枚目のアルバム「HOME」の中の1曲です。

    僕のした単純作業がこの世界を回り回って
    まだ出会ったこともない人の笑い声を作っていく
    そんな些細な生き甲斐が日常に彩りを加える

    上記歌詞引用いたしました。

    曲を聴いた方は、次の日から自分の仕事に自信を持つようになり、生き生きと業務をこなすようになったということでした。
    なかには、目に見える形で自分の成果を確認することができない仕事をしている人もいるでしょう。

    経理担当の人であれば、パソコン画面に伝票の数字をひたすら入力し続ける仕事に飽き飽きしているかもしれません。
    通販サイトの受付を担当している人は、まるでパソコン画面に向かって接客しているような感覚になり、実際にお客様の笑顔を見る機会がないかもしれません。
    ですが、どんな仕事も必ず誰かの役に立っているのです。
    目の前の仕事に意味のないことなどありません。

    クリック一つで社会貢献できていると思えば、仕事にもやりがいが出てきませんか?
    同じ仕事の繰り返しでやる気がなくなっている人は、今やっている仕事が回りまわって誰かの笑顔を作っていると思って仕事をしてみると良いと思います。
    そうすれば、きっとモチベーションが上がるはずです。

    毎日仕事で同じ作業をしていると、やりがいを見失ったり、モチベーションを上げるのが難しくなるものです。
    自分がやっている業務は、自分じゃなくても誰でもできる仕事だと思ってしまい、自分の価値ってなんだろう…と落ち込むこともあるでしょう。

    必要の無い仕事は無く気持ちを大らかにして接してください。(さぼりは禁物ですが)

    目次に戻る⬆


    報・連・相(ほうれんそう)という言葉とコミュニケーション

  • 追加
  • 多くの企業で『報・連・相(ほうれんそう)』という言葉をよく耳にしたり、張り紙を見たりします。『報告、連絡、相談』の重要性を説いたものです。

    『報告、連絡、相談』は仕事をするうえで重要です。これは言葉通り、上司と部下の関係のコミュニケーションを表しています。つまりコミュニケーションの取れている部署などは、『報告、連絡、相談』はスローガン的に掲げなくても、自然に出来ています。部署の皆が現在の状況を共有し把握できていることです。

    逆に『報・連・相(ほうれんそう)』を徹底せよとか、社長や上層部がこの言葉をしきりに話すような会社は、実は上司と部下のコミュニケーションが取れていないと思います。それには理由があります。常に怒る上司なら、『報告、連絡、相談』をする度に叱られます。叱られるくらいなら、話しない方がマシになってしまうのです。また個性の強い人が集まる集団では、部下からの『報告、連絡、相談』は全く無いような関係になってしまいます。

    私の考える『報・連・相(ほうれんそう)』は、上司が部下対するコミュニケーションツールとして使っているのだと思います。いくら和気あいあいでも、上司と部下には目に見えない壁が存在します。その壁を超える為の手法です。上司から差し伸べる方がスムーズに進むと思います。逆に上からの押し付けではダメです。

    部下を持つ立場の私は、この『報・連・相(ほうれんそう)』の言葉の意味を今一度考え、部下が『報告、連絡、相談』をしやすい部署にするために取り組みたいと思います。

    目次に戻る⬆


    共有していい情報とそうではない情報

  • 追加
  • ネット環境の向上で、情報の伝達が非常に早くなっています。世界中どこからでもリアルタイムの情報が流れます。特に動画やニュースは、新聞やテレビよりも、早く知ったり、見たりすることができます。しかしこのような情報も、知らせて共有していいものと、いけないものがあります。

    私の経験で共有してはいけない情報の一番は、釣り場のポイントです。釣りの世界は釣る楽しみと、釣ったことを自慢する楽しみがあります。釣りなら経験のある人も多いと思いますが、自分が見つけたマル秘ポイントは、釣り仲間だけに教えたり、まったく教えなかったりします。これは自分のポイントを荒らされたくないからです。このようなポイントをSNSやブログでアップしてしまうと時折炎上してしまいます。自分だけのポイントは、以外にも、他の一部の人もマル秘ポイントとして知っている場合が多いのです。その為ネット上で共有してしまうと、たちまち人だらけになり、釣り荒れ魚が釣れなくなります。また自分だけのマル秘絶景スポットなども同じでしょう。共有したばかりに、人だらけになってしまうこともあります。

    逆に共有しなくてはならない情報は会社内に多くあります。マニュアルや会議での決定など、日常業務に関することはすべてです。このような日常業務などにかかわることを、一部の社員のみに教えたり、隠したりすると、何かが起こった時問題が大きくなってしまいます。
    つまり全く聞かされていない人が、その問題の対応をすると、会社の意に反した解決をする場合があるのです。

    このように、情報は知らすべきか、知らさずべきかの判断に迫られます。自分で判断できない時は必ず上司に相談すべきだと思います。私は今後、自分が仕入れた情報は自分だけのものにせず、皆で共有し、判断できないものは上司に相談することでコミュニケーションの向上を図りたいと思います。

    目次に戻る⬆


    穏やかな心を持とう

  • 追加
  • 今回のテーマは「穏やかな心を持とう」です。
    これは福岡ソフトバンクホークスの柳田悠岐選手がいつも心がけている事で、好調の要因をヒーローインタビューなどで聞かれた時、「穏やかな心」です。という言葉を多く口にしています。
    きっかけは柳田選手が打撃不振に陥り、審判のジャッジに対しても不満を募らせていた時、工藤監督から「もっと穏やかな心を持ちなさい。」と諭され、それからしばらくの間ほぼ毎日のように工藤監督から「穏やかな心」という言葉を言われるようになり、それがきっかけで柳田選手は調子を取り戻したそうです。
    それは一般社会や日常生活においても言える言葉であります。
    仕事でもイライラを募らせながらするようでは大きな成果は得られないですし、それがさらにはミスにもつながったりします。
    そして、車の運転においてもそのイライラが大きな事故につながる事だって十分にあり得ます。
    朝寝坊して遅刻しない為に急いで仕事に行く事もあります。
    仕事で急に短納期の仕事を依頼されて腹が立ったり、なかなか終わらない仕事に苛立ちや焦りを感じたり、ミスを取り返すために冷静さを失う事だってあります。
    しょうもない意見の食い違いなどで人とケンカする事もあります。
    ただ、そういう時こそ今一度冷静になり「穏やかな心」を持って物事に取り組んでみてはいかがでしょうか?
    「穏やかな心」を持つ事ができれば、不調だったソフトバンクの柳田選手が調子を取り戻す事ができたように、仕事や日常生活においても大きなミスをする事なく切り抜けられるのではないでしょうか?
    そう言った事を踏まえて私も「穏やかな心」で何事にも取り組んでいく所存でございます。

    目次に戻る⬆


    犬を2匹飼っていると、平等に可愛がる大切さがわかります

  • 追加
  • 我が家には室内で飼う小型犬が2匹います。4歳と2歳ですが、4歳の犬は5か月から我が家にいて、2歳の犬は2か月から我が家にいます。4歳の犬は家族みんなで可愛がり、しつけもしました。今でもおやつなどは『待て!』というと『よし!』というまでずっと待っています。そして『お手』など、色々教えたことはしっかりできます。

    そうしているうちに2匹目が欲しくなったわけで、2匹目の子犬が来た時は、初めの犬は大人になっていたので、皆子犬ばかり可愛がっていました。その時初めの犬の顔を見ると、可愛がられる子犬を羨ましそうに見ているように見えました。ここはまずいと思い、両方とも可愛がるようにしました。

    しかし、2か月から飼いはじめた子犬は甘えん坊で、大人の犬や、家族にもすぐじゃれつき、どちらかというと子犬中心にどうしてもなってしまいました。大人の犬は、じっと我慢して、可愛がられる子犬を見ていました。

    そして子犬が1歳半を迎えた頃、性格が変わり始めました。人間でいう思春期あたりです。大人の犬を可愛がると、嫉妬して怒りだし、大人の犬に噛みつくようになったのです。大人の犬は、子犬だった犬が向かって来ても、あまり相手にせず、争いごとを避けるように場所を移動します。可愛がり過ぎた子犬は飼い主たちは、自分のものだと思っているようでした。

    この光景を見ていると、犬も人間同様、嫉妬する生き物だと分かりました。人間よりは我慢する程度は低いと思います。それでも我慢する犬もいれば、感情をむき出しにする犬もいるわけです。

    家庭内での子供への接し方や、会社内での同僚や部下への接し方も平等さが問われるものだと痛感しました。犬を参考にする事は良くない事かもしれませんが、犬を見て思い知らされた感がありました。この一件以来、家庭内、職場での接し方に最新の注意を払うようになりました。

    目次に戻る⬆


    靴磨きの少年のエピソードから学べる事

  • 追加
  • 「靴磨きの少年」のエピソードとは、世界恐慌の時代情勢を表した逸話です。

    アメリカが空前の好景気に沸いていた1929年、ジョセフ・P・ケネディ(ケネディ大統領の父親)は街角で靴磨きをお願いしました。
    当時、彼はウォール街で相場師として名を成していました。
    彼の正体を知らない靴磨きの少年は、ケネディに対して株式取引の話を持ち出しました。
    「あそこの株がどうやら上がるらしいですよ。」
    そんな話を聞きながら、ケネディはあることを確信しました。
    「素人であろうこの少年までが株の話に熱中している。そろそろ相場は崩れるに違いない。」
    彼はすぐさま自分の持っていた株を振り払いました。
    その後すぐに世界大恐慌が発生、株式市場が大混乱に陥る中、ケネディは損失を出さずにこの危機を切り抜けたのです。

    この逸話は、バブルはいつか弾けるものであるということを表しています。
    同時に、ケネディの目の付け所の確かさと決断力を今に伝えています。
    ケネディが危機を回避できたのは、靴磨きの少年の話に耳を傾け、的確な情勢判断を下せたからです。

    情報は、街の中や日常生活の中に隠れていることを示すよい例です。
    ケネディは、靴磨き中にも情報を集めることを怠っていなかったのです。

    ケネディの抜かりのなさは、私たちも学ぶべきところがあります。
    何気ない会話の中に、未来を見通すための情報が隠れているかもしれないのです。
    不確実性が叫ばれる現代だからこそ、あらゆる情報にアンテナを張っていることが大切になります。
    私も仕事を行う上では、常に情報には敏感でありたいと思っています。

    目次に戻る⬆


    略語からわかるコミュニケーションの簡略化について

  • 追加
  •  時代が進むごとに、コミュニケーションはどんどん簡略化されていますよね。簡略化の代表的な例を挙げるなら、略語の多用がまさにそうだと思いませんか?

     普段はあまり意識していないかもしれませんが、略語は日常会話の中にあふれていますよね。ビジネスで使う言葉の中にも略語は多く、パーソナルコンピュータはパソコン、なるべく早くはなる早、リスケジュールはリスケなど挙げ出したらキリがありません。

     また、ビジネスで使う言葉以外でも、ファミリーレストランはファミレス、マスキングテープのことをマステ、地上波デジタル放送は地デジなど、老若男女を問わずいろいろな略語があふれています。

     ただ、まだこれらの言葉はわかりやすく略していますから納得して使える言葉ですが、10代が使うような若者言葉となると聞いただけでは何のことかわからないような略語も数多く存在しますよね。

     たとえばSNSなどを中心にマジ?を略してマ?というのですから、驚きですよね。略すにしても、これはなかなか斬新です。ここまできたら、法則性や推測では通じにくいです。つまり、知っているか知らないかの差だけです。

     さらに、今はLINEのスタンプによるコミュニケーションが当たり前になっていますから、そもそも言葉を使わないコミュニケーションも珍しくありません。効率化といえばそれまでですが、ちょっと寂しい気もしますね。ただ、ビジネスではさすがにわかりにくい略語を多用するわけにもいかないですから、正しい言葉をできるだけ使ってコミュニケーションしないといけないですね。

    目次に戻る⬆


    笑顔を作る、たったこれだけで好印象

  • 追加
  • 印象の良い人を、パッと頭に思い浮かべてみてください。
    どうででしょう。
    きっとその人は笑顔なはずです。

    いつもニコニコ笑顔な人は、見かけても挨拶をしてもお互いに気分が良くなるものです。
    反対にムスッとした無愛想な人は、挨拶しても気分は変わりません。

    ただ、マナーとして挨拶しただけ、もしくは体調が悪いのかと思うでしょう。
    笑顔の人ほど、印象に残らないのです。

    ではどちらの人に、親切にしたくなるかと言えば、当然笑顔の多い人です。

    笑顔を浮かべている人には、無表情な人より親しみを何倍も感じるはずです。
    笑顔は敵じゃないですよというアピールにもなるので、例え外国人同士であっても、笑顔は重要なコミュニケーションとなります。

    仕事上でも、笑顔の人には声をかけやすいので、無愛想な人よりもコミュニケーションが円滑になります。
    仕事では連絡・報告が大切ですが、無愛想でいつも怒っている顔の人には声をかけにくいものです。
    その結果、連絡・報告もおろそかになりがちでしょう。

    笑顔には他にも面白いパワーがあります。
    苦手な作業をしている時に、笑顔を作って作業をすると、結果として脳がα波を出すそうです。

    つまり作り笑いでも、脳が楽しいと錯覚を起こすわけです。
    そうなると、リラックスやストレス軽減効果が出てきます。

    苦手な作業や嫌な人と一緒の時にも、笑顔を心がけるだけで、素晴らしい効果が得られます。

    笑顔というだけで、周りからの印象が良いだけでなく、健康やストレスにも効果があるので、是非実践してみましょう。

    目次に戻る⬆


    子供監督

  • 追加
  • 先日家族と公園に行った時の話です。

    私は普段残業が多く、毎日子供が寝てから帰宅する日々を送っています。
    だからこそ、休みの日は出来るだけ家族と沢山出かけて楽しい時間を過ごしたいと考えています。

    先日も朝から妻にお弁当を作ってもらい、少し遠くの公園へ車で出かけました。
    子供は車に乗る前からはしゃいでいてこちらもテンションが上がっていました。

    公園に着くと、子供はすぐに走り出します。
    私も急いで後を着いていくのですが、恥ずかしながら子供が遊具に着くまでに息が上がる事もあります。
    子供はそんなのお構いなしで、行きたい遊具に次々と走って行きます。

    パパーとせかされ、次は広場でボール遊びをしたいそうでにこにこで待っていました。
    平日は朝しか顔を合わせることができない分、休みはパパと沢山呼んでくれて疲れの前に顔がほころびます。

    ですが、もう私は若くないので疲れるのは疲れます。
    休憩を申し出てもヤダの一言で吹き飛ばされてしまいます。
    ボールはとんでもない方向に行き、慌てて取りに行けば子供は喜んでわざと変な方に投げます。
    何往復したことか。

    休みの度に思いますが、子供との休みはある種の合宿だと。
    自身の年齢と普段の運動不足が重りになり、子供の支持であちらこちら奔走する。
    その上休憩もままならない。まさに合宿です。

    小さな監督は私に体当たりでタックルして、小さな手で大きなお腹を押しまくります。
    小さな監督のおかげで大きなお腹も少しは小さくなるよう願いながら、私は次の休みも楽しみにしています。

    目次に戻る⬆


    関連ネタ & スポンサーリンク