2ヵ月前,4ヵ月前のタマゴは食べられる?食べられない?

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  • タマゴの賞味期限は3週間となっていますが,なぜだと思いますか。

    まれにタマゴの黄身に雑菌が入っていることがあるそうです。その確率は,なんと3万個に1個。この雑菌入りタマゴを生で食べても大丈夫な期間が3週間なので,賞味期限を3週間としているとのことです。

    タマゴに雑菌が入るのは親鳥が菌に感染していると起きるそうです。3万個に1個の危険を考慮して賞味期限が決められているとは,すごいですね。

    では,普通にタマゴはどのくらいの期間腐らないのかというと,なんと室温保存で約2ヵ月,冷蔵庫保存で約4ヵ月だそうです。生で食べなければかなりの期間保存が効くようです。

    タマゴには腐らないようにする3つの防御壁があります。1つ目はタマゴの殻,2つ目は卵殻膜,ゆで卵を剥いた時にでてくる薄皮です。この2つで菌の侵入を防いでいますが,殻が濡れていると菌が侵入し易くなります。3つ目は卵白で抗菌作用があり,菌の侵入と増殖を抑えます。4つめは黄身を真ん中に固定しているカラザです。タマゴを割った時に見える白いひも状ものです。

    タマゴはこの4つの力で腐敗を防いでいますが,時間の経過とともに黄身を中心部に保持しているカラザと卵白の力が弱くなり,黄身が浮いて殻に接触して菌が黄身の中で繁殖し腐ってしまいます。

    この黄身が殻の内側についてしまうまでの期間が常温で約2ヵ月,冷蔵庫で約4ヵ月なのでこの期間までならば食べることができるそうです。
    賞味期限が切れたからと言って,捨ててしまわず卵焼き,ゆで卵にして食べましょう。

    ちなみに,新しいタマゴには二酸化炭素が含まれていてゆでタマゴにするとボッソボソとした触感がのこりますが,二酸化炭素が抜けた採卵日から10日以降くらいのタマゴではプリプリの触感になるそうです。

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    仕事ができる人だけが人なのですか?

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  • 僕は確かに仕事ができる人間ではありません。
    上司の指示の眼目を外す事もありますし、尋ねる人が回りにいないとどうして良いのか判らず、仕事が停滞してしまう事もままあります。
    確かに手も遅くて不器用だからミスする事もしばしばですし、うっかりやらなければいけない作業を忘れてしまう事も。

    ホントに御免なさい。
    仲間や先輩や上司の方に御迷惑をお掛けしている事は十分に認識しています。
    だから叱られるのも自分が悪いんだと思っています。だって足を引っ張ているんですから当たり前です。
    会社が悪い、上司が悪い、先輩が同僚がーなどとは決して考えていません。

    でもこれでも一生懸命なんです。必死で頑張っているんです。絶対、サボったり手を抜いたりはしていません。
    その事だけは信じて欲しいんです。

    それに、並にできる人と比べると能率の悪いのは確かですし、出来の良い人ばかりの集団を基準にすれば全体の仕事効率も下がるでしょうけど、そんなに優秀な人ばかり集める事なんて実際には不可能でよね。
    僕みたいな人間も戦力として含まれて来るのが現実だとすると、貢献度は低くても少ないながらも貢献はしていてマイナスにはなってないと思うんです。

    ですから僕の事を馬鹿扱いするのだけは止めて欲しいんです。
    仕事のミスで怒られるのは仕方がありません。褒めて欲しいとか、甘やかして欲しいというのではありません。

    人として接して欲しいだけなんです。人としての尊厳を守りたいというのは贅沢なことですか?

    あなたの周りにはこんな人はいませんか? そしてその人にあなたはどう接していますか?

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    疑問点発掘能力を磨こう。

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  • 昭和の名刑事といわれる平塚八兵衛は、終戦直後の帝銀事件や吉展ちゃん誘拐事件、三億円事件など昭和を代表する大事件の捜査に係わってきた、警視庁の名物刑事です。

    捜査を行っていく上での彼の信条は、「疑問をそのままに放置するな」という事でした。
    だから例えば事件現場の検証をする時に、疑問が涌かない様では一人前の刑事ではないと言っています。

    例えば、ある事件の発端はホテルでの女性の首つり死体発見でした。
    鑑識含め現場検証に立ち会った多くの関係者達は、自殺として見ていました。

    しかし平塚刑事は、死体の状況にある疑問を持ちました。それは遺体が下着を着けていなかった事でした。
    女性が自殺をする時には、必ず発見された時に事を考えるもんだと平塚は言います。
    下着をつけないまま、女性が自殺する事は絶対にあり得ない、だからこれは他殺だと判断したのです。
    他にも自殺と考えた時、疑問点がいくつか出て来たそうです。
    捜査の結果、この事件は偽装殺人でした。

    同じ状況を見ても、この様に疑問を見つけられるかどうかで、結論は正反対になる場合があるのです。
    この事は全ての仕事に当てはまります。

    どんな仕事でも完全に完成された形というのはありえません。人が作り上げた事柄に完全などあり得ないのです。
    何処かに必ず欠点や弱点がある筈です。
    その事に気が付かず、昔からずっとこのやり方で来たのだからと疑問さえ持たないでいると、やがて何処かで破綻が訪れます。

    常に改善・改良が行われ、進歩・前進がなければなりません。
    自分の周りが流れて進んでいる時、立ち止まっている事は後退しているのと同じなのです。

    だから疑問点の発掘は大切なのです。是非疑問点発掘能力を磨きましょう。

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    仕事の典型的な失敗例です。あなたはどう思いますか?

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  • 居酒屋で、後ろのサラリーマン二人のお話が興味深くて、つい聞き耳を立ててしまいました。

    上司が部下にお説教していました。上司のセリフのままです。

    今日はご苦労だったな。帰りたいだろうけど、ちょっと言っておきたい事もあるんで付き合ってくれ。
    お前の為にもな。

    今日の書類、切るかもしれない仕入先への、まあ言えば詰問状みたいなもんだ。
    仕入先も大切な取引先だからな、そことの取引を止めるかどうかに係わる大事な書類なんだ。
    その事は作るの頼んだ時にお前に言ったよな。

    そんで、金曜日に発送する事もいったよな。明日がその金曜日なんだよ。
    なのに、木曜日の今日まで、俺が尋ねるまで、何も言って来ないてのはどういう事なの? 

    明日、オレに見て貰うつもりだったて言ってたけど、俺の明日のスケジュール、分かってんの?調べた?俺に聞いてきた?やってないだろ。
    だったらもし俺が何かの用事で明日1日いなかったら、お前どうすんだよ。
    俺のチェックなしで発送するの? あんな大事な書類をさ。

    そんなじゃ大事な仕事、お前に任せられないじゃんか。
    いちいち、何日までに書き上げて、何日までに俺に見せてって、細かく俺が指図しなきゃダメなの? それじゃ新入社員と同じだよ。

    もう何年になるんだよ、お前。
    こんなさ、仕事の基本的なやり方が出来ないんじゃ、ホント、信用できないぜ。危なくって何も頼めないじゃんか。

    そりゃ、お前も忙しいのは分かってるさ。でも俺だってお前以上に忙しんだよ。
    悪いけど、お前一人をじっと見てるわけにはいけないんだよ。俺にはお前以外にも何人も部下が居るんだよ。

    だからさ、別に上司だからって偉そぶってるわけじゃないけどさ、報・連・相はお前からやってくれよな。
    頼むよ、ホント。分かった?

    有りがちな、大変判り易い失敗例ですね。人の振り見て我が振り直せです。

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    2022年サッカーワールドカップ大会要綱

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  • 6月と言うとスポーツ好きの方であれば、サッカーワールドカップを連想するのではないかと思います。2018年はロシアで、2022年にはカタールで開催されることが決まっています。2014年はブラジルで開催され、下馬評どおりドイツが優勝したことはサッカーファンなら記憶に新しいところではないでしょうか。

    2018年の大会もドイツの優位が語られていますが、何人かの選手の出来不出来で簡単に結果が変わってくることは、どのスポーツでも同じです。

    さて少し気が早いですが2022年のワールドカップは、中東のカタールで開催されます。実はこの大会には日本は開催国として立候補していたのですが落選、カタールに決定しました。カタールは平均気温が高く、他の国の選手からは暑いという地域性があります。6月に開催したらどうなるでしょう。選手への負担は相当なものです。スタジアムをエアコン完備にすることも検討されました、が結局11~12月の開催ということで落ち着いたようです。

    この時期ですと24.2℃が平均気温ですので問題ないと考えられますが、まだ問題があります。現在の出場国は各地域から予選を勝ち取った32カ国ですが、これを48カ国にする案が浮上しているのです。その次のワールドカップ2026年大会からは48カ国ということが既に決定していますが、前倒ししようと考えているのです。出場国が増えることで、放映権をより多くの国や団体に販売できるというFIFAの思惑なのではないかと噂されていますが、本当のところは分かりません。

    これが決まればまだ出場していない国のサッカーが見られ、また強豪国同士の対戦が多く見られる楽しみは増えますが、長期の大会日程になるので選手の負担は大変なものがあると考えられます。少数精鋭の国が出場するから面白いのだと言う意見もありますが、サッカー・スポーツ好きには面白い試合が多くなる大会になることは間違いないので、今から楽しみです。

    私は今からテレビ録画の準備をどうしようと考えています。

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    技術の進歩とジェネレーションギャップ

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  • 「ジェネレーションギャップ」
    皆さんも一昔前に聞いた事が有るかもしれませんが、所謂、世代間での価値観や文化、それらのズレや隔たりの事です。

    この言葉自体、少々古臭く感じる言葉ですが、これからも使われていく事になる言葉です。

    この世代間の価値観の相違は何処から生まれて来るのか、と疑問に思うかもしれませんが、これは我々が進歩し発展しているから起きるのです。

    太古は道具を生み出し言葉を覚えた者達の間での隔たり、文字を生み出しそれを読み書きできるようになった者達とも隔たりが生まれました。
    そして、作物を育てる方法を見つけ、移動速度も速くなって遠くの相手へと情報を伝える技術が生まれ、生活が豊かになり、それに伴い娯楽や文化も発展してきました。

    その節目節目で、生まれた時からその技術や文化があった者と、その前の文化と価値観が身に染みてしまっていた人達との間で、ジェネレーションギャップという物が生まれるのです。

    昨今でもTI技術やサービスの発展に伴い、この現象が度々起きています。

    この世代間の溝は埋められない物なのか?と言うと、そうではありません。

    昔の紙の手紙でのやり取りと、今の携帯機器を通して行うメールのやり取りでも、その本質は言葉を相手に伝える事ですし、テレビや動画などの娯楽に関しても、昔の演劇でのお芝居や大道芸人を見て楽しむといった事と心で感じる感情の部分では同じだからです。
    それらは、ただ伝達のスピードが上がったり、受け取れる場所と方法が変わっただけに過ぎず、人の根本的な行動や心の有り方は変わってはいません。

    つまりは、それらの技術やサービスを提供する側が、隔たりの無い世代へと向けた形で送り出せば、その溝は埋める事が出来るわけです。

    ただ新しく便利な物を生み出すだけでは、それが古くなった時に、また同じ運命を辿るだけでし、実際にその古い物を切り捨てる事もできません。
    それらは捨てようとも、世界のどこかには必ず残るからです。

    切り捨てるのではなく、その古い物も取り込んだ形へ、そして新しい物へと生まれ変わらせる事が必要なのです。

    そして、その方向性は技術やサービスの進歩だけではなく、それを受け取る人々の幅も広がっていく事になります。

    これを念頭に物事を進めれば、今まで捨てていた事、置き去りにしていた物を無くし、無駄が減り、社会全体で前へと進めるわけです。

    でも、そんな事が可能なのか?どうすれば良いのか?と言った疑問が浮かぶでしょうが、その方法もそこまで難しい物では無いと思います。

    人間と言うのは、面倒で複雑な物を嫌う傾向がありますから、シンプルで分かり易く簡単な形を目指せば良いのではないでしょうか?

    そうすれば、子供やお年寄りなどの、技術や世の中の仕組みに四苦八苦している人々へも伝えるのが簡単で、受け取りやすい物や形が出来上がっていくのではないでしょうか。

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    父の日にはバラを

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  • 6月の第3週の日曜日は「父の日」です。それまでにも父の日は存在していましたが、一般的な知名度が低く、1966年アメリカの第36代大統領ジョンソンが父の日の存在を賞賛する告示を行ったことで広く知れ渡ったと言われています。このとき6月の第3日曜日を父の日と正式に定め、1972年に国の記念日になりました。

    日本で一般的な行事として知れ渡ったのは1980年代初頭くらいからでしょうか。デパートなどが、商品の販売促進の一環として父の日をイベント化し、宣伝をしたことが認知度を高めたと考えられています。

    現在も母の日と比べて一般的といえないこの父の日に贈るものをご存知でしょうか。母の日にはカーネーションを贈ることが一般的ですが、では父の日は何でしょう。それはバラの花です。バラの花の色は母の日のカーネーションと同様、健在の場合は赤を、亡くなっている場合は白を贈ると言われています。

    黄色を贈るのではないかと思われている方もおられるかもしれません。日本で1981年に設立された「日本ファーザーズ・デイ委員会」が主催している「父の日黄色いリボンキャンペーン」の存在があります。この中では、幸せや幸福の象徴とされる黄色を父の日のイメージカラーとしていますので、その印象の強さから、父の日には黄色いバラと印象付けられていると思います。

    実際にはバラであれば特に色は関係ないことが多く、バラを贈る贈られるということが、父の存在を改めて考えることに繋がると考えられますから、「父の日にはバラ」と、これだけを覚えておけばいいのではないでしょうか。

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    食生活が健康を左右する

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  • 健やかな体を維持するために食生活は大変重要です。
    人間の体が食べたものに直接影響を受けるのはよく知られていることです。

    例えば野菜が不足すると便秘になったり、体が酸性化してだるくなったりします。
    ふだん加工食品を多く摂取していると体内が酸性化するので、アルカリ性の野菜を食べることは健康な体作りには欠かせません。

    誰でも食べ物の好き嫌いはありますが、バランスよく食べないと病気になってしまいます。
    嫌いなものを食べるとストレスを感じますが、自分に優しくしすぎて好きなものばかり食べるのは考えものです。

    例えばラーメンが好きな人は、食べている時に幸せを感じるために自分に良いことをしていると思いがちですが、最近話題になっているようにラーメンには角砂糖25個分の糖分が含まれているので、毎日のように食べている人は自ら不健康な体を作っていることになります。

    もちろん全く食べてはいけないとは言いませんが、飲み会の後に必ずラーメンを食べる人は注意が必要です。寒い冬は冷えた体を温めるのにぴったりなラーメンですが、週に1、2度がおすすめです。

    自分の好きなものが健康的な食べ物であればいいのですが、そうではない場合はやはり自己コントロールが必要です。体に不調が生じると精神的にも苦しいので、バランスのいい食生活を維持することは本当に大切です。

    最近は卵とコレステロールが無関係なことが分かったり、健康常識も変化しているので、ヘルシーな食材について勉強することも大切だと思います。

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    最初サンタクロースの服は赤くなかった

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  • 4世紀頃の東ローマ帝国・小アジアのミラの司教であったニコラオス(ニコラウス)の伝説が起源であると言われるサンタクロースですが、貧しい子どもたち、また良い子として過ごした子どもたちに対して、クリスマスプレゼントとして贈り物をしたという彼のエピソードが元になっていると言われ、その活動が普及していくことにより、人間としてのサンタクロースが具現化されていくことになったと言われています。

    当初は、老人であり、豊かな髭を蓄え、子どもたちのプレゼントを入れるための白い大きな袋を担いでいるという以外に、外見的な特徴はなかったそうです。

    そして、1931年になり、米国コカ・コーラの広告にサンタクロースが初めて採用されることとなり、そのときに、コカ・コーラ社のコーポレートカラーである「赤」と「白」を基調としたコスチュームをサンタクロースに着せたことにより、現代の赤い服を着て白ひげを蓄えた笑顔のサンタクロースのイメージが世界中に広まっていったと言われています。

    それだけコカ・コーラが全世界的に認知されていたということも衝撃的ではありますが、おかげで今ではサンタクロースのイメージが統一されたこともあり、ある意味では良かったのかと思わされました。

    もし、好きな色の服でサンタクロースを装っていたならば、現代のサンタクロースは大変困らされることになったと思うからです。

    家に帰ってから、町に出てから、今年は何色の服を着ようかと思い悩むサンタクロースの姿はできれば目にしたくないものだからです。
    そして、今年も赤い服をまとったサンタクロースが登場するというわけです。

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    90%のムダな仕事が大事

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  • ある経済学者の説によると、企業の利益の90%は、全事業のうち10%によるものなのだそうです。
    利益のほとんどは10%の事業がたたき出していて、残り90%の事業はそんなにもうかっていないか、損失を出しているということです。

    だからといって、あまり利益の出ない90%の事業をやめて、10%の事業に全ての労力を集中するともっと利益が出るかといえばそうでもないようです。

    当初はそれでいいかもしれませんが、いつまでもその事業が順調に発展するとは限りませんし、他の事業が成長する可能性を切り捨ててしまっては、企業に将来性はありません。

    社員の仕事も同じです。
    新入社員であれ、ベテランであれ、社長であれ、毎日の仕事のなかで90%は雑用です。

    雑用と言っては言いすぎかもしれませんが、あまり利益とは関係のなさそうな仕事がたくさんあります。
    こんな仕事をして何の得になるのだろう。これはやらなくていい仕事じゃないか。そんなことを感じることが、誰にでもしばしばあることでしょう。

    だからといって、90%の雑用をやめて、本当に利益になる10%の仕事だけをしていると、利益は下がります。
    つまり一見はムダに見える雑用や作業が10%の大事な仕事を下支えしているのです。

    雑用だからといって雑に仕事をしたならば、本当に重要な仕事にも影響して結局は全体の利益を損ねてしまいます。
    ですから、毎日の仕事のなかで、ムダなように思われる仕事でも手を抜かず、これがゆくゆくは大事な仕事の役に立つ、そう思って努力を重ねることが大事だと自分に言い聞かせています。

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    カンガルーとノルウェイの森(勘違いと誤訳にまつわるお話)

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  • カンガルーの語源の由来であると言われているのが、諸説はありますが、俗説の一つで面白い逸話が残っています。キャプテン・クック率いる探検隊が、オーストラリアで見たカンガルーを指さして、「あの動物は何か?」と現地の原住民たちに尋ねたところ、彼らが「(何を言っているのか)わからない」を意味する「カンガルー」と発したため、それがその動物の名前であると勘違いして、今なお「カンガルー」は「カンガルー」と呼ばれているという話です。

    なんともお間抜けでお粗末な逸話ではありますが、それに似たような話が、かの有名な村上春樹さんの小説やビートルズの楽曲である「ノルウェイの森」にも残されています。

    ビートルズの詞のなかで展開されているストーリーを実際に見てみると、彼女が尋ねてきて、「Isn’t it good, Norwegian wood」という節が出てきます。家のなかに森があるとは思えませんので、これはおそらくノルウェイ調の家具であったり、ノルウェイ風の材木であるとするのが正しいのではないかと言われています。

    もし、正しい翻訳がなされていたら、村上春樹さんの小説のタイトルも「ノルウェイの森」ではなく「ノルウェイの家具」になっていた可能性もゼロではないというところが面白い話です。

    これらの話から得られる教訓は、私たちも間違ったことなどが、そのまま一般に認知され、広まってしまう前に、そういった事態を想定しつつもなるべく回避できるよう、最終確認をしっかり行うことが大切さであるということになりそうです。

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    「3」という数字に見る、面白い共通エピソード

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  • 「三度目の正直」であったり、「仏の顔も三度まで」「石の上にも三年」といったことわざに代表されるように、普段あまり意識していないものの、じつは「3」という数字にまつわるエピソードを言い得た格言や歴史的出来事がたくさんあることに気付かされます。

    たとえば、「三本の矢の教え」は、毛利元就が、三人の息子に対して、矢は1本では簡単に折れるけれど、3本束ねると折ろうとしても簡単には折れないので、その矢と同じように三人で結束することが大事であると伝えたといわれる逸話になります。

    また、「三顧の礼(さんこのれい)」は、故事成語のひとつで、目上の人が格下の者の許に三度も出向いてお願いをすることで、三国志の時代の中国で、劉備が諸葛亮を迎える際に三度訪ねたとする故事に由来していると言われています。

    さらに、「三献茶」という石田三成に関するエピソードも興味深いものがあり、「武将感状記」という書物に記されています。少年時代の石田三成が、のちに主君となる人物であった豊臣秀吉との出会いを果たしたときの出来事です。

    現在の滋賀県は長浜市の城主となった豊臣秀吉は、ある日領内で鷹狩をしていたときに、喉が渇いたため、近くの寺に立ち寄ってお茶を頼んだのでした。そのとき対応した寺の小姓が石田三成であり、一杯目は大きな茶碗いっぱいのぬるめのお茶を、もう一杯目のお茶は一杯目よりやや小ぶりな茶碗に少し熱いお茶を半分ほど、三杯目に差し出したお茶は小ぶりの茶碗に熱く点てたものでした。

    秀吉は、石田三成が欲しているものを瞬時に察知して対応したところに感動し、そのまま三成を城に連れ帰り家臣にしたという逸話です。

    共通点として「3」がポイントになるこれらの話から、迷ったとき、困ったときには「3」を意識してみるというのも、良いかもしれません。ただし、「三時のおやつ」はほどほどにしたいものです。

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    人に勝つより自分に勝て

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  • これは中国の老子の教えの中の一つです。今の世の中は激しい競争社会で現代人は強いストレスの中で生活しています。

    人と競争することによって自らを高めていくことは大事なことです。しかし百戦錬磨の人などほとんどいません。
    多くの人が敗北して挫折したり、ときにはそれによって自分の目標を絶たれることもあるでしょう。

    しかしそこで老子は説いています。己の私利私欲に打ち勝つ者こそが本当の強者であると。
    身近な例でいうとメジャーリーグのイチロー選手が真っ先に思い浮かびます。

    彼こそ自分に打ち勝つ強い心を持った人、つまり最高の自己管理を実現している人物の代表でしょう。

    人間は放っておくと楽なほう、楽なほうへ流れていく生き物だそうです。
    その行きつく先がどのようなものかは想像に難くないでしょう。

    ですから大事なことは理性を持つことです。欲望のままに行動するのは野生の動物と同じです。
    人間には理性というものが備わっています。

    人を押しのけて自分が勝利をつかみたい、、、そのような考えは少なからぬ人が持っていると思います。
    そのような欲求を否定するつもりはありません。人間には適度な欲が不可欠だからです。

    しかしそれらが度を越えると堕落した人生、または人に疎まれ孤独に生きる人生になりかねません。

    別の視点で考えてみて、まずは自分自身に勝つことを目指してみましょう。

    日常生活の中で自分なりに目標をもつ。ここで大事なことはそれを紙に書き出してみることです。
    一日でも一週間単位でもいいでしょう。そしてあとから見てみて何割くらいクリアできたか顧みる。

    全部出来ていなくても構いません、8割くらいを目標に!100点満点では疲れてしまい続きません。
    大事なのはその割合を維持してゆくこと。
    そしてそれを習慣づけること。

    この習慣を続けていけば、あなたの人生は必ずや豊かになってゆくことでしょう。

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    「信士」より「居士」が良い

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  • 父の13回忌が終わりました。
    父が亡くなった時の事を思い出します。

    長男である兄がお寺に戒名をいただきに行きました。戒名の申請用紙に必要事項を書き込み、提出しました。いただいた戒名は「○○○○信士」でした。
    ちなみに、父は代用教員から教員となり40年余の長きにわたり地元の中学校の先生をしており、教頭にもなれず(ならず)平教員でした。
    しかし、役職が無く、常に生徒と触れ合う立ち位置だった為、送り出した卒業生の数は多かったと思います。
    さらに、教育熱心だった為、人望も厚く、「先生のお子さん」という居心地のいい時代を過ごすことが出来ました。

    告別式が終わり、落ち着いた頃、父の姉が何気なくこう言ったのです。
    「居士欲しかっただろうにね。」と。信士より居士の方が格上という認識はありましたが、どちらでも構わないといった程度の認識でした。
    私は思わず弁解する口調で言いました。「親父は教頭にもならず、一生一教員として生きた人だから、名誉を欲するとは思えません。」
    すると、父の姉が何も知らない癖にと言わんばかりに上から目線で、「好き好んで”平”だったわけじゃないでしょう?教頭になりたかったけどなれなかったんじゃないの?」
    と、やり返してきました。

    その時まで、先生の中でも、教頭・校長を目指して生徒の方を向いていない先生が多い中、父は名誉に目もくれず、ひたすら生徒の方を向いていたその姿勢に誇りを尊敬の念を禁じえませんでした。
    父の姉の話に、そうかかもしれないと思いました。教頭になれずやむを得ず生徒の方を向いていて、亡くなった時、居士をもらえなかった無念を思っている父の姿が脳裏をかすめ、
    聖人君子だと思っていた父が何と欲望が満たされずにもがいている。そう思うと、人間的な一面を垣間見て亡くなった父がさらに好きになりました。

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    あなたも繋がりたい症候群ですか?

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  • 繋がりたい症候群という医学的な病名はありませんが、今は名前から想像出来るような症状の人々がたくさんいます。

    例えばSNSです。
    ツイッター、フェイスブック、挙げればキリがありませんが、手軽に人とコミュニケーションを取れるようになったと言えばそれは幸せのように聞こえます。

    ところが、この繋がりが時に心の重荷になってしまうことがあります。
    例えば、自分が食べた美味しいランチの画像や飼っているペットの可愛い画像を投稿したとします。
    それに対して「いいね」といった目に見える反応を示す指数が予想以上に少ない、或いはフォロワーの人数の割合から計算して少ない場合に不幸になる人もいます。

    更に、他のフォロワーが似たような画像を貼ったのに対して自分よりもたくさんの「いいね」をもらっていたらどうでしょう。
    どうして私はこんなに「いいね」が少ないのか、と落ち込んでしまうこともあります。

    「いいね」に差がある理由は決して大したことではないかもしれません。
    あなたが食べたイタリアンより、他のフォロワーが食べた和食の方がたまたま目についただけかもしれません。
    その時たまたまあなたのフォロワーがSNSすら確認していなかったのかもしれません。

    「いいね」をあたかも自分の評価の基準のように考えている人は要注意です。
    そんな方に対して問いたいのは、あなたは他人の投稿に対して全て「いいね」を押しているのですか?
    大体の記事はそんなことをせず、「へ〜そうなんだ」と思うくらいに留めておくのが普通だと思います。

    仮に「いいね」を押されなくても、あなたの投稿は「いいね」の数以上に読まれていることは確実ですし、「いいね」の数が決してあなたの評価ということは絶対にありません。

    バトル漫画の戦闘力ではないのですから、低いからといって死ぬことは無いのです。
    もう少し気楽にSNSをしてみませんか?

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    たまには上等なお豆腐を

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  • 今の時代はコンビニに行けばいつでも美味しい食事やお菓子が安定した値段で手に入れることが出来ます。
    これを実現させているのはものすごい企業努力だと言わざるを得ません。
    私達はそのおかげで便利な暮らしをすることが出来るのですから。

    ところが、これを別の言葉で言い換えると「あまりにも便利になりすぎている」とも言えます。
    一昔前の時代は24時間オープンのコンビニやレストランなんてありませんでしたが、それでも普通に生活出来ていました。
    しかし、深夜前に閉めるコンビニをたまに見かけると驚きと同時に文句を言ってしまう方が多いのが現実なのではないでしょうか。

    また、食品自体に目を向けてみましょう。
    例えばお豆腐ですが、スーパーやコンビニではどんなに高くても一丁100円程で買えるお豆腐があるのが当たり前になっております。
    しかしお豆腐屋さんが早朝に手作りで作るお豆腐はどうでしょうか。
    一丁200円以上することも珍しくありません。
    昔の人達は朝から豆腐を入れる木の桶をぶら下げてお豆腐屋さんに足を運んで買っていました。
    そこでついでにこれまた高いがんもどきや油揚げを買うこともありました。

    コストカットに成功し、外国などの安い原料を使ってより安く消費者に提供する企業の熱意は素晴らしいものがあります。
    ですが、たまにはお豆腐屋さんで豆腐を買うように、こだわりを持ってつくられた食品を探し、それを食べてみてはどうでしょうか。
    その食品の本来の味を堪能することが贅沢となった今だからこそ、食品本来の味や姿を知るチャンスだとも言えると思います。

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    成功は他人から、失敗は自分から。

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  • 私の尊敬する人に松下幸之助さんがいらっしゃいます。彼が残した数々の名言は有名ですが、中でも失敗と成功の話は味わいがある物です。

    人は誰でも失敗はしたくないし、成功を願うものです。

    松下幸之助さんは成功した人であると誰しもが思い、それはきっと生まれながらの才能やご自分の努力がそうさせたのだと思っていますが、彼が言った成功の考えは少し違います。

    成功はたまたま運が良かった事であるといっています。成功は自分が成し遂げたのでは無く、回りの人が作ってくれたものであるというのです。

    人は成功するとすべて自分の力と過信し、慢心してしまいますが、そうではないというのです。

    それでは失敗の方はどうでしょうか。すべてを人のせいにしていませんか。

    自分が失敗したのは自分のせいではないと言い訳ばかりして、たまたま運が悪かったのだとその責任を自分以外のものに転嫁していませんか。人は失敗するとそのように考えてしまい勝ちです。

    幸之助さんは失敗とは自分の努力が足りなかった事に尽きるといっています。つまり、成功するだけの能力が不足していたのだ、だからもっと努力をして自分の能力を磨きなさいということです。

    分かり易く考えれば、成功とは他人から貰ったもの、失敗とは自分が生んだものといえます。

    また、失敗は成功するまでに諦めてしまう所に原因がある、最後の最後まで諦めてはいけないともおっしゃっています。

    私はこのような事からやはり自分も日々努力し続けるべきものと感じました。

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    いわゆる先手必勝とはどういう事

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  • 囲碁や将棋では先手を取る事が大切とされ、勝負の勝ちに繋がるためお互いにしのぎを削り取り合いします。

    先手とは一体どのような意味を持つのでしょうか。

    先手とは漠然と人より先に何かをするという事なのですが、本来は対戦相手が困る手を打ったり指したりすると、相手は不利になるので、どうしても守りの手を打たざるを得ません。そこで自分は有利な手を打ったり指したりする事が出来るという理屈なのです。

    先手に対して後手という言葉が有りますが、世間での不祥事対応に良く後手ごてに回るという事が言われます。

    後手ごてに回れば、マスコミの避難の的になりますし、言い訳ばかりしていると見做され、事が大きくなり勝ちです。

    では先手を打つとはどのような事をすればよいのでしょうか。まず、自分の至らない点や弱みを知り、直しておく事だと思います。そうしておかないと、人からそれらを指摘され弁解や言い訳をしなければなりません。

    いつも自分の事を考えて隙の無いようにしておきます。

    かの豊臣秀吉が信長に認められたのは、草履を懐で温めていたからで先手を打ったからに他なりません。相手がこうあってほしいと思う事を読み取り、先回りする事が先手必勝に繋がり良い評価を得られる事になります。

    仕事も段取り良く先の事を考えて行っていると、評価が上がりますしミスも少ないと思います。

    私もなるべくミスをしないよう、また、先の事を考えた仕事をして先手必勝をモットーにしていきたいと思います。

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    マインドフルネス

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  • ストレスは誰しもが抱えている現代病だと思います。ストレスと向き合うことはとても重要なことですし、ストレスをどう対処していくかということが重要です。
    その中でも国内外で注目されていることが瞑想です。
    皆さん瞑想にどのようなイメージをお持ちでしょうか?
    座禅を組んでポーズを構えて何も考えないというイメージが強いと思いますが、瞑想は立ってでもできます。
    電車に乗っているとき、何気なく合間の時間等隙間時間にやろうと思えばできます。ただやろうとすると少し訓練は必要です。
    但し瞑想はどのポーズを取ったところで訓練は必要です。
    自分が体験した中で一番簡単な方法です。まずは大の字で寝てください。ヨガで言う屍のポーズです。その状態のまま天井をただただ見つめてください。
    簡単に言えばそれで瞑想は終了です。
    訓練が必要なのは自身を瞑想状態に持って行くところです。ただ天井を見つめるのです、何も考えてもいけません。天井を観ているのですが、天井を見ていると天井の情報が農で解析されてしまい、天井を見ていると考えて感じてしまします。
    なので天井を見ている自分さえも忘れてください、天井が無視できると次は床に接地している事が気になりますがそれも忘れてください。
    上記2つが忘れられている状態が瞑想状態です。
    それが出来れば、いかなるところでも瞑想ができるようになります。
    瞑想でストレスから解放されれば、スッキリすることが多いので一度はしてみることをおすすめします。

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    遊びの大切な訳とは

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  • 以前から不思議に思っていたのですが、機械や装置には隙間や遊びがありますね。例えば分かり易い例では自動車のハンドルや線路の継ぎ目や、連結部の隙間などです。どうしてでしようか。

    調べましたところ、故障が発生しないようにとか温度の膨張に対応するとか振動を拡散させないためとか、機械や装置が上手く働くように工夫されているそうです。なるほどと感心しました。

    そのような許容範囲は支障が無い程度に作られているわけで、必要なものなのでしょう。

    仕事でも同じような意味での遊びはみられます。例えば、定価の設定では普通お客様が定価を値切りますし、販売店での値引きや安売りも状態化しているので、それらに耐えられるよう多少高めに設定しておくものです。見積もりも同様ですし、どうしても勉強してと言われてしまいます。

    また、何かを調べなければならない時も、やや突っ込んで詳しく調べておく事をします。なぜなら、必要な事だけでは質問された場合、答えにすぐ詰まる恐れがあるからです。

    つまり、何かを設定したり、調べたりする時には必要な分だけをすれば事足りるのではなく、少し余裕を持つことが大事ということなのでしょう。

    支障のない範囲でということが条件ですが、度が過ぎてもいけませんし、ギリギリでも当然いけません。

    気持ちも同じで、いつも遊び心やゆとり、余裕があると気が楽で物事にうまく対処出来ますので、私はいつも遊びを心掛けています。そうすれば、いわゆる想定外の事態にも遭遇しても対応が出来て安心だからです。

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