セキセイインコは人間の行動を観察し実行している

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  • 我が家には最大6羽のセキセイインコがいました。現在では老衰などで死んで3羽に減っています。このインコたちですが、飼っているとインコの中には賢いインコがいます。

    まず一番賢いインコは私が餌を変えるときなどを良く観察しています。エサを差し込むところの窓を上にスライドさせてエサ入れを交換するわけですが。このスライドが一か所引っかかる場所があって、上げすぎると引っかかって開いたままになるのです。これを見ていたインコは、くちばしでスライドを何度も何度も上に上げていました。そしてスライドが引っかかるとカゴの外に出てきます。ここからがまた凄いのです。庭に飛んで行っても決して遠くまで行きません。こちらが困って追いかけると逃げません。カゴの扉を開けて目の前に置くとカゴに入るのです。

    つまりこのインコは人間のやっていることを観察し、カゴから出る方法を知り、実践し出て行きます。しかし、飼い主といる方が餌に不自由しないので決して逃げないのです。

    もう1羽は逃げ出さないようにフック式のカゴにいれています。このインコも金具を回してフックを外して扉を開ける私の仕草を観察して、くちばしでフックを回して自分で出るようになりました。そして先輩インコの真似をしているのか、このインコも決して逃げ出しません。カゴの扉を開けて呼べばカゴに戻ります。

    インコを例にするのはおかしいかも知れませんが、人間のやっていることを観察して、自分でやっているという事は、私たちの仕事でも同じです。仕事は教わるものという人もいますが、私は出来る人の仕事を見て盗むものと思っています。これは作業でも、営業でも、商談、電話の応対などでも同じです。一人前になっても、他の人の仕事を見ていると、目から鱗が落ちることがあります。このような事から今後も他人の仕事を観察したいと思います。

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    ほう・れん・そうの大切さ

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  • ほう・れん・そうと聞くと野菜を思いうかべるひともいると思います。
    「今更、何を言っているのだ。」と思うひともいると思います。
    そしてまた、そんなことを社会人ならば知っているひとも少なくないと思います。

    法連相は1982年に山種証券の山崎社長が社内キャンペーンで始めたということは知らなかったひともいると思います。

    報はは報告ということです。部下が上司の指示に取り組みつつ途中経過を報告することです。
    連は連絡で、自分の意見を憶測を含めない関係者への近況報告をすることです。
    最後に相は、相談のことで、自分だけで業務の判断が困難な時に上司に意見を聞くことです。

    この3つの言葉をなしに業務は遂行できないと私は、思います。
    社内がこの3つの言葉で一弾となり遂行することで業績が上がり士気があがると信じています。

    報連相により社員のすべての任務に温度差がなくなり、向かう方向が同じになります。
    これは、業績を上げるための必須事項です。

    報連相をしっかりしていると取引相手さまにも社員が全員同じ対応ができます。
    相手様の信用も得ることができます。信用を得ることは時間のかかることです。
    信用を失うことはすぐです。
    報連相により信用を失うこともありません。

    営業、生産部門その他すべての部門においても効率的に仕事ができます。

    みなさんも報連相をありきたりの言葉ですが確実に実行していって欲いことだと思っています。

    もちろん私も日々、この報連相を忘れずに仕事に取り組みたいと思います。

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    仕事に行き詰ったら趣味の将棋を指すことでリフレッシュ

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  • 昔から、私は家族と一緒に将棋を指すことがあります。将棋は日本で古くから愛されている伝統的なボードゲームですが、父が特に好きなので子どものころから慣れ親しんでいました。

    その将棋ですが、指しているといろいろなことを考えるんですよね。まず、序盤からして悩むことも多く、相手の出方によって当初の戦法を変えたりすることも多々あります。将棋の指し手は数えられないぐらい無数にあるといいますが、そこが将棋のおもしろいところなんですよ。そして、私にとってはそんな将棋を誰かと指すことが、一種の自己啓発になっています。

    仕事で難しい問題に直面した時は、どうしてもそのことばかりにとらわれてしまいがちです。違う発想、別の発想を持てなくなってしまうんですよね。そんなときは、実家で同居している父と対局するようにしています。父はとても強いので、手を抜いたりでもすれば一瞬で負けてしまいますから真剣そのものです。ただ、それがとても良い気分転換になるんですよ。

    仕事で行き詰った時は、別のベクトルからの新たなアプローチが必要不可欠です。私にとっては、それが将棋なんですよね。将棋を指すこと自体は仕事に何のつながりもありませんが、凝り固まってしまった頭をリセットするのに役立ってくれます。将棋はあくまで趣味ですが、仕事に良い影響を及ぼしてくれていますよ。たとえ趣味でも構わないのでそんな自分なりのリセット方法を知っておけば、仕事で困った時助けられます。みなさんも、趣味を仕事に役立ててみて下さい。

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    趣味がてら資格取得のための勉強をするメリット

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  • 世の中にはさまざまな資格がありますよね。国家資格のみならず民間資格も含めれば、資格は星の数ほど存在します。もしも今よりもうワンステップ社会人として上に行きたいのなら、資格の取得を目指して趣味がてら勉強してみてはどうでしょうか?

    資格の勉強はどうしても堅いイメージがありますが、趣味のように勉強してみると案外すんなりと取り組めるものです。そして、実際に行っている趣味と連動して資格の勉強をしていけば、楽しみながら勉強に向き合えることは間違いありません。

    例えば、料理が好きな人なら、料理系の資格に注目して取得を目指します。その名もズバリ料理検定という資格がありますし、それ以外にも食生活アドバイザーや栄養士なども料理系の資格に含まれますよね。これらを取得できれば実生活や仕事にもきっと役立ちますし、それで自分を成長させられます。

    また、資格取得への勉強をおすすめしたいのは、それ自体が自己啓発になると思っているからです。勉強なんて学生時代以来だという人は勉強のおもしろさについて改めて感じられるでしょうし、新たな発見があっておかしくありません。勉強に集中している間は他の余計なことを考えませんので、悩みを抱えて思い悩むようなことも減っていくことでしょう。

    資格取得を目指して精一杯努力したにもかかわらず結果が出なかったら、とてもガッカリします。ただ、勉強したことそのものが無駄になるわけではないですし、いつか役立つ可能性は十分です。ですので、趣味がてら資格取得の勉強をすることはおすすめです。

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    イライラと付き合う

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  • 忘れ物をした時、何度も呼ばれた時にイライラしながら歩いていませんか?

    それは自分の時間が無駄になることに対するイライラが一番強いと思います。

    しかしこのように考えてはどうでしょう

    最近運動不足だし、こんなことでもなければ歩かなくなったし、まあいいか

    忘れ物をするのも、誰かが私のことを呼ぶのもきっと何か意味があるに違いない。その意味を目的地に着くまでに見出してやる

    このように考えるといつのまにかイライラが治まっていることもあります。

    社会に出ればイライラすることなんていくらでもあります。

    特に通勤時はイライラの宝庫なので、そのイライラに対していつまでも怒っていても仕方がないので、自分自身でイライラと向き合うことが大切です。

    例えばリュックを背負ったまま満員電車に乗っている人を見かけたら

    足元に置けよ!
    ではなく
    あのリュックには何が入ってるんだろう。自分の好きな食べ物だったら欲しいな

    などと馬鹿げた妄想でもいいのです。

    もう一つ例を挙げると、電車内で話し声がうるさい人に出会ったら

    うるさい黙れ!
    ではなく
    そういえば自分は最近うるさいほど声を出しただろうか?今度友達や会社の仲間と居酒屋でワイワイしてみようかな

    といった感じでもいいのです。

    前向きに考えるというのはある程度の訓練が必要です。
    ネガティブな人にいきなりポジティブになれと言っても余計に嫌になるだけです。
    小さなことから少しずつ、非現実的でおかしなことでも、ずっと続ければ自分の頭の中が賑やかになる日は必ず訪れます。

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    わからない事を聞く勇気の必要性

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  • IT革命と言われるように、通信に関する機器やソフトは年を追うごとに飛躍的に進んでいます。1990年代にパソコンが導入された会社が多かったと思います。当時はパソコンは一部の人が使っているくらいで一般的ではありませんでした。2000年に入ると、パソコンがほぼどの会社にも導入されました。そして事務処理や発注処理、伝票処理などがパソコンで行われ、手書きの作業は極端に減りました。そして今の時代は事務所ではパソコン、出先ではスマホやタブレットを活用する時代になりました。
    パソコン導入期から、パソコンにすぐ馴染む人、馴染めず触ろうともしない人がいました。すぐ馴染む人には2種類いて、パソコンが好きで自宅でも常に操作している人達は、会社でも率先して携わっていました。もう一つのパターンはパソコンは触ったこともないのに、パソコンを使えるようになる為に、わからないことを会社内の詳しい人に気軽に聞ける人です。上司、同僚、部下に関わらずわからないことは人に聞くというスタンスの人は覚えも良く、上達も早く、パソコンにすぐ馴染めました。
    では馴染めない人はどうかというと、何かに理由をつけてパソコンの前に座りません。教えようとしても聞こうともしません。しかしよく考えると、このタイプの人は人の話を聞かないとか、自分の言いたいことだけ言うタイプが多いと思います。ザックリいえば聞くのが恥ずかしい恥ずかしがりやだと思います。自分にプライドがあるため、こんなことも知らないのか?と思われるのが嫌なタイプだと思います。
    しかし、会社内で働く以上は、社長であってもわからないことは聞くべきだと思います。聞かずにわからないまま、勘違いのまま物事が進めば大変なことになる危険性もあります。人の話をよく聞く人、わからないことは必ず聞く人は人間関係もうまくいっています。
    決して恥ずかしがらず、聞く勇気を持つことこそが、自分のため会社の為になることだと思います。私もどしどし質問しますので、迷惑がらずに答えてください。

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    お高いものを経験して分かったこと

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  • 先日、プライベートで使っていたカバンが古くなったので新しいものに買い替えようと、買い物に出かけました。実はいままで使っていたカバンはあまり高いものではなく、1年半に1回くらいの頻度で4000円程度のあたりさわりないカジュアルバッグを、必要なものを持ち運べることを最優先にして選んでいたのですが、友だちにそれを指摘されたことをきっかけに、3万円ほどする人気ブランドのカバンを初めて買おうと決めて出かけました。
    そういった高いカバンを、今までは買おうと思ったこともなかったのですが、いざ人気のバッグショップに行ってカバンを手に持って鏡で確かめてみると、いつもと変わらない自分の服装が、急に少しおしゃれに見えて驚きました。「小物は高いものを買え」と聞いたことこそありましたが、少し持ち物のランクを変えるだけで、自分がこんなにちゃんとした人間に見えるのだとは今まで思っていませんでした。恥ずかしながら、かなり衝撃的な体験でした。そしてカバンを買った帰り道、今までカバンを買っていた廉価なアパレルショップでカバンを試しに手に持ってみると、そのつくりの安っぽさやデザインの洗練具合の違いなど、今まで気づかなかったことに一瞬でたくさん気づいてしまいました。
    この体験によって、いいものを経験すること、身に着けることの良さというのは単なる見栄ではなく、体験したから分かる良さや充実感がたくさんあるのだと学びました。これからは、こうした体験にもしっかりお金を払える粋な大人を目指したいです。

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    最初の一歩を思い切って踏み出すことが大切だとわかることわざ

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  •  最初に一歩踏み出すことが大事、まずはできるところからやる、そんな意味のことわざが「千里の道も一歩から」です。このことわざは、私の座右の銘といっても良いぐらい日常生活の中で常に意識しています。何かやってみたいことがあったとき、あまりに大きな目標だと尻込みしてしまって最初の一歩を思い切って踏み出せなかったりします。そんなとき脳裏をよぎるのは「できるわけない」というやる前から諦めてしまう気持ちです。

     たとえば、世界一周旅行がしたいと思ったら、いろいろな不安が思い浮かびます。まず、資金、仕事、安全上の問題などがそうです。パッと思いつくだけでもこれだけの不安があり、一歩を踏み出すことなく諦めてしまいそうになります。しかし、これこそまさしく「千里の道も一歩から」で、まず旅行をする習慣を身につけるところから始めれば良いのです。それは、国内旅行でも全然構いません。そして、それに慣れてきたら、次は台湾のような親日エリアへの海外旅行など、世界一周旅行へと段階的に近付いていけば、遠かった道のりがそうではなく思えてくるかもしれません。

     これは極端な例かもしれませんが、イメージとしてはその方向性で間違っていないはずです。一歩を踏み出さないことには何も始まらない、それが真理であるがゆえに「千里の道も一歩から」ということわざは心にズシリと響きます。千里を歩こうと思ったら大変ですが、一歩踏み出すだけなら簡単です。ですので、常に臆することなく一歩踏み出す勇気だけは、持っていたいと思います。

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    他人ではなく、自分自身と比較することの大切さ

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  • イギリスの探検家であるラポックさんの名言で、「他人と比較して、 他人が自分より優れていたとしても、それは恥ではない。しかし、去年の自分より今年の 自分が優れていないのは立派な恥だ。」という言葉があります。

    私は、他人と自分を比べて、自分の事を過小評価してしまいがちでした。
    私がなかなか達成することができなかった成果を、他人が簡単に達成しているのを見ると、やる気が削がれてしまうことがよくありました。
    そして、そのことについて思い悩んで、無意識のうちに自分の力などをセーブしたりしていました。

    しかし、この名言に出会って、自分自身が成長を妨げていることに気付きました。
    もし自分が努力を諦めてしまうと、いつまで経っても自分自身は何も変わらないということになります。

    自分にできることは、小さくても、自分自身を進歩させていくことしかありません。

    実際のところ、一人一人もっているものや、与えられているものは違います。
    ですから、探せばいくらでも他人の方が優れている点は見つかります。
    裏を返すと、自分の方が優れている点も本当はあるはずです。
    そう考えると、他人と比較することは無意味なことだったと思います。

    これからは、このことを心に刻んで、自分にできることを考えて、過去の自分と比較して一歩一歩前に進んでいくことを心がけていきたいと思います。
    もし、優れた成果を出している人がいたとしても、その人を比較対象としてみるのではなく、自分自身を成長する糧を学べる人になっていきたいと思います。

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    ネガティブな思考は人として当然

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  • 何気ない生活の中で、誰しもが一度はネガティブな思考に陥ったことがあるでしょう。
    たとえば「家に鍵を掛け忘れてしまった。空き巣に入られたらどうしよう」ですとか、「上司に提出済みの書類で、何か書き漏らしがあったかもしれない」などですね。

    もしかすると、ネガティブな自分を変えたいと考えている人も、いるかもしれません。
    ネガティブな自分に悩んでいる人もいるかもしれません。
    ですがネガティブであることは、思っているほど悪いことでもないのです。

    そもそも人はなぜネガティブな思考に陥るのでしょう。
    その理由について、今から説明しますね。

    人は無意識のうちに、自分のこれまでの経験を踏まえたうえで、物事を判断します。
    そしてその経験の中で、何か失敗があったとします。
    すると「次もまた同じ失敗をしたらどうしよう」と不安になることもあるわけです。

    現代では、失敗といっても、命にかかわるような失敗はそう多くはないと思います。
    ですが原始時代のように、僅かな失敗で生命が脅かされるような生活をしていた頃は、過去の失敗を教訓にしないと生きていくことができませんでした。
    そのときの名残で、現代の人々も『悪いことが起こったとき』のことを、どうしても考えてしまうというわけです。
    これが俗に言う、ネガティブ思考と呼ばれるものです。

    ネガティブ、とだけ聞くとマイナスイメージがあるかもしれません。
    ですがこれは、現代に至るまでに人々が生きていくために必要だった、大切な機能です。
    いわばネガティブとは、人として当然の機能ともいえるでしょう。

    ネガティブな思考をやめようとするより、「ネガティブなのは良くない」と考えて自分を追い詰めたりしないことが、大事かもしれませんね。

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    今までにかかったコストにとらわれないこと

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  • スイッチング・コストという言葉を耳にしたことはありますか。
    これは何かというと、『物事を切り替えるのに必要な、金銭面や心理面といったあらゆるコスト』のことです。
    スイッチング・コストが大きければ大きいほど、人は物事を切り替えるのが困難になります。

    たとえば、とある企業が大掛かりな飛行機開発のプロジェクトを進めているとしましょう。
    プロジェクトの途中で、飛行機を完成させると赤字が出ると判明しました。
    赤字が出るとわかったなら、そこでプロジェクトをやめるのが最善でしょう。

    ところがその企業はプロジェクトを中止にするどころか、なんとしてでも飛行機を完成させようとします。
    もちろんその飛行機を完成させたら、どんな結果になるかといえば、黒字ではなく赤字が出るという結果ですね。

    ではなぜ悪い結果が出るとわかっているのに、プロジェクトを進め続けるのでしょうか。
    答えは簡単で、今までにかけた費用や労力が大きいからです。

    飛行機のような大きなものを作るには、もちろん大きな費用や労力が必要となります。
    そのため、「今までの費用や労力を無駄にしたくない」という心理的なコストが非常に大きいことでしょう。
    ですからたとえ悪い結果が見えていようとも、『プロジェクトを中止する』ことに切り替えるのが困難な状況に陥ってしまうのです。

    このように、今までの費やしたものが大きければ大きいほど、他のことへと切り替えるのにはコストがかかってしまいます。
    確かに、思い切って新しいことをしてみるのは勇気がいりますよね。
    ですが勇気がいるだけでなく、「新しいことをするのは面倒だ」と渋ってしまうときもあるでしょう。

    もしも新しいことに挑戦するときに「面倒だ」と感じたら、「これはスイッチング・コストにとらわれているだけだから、思い切ってやってみよう」と決意することも、大事なのではないでしょうか。

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    無知の知~ソクラテスからのメッセージ~

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  • 「ソクラテス」と言う名前を皆さん一度は聞いたことがあると思います。

    ソクラテスとは紀元前400年ごろのギリシャで活躍した哲学者の一人です。
    当時のギリシャでは神々のお告げ、いわゆる神託が絶対的な権威を持っていました。
    ソクラテスはそのお告げにより当代一の賢者とされたのですが、当人は納得がいきませんでした。
    己よりも賢い人はいくらでもいると考えていたからです。

    そこでソクラテスは多くの賢者を訪ね、問答をしました。
    彼の問答方法はあらゆる物事に「なぜそうなるのか」と理由を問い続けるもので、後に産婆法と呼ばれるようになります。
    この方法によってソクラテスは己よりも賢明な者がいることを証明し、神託を覆すつもりでしたが、賢者たちは皆、己の持っている知識が不完全、つまり「知っているつもり」になっているだけであることに気付きました。

    「賢者と呼ばれている者たちも結局は言葉で武装しているだけで、本質は何も理解していない。これでは彼らは無知であるといわざるを得ない。私も彼らと同じく無知であるが、己が無知である事を理解しているだけ、彼らより少しは賢いといえるのだろう。」
    ソクラテスはこのように結論付け、「ソクラテスこそが最高の賢者である」という神託を受け入れたのです。

    このソクラテスの「自分が無知である事」への理解を「無知の知」とよびます。
    現代でも多くの人々が自分の知識や経験が正しいと思い込み、それに対して疑問を抱く事を放棄しています。

    「これはどうしてこうなるのだろう」「これは本当に正しいのか」
    これを問い続けることにより自分の不完全さを発見でき、成長の余地が生まれるといえるでしょう。

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    日々是好日~色々なものに囚われている人へ~

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  • 「日々是好日」と言う言葉をご存知でしょうか?

    中国の禅僧雲門文偃(うんもんぶんえん)が遺した言葉です。

    意味はそのまま「毎日が好日(こうにち)である」ですが、当然の事ながらこれは「毎日が良い日で実によいことだ」等といった薄っぺらな意味ではありません。

    これまで生きてきて毎日楽しい事だらけ、嫌な日など一日もなかった、という人はまずいません。

    学生なら友達とケンカしたり、テストの点が悪かったり、社会ならば仕事のミスや、上司との関係悪化など、我々の周りには常に「好ましくない事」は起こりえます。

    それとは逆に良い成績を残せた、仕事がうまくいったなど、良い日もきっとあるでしょう。

    しかし、良い事があれば、それを失う事を怖れるのが人間です。

    良い日、悪い日とは、我々が自身に起こったことに対して、善悪や優劣などのものさしを用いて作り出した認識にすぎません。

    ものさしで日々の出来事を測り続けることは常にその基準に振り回される事を意味し、そのように心乱された状態では、落ち着いて仕事に打ち込むことなどできはしません。

    「この仕事でミスを犯したらどうしよう」「この契約を取れたら、俺は出世間違いなしだ」、このような思考は仕事をする際、ノイズとなってしまうのです。

    良い仕事をするためには一時的にでも、そのものさしを手放さなければなりません。

    ものさしを手放すことにより、初めて人はこだわりから自由になり、真摯に仕事に打ち込むことが出来るのです。

    「どのようなことが起きても、それを受け入れよう」このような心構えで仕事に取り組む事ができたなら、その日からあなたの残りの人生全ての日が「好日」となるでしょう。

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    人から学ぶ姿勢

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  • 私は愚痴や悪口をつい口にしてしまいます。

    最近、アメリカの思想家エマーソン「私の会う人はすべて、必ず何かの点で私より勝っている。私はつねにその点をその人たちから学ぶことにしている」という言葉を知り、はっとしました。

    これからはぜひ「相手から学ぶ」という考えを取り入れてみたいと思っています。
    あんな人から学ぶ事はないと思う人でも、反面教師と考えれば、「なるほど、あの人からも学ぶところがある」という気持ちに落ち着くことができ、少なくとも悪口を言いたい気持ちが治まります。

    大人になると、人から学ぶのが難しくなります。しかし人は、学歴や年齢に関係なく、どんな人でも必ず何かの面で優れたものをもっている、という事実を受け入れたいです。
    優れていると感じる内容は、知識や技術に限らず
    この人はいつもマイペースを崩さない人だな
    この人はいつもセンスのいいネクタイだな
    この人は会議の進行が上手だな

    など、小さな特徴でも、本気で他人のいいところを探しはじめてみると、だんだん探すのが楽しくなってきました。
    「自分以外の人間は、すべて自分の先生だ」

    誰に会うときもそういう意識を持っていれば、ちょっと意地悪な発言にムキになって反論したり、仕事が遅い人をバカにしたりすることもなくなります。

    誰でも自分にはないものをたくさん持っています。これから人と話すときは、その相手を「好き」か「嫌い」かで判断するのをやめ、誰と会うときにも
    「この人は私に何を教えてくれるんだろう」という気持ちで、会話の場面に臨みたいと思います。

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    安易な猿真似ではなく自己をベースとした発展を

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  • 本日は「邯鄲(かんたん)の歩み」と言うお話をしようと思います。
    邯鄲の歩みは、古代中国の思想家「荘子」の著書「荘子」に記されている説話です。
    その昔、燕(えん)と言う国に住む青年が外国の趙の首都、邯鄲の洗練された歩き方に憧れ、自分も習得しようと邯鄲に留学をしました。

    しかし結局その青年は邯鄲の洗練した歩法を習得できず、そのうえ自分の故郷の歩き方も忘れてしまったというお話です。

    つまりこの話は、「安易な他人の技術の模倣は、大抵の場合は中途半端な結果に終わり、所持していた技術を喪失する原因となる」事を警告しているのです。

    「カッコイイな」「素敵だな」という憧れを抱くことは向上心につながるため、決して悪いことではありません。

    自分のやり方でゴリ押し、独りよがりになり、周囲からの意見を受け入れない態度も考え物ですが、安易に他人の模倣をしても結局猿真似程度で終わってしまうものです。

    少々話は変わりますが皆さんは「桜梅桃李」という言葉をご存知でしょうか。

    桜、梅、桃、李(スモモ)、これらは全て美しい花を咲かせる植物です。

    どの花も美しいですがそれぞれの花は簡単に区別できる、つまりそれぞれに個性があるのです。

    「桜梅桃李」とは「桜には桜の、梅には梅の、桃には桃の、李には李の美しい花が咲く。桃の花が梅の花になる事が出来ないように、安易に自分の性質を変えようとせず、自分らしさを大切にすべきだ」と言うメッセージを我々に送っているのです。

    もし、自分の技術や性質で解決困難な課題にぶつかった時は安易に他者の猿真似をするのではなく、「自分」をベースに少しだけ「他者」を参考するに留めるべきであると私は考えています。

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    感情的にならない

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  • 知的だと思われる人は、いつでも冷静です。反論されたり、非難されるようなことを言われたりしても、態度を崩さず「ああそうですか」というような顔をしています。
    私もそういう人になりたいのですが、つい、何か意見された時に「この人は私のことをバカにしている」などと「私という人間そのもの」が責められていると感じてしまいます。
    意見と人間性は別物で、反対意見を述べた人は、私のことが嫌いで、私の評判を下げるために意見を言ったのではありません。
    意見が違ったところで相手は敵ではありません。同じ目的にむけてよりよい方法を見つけるための作業で、仲間なのです。
    頭ではわかっていても、どうしても人の言葉を気にしてしまいます。
    特に、自分と相手の価値観に大きな違いがあると、相手の話を受け入れるのに抵抗を感じてしまいます。
    ささいな所では、私はパクチーが大好きですが、友人から「臭くて大嫌い」といわれると、こちらが好きと言っているものをそこまで言わなくても、とムッとします。
    友達はパクチーが嫌い。私は好き。それでいい話なのですが。

    ここで、相手の話にいちいち腹をたてないための技術として「受容」があるそうです。
    人間関係学で有名なデール・カーネギーによると、「人を批判することは何の意味もない。人の過ちや失敗などを批判し、問いただしたりしても結局は逆恨みされるだけだ。だったら批判や苦情を言わないで、そのかわり相手を理解し、なぜそのように至ったのかを理解しようではないか」と言っています。
    私も、どんな意見でも冷静に受け止められる「受容」の精神を身につけたいものです。

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    忙しい時こそ。

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  • 「忙しい、忙しい」と口癖のようにいつも言っている人がいますね。現代人の多くは、仕事以外にも色々な予定を抱えていて、忙しい人が多いです。ただ毎日を目的もなくボーッと過ごすよりも、忙しく充実した毎日を過ごした方が、意義のある人生を送ることができます。ある程度、先のことを計画し忙しくすることにより、程よい緊張感が生まれて、健康にも良い影響があると言われています。

    でも、忙しいことは良いことばかりではありません。「忙しい」という漢字は心を亡くすと書きます。毎日、色々な予定をこなしながら忙しくて充実した生活を送っているように見えても、心が満たされていないと感じたことはないでしょうか?

    心とは、自分の内面にあるもの、気持ち、考え方、向上心、意欲、やる気などのことです。忙しすぎて心を亡くしてしまうと、喜びや悲しみなどの感情を感じなくなったり、何事にもやる気がわかず無気力になってしまうことさえあるのです。

    これを避けるためには、忙しい生活の中でも時々立ち止まる時間を作ることです。誰にも邪魔されず、1人で落ち着いた時間、場所を確保しましょう。時間を忘れて没頭できるような趣味がある人はストレス発散がうまく、仕事の生産性も高いと言われています。軽い運動や、音楽、料理などもいいかもしれません。

    仕事が忙しい時こそ、自分で自分の心を守らなくてはいけません。意識的に立ち止まり自分の心を養う時間を取るようにしましょう。そうする事が、仕事の業務も、それ以外の私生活の部分もスムーズにこなすポイントですね。

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    滑舌を良くする方法!~きゃりーぱみゅぱみゅって、噛まずに言えますか?

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  • 滑舌が悪い人っていますよね。
    芸能人なんかでも、滑舌が悪いことを売りにしている人が大勢いますね。
    私自身、滑舌が悪くて困っています。
    しかし、滑舌は決して治らないものではないと私は考えています。

    治す方法として、
    ・早口言葉を練習する
    ・発声練習をする
    ・イントネーションを研究してみる

    簡単に考えてもこれだけあります。

    早口言葉の練習などは、友人同士でやったりすると盛り上がりそうですよね。
    これは繰り返し行うことにより、確実に効果が出てきます。
    脳にもいい影響がありそうですよね。

    発声練習に関しては、あまりにも基本的すぎるので、あまりやりたくないと思います。
    しかし、滑舌を直すためには、まず一つ一つの言葉を洗練していく必要がありますね。
    昔、やったことがある人もいると思いますが、あ、い、う、え、お、それぞれ発声するときに、正しい舌の位置や口の形があります。
    そこまで意識して練習が出来れば、確実に滑舌は良くなります。
    アナウンサーなどはこういった訓練を積んでいるのではないでしょうか。

    最後に、イントネーションを研究するという方法があります。
    私の中で、一つ、これは役に立つなと思ったものがありますので、ご紹介します。
    それは「きゃりーぱみゅぱみゅ」のイントネーションです。
    一般的に、名前を噛みそうな芸能人ランキング上位にきそうな名前ですが、コツがあります。
    それは「ぱ」に力を入れて発声するということです。
    ぜひやってみてください。
    「きゃりーぱみゅぱみゅ」が簡単に言えるようになります。

    そんなに為になる話ではありませんが、雑談などで使ってみてはいかがでしょうか。
    以上です。

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    幸せについて

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  • 皆さんは幸せですか?

    幸せと感じるのは人それぞれで、同じことが起きたとしても、ある人は幸せと感じたり、ある人は不幸だと感じたりするものです。例えば、100万円の宝くじが当たっとして、当たると思っていなかった人は100万円が当たり幸せと感じるが、1,000万円当たると思っていた人は900万円少なかったと残念に感じるでしょう。幸せと感じることは自分の望んだものが手に入った時で、それが家族であったり、出世であったりすると思います。そういった物の中で一番欲しい人が多いのはお金かもしれません。

    しかし、家族や地位、お金を手に入れた瞬間から、手に入れたものを失う怖さや、もっと欲しいと思う欲望が湧くことで、結局は満足できないまま、気づけば不幸になっていることもあります。

    国民総幸福量という言葉を知っていますか。ブータン王国という国で実際に使われている基準で、国民総生産に代わる基準です。国民の金銭的、物質的な豊かさを測るのではなく、国民がどのくらい幸せに思っているのかを測る基準です。

    物質的な豊かさを競うことでは、決して幸せにはなれず、健康や精神的な豊かさが人の幸せにつながるという考え方です。こんなことを言うと、そんなことは分かっている。結局はどうすればいいのか、と反論がありそうです。

    完璧な回答はありませんが、すぐに実践できる方法があります。それは、選択肢を増やし過ぎないことです。選択肢が多いことは良いことのように思っている方も多いのではないかと思います。しかし、実は選択肢が多いと、不幸になるという調査結果があります。例えばある物を2つの中から選んだ人と、5つの中から選んだ人とでは、5つの中から選んだ人の方が、後悔する可能性が高いというのです。

    選択肢が多いと「やっぱりAよりBの方が良かったな」という、後悔の気持ちを持つことが多いということです。この調査結果から分かることは、選択肢を多くすると、幸せと感じることからは離れていってしまうということです。

    商品を提案するときに、あまり選択肢が増え過ぎないようにお客様へ伝えることは、実はお客様の幸せにもつながっているのです。

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    プラスにできるかどうかは自分次第

  • 追加
  • 今日は、たくさん経験をすることがやがて結実していくということについてお話したいと思っています。

    日本では海外で生活してきた子供のことを帰国子女といいます。そして帰国子女に対するイメージはというと、積極的ではきはきでしているという感じではないでしょうか。帰国子女も日本に居た時は他の子と変わらない子ですが、彼らは海外で日本では経験しないようなことを経験してきています。

    例えば、親の転勤でアメリカのニューヨークの郊外に転居して暮らした私の知り合いの子供さんは、現地の小学校でこんな経験をしたそうです。
    それは毎朝クラスの誰かがみんなの前で自分の言いたいことや調べたことを数分間話す時間があるというのです。ちょっと今の私と同じ状況ですね。
    その時間のためにそれぞれが家で準備をして考えるのだとか。

    たくさんのクラスメートの前で話をして聞いてもらうということは、最初驚きだったそうですが、何回かやるうちに次はこんな話をしようと思ったり、
    人の話もよく聞くようになったそうです。

    アメリカの通知表にはこういったことを評価する自己表現についての点数も記入されているそうですが、その点がどんどん良くなっていったそうです。
    帰国子女たちはこうして小さな時から自分の言葉で他の人に伝えるということを学んできています。はきはきとしているのはこうした積み重ねの結果なのでしょう。

    私たちも、せっかく与えていただいた機会を自分にとってプラスにできるかどうかは自分次第だと思います。
    私も次の番には、より楽しい話ができたらいいなと思っています。

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