残念と無念の違いを知っていますか?
必死でセールスを頑張ったのに、ライバルに契約を取られてしまった。 そんな時は思わず「残念無念!」と叫んでしまいますが、 実はこれ、厳密には言葉の誤用なのだそうです。 念という字は心の上に「今」が被さっています。 今という字は元々、物事をスッポリと覆ってしまうことを表す象形文字です。 つまり念とは心をすっぽり覆って内に
必死でセールスを頑張ったのに、ライバルに契約を取られてしまった。 そんな時は思わず「残念無念!」と叫んでしまいますが、 実はこれ、厳密には言葉の誤用なのだそうです。 念という字は心の上に「今」が被さっています。 今という字は元々、物事をスッポリと覆ってしまうことを表す象形文字です。 つまり念とは心をすっぽり覆って内に
「右から左」という言葉は、誰もが一度は耳にしたことがあると思います。 物事ややり方などが、自分の中で留まらずにどこかいってしまうことの例えとしてよく使われます。 これはなぜ「左から右」ではなく、「右から左」なのでしょうか。 人間の脳には右脳と左脳という2つでわかれております。 右脳は具体的な表現に反応し、左脳は理屈
「工」という文字の語源をご存知ですか? いろいろな説があるようですが、シャープの元副社長で戦後のシャープの発展に多大な影響を与えた佐々木正さんがその著書の中で、中国の文献を参照して述べています。いまでこそシャープは台湾の会社の傘下に入ってしまいましたが、佐々木さんはシャープのモノつくりの基礎を作った方です。
私の学生時代、何かの折に先生がふと言われた言葉で忘れられない言葉があります。 「たんぱんかん」という言葉です。 「たん」はクラス担任の担、「ぱん」は「板(いた)」、「かん」は漢字の「漢」です。 やや不適切な例かもしれませんが、ここにいる全員が知っている例で言うと痴漢の漢と同じ使い方です。 「担板」というのは板を
真似ぶと聞いて、まねをする事かな?と思った人はある意味で正解です。 真似ぶは学ぶの語源とも言われ、学ぶの古語であり、実際古文書に学ぶという意味で使われている様です。 考えてみれば学校で勉強する事柄は全て過去から伝えられてきた知識に他なりません。 その知識をなぞる事で知識を得、積み重ねて行く事が学ぶ事であるなら、それは
天雲の たなびく山の 隠りたる 我が下心 この葉知るらむ いきなりなんだと思うかもしれませんがこれは、柿本人麻呂が残した歌になります。 この文章中に登場する下心ですが、古くは万葉集に登場するようです。 その時の下心の本来の意味は、「心の奥底、本心」だといわれています。 ただし、現在では下心は本心ではあるものの、私心の
「油を売る」という言葉は本当は悪いことではないんです。 「油を売る」とは一般的には無駄話をして怠ける、良くないことに使われます。例えば「書類を届けるだけなのに、なぜこんな時間までかかるんだ?一体君はどこで油を売っていたのか?」とか「油を売ってないで早く始めましょう。いつまで立っても終わらないですよ。」とか「本社に来る
私的、公的を問わず、「介護」に携わっている方は、益々増えていることと思います。 私が親の介護で悩んでいた時に、ケアマネジャーさんが、昭和58年の国語辞典を私に手渡し、「介護という言葉の意味を調べてみてください。」とおっしゃいました。 すると、介護という単語は載っていなかったのです。ケアマネジャーさんのくださったプリ
物の突き出している部分を「かど(角)」と言います。 これはなかなか面白い言葉だと思うのです。 と言うのも、良い場合と悪い場合の両方に使うからです。 良い方の例を挙げると「彼は一かどの人物だ」といった使い方です。 悪い方の例を挙げると「物も言いようで角が立つ」とか「角を立てる」などです。 「この頃、彼女は角が取
平安時代の古今和歌集の序文に、 「人の心を種として、よろずのコトノハとぞなりける」とあります。 直訳すれば、人の心という種が発芽して様々な言葉が茂る、ということでしょうか。 心からいろいろな言葉が発せられることを、 一粒の種が発芽して幹から枝を伸ばし、 その先に葉をたくさん茂らせる様子を見事に表現していると思います。
「役不足」という言葉の意味を正しく知っていますか? しばしばこの言葉は全く正反対の意味で使われている様です。 例えば、「え、私が部長の代理で先方に挨拶に伺うのですか? 私は構いませんけど、私ではちょっと役不足ではありませんか?」 こんなことを部長に言ってしまうと、「なんだ、こいつは」と部長の顔色が変わること請け合い
1月8日は博打で使われる「一か八か」という言葉の語呂から、「勝負の日」とされています。 「一か八か」の言葉には、結果を運に任せるという意味がありますが、この言葉の語源は当然、博打用語に由来しています。 サイコロを使った博打に「丁半博打」があります。偶数の目が丁で、奇数の目が半という、二者択一の勝負です。この「丁」と
食事が終わった後には「ごちそうさま」とご挨拶するのがお行儀です。 ところでこれ、漢字で書くと「ご馳走さま」となり、 馬に乗って駆け回るという意味になります。 現代のようなスーパーマーケットやコンビニがすぐ近所にない時代、 食材を入手するだけでもそれなりに手間がかかりました。 火を起こすにしてもガスレンジのスイッチでワ
疑心暗鬼という熟語についてお話いたします。この言葉は2000年以上前の中国春秋戦国時代に書かれた列子という道教の書物に載っている言葉だそうです。 ある人が斧を紛失したため、隣の息子を疑いました。そうするとその息子の歩き方から話し方などすべて疑わしいように感じたそうです。ところが、窪地から無くしたはずの斧が出てきたので
中国の古いことわざに「李下に冠を正さず」というのがあります。 直訳すると、「李」、つまり「すもも」の木の下で、「冠」、つまり帽子を直そうとしてはいけない、ということです。 もう少しわかりやすく、どんな意味かを説明しましょう。 すももの実が成っている木の下で、帽子を直そうと手を頭へやったとします。 すると、それを見た
九分九厘という言葉は何か不思議な言葉に感じられます。 「九分九厘大丈夫だ」「九分九厘勝つだろう」と使いますが、裏を返せば「一厘はダメ」「一厘は負け」ということですから油断はしてはいけないことになります。 競馬の話で恐縮ですが、私の聞いた話では有馬記念というレースで一流騎手の乗った超1番人気馬が、ゴール寸前で14番人気
11月1日は灯台記念日なんだそうです。 日本の近代化に貢献した洋式灯台が神奈川県横須賀市に初めて起工されたことを記念して制定されたんだそうです。 灯台と言えば思い浮かぶのが「灯台もと暗し」という言葉なんですが、皆さんは使ったことがありますか? 実際に「灯台もと暗し」なんて古風な表現は使わないでしょうが、自分は、身
「一億一心」という言葉を知っていますか? 何となく解る様な気もしますが、最近ではあまり聞かないと思います。 これは戦時中にもてはやされた言葉で、天皇の大御心に沿って戦争を完遂し鬼畜米英を撃滅する為に、日本国中の国民全てが心を一つにしようと呼び掛けられた言葉です。 安倍政権の一億総活躍社会や、かつて流行った一億総白痴化
「天に星、地に花、人に愛」の言葉を知ったのは、中学生の時でした。卒業アルバムに部活の顧問で国語担当の先生が書いてくださった言葉です。 その時は誰の言葉かも知らなかったのですが、とても綺麗で素敵な言葉だなと思いました。 その時の自分なりの解釈は、「それぞれに必要なものがあって、必要とされる人になりなさい」でした。 し
「みみざわり」という言葉がありますね。「みみざわりの良い言葉」などと使います。 先日、パソコンで「みみざわり」を検索したら、「耳障り」という漢字が出てきました。 「障り」は害があるとか差し支えるという意味なので、これを「良い」と形容するのはどうも不自然です。 そこで「みみさわり」で調べると「耳触り」となって、漢字の意