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仕事上のチームワークとは何でしょうか?

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  • チームワークとは、チーム内に波風をたてないように自分の気持ちを抑えて、表面的に仲良くすることではありません。

    仕事においては、以下で述べるようなことが本来のチームワークの意味です。

    ・まず第一にチーム全体の目標が何であるのかを、しっかり理解すること
    ・次にそのチーム内での自分の役割・目標をきちんと理解すること
    ・そして自分の役割と目標を期待された通りに実行すること
    ・お互いの意見交換は必ず行い、意思の疎通を図ること
    ・ただし、自分の意見に反した決定事項でも、全力で取り組むこと
    ・仲間の気持ち、立場、状況を推し量ること
    ・個人の個別能力に応じた仕事の量、仕事の質、仕事の内容で仕事は分配すること
    ・それぞれ個人の得意とするノウハウをメンバーに教えて、そのノウハウを分かち合うこと
    ・個人の不足分はメンバーで補い、仲間で助け合う精神を持つこと
    ・個人の効率(スピード)よりも、チーム全体の効率を優先すること

    以上のことができない人はチームでの仕事には向いていませんので、自分一人で完結する業務に着くことをお薦めします。

    ところで皆さんは「阿吽(あうん)の呼吸」という言葉をご存知でしょうか?

    神社や寺院の入口や本殿・本堂の正面にいる、狛犬像や仁王像で説明したいと思います。

    その像は左右で一対になっていますが、よく見ると片方は口を開いてもう片方は口を閉じています。

    その口を開いている方を「阿形(あぎょう)」と言い、口を閉じている方を「吽形(うんぎょう)」と言います。

    「阿」は口を開いて発音することから「吐く息」という意味で、「吽」は口を閉じて発音することから「吸う息」を意味します。

    それが転じて、2人の人物が呼吸まで合わせるように共に行動しているさまを、「阿吽の呼吸」と言うようになりました。

    そこからさらに転じて、二人以上で一緒に物事を行うときの、互いの微妙な気持ちが一致することを「阿吽の呼吸」と言うようになりました。

    おわかりでしょうか?

    チームワークには、この「阿吽の呼吸」のような仲間の微妙な気持ちを理解し合うことが、最も必要なことなんです。

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    だっての前にごめんなさい

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  • 子育てをしていて、子供を注意すると、こどもは決まって「だって‥」と言い訳が始まることが多いのではないでしょうか?

    うちの子は、始末がさらに悪く、だっての次に「僕は悪くない。誰々だってやっていた。」と続きます。

    では、自分の仕事ぶり、周りの仕事ぶりを振り返ってみましょう。私は仕事で失敗した時「ああ。また失敗した。叱られる。何て報告しよう」と真っ先に考えてしまいます。誰しも、失敗は嫌ですし、注意をうけるのは嫌です。タイミングが悪かった、ついうっかりやってしまったと、失敗を取り繕う自分がいるのではないでしょうか。

    子供が「だって」と言った矢先に、私は「先ずはごめんなさいだよ」と言います。先ずは言い訳するのではなく、謝罪する姿勢が大切だと思っています。謝罪の意を表すということは、自分を冷静に省みて、なぜそうなったのか、今後そうならないためにどうしたらよいか考える心が芽生えます。

    仕事するにあたって、人間だから失敗は誰にでも起こりうる。けれど、自分を正当化することに労力を真っ先に費やすのではなく、敢えて辛いけれど謝罪し、省みる気持ちが大切だと思います。

    謝ることが重要と言っているわけではありません。謝る事を通して、自分が今後どうあるべきなのかを自分に問う事が大切だと思うのです。

    誰かに責任を転嫁したり、運や環境の責任にするのではなく、先ずは自分自身がどうすればよかったのかを冷静に考え謝罪の言葉の後に続けられる社会人でありたいと思います。

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    携帯は得意、固定は苦手?

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  • 最近、知人から興味深い話を聞きました。
    ある企業で新人教育を担当しているのですが、今の若い世代は電話を受けたり、かけたりするのが非常に苦手で、その研修に一苦労しているというのです。

    というのも、固定電話に限っての話です。
    幼い頃から携帯電話と生活を共にしてきた世代にとって、かけたら誰が取るかわからない、受ける時も誰からだかわからない、と言うのは、非常にストレスだそうです。

    言われてみれば、私たちが子どもの頃は固定電話が当然で、しかも親の目の届くところにありました(もちろん子機などもありましたが)。
    長電話したら注意され、また気になる人に連絡する時は親に隠れて、が多かったですよね。

    また、相手にかける際も、両親が取ったら?兄弟姉妹が取ったら?などと色々シミュレーションを重ねて電話したものです。

    若い世代は、想像力が欠落しているなどと言われますが、技術の進歩による生活習慣がここまで違うと、その一言で片付けてしまうのはかわいそうな気がします。

    便利さには、メリットとデメリットがつきものです。
    それをどう使いこなしつつ、うまく接していくかがいつの時代も変わらぬ大切なことかもしれません。

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    Ubuntuの精神

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  • 南アフリカの言語で「Ubuntu」(ウブントゥ)という言葉があります。

    「Ubuntu」とは人への思いやりや助け合いの精神、自分は数多くの人に生かされているといった意味で去年亡くなられた南アフリカのマンデラ元大統領は「Ubuntu」の精神でアパルトヘイトを撤廃し白人と黒人が共に助け合い過去の行われた黒人への様々な差別に対して糾弾するのではなく過去にどのような差別があったのかを全て明らかにし差別した人と差別された人との和解を訴え、過去に行われたことを許し南アフリカの全ての国民がお互いを差別せず支えあい協力することを国民に訴え、差別のない国づくりを進めてこられました。

    現代社会で人と人との絆や助け合いが少なくなってきている今こそ、この「Ubuntu」の精神がとても重要だと思います。

    人と人とが共に助け合い支えあうことにより、よりよい地域・社会・国家を建設していくことが今の時代に求められていると思います。

    グローバル化した現代では非常に安い労働力や過酷な労働環境で生産された製品やサービスをより安く世界中に提供されていることが多くなってきていますが「Ubuntu」の精神である他者への思いやりで適正な賃金や整われた労働環境を整備することにより生産者側も消費者側も幸せな生活を送ることができるので「Ubuntu」の精神を常に忘れずに生きていくことが大切です。

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    ポジティブな方向転換をするには

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  • おはようございます。
    今日は「ポジティブな方向転換をするには」というテーマでお話ししてみたいと思います。

    仕事においても日常生活においても、人はまわりに影響されやすい日々を送っています。
    朝は元気に出発しても、その日人から嫌な事を言われたりされたりすると、気分は急降下してしまい、落ち込みが始まってしまいます。
    これは個人の性格にもよりますが、全くまわりの影響を受けないという人はいないだろうと思います。

    影響を受けてしまうこと自体は仕方ありませんが、その後いかに短時間で立ち直るかがポイントになってくると思います。
    つまり、短時間のうちにポジティブな方向転換ができれば、多少の影響を受けても問題ないということです。

    物事には常に裏と表があると言われます。
    いい点もあれば悪い点もあるということです。
    たとえば誰かに嫌なことを言われたとしても、考え方次第ではいい面も見られると思うのです。

    それを言ってくれたおかげで、何か気づくことがあるかも知れません。
    言い方はきついけれど、いいアドバイスをしてくれたと考えることもできます。
    また、完全に悪意のある言葉だったとしても、その人を、悪役を引き受けてくれた反面教師とみなすこともできます。

    ポジティブな方向転換は、仕事にも日常生活にも生かせると思いますので、ぜひ実行してみてください。

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    謙譲語を正しく使おう!上級社会人を目指して!

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  • 最近のことです。人気作家原作の2時間ものの推理ドラマを見ました。実力派俳優が出演しており、脚本もしっかりしていて、気分転換できましたが、途中一箇所だけ引っかかったところがありました。尊敬語を使うべきところで謙譲語を使っていたのです。相手の動作に謙譲語が使われており、大きな違和感を覚えました。

    構成がしっかりした脚本だっただけに違和感は大きく、「おやおや、ここまで誤用が浸透しているのか?」と驚いたものです。尊敬語を間違えることはありません。しかし、謙譲語は誤用が昔からあるようです。丁寧語と勘違いされることもあります。尊敬語を使う必要がある文脈で謙譲語を使ってしまうのは、謙譲語を使った時の丁寧感が前面に出たためではないかと、私は勝手に想像しています。

    学校の国語の授業ではないので、バツになるというわけではありませんが、敬語を間違えると、教養が疑われるのは、敬語が人間関係を理解できているかを表す言葉だからでしょう。社会人になって毎日敬語を使う生活になると、学生時代よりも敬語が使えるようになってきます。しかし、自分の敬語に誤用はないのか?先日のドラマを見て少々不安になりました。

    誤用があってもなかなか指摘してはもらえません。しかし、謙譲語を使われた相手の方は、不快感を抱き続けることでしょう。謙譲語をもう一度学習し、相手の方に不快感を与えない言葉使いができるようにしようと思いました。

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    おけいこの日

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  • 6月6日は「おけいこの日」です。

    稽古始めは6歳のこの日がよいとされている為だそうで、特に歌舞伎や能など伝統芸能と深く関わりがあるそうです。

    その歴史は古く、室町時代の世阿弥の著「風姿花伝」の冒頭に、習い事を始めるには数え7歳がもっとも良いと説かれていて、江戸時代になると歌舞伎にも反映し、「六歳の六月六日…」という言い回しが頻繁に歌舞伎の台詞として使われるようになり、いつの間にか6歳6ヶ月の6月6日が習い事始めにふさわしいということになったようです。

    この日は他に「楽器の日」「いけばなの日」など様々なお稽古絡みの日となっています。

    お稽古と言えば、私もピアノ、習字、テニスを習ったことがあります。
    一番長く続いたのは幼稚園から中学まで続けたピアノです。

    長く習っていた割りには、物凄く上手くなったという訳でもないのですが、私が今でも音楽が好きで色々コンサートに足を運んでいるのは、ピアノを習っていたことが多少ならずとも関係があるのかなと思います。

    お稽古は子供の頃から始めた方が身につきやすく馴染みやすいのですが、大人になってからお稽古を始める方も沢山おられますし、年齢に関係なく、何かを習って向上心を持つのはとても良いことだと思います。

    スキルアップに役立つもの、健康にいいもの、趣味として楽しめるものなど、様々な選択肢から自分が興味のあることを選び、そこで技術や知識を得たり、仲間が出来るのは素敵なことだと思います。

    私も色々興味のあるお稽古があるので、また習ってみたいなと思っています。

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