オノマトペと腸内細菌

最近、自分の力を最大限高めるものとして、オノマトペ(擬声語)と腸内細菌に興味があります。

オノマトペいわゆる擬声語は、自分の五感を最大限発揮するための言霊にもなりうるし、コミュニケーションの潤滑剤になりえます。

緊張などをとき自分の力を最大限発揮する際に自然に使っているプロスポーツ選手もいます。トントントントントンを口に出して一定のリズムを刻めば、リラックスし集中力が高まります。サッサッサッサッサッを口に出せば、素早く自分の体を動かすことが出来きます。ふわっふわっをタンポポの綿毛になったつもりで口に出せば、柔らかい口調でしゃべり始められます。お坊さんのお経の木魚の一定のリズムもリラックスする効果があります。

また、どのような細菌が腸内で働くかで、脳つまり心理的な面に影響する研究が近年活発に行われています。どんな腸内細菌が住むかは、どんな食べ物をどのようにどのくらい食べているかが深くかかわっています。腸にどんな細菌を住ませるかを意識することは自分の心と体の土台を支えることになるわけです。

自分の土台が自分以外の生き物に支えられているという気づきは、私にとってとても嬉しいことです。自分の体と何十兆個もの細菌は持ちつ持たれつ生活してきていて今の自分があるのだなと感じることは私をワクワクさせます。自分体の中に多様性の生き物を育てている自然環境があるのです。

腸内に影響を与える細菌の塊である発酵食品が、酒だけでなく調味料、保存のきく食料に広く浸透している冷蔵庫などが発達する以前の日本や世界の長年食べられてきた家庭料理の再認識にもつながります。

塩分を控えるための調理技術も超高齢化社会のこれからますます必要とされるでしょう。塩味でなく、酸味、旨味、苦味、甘味、食材の持つ香りや食感などが塩味を補い多様性のある家庭料理の味になります。

私は、地球も自分自身にエネルギー源をもつ、生き物ようだなと感じます。地震や火山、地殻変動や氷河期及び間氷期などは、人間の体に例えれば、転んでかさぶたが出来たとか熱が出たり、体が冷えたと置き換えられると思います。

その体の上に住んでいる細菌のような人間は、やはり地球という宿主があっての生き物です。宿主の地球に寄生し生きている人間は、その地球の気温変化や空気の期待の割合の変化等に増減を繰り返しながら、これからも地球と持ちつ持たれつで生きていくのでしょう。


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物事を抽象化する事

人間が出来て、他の動物に出来ないことの一つに物事を抽象化し、様々な事象を関連付けて考えられることがあげられます。

最近、食べ物を意識することを毎日実感、実践することと、それ以外に体や心のバランスに良い習慣があるのかにとても興味がわいています。そのことを抽象化すると様々な生き物や社会問題と自分の体とが関連している時に気づきます。

植物の中には自然環境が比較的厳しい年の方が実をより多くつける種があることが分かっています。栄養が豊富にある時は体に蓄え、厳しい年には、世代間を超え、仮に自分が死を迎えても種の保存を未来に託す仕組みをもっているわけです。

懐石料理の始まりは、仏道を極めようとしている修行者が空腹を紛らわすために懐に石を入れて、しのいだところに起源があります。

熱帯のマレーシアで出会ったイスラム教を信仰する友人は、毎年約一か月日中、食事はおろか水分もとってはいけない断食を行っています。その友人は世界で飢えている人の気持ちを感じるためだと熱心に語っていました。

敬虔なキリスト教信仰者にはベジタリアンが多いです。

世界の多様な宗教に自分の普段の食事を省みることが信仰の一部に取り入れられているのは、それが経験則として宗教的道徳心を育む一助を担うからと感じます。

収入の少ない世帯の人間が肥満になる率が高いことが統計的に有意であることが実証されています。これは社会からの圧力をその人が感じ、暴飲暴食という選択を選んだ結果が体に現れている可能性があります。

貧困である自分自身を受け入れられず、安い食材の暴飲暴食を選択し、思考停止に陥り、ますます自分の思考が現実の自分とかい離してしまうかもしれません。そのような環境により精神的な症状に悩んでいる人も少なくないはずです。

自分らしい気持ちの良い生活を送るための食というのは足るを知るであり、本質的にお金のかかるものではありません。

その日の食べ物にもままならない開発途上国の絶対的貧困を抱え栄養失調に苦しむ人間がいる社会と、先進国の貧困層で暴飲暴食を選択し精神的に苦しむ人間がいる社会は繋がる地球的規模の人間社会の大きな課題です。

自分の食べるものを意識することを抽象化すると、今あげた様々な事象がすべて同じ問題で起こっていることに気づきます。
物事を抽象化することはこのように頭を整理するには最適なツールとなります。


自分らしく生きる事は体や心にいい習慣を持ち五感が研ぎ澄まされている事

自分らしく生きることは、五感を研ぎ澄ますことが出来る体や心にいい習慣の上に成り立っていると思います。いや、五感を研ぎ澄ますこと自体が生き物として人間が生きていることかもしれません。自分という自然のバランスを整えることは自然環境を整えることなのです。

『人間が自然なら人間が作り上げた物たちも自然じゃないのか。』こんな問いをされたら、あなたはなんと答えますか。

私はその通りで人間社会と自然環境を分ける必要はないのです。なぜなら、人間は自然で作り出すものも自然だからです。その上で大切なことは、五感を研ぎ澄まし、平常心で気力が充実している人間の作り出すものは、より自然であるという理想を掲げることもできるでしょうと答えます。

また、自分の五感を研ぎ澄ますことが自分らしさを保つのに必要な要素であるように、自然環境は自然物同士が五感を研ぎ澄まし合い、バランスが保たれているのだという仮説も生まれます。

人間の思考ではとらえられていない部分も含めて宇宙と呼ばれる自然があることとも繋がります。人間はどこまでいっても主観的な部分世界でしか生きられない社会の一員として生きています。

五感を研ぎ澄ましましょう!それにより、実感できる部分世界が広がっていきます。物事の因果関係を突き詰めて考える必要はないんです。まさに、ブルース・リーの名言であるDon’t think! Feel!です。

他人の前では行っていないすでに身にへばり付いている生活習慣を、直した方がいいと他人に指摘されても、変えることは非常に難しいです。だからこそ、自分の意思で、暴飲暴食等の依存性の高い生活習慣を断ち切りましょう。依存行為の後のの思考停止から、反動として生まれる劣等感に満ち満ちた万能感で思考を支配されてはいけません。

いいえ難しくはないんです。ただ、自分の体に取り込んでいる食べ物をいつ、どのくらい、どのように等を意識して食べると、五感が研ぎ澄まされ体や思考にいい影響が実感できるので、それを継続的に実践し、習慣にするだけでいいんです。

失敗を恐れない、柳のような柔和な思考回路の元を手に入れましょう。


4月27日は「哲学の日」 仕事に生かせるソクラテスの名言

4月27日は「哲学の日」だそうです。紀元前399年のこの日が古代ギリシャの哲学者ソクラテスの命日なので、哲学の日に定められたと言います。哲学者ですから、ソクラテスはたくさんの名言、格言を残していますが、その中から、仕事に生かせるものを2つ紹介しましょう。

1つ目の名言は「少量を上手くやる方が、大量にまずくやるよりも良い」。

これは、私自身の戒めにしたいと思っている言葉です。私はせっかちな性格ということもあって、仕事をする時、その精度よりもスピードを重視してしまう傾向があります。つまり、急いでたくさんの仕事をこなそうとするため、正確さに欠けるきらいがあるのです。

ソクラテスは、「たくさんの仕事を雑にするより、量は少なくても正確な仕事をした方がいい」と言っているわけですよね。もちろん、「大量の仕事を上手くやる」のがベストではありますが、まずは仕事の精度にこだわっていきたいと思っています。

もう1つの明言は、「賢い人は複雑なことをシンプルに考える」。

これは、現代の学者や経営者が口にしそうな名言ではないでしょうか。仕事で何か問題が起きたり、困難なことに直面したり、新しい仕事に取り組むとき、人はどうしてもテーマや問題をむずかしく、複雑に考えてしまいがちです。

そういう時、シンプルに考えることができれば、問題解決は容易になりますし、新しい仕事を短時間でマスターすることができるでしょう。複雑なマターをシンプルに考えるために必要なのは、整理力だと思っています。
ものごとをきちんと整理することができれば、複雑そうなテーマがシンプルに見えてくるはずだと思うのです。

私は、ソクラテスの残したこの2つの言葉を、仕事に生かしていきたいと思ってます。


断食の精神と肉体への効果

人間社会に関わる時のストレスを覆い隠そうとする暴飲暴食は、中高生の頃から獲得してきた悪習慣です。暴飲暴食の後は思考停止と罪悪感が待っているのに中々やめられずに時間が経ってしまいました。

自分からあふれ出る底力がほしいなと考えることがこの頃多くなりました。それには、私が今まで蓄積してきた科学的知見だけでは足りないような気がしました。力が自分の底からあふれ出る実感を体感したいのです。その実感が実践に繋がり、習慣になるのです。

そこで、ふと暴飲暴食の逆の断食を試みてみようと考えました。1日断食をし、空腹を感じ始めました。そうすると、特に嗅覚と味覚などの五感が研ぎ澄まされる実感が確かにありました。

そして、思考というかグルグル堂々巡りの袋小路をさまよっていた頭の使い方が変わっていきました。

具体的に言うと、その日、夕方に散歩してみると、皮膚や足の裏の触角と鼻の嗅覚の感覚が研ぎ澄まされ、行動している一つ一つを自分で選択している実感がありました。自分で自分を生きている実感がするのです。

語学習得している時でも、五感が研ぎ澄まされると聴覚と視覚の集中力が増し、習得効率が上がった実感がありました。

また、大好きな料理をしていても、味覚、嗅覚、触角、視覚及び聴覚が研ぎ澄まされ、今まで以上に新しい組み合わせの料理に挑戦し、新しい料理の技術を習得することにも意欲が出てきます。失敗も笑える余裕が生まれます。

また一番実感したのは、寝る前、胃の中に出来るだけ食べ物が入っていないと、寝ているときに、脳や体が休まり、目覚めがいいことです。胃で消化するために使われていたエネルギーが、脳や体を休め疲労を回復し、再び動き出すための準備の方に使われているんだなと感じました。

食べる量や時間に気を留めることや断食などは、現代的倦怠感な精神を持ち合わせ生きている現代人の中には実践してみると目に見えて劇的に生活に変化が訪れる人がいると思います。少なくとも私はそれらを考え実行することによって、長年、暴飲暴食への逃避による思考停止の選択をすることが、ピタリと止みました。

自分の体と心を思うように動かし人生のオーナーシップ(主導権)の握る気持ちを、体や心が欲しているのだと思います。
渇望は人間の行動変容に大いに関わってくるのだなと実感しました。

この気づきが今日皆さんと共有できてうれしく思います。
ご清聴ありがとうございました。


情報が溢れる時代に求められる各分野の専門家の必要性

北海道の片田舎に一日に数えるほどの人数しかお客さんとしてこない本屋さんがあります。この本屋は一見するといつ潰れてもおかしくない状況のように見えます。

しかし、店主の心のこもった驚くべきしかし愛情にあふれたサービスで世の中の人になくてはならない本屋になっているのです。そのサービスとは1万円(+送料)であなたにあった本を郵送しますという一万円選書サービスです。もうかなり前からこのサービスは続けているそうだが、常に全国からお客さんが絶えないそうです。

店主さんとこのサービスのお客さんとのやり取りはこうです。インターネットの本屋さんのサイトからメールをお客さんが店主さんに送ります。その際に店主さんから送られたいくつかの質問が載せてある通称カルテに詳細に回答し添付することが選書してもらえる権利を獲得する条件です。

その質問とは、『今までに読んだことのある本で印象に残っている本は?』『人生に起きた大きな事件とは?』『あなたにとって幸せとは何ですか?』などお客さんは一度立ち止まって、自問自答しないと回答できない価値観に関わるような質問が並びます。

そして、店主さんは若いころから続けている毎日必ず本を読んできているその知恵を生かし、そのカルテの回答を元にそれぞれの人に合った一万円分の書籍を選ぶ作業を数時間かけて行います。

お客さんには悩みを抱えた人もいるでしょう。子供や孫に本を送りたいと考える人もいるでしょう。インターネットを見れば、情報がいくらでもあるように感じる現代です。しかし、いやだからこそ、生き方に迷っている人も多いでしょう。その道先案内人となる店主さんのような仕事の仕方がこれからの時代は求められるように思うのです。

また、こちらは東京の都心にあるレストランのお話です。こちらの店主さんはヨーロッパの様々な国を渡り歩き修行をしてきた料理人です。このレストランの常連さんの楽しみは食材を指定して、今の体調と慢性的に困っていることを伝えると店主がそれを元にその人の活力になる料理が出てくるサービスです。

これは、バーでもあるサービスでしょう。その人のその日の気分や雰囲気に合ったカクテルを提供するサービスです。

私は内容が何であれ言っていることとやっていることが一致している生き方をしている人が好きです。その人を見ているとすがすがしさを感じます。私もそういう生き方をしたいと常々思います。情報が溢れる時代に求められる各分野の専門家の必要性をこの頃強く感じます。


適正な警察力とは

日本は、世界の中でも類をみないほど安全な国です。

この安全は、もちろん自国民の皆様の防犯意識が高いという国民性に由来するものでもありますが、日本の警察力の高さによる部分も大きいのではないでしょうか。

警察と安全が深い関わりがあるのは誰しもが分かる事ではありますが、警察力が強ければ安全は確保されるのでしょうか。

現在、フィリピンで犯罪者、特に薬物犯罪者を撲滅させる目的で警察が強力な取締を行なっています。

フィリピンでは、例えば薬物使用の疑いが掛けられた場合に、問答無用で射殺される事も多いと聞きます。

薬物使用者と一緒にいたというだけで、射殺される実態もあると聞いた事があります。

薬物使用者であると警察が判断した時点で射殺する事が許されている事を考えると、フィリピンの警察力は極めて強いという事になります。

しかし、このような事実を聞いて、あなたはフィリピンは安全であると感じますか。

私は、とても安全で良い環境だとは思いません。

警察は、国民に安全な生活を与える事が使命であると考えますが、犯罪者を撲滅するという目的だけにとらわれて動いた場合にフィリピンのような暴走した警察組織となってしまいます。

法治国家である以上、警察も法律に基づいて適切な取締を行わなければなりません。

日本の警察は、取締りが甘いなどと言われる事がありますが、疑われたら射殺しれるような国家と比較したら、日本の警察がいかに優秀なのかがわかります。

会社にも様々な規則がありますが、適切に規則を守らせることが大切だと思います。


ゴールデンウイークの考え方

5月になるとゴールデンウイークがあります。多くの人が待ちに待った週間です。何連休もある会社、カレンダー通りの会社、そして休みの無い会社と様々です。連休で何をしようか?どこに行こうか?と考えている人もいれば、どうやってお客さんを呼ぶか?どうやって売り上げを上げるか?と大きな商戦と考えている人たちもいます。

ゴールデンウイークは何処にいても人でいっぱいです。これはゴールデンウイークに働いてくれる人がいるから楽しめる物だと思います。
ゴールデンウイークを大きな商戦だと考えている会社は、事前にカレンダーとにらめっこしながら、今年の大型連休の人の動きを読み、集客戦略や販売戦略を練ります。そして本番を迎えるのです。そして大型連休が休みである私たちは練られた情報をたよりにして動いているように思えます。
決して行き当たりばったりでは今の時代はダメだと思います。ゴールデンウイークだから人は来てくれるだろうでは今や成功は無い状況になっています。私たちの仕事も同じです。今まで通りの事をやっていると数字は決して右肩上がりにはならないと思います。日々の仕事をしながら常に先を呼んで考え作戦を練らないと行けないと思います。会議の場で案を出すようなことではなく、個人個人が常にそういう思いを持っていないと会社の成長は無いと思います。

こんなことを考えると今年のゴールデンウイークが楽しみになります。色々な媒体を見てどこでどういう仕掛けをしているのか興味を持って調べようと思います。そしてそのアイデアを自分に取り込もうと思います。


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4月24日は『植物学の日』 「雑草という名の植物は無い」

「今日は何の日?」で言いますと、4月24日は「植物学の日」ということになります。この日が植物学の大家、牧野富太郎博士の誕生日であることから、この日が植物学の日になったそうです。

牧野博士は、江戸末期に生まれ、昭和32年に満94歳でなくなりました。最終学歴が「小学校中退」でありながら、理学博士になったという経歴の持ち主です。第一回の文化功労者に選ばれ、亡くなってから文化勲章の栄誉も受けていますが、特筆すべきは昭和天皇との交流でしょう。

昭和天皇は生物学者でもあられ、植物にも大変強い興味と豊富な知識をお持ちだったことは、良く知られているのではないでしょうか。このお二人はつまり、植物を通じて親交をもたれていたのです。牧野博士は、皇居に参内され、昭和天皇に植物学のご進講をされてもいます。

牧野博士が亡くなる前年、病に臥せって重篤な状態になった時に、昭和天皇からお見舞いのアイスクリームが届けられたというエピソードを見ても、その関係の深さがわかるのではないでしょうか。

さて、昭和天皇は、ある日、宮内庁の職員が「雑草」という言葉を口にした時、「雑草と言う植物はありません」とたしなめられたというエピソードが伝えられています。実はこの言葉は、牧野博士の「雑草という名の植物は無い」という言葉に由来しているのです。

すべての植物はそれぞれ名前を持っているし、それぞれが別の種類の生物であるのだから、「雑草」と大ざっぱにひとくくりにしてしまうのはよくないという意味でしょう。

私は、仕事も同じだと思います。「雑用」とひとくくりにしてしまうと、どうしてもその仕事をおざなりにしてしまいがちです。いい加減な気持ちで取り組めば、思わぬミスを犯すこともあるでしょう。 かんたんな仕事で犯したミスのおかげで、時間を余計に取られてしまい、それが他の仕事にも悪影響を及ぼす危険性もあります。

ですから、どんなかんたんな仕事、小さなタスクでも「雑用」とは考えず、ていねいに取り組むべきだと思っています。 「雑用という名の仕事はない」ということです。


ローンウルフ型のテロ

ここ数年のテロのニュースを見ていると、少人数で大きな武器を使わずに敢行している事に気がつきます。

アメリカのツインタワーに航空機が突っ込んだような大規模で極めて組織性の高いテロは減少して、どちらかといえば、現在は少人数で必要最小限の武器でテロが発生しているような感じを受けます。

大規模なテロを計画した場合、それなりに準備も必要ですから、計画段階で捜査機関に察知をされて摘発を受ける可能性が大きくなります。

また、テロリストの多くが暗躍している中東地区から、大人数で他国に移動をすると、その際に捜査機関にマークをされてテロが敢行出来なくなってしまうおそれもあります。

その為、現在では単独もしくは少人数で敢行するテロ形態が増えてきているのです。

このような犯行形態が台頭してきた理由には、SNSの発達があると言われています。

テロ組織は、様々なコミュニケーションツールを使い遠く離れた国の若者に対して、テロリストになるように呼び掛けます。

世界各国には、現実の社会に溶け込むことが出来ず、インターネットの世界に没頭してしまう人が溢れています。

そのような人達をテロ組織は、インターネットを通じて洗脳をしていくのです。

そして、洗脳が終わると、その人物を利用して、その国でテロを敢行するのです。

このような方法でテロを行うと、国家間を移動することなくテロが行う事が出来るのです。

日本は安全と言われていますが、インターネットに国境はありません。

会社の同僚や家族で何かおかしいなと感じた場合は、テロの事ばかりでは有りませんが、少し気にしてあげた方が良いのかもしれません。


報告の行い方

仕事をしていると報告はつきものです。

この報告が上手くいくか、いかないかで会社内の評価が大きく異なってくるのではないでしょうか。

特に、中小企業のワンマン社長が経営している会社などは、そのような傾向が顕著に現れると思います。

報告のポイントは、まず冒頭に結論から述べた方がわかりやすいと思います。

一通りの説明を聞いてから、やっと答えがわかるような報告のやり方はいけません。

まずは、結論を申し上げてから、次にその理由や経緯を話します。

結論がわかっていた方が、その理由や経緯を理解しやすくなります。

この理由や経緯についても、大事な部分を明瞭簡潔にまとめて話すように努めましょう。

この様な説明のやり方をすれば、上司は事案の全体像を把握することができ、補充の報告が必要であれば、上司の方から、「この点を、もう少し説明して欲しい」と言われると思います。

そして、悪い報告ほど早く行った方が良いと思います。

悪い事案が発生した場合、早期に会社として対応を行った方が被害が最小限度で収まる事が多いと感じます。

報告が遅れれば遅れるほど、泥沼にハマり悪循環を起こす事があります。

どうせ怒られるならば早期に腹をくくって報告をしましょう。

また、その際に、現段階の改善策や打開策を用意して報告をした方が良いと思います。

上司よりも先に悪い事案を察知しているのですから、報告する段階で、その事案に一番詳しいのは自分自身です。

その為、現段階での対応策を考えて併せて報告をすべきです。


テロの時代となった背景

ここ数年のニュースを見ているとテロに関するニュースが数多く取り上げられているように感じます。

しかも、決まった地域ではなく、発展途上国から先進国、アジア、ヨーロッパ、アフリカ、アメリカなどの地域に関係なくテロは発生をしています。

そして、このテロの犯人のほとんどがイスラム系過激派テロ組織です。

なぜ、イスラム系のテロの組織が暗躍をしているか考えますと、古くからの歴史に関係があります。

イスラム教を信仰している人のほとんどは、中東地域の民族です。

中東地域には、石油資源が豊富に存在します。

この石油資源の利権を握っているのは、過去に中東地域を戦争により侵略をしたアメリカやイギリスなどの先進国です。

そして、その利権は現代も残っているのです。

このような背景の中、中東地域の貧困層は、日々の生活にも困るような状態で生きています。

自国には石油という富があるにも関わらず、自国民は、その恩恵に預かれなく、アメリカやイギリスなどがその利権を食い物にしていることから、中東地域の貧困層は、アメリカやイギリスなどの国の人間に敵対心を覚えるのです。

この敵対心こそが、テロを発生させる根底にあるのです。

イスラム教自体の教えは、争いを好まず、虫さえも殺してはいけないという教えで、多くのイスラム教信者は温厚な性格をしております。

しかし、テロリストとなった連中が世界中で暗躍していることからテロリスト=イスラム教となってしまったのです。

テロの背景には、過去の侵略戦争があると言っても過言ではありません。

会社においても、社員の不平不満を放置していたら、ストライキやサボタージュが発生するかもしれません。

組織内部の浄化作用は必要不可欠ではないでしょうか。


私がこうありたいと思う出世魚は

出世魚、と呼ばれる魚があります。
成長するにつれて名前が変わっていく魚のことですが、よく知られているのはブリでしょうか。
もっとも最終的にはブリになってももっと若い年代のときの呼び方は地方によっていろいろとあるようです。

ブリの他にスズキやボラ、マイワシなども成長するにつれて名前が変わることから出世魚とされることもあるそうです。

調べてみて面白いと思ったのは鯉も出世魚と考えられる、という話でした。
登竜門という言葉は「鯉が激しい滝を登って竜になる」という故事からできた言葉です。
厳しい関門を潜り抜けて立身出世するとかとても大変な試験を突破していく様子を例えたものだと言います。
5月5日の鯉のぼりもこの鯉の滝登りにあやかってのことだそうです。

私が面白いなと思ったポイントは、出世魚とされている魚の中で鯉だけが「成長して名前が変わっていく」という理由で選ばれたわけではないということです。
他の魚と違い、鯉だけは実際に滝登り、という苦労して竜になるわけですからちょっと違うのです。

生物学的に鯉が本当に滝を登るかどうかをネットで調べてみてもそういう事実はみつかりませんでした。
ただ、滝を登るとまではいかなくともわずかな段差は跳ね上がったりして移動することは可能なようです。
元気よく跳ね上がる様子が「滝も登る」と考えられたのかもしれません。

実際に滝登りをするかどうかはともかく、風がよくて大空に豪快に泳ぐ鯉のぼりはなかなかいいものです。
確かにどんな大きな滝も登っていきそうな勢いがあって、見ていても気持ちがいいなと思います。
たまに風の具合によってはお腹を上にして溺れているような雰囲気のものもありますが、それはそれで「お、頑張ってるな」と思ったりします。

私も鯉の滝登りにあやかることができるように1日1日の仕事を丁寧にこなしていきたいと考えています。
時にはお腹を上にしてアップアップしていることもあるでしょうが、きっと次のいい風をつかめるような努力をしたいです。


指揮命令系統の徹底

会社とは、社長を頂点としたピラミッド組織です。

このピラミッドが歪んだものとなった場合、指揮命令系統は崩壊して効率の良い、適切な指揮命令が出来なくなってしまいます。

一人の人間が直接管理できる人数は、概ね3人から5人程度であると言われています。

それより多い人数をしっかり管理するためには、補佐が必要になるでしょう。

理想で言えば、社長が3人程度の部下をしっかり管理し、その3人がそれぞれ3人?5人を管理し、さらにその下のポジションの人間が、それぞれ3人?5人を管理するというピラミッド型になることが理想です。

社長が管理する3人とは、役職クラスの人間でしょうし、その役職クラスが管理するのは部長クラス、そして部長クラスが管理するのは課長クラス、そして課長クラスが管理するのは係長クラス、係長クラスが管理するのは主任クラスという具合でしょうか。

1人が管理出来る人数は、先ほども申し上げたとおり3人?5人です。

つまり、1人の部長の下に10人の課長を配置してしまったらバランスが悪いということです。

自分が指揮を取らなければならない場面がきたら、3人?5人に1人はチームリーダー的な責任を負わせるリーダー格を指名すると管理しやすくなるでしょう。

また、このチームリーダーに対して、どの様な意識づけをするか、立場づくりをするかが重要な要素になります。

ただ単に、気が強いなどの理由でチームリーダーを指定するのではなく、総合的に判断をしてチームリーダーを決定しましょう。


辛い時期を乗り越えると、幸せが待っている

今日は季節に関するイギリスのことわざをご紹介します。
「March winds and April showers. Bring forth May flowers.」というものです。

これは直訳すると、「 3月の風と4月の雨が. 5月の花を運んでくる」と言う意味になります。
日本でも三寒四温と言う言葉がある様に、3月の寒い風や、4月の冷たい雨などの荒れた天候があって、ようやく5月の穏やかな気候をもたらし花が咲く事を表しています。

そして、このことわざにはもう一つの意味があります。
それは「辛い時期を乗り越えると、幸せが待っている」というものです。

4月は始まりのシーズンでもあります。
何か新しい事を始めると、慣れない事に取り組んで辛い事や大変な事も少なくないと思います。
しかしこの大変な時期をしんぼうし乗り越えることで、必ず幸せな時は訪れます。

これから何か壁にぶつかってくじけそうになった時は、この風や雨をやり過ごせば必ず花が咲くんだと言う事を思い出してください。

季節が必ず変わって行くように、自分を取り巻く環境も立ち止まらない限り必ず変化していきます。
過ごしやすい時があれば、苦しい時もあります。
しかし冬をこえた後、迎える春は慶びに満ちていますよね。

ついつい当たり前のように日々を過ごしていると忘れてしまいそうになりますが、忙しくて余裕のない時ほど
季節の移り変わりを感じながら深呼吸する事でリセットできることもあります。


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安全の重要性

現在、会社には、「安全配慮義務」というものが課せられているのは、ご存知でしょうか。

安全配慮義務とは、会社が、自己の組織で働いている人間の安全や衛生を確保しなければならない義務を言うが、この安全配慮義務が大きな社会問題となっています。

会社は、言うまでもなく、営利を追求する組織です。

そして、安全を管理する人材だったり、システムは、短期的に見れば利益を圧迫します。

そのため、安全や衛生を無視して、利益のみを焦点として社員やアルバイトをガンガン働かせる、いわゆるブラック企業なるものが存在するのです。

しかしながら、ブラック企業のようにガンガン社員やアルバイトをこき使うと必ずと言って良いほど事故が起きます。

事故の種類にもよりますが、大きな事故を起こせば企業イメージは著しく低下してしまい、また取引先の信用も失墜してしまう事から、大きな減収となってしまうばかりか、企業の存続さえも危ない状況に陥る事もあるのです。

そのため、企業は安全配慮義務を徹底して、社員やアルバイトのためにも、そして企業存続のためにも、安全や衛生には気を使う必要があるのです。

そして、企業がこのような安全配慮義務を求められているのであれば、各ポジションの幹部や責任者は自己が管轄する業務範囲で安全配慮の責任を負っていると思います。

つまり、先輩になるほど、役職が上がるほど、安全配慮の責任を負うようになると言う事です。

このような事をイメージしながら、安全に配慮して仕事を進めて頂けたらと思います。


つらいときの乗り越え方

4月といえば、日本ではお花見のシーズン中だったり入学式や入社式などあったりして新生活の始まり、という明るい雰囲気があります。
「さあ、これから始まりだ」という時期が4月のイメージでしょうか。

ところが英語のことわざに「3月の風と4月の雨が美しい5月をもたらす」というものがあります。
英語圏だけでなく、ヨーロッパのいろんな国々で似たようなことわざがあるそうです。
日本では「始まり」のイメージの4月は「美しい5月・春のための準備期間」というところでしょうか。
日本とはまったく反対のイメージがあるようです。

海外では学校などの始まりは4月よりは9月ということはよく知られていますね。
話に聞いたところでは仕事をスタートする時期は個人によって違うので、学校を卒業してすぐの人やボランティアなどで経験を積んでからという人もあるようです。

それはさておき、私はこの「4月の雨」のことわざはなかなかいいものだと思うのです。
何か始めようというとき、どうしても最初から自分の望む「いい結果」を期待してしまう、というのは誰にでもあることだろうと思います。
もちろん、最初からどうせ失敗する、と思ってスタートを切る人は誰もいないでしょう。
でもそれが新しい挑戦だったり、自分にとってのチャレンジだったりすると何かひとつうまくいかないことがあると投げ出してしまいたくなることも多いのではないでしょうか。
その他に「本当にこれでいいのだろうか」とか「自分は間違っているのではないか、自分には無理なのではないか」と考えることも多いと思うのです。

でもそんなときにこの「3月の風と4月の雨が美しい5月をもたらす」という言葉を思い出すと、今のつらいときは好結果の準備期間だと思えるのではないでしょうか。
美しい春、という自然にも準備期間があるのです。
だとしたら今の自分にだって思い描く結果を得るための準備期間がある、と考えるとつらいときも乗り越えられるのでは、と考えています。


ほうれん草

仕事をする中で、大事な事があります。

それは、「ほうれん草」です。

この、「ほうれん草」は、仕事の基本として聞いた事がある人は多々いると思います。

適正な報告、適正な連絡、適正な相談を「ほうれん草」と言うのでありますが、これはどの様な事なのでしょうか。

一般的に、「報告」は上司に対して行うものです。

部下に対して、「◯◯の件を報告致します」と言っていたら変ですよね。

多くの人が集まる場合は、報告会などとネーミングをする場合がありますが、これは先輩や上司も含まれる場合があるので、その様な表現になっているのだと思います。

次に連絡です。

連絡は、一般的に同僚や後輩、部下に対して行うものだと思います。

これは、意見が分かれるところだと思いますが、私は、上司に対するものは報告であり、自分と同等、若しくはそれより下の者に対する事が連絡だと定義しています。

上司には、「◯◯の連絡です。」と言うよりは「◯◯の報告です。」と言った方がしっくりくる様な気がします。

そして最後に「相談」です。

これは、上司にも部下にも使える言葉ですが、私は主に上司に対して使用します。

その理由は、部下に対して、常日頃から「相談したいのだが。。」と言っていたらどうでしょうか。

私は部下に対しては、「◯◯について意見を上げて下さい。」という指示で、部下の気持ちを吸い上げて仕事の調整をしています。

ほうれん草や、指示、命令を上手く使いこなしてこそ、良き仕事が出来るのではないでしょうか。


文書の書き方

仕事をしていると様々なシーンで文書を書く事があると思います。

文書に苦手意識を持っている人は、文書を書かなければならない場面に遭遇した時に、本当に悩むと思います。

しかし、文書は、少し訓練をして、コツを掴めば、それなりにわかりやすく書く事が出来ます。

文書をわかりやすく書くコツは、箇条書きにあります。

箇条書きは、単語を並べるようなものですから、文書を書くのが苦手な人でも比較的取っつきやすいのではないでしょうか。

まず、自分が相手に説明したい事を箇条書きで書き出していきます。

そして、箇条書きにした文章の下に6箇の原則に基づき肉付けをしていきます。

6箇の原則とは、いつ、どこで、誰が、誰に、どの様に、何した、というものです。

これを書き加えることで、箇条書きがかなり文章らしくなると思います。

この次の作業は、この文章に理由や状況などを書き加えます。

この理由や状況も最初から文章として書くのは難しいと思いますから、これも箇条書きで書き出していきます。

そして、この理由や状況などの箇条書きが完了したならば、これも先ほどと同じ様に6箇の原則で肉付けをしていきます。

この作業をしていくと、単語が並んでいた様な文章から一転して、かなり詳しく書かれた文章のようなイメージが出てきます。

さらに、文書に表現力をつける作業を加えていきます。

これは、自分の主観や感情などを盛り込む作業です。

これも慣れないうちは箇条書きで書き出していけば良いと思います。

最後に、文書らしく体裁を整えていけば完了です。


率先垂範の励行

入社して数年が経過しますと、後輩や部下が出来る人が多いのではないでしょうか。

はじめて出来た後輩や部下を指導する立場となった時に、その指導方法がわからずに困惑してしまう事があると思います。

そして、様々な指導書を読んだり、背伸びをしたりして、失敗した経験はないでしょうか。

後輩や部下の指導で悩む事はありません。

率先垂範を励行すれば、自然と自分も後輩や部下も成長をする事が出来ます。

率先垂範とは、何かと言えば、自ら進んでリーダーシップを取って行うという意味です。

自分で積極的に仕事を行いながら模範を示すと言い換えても良いかもしれません。

今までに、自分が行なってきた事を部下や後輩の前で行い模範を示す事ですから、そんなにハードルの高い事ではありません。

そして、自分が行なった事を部下や後輩に真似をさせる事から始めましょう。

部下や後輩が分からなくて困っている事があれば、アドバイスをして励ましてあげましょう。

そんなスタンスで部下や後輩の指導を行えば、そんなに難しい事を考えなくても良いのではないでしょうか。

指導と名が付いただけで、アレルギーを起こす人が多々おります。

しかし、部下や後輩は生徒ではありません。

職場の同僚であり、仲間です。

このようなスタンスで、部下や後輩の指導を行えば、大きな失敗をする事もなく、親近感を持ちつつ、自信を持って指導に当たれるのではないかと思います。

指導方法で悩んでいる人は、ぜひ率先垂範をイメージして指導してみて下さい。


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