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私の場所

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  • 友達が、すばらしい相手と結婚を決めた。
    同級生が、大きな仕事で成功をおさめた。

    こんなとき、素直に喜んであげたい。と思うと同時に、
    「うらやましい。それに比べて、私はなんて運がないんだろう」と思ってしまいます。

    けれど、人間は絶対的に平等だと信じています。
    今の一瞬にとらわれるのではなく、長いスパンで考えてみました。

    人をうらやむのは、相手の中身を本当にみていないからだ。と言い聞かせています。
    どんなに幸せそうにみえる人でも、その分、リスクを背負って生きているはずです。

    例えば、芸能人は華やかで、みんなにちやほやされて、お金もあって。なんていいんだろう。
    けれど実際は、芸能人ほど不自由な人はいませんよね。
    どこに出かけるにも気を使い、ちょっとしたことがスキャンダルになる。
    ちやほやする人たちの本心が見えずに、だまされることも多そうです。

    そういう闇の部分まで、同時に見ることができないので、うらやんでしまうのだと思います。
    良いところも、悪いところも感じることができれば、今の自分の幸せにも、気づくことができます。

    自分のフィールドで動きもせずに、他人のフィールドをうらやむのは、マイナスなエネルギーにしかなりません。
    幼稚な考えです。

    自分の今の立場は、自分の課題をクリアするために、与えられたものだと信じ、
    私は、私の与えられた場所と立場で、どれだけのことができて、豊かに過ごすことができるか。考えて生きたいと思います。

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    どっこいしょ

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  • 今日は最初に、マザーテレサの言葉を引用しようと思います。

    思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
    言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
    行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
    習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
    性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。

    これは、マザーテレサの言葉の中でも有名な一文なので、今までに聞いた事のある方も多いと思います。
    私は、この言葉を知った時に、神道の「六根清浄」を思い出しました。
    六根というのは、いわるゆ五感、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚に、加えて第六感、意識を加えた六つの感覚が清浄であるという感覚です。
    マザーテレサの言葉は、途中を省略すると即ち、思考は運命になるという真理を伝えています。
    運命になる過程を丁寧に解きほぐすと、それは言葉であり、行動であり、習慣であり、性格である。
    そしてそれがいつしかあなたの運命になるという言葉です。

    問題は放っておくほど大きくなり、手に負えなくなります。
    それならば、一番最初の、思考の部分から変えて行くことが一番簡単で早道なのではないでしょうか。
    六根清浄は、古くから伝わる神道の払い言葉で、御嶽山信仰とも繋がりがあるそうです。
    どっこいしょ、皆が使うその言葉は、六根清浄が語源で、ろっこんしょうじょうイコールどっこいしょ、という説もあります。
    目の前の山に登る時、立ち上がる事が困難な時、それでも前に進まなければいけない時
    私たちは心の中でどっこいしょ、とつぶやいてはいないでしょうか。

    どっこいしょ、と唱える事は六根が清浄になる事です。
    六根が清浄という事は、目に汚い物を見ても心では見ず、汚い事を聞いても心では聞かず
    臭い匂いを嗅いだとしても心には嗅がず、口先も同じく、身体的にも同じく心は汚れに触れないという事
    そして、意識としての不浄に触れても心は汚れない、という教えです。
    これは、マザーテレサの最初の教え、思考に気を付けると共通してはいないでしょうか。

    大昔からある日本の言葉と、遠く時代と場所を離れたマザーテレサの言葉が共鳴している事は
    とても不思議ですが、どこかでしっくりする感じもします。
    今日も一日、どっこいしょ、と自分に掛け声をかける時、それは六感すべてが清浄になり
    そして思考に気を付けるためのきっかけになると考えてみて下さい。

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    物を通した信用

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  • 皆さんは、日常生活の中で物やサービスの信頼性を疑うことがどれだけあるでしょうか?

    例えば、「乗り込んだタクシーの運転手が安全運転してくれるだろうか?」また、「購入した商品がきちんと動くだろうか?」など、普段気にしていない事に疑問を感じることはあるでしょうか?

    特別な経験やメディアで流れる情報などによって信頼性に疑問を感じてしまうことは良くあるのではないでしょうか?

    一度、交通事故を経験すれば、他人の運転が信用できなくなりますし、テレビでリコールの情報が流れれば、その企業の商品を購入した人は疑い始めます。

    別にタクシーの運転手全員が事故を起こすわけではありませんし、リコールを出した企業の商品全てが不良品ではありません。

    でも、実状とかけ離れた少ない情報から得られた判断として、疑いの目を向けてしまうことが少なくありません。

    このような、物を通しての信用というのは団体や企業だけでなく個人に対しても行われ、無意識の内に行動や判断に影響しています。

    よく、「○○さんが作った資料だから大丈夫だよ」とか「××さんが書いた計算書だからもう一度会っているかチェックした方が良いよ」といった会話が聞かれます。

    私も、「もう一度チェックしなくて大丈夫?」と言われる事があります。

    作業や仕事の品質などが疑われている訳ではないのですが、過去に「ミスが続いた」などの記憶が影響した信用度が表れた言葉です。

    もちろん信用は、日常の行いの積み重ねで回復することは出来ますが、悪い内容というのは記憶に残りやすく努力が必要になります。

    私も普段から物を通しても信用される様に努力していくと共に、不用意に疑いの目を向けることの無い様にしていきたいと思います。

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    「コップ半分の水の話」に思うこと

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  • 皆さんの中でも「コップ半分の水の話」をご存知の方は多いと思います。

    コップにちょうど半分水が入っているのを見て、「まだ半分入っている」と思うか、「もう半分しか入っていない」と思うか、人それぞれ感じ方が違っていて、

    前者と感じる人は、残っている水に目を向けながら物事を考えられる楽観的で前向きな人、
    後者と感じる人は空の部分に意識が行ってしまうため悲観的に物事を捉える後ろ向きな人ということを伝える例えです。

    私は昔からよく、「〇〇ちゃんって典型的なO型だね」と言われてきました。
    おおらかで前向きな人という意味合いがあります。
    コップ半分の水の話を知ってから、これは面白いとコップの水を見るたびに自らの感じ方に目を向けるようになりましたが、やはりいつも「あと半分ある」と思えてしまうのです。

    私は自分の性格が嫌いではありません。それ自体楽観的で前向きな証拠なのですが。
    あるコラムで読んだのですが、日本の会社の社長の殆どが、性格テストをすると楽観的な人間と診断されるそうです。
    事業を立ち上げ、経営していくには大変な努力が必要だし、様々な危機も乗り越えなければなりませんが、楽観的な人から生まれるパワーがそれを成し遂げ成功を導くと言えるデータではないでしょうか。
    ですので、これからもいつでも「まだ半分ある」の精神を保ち持ち続けていくつもりです。

    ただ、問題もあります。楽観的過ぎるがゆえにアバウトになり過ぎたり、他人にも自分にも甘くなりすぎたりすることです。これは結果がうまくいかないことが多いです。
    自分の思考や行動について反省すべきところはきちんと反省する、失敗した場合は二度と繰り返さないための対策をきちんと見つける。
    これが出来てこそ、真の楽観的で前向きな人間になれると感じています。

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    「チャンスは貯蓄できない!」

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  • 「チャンスは貯蓄できない!」とは、アサヒビール中興の祖、樋口廣太郎(ひぐちひろたろう)さんが残された名言です。

    「チャンス」は、目に見えません。
    「チャンス」は、耳に聞こえません。
    「チャンス」は、口で味わえません。
    「チャンス」は、鼻で嗅ぐ事が出来ません。
    「チャンス」は、手で触れません。

    ただ、唯一、「チャンス」は感じることが出来ます。
    どういうことかと言いますと、皆さんも好きな異性と、一度は恋に落ちた経験があろうかと思います。
    中には、まだ一度もそのような恋愛経験が無い方も、いらっしゃるかもしれません。
    その人と出会ったときに感じた、体中を電流が駆け巡るような感覚・・・
    私は今でも、その衝撃を鮮明に記憶しています。

    これが、「チャンス」です。
    でも、「チャンス」は、いつも感じる事は出来ません。
    では、どうすれば感じることが出来るようになるのでしょうか?
    それは、『意識』する事です。
    『意識』する事によって、感じることが出来るようになります。
    「あの時あーしてれば、こうならなかったのになー」
    恋愛において、よくある後悔です。

    何もこの感覚は、恋愛に限ったことではありません。
    普段、何気なく過ごしている仕事の時間にも「チャンス」は存在します。
    その五感で体現する事が出来ない「チャンス」を、しっかりと感じ取れるようになるかどうかは、日常の時間の過ごし方に、たっぷりと詰まってるんですね。

    是非、皆さんも、そして私自身も毎日の行動の『意識』を高めて、「チャンス」を逃さないようにしていきたいと思います。

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    3つのタイプ

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  • 青年海外協力隊の方々から、こんな話を聞いたことがある。

    世の中の人は3つのタイプに分けられる。

    「いてもらわないと 困る人」

    「いられると 困る人」

    「いても、いなくても いい人」

    たとえば、病院のない町に新しい病院を造ろうとする。
    予算が決まっていて、1日も早い設立を待つ人たちがいる。
    あなたはそのプロジェクトリーダーだ。

    まず、地道に石を積む作業をしなければならない。
    3人の若者を雇った。3人は黙々と石を積む作業に取り組み始めた。

    プロジェクトを知らない、
    観光客が石を積む若者3人に
    『何をしてるんですか?』と聞いた。

    一人は「見れば分かるだろ。石を積んでるんだよ」と、答えた。
    もう一人は「金のために石を積んでるんだ」と、答えた。
    最後の一人は「病院を造って、病気の子どもを救うんだ」と、答えた。

    石を積む作業は無事に終わり、
    3人の作業員がいらなくなった。

    あなたなら、石を積んだ3人の若者のうち
    どの人と最後まで目標を達成したいと思うだろうか。

    目先の作業しか、視界に入らない人は仕事の満足度も低ければ、継続性も低い。金銭面が最大のモチベーションな人は(否定はしないが)もっと条件のいい仕事があればすぐに他へ移って行くだろう。将来のビジョンを思い描ける人は、同じ目標に向けて現在の仕事の意味を理解し、着実に成果を出していくことができるのではないか

    あなたにとって「いてくれないと困る」のは、
    どのタイプの人だろうか?

    仕事のモチベーションはとても大切であると考える。

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    「4つのシゴト」について

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  • 本日のスピーチですが、今回は「4つのシゴト」についてお話ししたいと思います。

    よく格言で言われる「4つのシゴト」皆さんはご存知でしょうか?

    まず、「つかえること(仕事)」です。組織の指示の元で行う一般的なシゴトになります。

    次が、「わたくしごと(私事)」です。自分のために自由に行うシゴトです。

    次に、「しんでいること(死事)」です。これは文字通り、自分を殺して嫌々シゴトを行っていることです。

    最後が、「こころざすこと(志事)」です。これは信念や志をもってシゴトを行っていることを言います。

    さて、ここまで「4つのシゴト」を紹介してきましたが、皆様はどのシゴトにあてはまったでしょうか?

    私個人はこう思います。まず「しんでいることのシゴト」このような時はモチベーションを阻害しているものは何か? シゴトの問題か? プライベートの問題か? それを自分自身で客観的に考え、改善してモチベーションを高められるよう努めることが必要ではないでしょうか。

    そして残りの3つのシゴトですが、そのなかの1つではなく、これら3つのシゴトがバランスよく結びついているのが良いシゴトの仕方なのではないか、と思います。

    同じ会社で働く私たちにとって、「つかえるシゴト」は前提です。でも、つかえるだけでは物足りない。

    「わたくしのシゴト」も大切です。ですがあまり自分の自由にこだわってしまうとチームワークが欠けることもあるかと思います。

    そして「こころざすシゴト」です。これは一番崇高かと思います。ですが全ての人間が強い信念・志を持つことはなかなか難しいというのが正直な所だと思います。

    ですので、この3つのシゴトをバランスよく保つこと、これが日々のシゴトを行う上で求められるのではないでしょうか。

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    お金にまつわるお話し

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  • サッカーでも野球でも有名選手が高額な契約金で有名チームに移籍したというニュースが話題になることが多いと感じています。
    高額な金額という言葉では言い表せないような契約金になっています。

    天文学的とまではいいませんが、私の金銭感覚とは絶対に相容れないほどの金額がやり取りされています。
    100円ショップや安売りのスーパーで買い物ばかりしている私では一生かかっても使い切れないほどの金額です。
    私などはあんなにすごいお金を貰ってしまったら嬉しくなるどころか逆に茫然自失となってしまうに違いありません。

    これから何をしていいのか判らず、仕事も手につかず一切のヤル気が無くなってしまうだろうと思うのです。
    私もお金は欲しいです。
    できればたくさん欲しいと思っています。

    お金は欲しいですが、何十億円もの金額をもらってしまうと、お金を基準にする価値観が崩壊してマヒしてしまうのではないかと思ってしまいます。
    お金に関して書かれた書物を読んだことがあります。

    それによると、お金はある程度の以上の金額を貯めてしまうとお金が貯まったとしても、嬉しいという感情が沸いて来なくなるそうなのです。
    私はお金をたくさんは持っていないので、貯金残高が多くなってくると素直に嬉しいという感情が沸いてきます。
    それと同時にこれからも頑張ってお金を溜めようという気持ちも沸いてきます。

    このような気持ちもお金を有り余るほど持っている大金持ちのひと達はもはや感じられないそうです。
    お金を貯めても幸せに感じないというのは幸せなことなのか不幸なことなのか私にはちょっと判別するのが難しいです。
    もし、お金を溜めても嬉しくないのであれば、少しくらい分けて欲しいな、などと思ってしまいます。

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    茹でガエル理論

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  • 皆さんは「茹でガエル理論」をご存じでしょうか?

    熱湯にカエルを入れると、驚き露わにそこから飛び出し脱出しますが、冷水にカエルを入れて徐々に温度を上げていくと、カエルはそれに気づく事無く死んでしまいます。
    これは、突然の変化には誰もがすぐ気づくのに、徐々に変化するものには往々にして気づきにくいという警句であり、昨今のビジネスシーンにおいてもよく戒めのひとつとして語られているものです。

    人は皆、突然の出来事にはすぐさま反応を示すわりに、暫時的な変化には随分と鈍感なものです。
    端からみれば明らかにおかしな事であっても、本人にとってはそのおかしさになかなか気づく事が出来ないものなのです。

    これはひとえに、人が環境適応力を兼ね備えた生き物だから、そして余程の事が無い限り、その適応した環境を壊そうとしない生き物だからに他なりません。
    けれど、だからこそ誰もが「茹でガエル」になってしまう危険性をはらんでおり、常に細心の注意が必要だと言えるのです。

    あなたの鍋は大丈夫ですか?知らぬ間に火で炙られてやいませんか?気づかぬうちに「茹でガエル」にならないためにも、ょっとした変化を見逃さず、常に客観的なものさしで自分をはかるクセをつけましょう。

    ちなみにこの話、あくまでも例え話であるため、実際にカエルを熱湯に入れれば飛び出す間もなく死んでしまうし、冷水に入れれば熱くなる前に飛び出して逃げ出すと、科学的な検証では間違いとされています。

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    運を貯める

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  • 皆さんは、ボランティア活動などはしたことがありますか。

    どうしても、報酬を求めてしまい、無償で何かをすることは損なように感じてしまう傾向にある人も多いと思います。
    また、「誰かのためにやっている」という感じがして、どうもおこがましい感じがしてしまう方もいると思います。

    私もそう感じる一人でありましたが、先日あるドラマの社長役の方が、このようなことを話していました。
    その社長は、人が困っていればすぐ手を差し伸べ、ごみが落ちていれば拾う、日ごろの生活にボランティア精神が溢れている社長でした。
    その社長に向けて、社員がどうしてそのようなことをするのか尋ねたところ、このように返答していました。

    「運を貯めているのだ」と。

    この言葉は、私にとって目から鱗が落ちる言葉でした。
    なるほど、人のためにもなるが、自分の運も貯めていると考えれば、無償でもないしおこがましい気持ちも感じなくなると思ったのです。

    人のために何かをすることは、やってみると自分も気持ちがいいものです。
    さらに、運も貯まっていると考えれば、その効果は何倍にもなると思います。
    いい行いをすると、いつか自分に返ってくると私は考えます。

    私は始めに、ボランティア活動と言いましたが、そんな大それたものでなくても、コピー用紙が少なくなっているのに気付いたら、次の人が印刷することを考えて補充する、そんなちょっとしたことでいいのだと思います。

    運を貯めていると思いながら、身近なことから何か始めてみませんか。

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    自分の評価

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  • 皆さんは、自分の能力を正確に把握できているでしょうか?

    自分自身の能力を正確に把握することは非常に難しく、出来ると思っていた作業が期間内にできなかったり、出来ないと思っていた仕事が思いのほか簡単に終わったりした経験はないでしょうか?

    私自身も、期日内に作業が終わるつもりがなかなか終わらず、他の人に手伝ってもらった事があります。

    それは、自分自身の能力を過大評価または過小評価していることによるものです。

    これらは行動心理学や、行動経済学などによる様々な実験によって、一定数の人が自身の能力を正確に把握できず、男性の方が過大評価ぎみで、女性の方が過小評価ぎみである事が確認されています。

    特に、自分自身を過大評価して考え方や判断に偏りが生じてしまう事を「自信過剰バイアス」といいます。

    特に、株取引やFXなどの資産運用にて「自信過剰バイアス」によって明確な根拠も無く売り買いを重ねて損失をだしてしまうケースが多く、注意を呼びかけている証券会社もあります。

    また逆に自身の過小評価により、本来なら発揮できる能力を生かす場に恵まれないままの人もいます。

    これらは、自己評価のある会社では適切な人材の配置の妨げになり、経済学的に損失になっていると考えられています。

    しかし、自身の過大評価や過小評価する事自体は、決して悪いことばかりではありません。

    自身の過大評価によって、強気に物事を進めて停滞していた物事を進められる事がありますし、自身の過小評価によって、リスクを回避する余裕が生まれる事があります。

    私自身も、行き過ぎた自己評価をせずに、適切な判断で物事を進められる様に気をつけて行きたいと思います。

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    現状維持で良いのか

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  • トップアスリートというのは、たとえ優勝したりしても、トレーニングや技術の鍛錬の手を抜くことはありません。

    常に上を目指して努力を重ねられるということが、アスリートとしての素質ではないかと思うことがあります。
    置かている状況はだいぶ違いますが、私たちのような一般人にとっても、「現状維持」という言葉には、あまり良いイメージが持てないように感じています。

    世の中ではいろいろな技術や価値観が、以前にも増して目まぐるしい速さで変化しているというのは、多くの人に共感してもらえることだと思います。
    短いスパンでの変化は感じにくいものですが、今日と同じ明日は存在しません。
    日々変わりゆく環境の中で、変わっていかないということは、一見「維持している」ように見えますが、前進する人からみれば「後退している」ように見えるはずです。

    19世紀から20世紀にかけて起こったような、電気やパソコンといった、生活をガラッと変えてしまうようなイノベーションはそうそう起きないでしょう。
    しかし、常に変化していることを認識せずに、現状に満足するということは、長期的に見ればかなりのマイナスになるはずです。
    限られた時間や労働力をより有効に使うためには、大なり小なりのイノベーションが必要なのは誰の目にも明らかです。

    そうかんがえると、毎日なんとなく行なっていることというのが、あまりにも多いような気がします。
    何から何までそこまでシリアスに考える必要はないかもしれません。

    ですが、日々、緩慢と行なっている作業やルーティーンについて、いま一度その必要性について考えてみることも必要ではないかと思います。。

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    勉強をする環境について

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  • 最近、プライベートの時間で勉強や考えごとをするときに、積極的に自宅の近くのカフェを使うようにしています。

    Wi-Fi環境が整っていたり、電源を貸してくれたりと、いろいろと便利な環境が整っています。
    本来は勉強や作業をする場所ではないとわかっていますが、気前よく長いを許してくれるお店には恐縮してしまいます。

    集中して勉強をするためには、静かで落ち着いた環境でやるのが良いというのは多くの人に共感していただけると思います。
    ですので、以前は自宅の使い勝手の良いデスクや、必要な資料が揃った本棚というのは、マストだと思っていました。
    他にもお客さんがいたり、他の人の会話が聞こえるようなカフェでは、集中しづらいのではないかと思ったりするでしょう。

    しかし、自宅や自分の部屋というのは、なんとも邪魔なものが多いものです。
    休みの日や仕事の後などには、ちょっと気を許せばそばには横になれるベッドがあり、テレビやパソコンでの動画の閲覧など、誘惑はそこかしこにあるものです。
    やろうやろうと思っていても、結局他のことに気を取られて、全然勉強が進まないという経験はどなたにもあると思います。

    ですので、最近は少し発想を変えることにしてみました。
    家で勉強をしようとして結局できないということよりも、多少のコストはかかりますが場所を変えて行うのもよいのではないかと思います。
    結局のところ、限られた時間と限られた資材を使うことで、時間を区切って集中することができているように感じています。

    家でぐうたらしてしまって逃す時間や機会というのは、カフェで使うコーヒー代よりもずっと大きいような気がします。

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    人生を美しくしていくために

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  • 人生は美しいという言葉があります。
    生きているということは、それ自体は美しいのかも知れませんが、容易ではないのもまた事実だと思います。

    生きていくことには平坦ではありません。
    デコボコとした歩きにくい道のほうが多いような気もしています。
    生きていくと幾つもの問題に直面してしまうものです。

    それらの問題に勇気をもって乗り越えていきたいと思っていますが、果たして今の自分にそれができているのか自信を持って言うことはできません。
    試練の時を希望に変えていけたらとは思っています。

    幸福と悲しみ、勝利と敗北、昼と夜のうにコインの裏表のような気がします。
    人生も同じように喜びと成功の次には悲しみや敗北が待っているのかも知れません。
    喜びや成功ばかりで、悲しみや失敗、苦労を経験したことのないことはいません。

    現在、成功していると呼ばれている人々はみな、人知れず人生のなかで困難に遭遇しているのでしょう。
    困難に遭遇していない人は決して成功することができないと言い切っていいのだと思います。
    生きて新しい朝を迎えるということは確かに美しいことだと思います。

    人生とは一瞬、一瞬が美しく祝福されるべきものなのかも知れませんが、常に逆境と挑戦が待ち受けていると言っても間違いはないはずです。
    困難は私たちの勇気、忍耐、本質を試してくるのだと思います。
    逆境と苦難は私たちを強くするとも言えます。

    痛みがなければ利益が得られないということも間違いありません。
    困難は私たちに栄養を与え、その困難を乗り越えたとき私たちは成長しているはずです。
    困難に直面しても自分から汗をかくことを自分のモットーにして美しいと言える人生を送っていければと思っています。

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    仕事を好きになること

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  • 皆さん、今までに御買物などで感動した経験はありますか?

    実は、先日家電量販店に伺った時にとても感動する接客をしていただきました。

    その日は、自宅で使用するコーヒーメーカを購入しようと伺ったのですが、まずお店に行った時の店員の方の挨拶がとても元気でした。
    私はしつこい接客やずっと着いてくる接客が苦手なのですが、そのお店では挨拶の後そっと行動を見守ってくれていたと思います。
    そして、目的のブースで迷っている様子を察知した時に声をかけてくださいました、本当にナイスタイミングでした。

    私がコーヒーメーカを探していることと色やデザインの希望、全自動で子どもがいるので音が小さい方が良くて、掃除が楽な物が良いと希望をすると、サッとある商品を勧めてくれいました。
    その後も熱い商品説明を聞いていると「この人は本当にこの商品が好きなんだな。」という気持ちが伝わってきました。

    そして、そのコーヒーメーカーの購入を決めお会計を済ませると店舗の前までお見送りに来てくださりました。
    一番感動したことは一緒に買い物に行っていた子どもへの対応でした。
    基本的に大人の買い物中子どもは退屈しますが、その店員さんは風船を持って来てくれたり他の店員さんにプレゼントの小さな玩具を持ってくるようにお願いしてくださったり、子どもが買物中退屈しないように笑顔で会話もしてくれて本当にゆっくり品定めができました。

    私がこの買い物で感じたことは、いかに自分の仕事に熱い気持ちをもっているかで仕事への取り組み方や人への接し方が変わると思いました。
    仕事一つでも、それができるkとおで誰の為になって何に繋がるかを考えれば、少し仕事への意識も変わってくると思いました。

    忙しさで、目の前に仕事をこなすという時こそ、仕事の目的やその仕事への成果をイメージできるようになれば、もっと仕事の視野も広がると思います。

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    人間にとって大切なもの

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  • O・ヘンリーは、「人間にとって大切なのは、この世に何年生きているかということではない。この世でどれだけの価値のあることをするかである。」という言葉を残しています。

    生きている時間が少なくても、多くの人に感動を与えている人はいます。
    特に、難病を患いながら病気と闘った人は、人生に対する考え方も、取り組み方も違います。

    文字通りに、「死に物狂い」で闘っているので、当たり前です。
    だからといって、病気になりたいと思う人はいないでしょうし、闘病している人に対して失礼になります。

    では、どうすれば価値ある人生を送れるのか。

    心構えと言ってしまえば、それまでですが、目の前にある仕事などを真剣に取り組むことだと思います。
    そして、ただ淡々と仕事をこなすのではなく、その仕事を極めることだと思います。
    仕事を極めると、いろいろなことが見えてきますし、考えが沸いて来ると思います。

    それは、仕事の効率化だったり、仕事の生き甲斐だったり、後輩への引き継ぎ方など、様々だと思います。
    そして、必ず思うことは、「その仕事で自分は何を残せただろう」ということです。
    「もっと真剣に取り組めば良かった」と思う人もいることでしょう。

    しかし、その様に思えた人は、その仕事に真剣に取り組んでいた証拠ですし、その反省を糧に価値ある人生を送って行けると思います。
    価値ある人生とは、他人が評価するものではなく、自分が過去を振り返ってどう感じるかです。

    あなたは、過去を振り返って満足してますか?
    少しでも満足出来ることがあれば、あなたは価値ある人生を送っています。

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    今日の歩むべき行き先、目標

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  • あなたの自分の歩むべき行き先はどちらでしょうか?そう聞かれたとしてもこの問いに模範解答はありません。
    なぜなら歩むべき道や行き先なんて千人十色星の数ほどあると思います。

    ただしこの目標となるものが自分はなくてはならないものだと思っております。
    実際仕事上においてもただ単に仕事をこなすのでは意味のない行為でそんな作業だったらロボットで十分です。

    社会的に見てもロボットの開発は始まっておりある程度の作業はロボットが行う時代、けれどロボットには現実的にまだ目標を持って作業をするということはまだまだ実装されてはいません。
    あなたの仕事やプライベートを過ごす1日、あなたはそんな1日でいいのですか?

    ただ単に決められたレールを通ってただ走り続けるのもだめだとは言いませんが、せっかく人間に生まれたのですから自分は目標をもち何事にも取り掛かることが重要だと日々考えております。その目標が「社長になる」などの高いものでも「家に帰っておいしいものを食べる」というような当たり前なものでもなんでもいいのだと思います。

    一番大事なのはその一日をどう生きるか、それにあたってどう楽しむか。
    難しいことではありません、子供のころ帰り道に近道を探したりするような簡単なことなのです。

    これは生き方だけではなく仕事にも言えることであり
    ただ単に納期に間に合わせるように作業するのではなく、どうしたらもっと効率よく有意義に作業ができるのかを考えることが大事だと思うのです。

    今日も一日このことを考え今日という1日を過ごしたいと思います。

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    挫折を経験した事がない者は、何も新しい事に挑戦したことが無いということだ。

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  • ドイツ出身の理論物理学者・アインシュタインの言葉です。

    何かをやろうとれば、必ずそこに面倒くさい事、やりたく無い事がくっついてきます。
    それだけなら良いのですが、多かれ少なかれ「失敗」というものも必ずくっついてきます。

    失敗なしにプロジェクトや行事を成功させてきた方っていらっしゃるのでしょうか?
    私は「いない」とはっきりと言いきれます。
    レジュメの書きそこないや伝言忘れ、小さなミスなど「あって当然」の中で私たちは仕事をしていると思います。

    しかし、そんな中「なんで、こんな事になってしまうんだ!」と、取り返しがつかない大きな困難につぶされてしまう事がある。
    また、自分自身で自分の能力の限界を感じ、去る道を選ぶ事もある。
    人は、それらの出来事を「挫折」と言うのではないでしょうか?

    しかし、みなさんよりも少しだけ長い事生きてきた私からすれば「挫折のない人は世の中にいませんよ」という事。
    みなさん、今日、今、ここにいる自分が子供の頃の夢でしたか?

    おそらく、ほとんどの方が「ちがう」と答えると思います。
    これは、人には見えないけれど、人によっては「大きな挫折」であったりもするんですね。
    口には出さないけれど、人には話せないけれど、自分の中で大きな傷となっている事。
    それぞれがそれぞれに持っていると私は思います。

    皆が皆、挫折を経験してきている。
    挫折なんてものは、何度やっても、そこからしっかりと立ち上がれば良いだけ。
    私は日々そのように思いながら、チャレンジする事を恐れずに頑張りたいと思います。

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    夢見ることができればそれは実現できる。

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    ディズニーランドでおなじみの、ウォルト・ディズニーの言葉です。

    大人になり始める頃から「夢は努力すれば叶うか、叶わないか?」の議論を友人達としていました。

    私の中の夢の定義は「実現できる可能性は低いが、努力すれば必ず成し遂げる事が出来る大きな大きな目標」です。
    人間、自分の事はある程度わかっていると思うのです。
    運動がめちゃくちゃ不得意な人が、サッカー選手を目指す事はないと思います。
    それぞれが、自分の得意な分野で「こういう風になれたら最高だろうな~。なりたいな~。」と願う。
    それが夢でないかと思うのです。

    目標と夢の違いは何なんでしょう?
    目標はほぼ成し遂げる事が確実。
    夢は実現の確立が低いもの。だと私は考えます。

    ですので、そんな確率の低い’夢’にチャレンジするには冷静な自己分析と最大限の努力が絶対に不可欠。
    夢を叶えるためには目標を達成する何倍もの努力と冷静な分析が必要である。と私は考えます。

    漠然とアイドルになりたい!役者になりたい!と言うのではなく、その前に自分自身に本当にその才能があるのか自問自答し、自分で「なれる」と判断したら、これ以上出来ない努力をしながら夢に突き進む事が夢を叶える力なのではないかと思うのです。
    そして、この夢の実現に対する物事への取り組みかたは、そのまま日々の仕事に生かせると思います。

    大きな大きな実現が困難な夢のようなプロジェクトであっても、たゆまぬ努力と綿密な計画により成し遂げる事が出来る。
    私はそう思います。

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    20歳の顔は自然の贈り物。50歳の顔はあなたの功績。

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  • 世界的なファッションデザイナーであったここシャネルの言葉です。

    私も含めた女性のみなさんは、男性のみなさんとは少し違う立ち位置で仕事に取り組む事があるかもしれません。
    近頃の女性はかなり強くなってきていますが、まだまだ色々な場面で男性優位の場面に遭遇することが多いかもしれません。

    仕事が思ったように運ばない。失敗をしてしまった。
    そんな時、みなさんはどうしますか?
    若さに甘え「出来ない、わからない、」と甘えたり逃げたりする道を選びますか?
    それとも、自分の持てる力でその困難から脱出する方法を模索しようと努力しますか?

    よく、昔から「男の顔は履歴書である」と言われているように、それは確実に女性にも当てはまると私は思います。
    若いうちは、努力よりも才能の方が評価されることが多いと私は感じます。
    ものすごい才能を発揮したり、発明したりするのも、実は20歳や30歳代が多い、と何かの本で読んだ事もあります。

    しかし、それら才能に胡坐をかいて何十年も過ごしてきた人というのは、あまり魅力的な顔をしていないように私は感じます。
    男女ともに、40代、50代で素敵な外見の方は、その方の物事に対する姿勢そのものがとても素晴らしい事が多いと私は感じます。
    その方の生き方が外見に現れているのでしょうね。

    パワフルで素敵な先輩方とお話をしていると、私も先輩方のようになりたいと強く思います。
    ですので、日々、努力を重ねながら頑張っていきたいと思います。

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