白穏禅師の教えと社員の使命

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  • 江戸時代の高僧に白穏という人がいました。ある日、世の真理や自分のなすべきことが分からなくなった武士が、寺にいた白穏に問いかけました。「極楽や地獄はどこにあるのでしょうか?」と。

    白穏は予想を裏切る返答をしました。「何を血迷ったか。極楽や地獄をお前のような武士ごときが語るのは百年早いわ。そんなことを尋ねるお前はよほどの腰抜けであろう」と。

    武士は激怒しました。「侮辱にもほどがある。腰抜けとは何だ!」と、刀に手をかけました。

    白穏が「腰抜けを腰抜けと呼んでどこが悪い」とバカにした口調で応じると、武士は刀を抜いて白穏に襲いかかりました。白穏は済んでのところで刀をかわして本堂から庭に逃げ出します。武士は両手で刀を持ったまま、白穏を追いかけ追いつきそうになりました。

    白穏は一喝しました。「それを地獄というのじゃ!」と。その声にはっとした武士は、呆然となって動けなくなりました。

    そして、我に帰った武士は刀を収め、両手を合わせながら「ありがとうございます。拙者はやはり腰抜けでした。一時の怒りで大変なことをするところでした」と一礼をしました。

    白穏は、武士の態度にうなずきながら、「それを極楽というのじゃ」と語ったとのことです。

    ここまで話すと、社員の皆さんにはよくお分かりと思います。極楽や地獄は人間の心の中だけにあると。そして、地獄の本質は人と人とが不信のあまり憎みあうことで、極楽はその反対であることが。さらに言うと、極楽とは、人の話を虚心に聞いてそれを理解し、この世の道理に反しない行動をとる場合にのみ現れるとも言えます。

    部下同士が対立して地獄が現れようとしているときに、それを制止できなければ社員でいる資格はありません。いわんや、自分自身がパワハラを行うなどで地獄を作り出すのは論外です。

    会社の全員が地獄に落ちないためには、社員として業績を意識するのはもちろん必要です。でも、そればかりになってしまうと、やはり地獄が現れます。先ほどの白穏の話を時々は意識することも、社員の基本と言えるでしょう。

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    1マイルではなく2マイル行く!

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  • 誰もが知る偉人イエス・キリストは次のような名言を残しました。

    「権威のもとにある者があなたを1マイルの奉仕に徴用するなら、その者と共に2マイル行きなさい」

    当時のユダヤ人はローマ帝国の支配下にあり、ローマの役人から何らかの仕事を命じられる事があったようです。
    そんな時、命令されただけの仕事を行なってそれで終わり、というのではなく、「2マイル」を行きなさいと、キリストは述べました。
    つまり、命令された以上の仕事を行ないなさい、という意味です。

    上司や取引先などから、これこれの仕事をして下さい、と指示されることがあります。
    指示された分だけをこなす事も、一つの手です。指示された分をきっちりこなしているなら、クレームの対象になる事は無いでしょう。

    でも、指示、命令された以上の事を進んで行なう事には大きなメリットがあります。
    自分がオーダーした以上の仕事をしてくれた部下や取引先の従業員の事を、皆さんはどのように感じるでしょうか?
    きっとこれまで以上に信頼を置き、大きな仕事も安心して任せられるのでは無いでしょうか。
    余分の仕事を進んで行なう事によって、より大きなビジネスチャンスを掴む事も出来るかもしれません。

    メリットはこれだけではありません。
    指示、命令されただけの仕事を行なっているなら、言わば仕事の奴隷となっているようなものです。
    しかし、要求されている以上の事を自ら進んで行なうなら、自分で仕事をコントロールしていることになるのです。

    では、ただノルマをこなすだけの仕事ではなく、是非「2マイルを行く」仕事を心がけてまいりましょう。

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    情けは人の為ならず

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  • 「情けは人の為ならず」という有名なことわざがあります。

    このことわざは、「人に親切にすることは、相手の為にならないからやめなさい」という意味だと思われがちですが実は違います。

    本来の意味は、「人に親切にするとまわりまわって、自分に返ってくるので人の為というわけではない」という意味なのです。

    職場で一緒に働く人達が困っている時に手を差し伸べてあげるからこそ、自分が追い詰められている時に手を差し伸べてくれる同僚や上司がいるのです。

    繁忙期などだと自分のことで精一杯になって周りが見えなくなってしまう人も多いかもしれませんが、そんな時こそ周りを見渡してみることはとても大切です。

    「あの仕事を任せられたのが自分でなくてラッキーだった」「忙しい人は大変そうだけど、手伝うと自分が損してしまう」などと頭をよぎるかもしれません。

    しかし、そんな時はどうかこのことわざ『情けは人の為ならず』ということわざを思い出して、周りに手を差し伸べてあげてください。

    そして手を差し伸べて持った人もまた、『情けは人の為ならず』ということわざを思い出して、手を差し伸べてくれた人に次は手を差し伸べてあげてください。

    人間は、持ちつ持たれつという原理で生活しています。

    忙しい時こそ、会社ない全ての人が親切心を忘れないことで仕事の効率化をはかっていくことが大切なのではないでしょうか。

    情けは人の為ならず、どんな小さなことでもいいので今日からこのことわざを思い出して親切心を持ってみましょう。

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    4月に纏わることわざ

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  • 日本には四季があり、咲く花や気候などさまざまなものによって季節を感じることができます。
    先人たちはその季節によって感じられるものを、ことわざに残されました。今日はそのうち4月に纏わることわざを2つ紹介したいと思います。

    ひとつめは「ツバメが低く飛べば雨近し」です。
    ツバメは渡り鳥で、フィリピンなどの東南アジアで越冬し、日本には4月上旬ころになるとやってきます。
    繁殖期を日本で向かえ、また寒くなる季節になると日本を飛び立っていきます。
    まさに春の訪れとともにやってくる野鳥ですね。

    さて、「ツバメが低く飛べば雨近し」ですが、これは低気圧が近づくことと関係しています。
    天気が悪くなるのは低気圧が近づいてくるからです。
    そうなると温度や湿度があがります。湿度が上がるとツバメがエサとする昆虫たちがたくさん出てきます。
    それをツバメが捕食しようとさかんに低空飛行をするのです。
    これが「ツバメが低く飛べば雨近し」と言われるゆえんです。

    ふたつめは「女心は四月の空のごとし」です。
    このことわざで使われている4月とは太陰暦の4月のことなので、いまの暦の4月とは1ヶ月ほどずれています。
    この頃になると大陸からの高気圧の一部が移動性高気圧となって日本に流れてきます。高気圧がくると青空に覆われて晴れ間が広がります。
    しかし、この高気圧が通り過ぎたあとには低気圧がやってきます。低気圧がくると天気は崩れてしまいます。
    晴天になったかと思えばすぐに天気が崩れて雨が降る。変わりやすい女心を4月の天気に掛け合わせて読まれたことわざなのです。
    もちろん全ての女性がそうではないかと思いますが、男性諸君は心に留めておいたらよいかも知れませんね。

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    職場でも便利なスマホアプリは使うべきです

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  • 今やガラケーで電話をするのが恥ずかしいくらいのスマートフォン全盛です。このスマートフォンは使い方によっては会社にとって非常に便利な、連絡手段となります。

    現在会社単位で携帯電話の契約をする場合、ガラケーよりもスマートフォンの方が安くなっています。しかし、スマートフォン事情を知らない会社の上層部は、断固としてガラケーにします。それもメール無しです。スマートフォンに変更して、膨大な通信料の請求が来たら大変という概念です。実際はそうではありません。会社にWi-Fiを設備すればWi-Fiの遠く範囲は無料ですし、Wi-Fiを装備した施設も数多くあります。また上限を決めた通信料を超えると、通信速度が非常に遅くなって追加料金が発生しにくい仕組みです。

    何よりも便利になるのが連絡方法です。誰も知っているアプリ『LINE』を使えば、グループ化するだけで、全員に一斉に連絡事項が送れます。また言った、言わないの連絡事項や、注文などもトークで行えば、読んだか読んでいないかの既読マークがつく便利さです。また取引関係では、見積書を画像で乗せることもできます。

    スマートフォンを使いこなす幹部のいる会社は、全てスマートフォン化しています。そして、便利なアプリをどんどん使って、情報の伝達や、連絡事項などにおける時間短縮を行っています。また取引先においても、スマートフォン使用の場合は、アプリを使った連絡、商談と、一昔前とは随分違うやり方を行い、浮いた時間を別の仕事に使っています。

    逆に昔からの、電話と対面での会話、ファックスという会社もまだ多く見られます。私は最先端のツールを使う派です。社内でも、取引先でも、スマホアプリ使用可能な相手は、全てスマホアプリで対応しています。便利なものは使うべきです。このスマホアプリの使用例を見ていると、ことわざの『聞くは一時の恥聞かぬは一生の損』を思い出してしまいます。

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    天高く馬肥ゆる秋という諺は本当は怖い諺です。

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  • 「天高く馬肥ゆる秋」という諺があります。
    空が高く見える秋は収穫の時期で、食べ物の豊富なこの季節は馬も肥え太る、という意味でこの諺は現在使われており、食欲の秋と並べる事で、寒くもなく暑くもなくなった過ごし易い季節には体調も良くなり食欲が増したところで、美味しい食べ物も摂れることから体重が増えるのだと理解されている事が多いのではないでしょうか。

    しかし本来のこの諺の意味を考える時、この様な平和でのんびりとした状況を表現するには相応しくない諺となってきます。
    この諺は、古代中国の詩人、杜審言の詩の中に出て来る一文です。
    「肥える」という言葉は飽食の時代の今でこそ、文字通り体の太ったという意味で、俗称で表現すると「デブ」という言わば蔑称として使われますが、大昔の食糧事情の良くない時代においては、十分に食べて肥え太った人は即ち体格の良い、体力のある力強い人という意味合いが強かったのです。馬においても肥え太った肥馬とは大きな強い馬を表す単語でした。

    昔の中国では、常に北方騎馬民族による侵略に晒されており、あの有名な万里の長城はその侵略を阻止する為のものです。つまり、秋という季節は、春夏の草が豊富な時期を過ごして肥え太って強い馬に乗った北方騎馬民族が攻撃を仕掛けて来るという季節です。この諺はその危機感を表現した諺なのです。

    我が社は今ブームの波に乗って業績が上がり急成長しています。この好況を天高い秋と喜んで自社を肥え太る馬だと満足してばかりいると、より太って強力になった競合他社に先を越される結果になりかねません。
    油断することなくこの諺の本来の意味を教訓にしなければなりません。

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    虻蜂取らずと一石二鳥

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  • 反対の意味を持つ二つのことわざの例として、虻蜂取らずと一石二鳥が、よく例にあげられます。
    でも、次のように考えてみたらいかがでしょうか。

    新しく何かを始めようというときに、あれもこれもと欲張ってしまうと、結局は何も身に付かない。まさに虻蜂取らずに終わってしまうのではないでしょうか。
    だからといって、とりあえずは一つだけ始めてくださいというのではないのです。

    いくつも同時に始めようと思うほどの意欲を、まずはすべて一つに、集中させるのです。
    せっかく一つに絞って始めたことなんだから、徹底的に、極めてやろう。とことん深めてやろう。
    そういう気持ちで、ことを始めるのです。

    そして努力の甲斐があって、何とか一つのことではあっても、極めるまでとは言わずとも、自分が納得するレベルまで到達したとします。

    その結果、得られるものは、決して一つではないでしょう。
    自分が打ち込んだ一つのことに関連する色々なことが、同時に収穫できているはずです。

    とりあえずはジョギングから始めよう、だったとしても、極めようとすれば、色んなことが気になるはずです。
    どのようなフォームが理想なのか、あの人のフォームは無駄がないな、またジョギング後にはどんな食事をするべきか。
    その結果として、体力がついたというジョギングの直接的効果の他に、栄養バランスについての情報が増える、一緒に走る仲間ができる、テレビの陸上中継の見どころが増える等、たくさんの収穫があるはずです。

    何となく色んなことを始めても、虻蜂取らずに終わってしまう。しかし、たった一つのことでも徹底的に、極めれば得られるものは決して一つだけではないんだと。
    こう考えてみると、この二つのことわざは反対の意味ではなく、二つセットで、私たちに教訓を授けてくれていると思えるのです。

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    今日が最高

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  • 「今日と言う日は、知識と記憶が今迄で最高の高みにある」
    この言葉を言ったのは「あの世へ逝く力」と言う本を記載した小林玖仁男氏です。
    小林氏は肺の病気を患い寿命が見え隠れする中で、死を迎えるとはどういうことなのか?を実況中継のごとく記載していて、
    あの世へ行った人が帰って来て教えてくれるわけではないので、死に近づく自分はどういう心境になるのか?を記しているのです。
    そんな中、「今日と言う日は、知識と記憶が今迄で最高の高みにある」との気持ちに至ります。
    この境地は、死が近づく小林氏の心境だけではなく、世の中の人全てに言えることではないでしょうか?
    例えば、昨日は書けなかった漢字が今日は書けるようになる。「今日と言う日は、知識と記憶が今迄で最高の高みにある」と言えます。
    昨日は10mしか泳げなかったのが12m泳げるようになる。これもまた「今日と言う日は、知識と記憶が今迄で最高の高みにある」と言えます。
    こんな小さなことでも昨日より今日の方がよいのです。
    であるならば仕事も同じだと思います。
    今日何か間違いをしたら、明日はその間違いになる前に気づく事が出来る!その間違いの修正方法がわかる!
    「今日と言う日は、知識と記憶が今迄で最高の高みにある」となります。
    昨日よりも今日の方が仕事の上で知っている事が多くなるのです。

    同じ会社で今隣にいる人を見て下さい。
    あなたの隣に今いるのは、間違いなく「今日と言う日が、知識と記憶が今迄で最高の高み」にある人です。
    そういう人達が今ここに仲間として働いているのです。
    今日が最高な自分と今日が最高な仲間と共に明日はもっと最高になるように今日も1日仕事をしていきましょう。

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    備えあれば憂いなしをモットーに仕事に取り組む

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  • 私の好きな言葉に「備えあれば憂いなし」というものがあります。いつもしっかり備えておけば憂いはないという意味ですが、これは仕事にも通じる教訓となるような言葉ですよね。起こりうるトラブルに対してすべてに備えろというのは無理がありますが、それでもできる限り備えておけばトラブルが起こっても最小限の手間で対応できます。しっかり備えてなるべくトラブルが起きないようにし、たとえ起こってもすぐに対応する、これがソツなくできれば優秀なビジネスマンと言えるのではないでしょうか?

    私の今までの経験を振り返ってみると痛感するのですが、仕事でトラブルが発生するときはだいたい備えができていないときなんですよ。目の前の仕事に一杯一杯になるのはしかたないですが、それでも備えをしておかないとトラブルが発生しやすくなってしまうんですよね。そして、トラブルが発生するとその対応に追われてしまい、また新たなトラブルを引き起こすという悪循環です。

    あまりに神経過敏になってトラブルを恐れすぎるのと身動きが取れなくなってしまいますが、できるところまで備えておくことは仕事をスムーズに進めるためのコツです。備えておくことによって予想外のトラブルをできる限り事前に排除できれば、思い通りになりやすいですよね。実際にはそれでもトラブルに見舞われることはありますが、備えているならしかたないと割り切って対応できます。仕事では毎日いろいろなことが起こりますので、それらに対応できるようしっかり備えていきたいです。

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    同じ言葉も考え方で受け取るイメージが変わると感じたこと

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  • イギリスのことわざに「A rolling stone gathers no moss」というものがあります。
    「転がる石には苔が生えぬ」という感じの文に和訳されているので目にしたことのある人も多いことわざではないでしょうか。

    解釈としては状況によっていろんなものがあると思います。
    一番多いのは「精力的に活動を続けることによっていつまでも能力が錆びつかない」。
    あるいは「勉強を続けることでいつでも最新の知識や情報を持っている」といった「ひとつの場所にとどまらないことの重要性」を解くタイプが多い印象です。

    ところがちょっと調べてみるとこのことわざのもともとの発祥地、イギリスでは全く正反対の意味だということを知りました。
    イギリスでの解釈は「職業や住まいを転々とする人は成功できない」という意味で使われるのだそうです。
    「活動を続けることによって錆びつかない」の解釈はアメリカで使われているのだとか。

    どういう過程で解釈が変わったのかはわかりません。
    でも同じ言葉なのに全く正反対の意味に説明されているのがなんとも面白いものです。
    もしイギリス人の友人がいて、何か目標に向かっている時に励ますつもりで「転がる石はっていうから」と言ったら「やめとけってことか」と聞かれるかもしれません。

    ことわざの例はきちんと説明すれば笑い話になるようなことです。
    でも日常生活の中にも「同じ言葉を言っても相手の解釈の違いで全く正反対の意味に理解されてしまう場合がある」というのはよくあることだと思います。

    落ち込んでいる人に「頑張って」と言ったら「自分は努力が足りないんだ」ともっと落ち込む人もいるかもしれません。
    逆に「そうだな、もっとできるよな」と元気になる人もいるでしょう。
    言葉の持つイメージは人それぞれ、いちいち気にしていたら本当は気軽に他人と話すことは難しいことなのかな、とも感じます。

    だからといって「誰とも話さない」というわけにもいかないのが人間です。
    他の人の言葉に対するイメージや考えを100%理解することはできません。
    でも少なくとも「乱暴な言葉使いをしない・やたらと略語を使わない」といった「丁寧に話す」ということなら心掛けることができます。

    完璧とはいかないまでも常に丁寧な話し手でありたいと考えています。

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    人間関係で悩んでいる時に思い出したいことわざ

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  • 職場をはじめ人間関係で思い悩むのはよくあることですが、そんな時私はこう思うようにしています。それは「私と出会った人たちは出会うべくして出会ったのだ」ということです。

    世界中にたくさんの人がいる中で、縁あって私たちは出会うことができました。数学的にみて、これは凄い確率だと思うんですよね。本当に数えきれないぐらいの人の中からまるで選ばれるようにして出会ったわけですから、すべてが奇跡の出会い、運命の出会いといえるのではないでしょうか?

    そう考えた時、たとえ人間関係で思い悩んでいたとしても、それすら自身を成長させるために与えられた試練だと思えてきますよね。そして、出会えただけでもその出会いに感謝しなければいけないですし、それが家族や親友や恋人だったらなおのことそうでしょう。

    それを集約したことわざに「袖すり合うも他生の縁」というのがありますが、まさに世の中はそんな風にできているのかもしれません。そう思えたら、職場の同僚は本当に貴重な仲間ですし、顧客や取引先は言うまでもなく大切なお客様ですよね。その出会いを単なる普通の出会いだと片付けてしまうのではなく、1つ1つが自分の人生に大きな影響を与えるような存在なのだということを、仕事の上で忘れてはいけないと思います。

    人間関係で悩めば当然苦しくなりますし、逃げ出したくなることももちろんあります。ですが「袖すり合うも他生の縁」で出会いそのものを決して疎かにすることなく、人を大切にすることが大事だと私は思っています。

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    「江戸しぐさ」と懐古主義

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  • 皆さんは「江戸しぐさ」を知っているでしょうか。
    江戸時代の商人たちによって作られたマナーのようなものだと言われています。
    公共広告機構のCMの題材となったり、教科書に掲載されたり、自治体が広報誌に載せたりしたこともあるため、その名を目にしたことのある方も多いのではないでしょうか。

    しかしこの江戸しぐさ、実際には江戸時代から存在しているわけではなく、近年になって作られた歴史的根拠のないものだと批判されています。
    そもそも江戸しぐさが存在していたという歴史的資料など存在しないのです。

    道ですれ違う時濡れないように傘を傾ける「傘かしげ」や、非喫煙者がいる場所ではタバコを吸わない「喫煙しぐさ」など、江戸しぐさの中にはマナーとしてはおかしくないものも含まれています。
    しかしそこに「江戸時代に行われていた」という歴史の捏造を付け足してしまったことが問題なのです。

    単にマナーを啓発すればいいのに、何故そのような捏造をしてしまうのでしょうか。
    また、教育に携わる人間や自治体ですら、真偽の怪しい江戸しぐさに飛びついてしまうのは何故なのでしょうか。

    私はその理由には、懐古主義があると思います。「古き良き」とか「昔は良かった」という感覚です。
    確かに、昔の人の行動から学べることはあるでしょう。しかし、それと過去を無条件に肯定することは違います。
    ましてや、実際に存在しなかったものを捏造していいはずがありません。
    過去の歴史と向き合う時は、偏った見方をしないように冷静な目線を持つことが大切だと思います。

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    塵も積もれば山となる

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  • ご存知だとは思いますが、塵も積もれば山となる、ということわざがあります。ビジネスの場において、このことわざを当てはめてみると、大事な事に気付かされることがあります。

    営業や販売において、値引きや交渉が行われます。受注ができるかできないかなので、安易に受けてしまうこともあると思います。しかし、端数の1000円としても、月に100件あれば、10万円です。1年で計算すると120万円、10年で1200万にもなります。ほんの少しの値引きでも、積もれば大金になるのです。受注できる最高値を見つけ出すことが、企業利益を高める事になると気付かされます。
    最高値を見つけるにはどうしたら良いのか、競合情報、顧客のニーズ、営業の対応等、顧客は色んな部分を見て、発注を決めます。金額以外の部分でどこを差別化するかを考えてみる良いきっかけにもなると思います。

    塵も積もれば山となる、を時間で当てはめてみると、面白いこともわかります。タバコ休憩を1回5分として、10本吸うと、1日50分もタバコ休憩をしていることがわかります。1ヶ月20日とすると、1000分(約16.6時間)、1年で12000分(200時間)つまり1日8時間勤務とすると、25日間休んでいることになります。タバコが悪いということではありませんが、時間に使い方について考え直すきっかけになりました。

    このように、塵も積もれば山となるということわざはビジネスの場においても、大事なことを気づかせてくれます。もう一度、色んなことに無駄がないか考え直すきっかけになれば良いなと思います。

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    映画が教えてくれる、見直しの大切さについて

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  • 突然ではありますが、風が吹けば桶屋が儲かる、と言う非常に有名な諺があります。

    これは一見すると全く関係の無い出来事がいつ誰にどのような影響を及ぼすのか分からない、また人によっては無理矢理なこじつけであると言った用に受け取られるかも知れませんが、いずれにしましても、一つの何気ない出来事が、どのような事に発展するのか、わかりません。

    ただ、この諺を踏まえた上で、釘が足らずに蹄鉄打てず、馬が揃わず伝令届かず、戦に負けて国が滅ぶ。と言う、桶屋のポジティブな諺とは対照的な言葉があります。これは有名な諺では無く、ワイルドスピードと言う映画で出てきたセリフなのです。本当はもう少し長いセリフなのですが、要するに釘が足りないだけで国が滅ぶ可能性がある、と言う非常に強烈な言葉として自分は記憶しております。

    私たちが日々業務を行う上で、誰しも繁忙期等で忙しくなってきますと、一つの作業をスピーディにこなす事に気を取られ、普段は行っている隅々までの見直し等がついつい疎かになってしまう事もあるかと思います。勿論、時間が限られた中での作業になりますと精神的な余裕が普段よりも無くなり、集中力の低下を招く事もあるでしょう。その結果、どう言った細かいミスが誰にどのような不利益を与えてしまうのかわかりません。

    しかし、そんな時だからこそ私はこの作品のセリフの要である「釘」を思い出すように心掛けております。たかが一映画のセリフではありますし、社会人にとって当たり前の事なのかもしれませんが、業務遂行上のミスなく常に満点の成果物をあげるために、今一度この言葉を思い出す事がある。と言う事で〆させて頂きたいと思います。

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    笑顔のお隣さん

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  • 人の振り見て我が振り直せというのは有名なことわざですが、自分にも同じことが言えるなと思った最近のできごとについて、話そうと思います。

    家の近くでよくすれ違う穏やかそうな女性がいるのですが、その方は朝でも夜でも、私が疲れているときでも必ず笑顔であいさつをしてくださいます。

    それだけのことなんですが、近所ですれ違う人の中で、いつも笑顔でいらっしゃるのはその方だけです。
    特に私が何かをしてあげたこともありませんし、どこに住んでいる方なのかも知らない、言ってみればかかわりを持たなくてもいい間柄の自分に対して、いつも笑顔でいてくださるので、すれ違うといつも嬉しい気持ちになります。

    こんな人がいてね、と家族に話をしたときも、「ああ、あの笑顔のお姉さんね」とすぐに話が通じるので、本当に誰と会ったときにも笑顔なのだろうと思います。

    そして、決まってその後に「いい人そうだよねえ」と言葉が続きますし、私もその方を見つけたときには自然と笑顔になってあいさつをしています。

    そう考えてみると、笑顔で道を歩くだけで、不特定多数の同じ地域で暮らす人たちに、「あの人はきっといい人だ」というポジティブなイメージとともに印象に残っているのはすごいことだなと思いますし、同時に「私は近くに住んでいる人たちからどう思われているんだろう」と不安になりもしました。

    なので、最近はエレベーターに誰かと同乗したときや、よく顔を見る人とすれ違う時などには、自分も笑顔でいようと心がけています。
    少しずつでも笑顔の輪が広がっていったら、とてもすてきだなと思います。

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    継続は力なり、試行錯誤の継続はもっと大きな力なり

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  • 継続は力なりという言葉があります。誰でも一度は聞いたことがある有名なことわざです。ですが、ただ毎日漫然と継続しているだけでは、ある程度のところまで上達しても、頭打ちになってしまいます。例えば、事務や営業職の人ならば経験のある電話取り。毎日続ければ、ワンコール鳴るか鳴らないかくらいの速さで出ることが可能になります。受け答えだって、なめらかに出来るようになるでしょう。

    しかし、ただ継続しているだけではそれだけで終わってしまいます。言い換えれば、電話取りなどは、ある程度継続した人であれば皆同等のスキルを手に入れられるのです。たしかに上手にはなったけれど、他と比べて、なんの魅力もないことになってしまいます。ここで大切なのが試行錯誤です。

    電話取りを例にあげていますが、電話というのは、向こうのお客様の顔がわかりません。当然ながら、お客様もこちらの顔がわからないのです。互いに声でだいたいの年齢や性別がわかったとしても、大変不安要素が多い連絡方法なのです。継続の力で、いくら上手に電話の受け答えが出来たところで、もし高齢のお客様だったら、聞き取れない場合があります。どのくらいのスピードで、どのくらいの声の大きさで、どういった言葉を選べば相手にきちんと伝わるのかを試行錯誤して継続していかなければ、結局はただ、独りよがりとなって終わってしまいます。

    私が電話の受け答えで大切にしているのは、お客様の話し方に合わせるための試行錯誤です。ゆっくりとされていて、なにを質問したら良いか少し迷っておられるお客様に対し、
    いままで継続してきたというだけでこちらのペースを押し付けては、失礼になります。せっかくのチャンスをつぶすことにもなりかねません。電話先のお客様は、聞きたいことがあり、不安があってかけてきてくださっていることを忘れずに、これからも試行錯誤の継続を続けていきたいと思います。

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    最初の一歩を思い切って踏み出すことが大切だとわかることわざ

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  •  最初に一歩踏み出すことが大事、まずはできるところからやる、そんな意味のことわざが「千里の道も一歩から」です。このことわざは、私の座右の銘といっても良いぐらい日常生活の中で常に意識しています。何かやってみたいことがあったとき、あまりに大きな目標だと尻込みしてしまって最初の一歩を思い切って踏み出せなかったりします。そんなとき脳裏をよぎるのは「できるわけない」というやる前から諦めてしまう気持ちです。

     たとえば、世界一周旅行がしたいと思ったら、いろいろな不安が思い浮かびます。まず、資金、仕事、安全上の問題などがそうです。パッと思いつくだけでもこれだけの不安があり、一歩を踏み出すことなく諦めてしまいそうになります。しかし、これこそまさしく「千里の道も一歩から」で、まず旅行をする習慣を身につけるところから始めれば良いのです。それは、国内旅行でも全然構いません。そして、それに慣れてきたら、次は台湾のような親日エリアへの海外旅行など、世界一周旅行へと段階的に近付いていけば、遠かった道のりがそうではなく思えてくるかもしれません。

     これは極端な例かもしれませんが、イメージとしてはその方向性で間違っていないはずです。一歩を踏み出さないことには何も始まらない、それが真理であるがゆえに「千里の道も一歩から」ということわざは心にズシリと響きます。千里を歩こうと思ったら大変ですが、一歩踏み出すだけなら簡単です。ですので、常に臆することなく一歩踏み出す勇気だけは、持っていたいと思います。

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    継続は力なりについて

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  • 継続は力なりという言葉があります。
    この言葉は続けることの大切さ、小さなことを積み重ねていけば、いずれ大きな成果に繋がっていく、などの意味があります。
    以前、雑誌のコラムでダイエットについて書かれた記事を読んだことがあります。
    現在、ダイエットにはいろいろなダイエット方法があります。しかしダイエットに成功したという話より、失敗したという話の方をよく耳にします。
    そして、その原因はダイエットに途中で挫折して失敗したという話が多いです。
    簡単にいうとダイエットを続けることができなかったから失敗しているのです。
    そしてダイエットは続ければ成功できるのです。
    しかし、この続けるということが簡単なようで難しいことでもあります。
    私たちに置き換えても言えることだと思います。
    そこでこの難しくもある、続けるということを解決する方法があります。
    それは、短期間で結果を求めるのではなく長い期間で目標を立て実行していくことです。
    短期間で成果を出そうとすれば日々、大きな負荷をクリアしていかなければいけません。
    そして、それがストレスとなり途中で断念することになってしまいます。
    しかし、長い期間で成果を出すようにすれば日々の負担は小さくすみ、続けていくことが容易くなります。
    私たちの日々の業務でも成果は求められます。この私たちの業務でも日々、小さな努力の積み重ねを続けていくことによって実力となり、周りからの信頼を得ています。
    そして短期間で成果を求められることもありますが、このときに成果を出せるか出せないかは
    私たちが日々継続して努力を重ねているかにかかっていると思います。
    これからも小さいことでも苦労を惜しまず努力を続けていきましょう。

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    継続させることの難しさ

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  • 誰しも一度は『継続は力なり』という言葉を耳にしたことがあると思います。
    皆さんはこの言葉を、どのようにとらえていますか。
    「何事も継続して行っていれば、必ず結果となって返ってくる」と考えている人もいるでしょう。

    ですがこの言葉には、様々な解釈があると言われています。
    そのうちの1つに「継続は力なりではない。継続してなければ力は生まれない」というものがあります。
    読んで字の如しとも言えますが、そもそも力とは継続しなければ生まれない、というものですね。

    ここで皆さんに一度考えていただきたいのが、継続することの大変さについてです。
    継続することは難しいことではないでしょうか。

    たとえばダイエットは最たる例でしょう。
    ダイエットに成功した人は軒並みに『ダイエットを継続させること』に成功しています。
    反対にダイエットに失敗した人は、途中で挫折している人が多いのではありませんか。

    中には「1年以上ダイエットを続けたけど効果が出なかった」という人もいるかもしれません。
    ですがダイエットに成功した人の中には「1年は効果が出なかったが、2年続けたら効果が出た」という人もいることでしょう。
    もちろんダイエットのやり方を見直すことも大事だとは思いますが、きちんと継続させることも大事なのではないでしょうか。

    どんなプロのアスリートであっても、スポーツを始めてから数カ月でオリンピックに出られる人なんていないと思います。
    自分に適した練習を、何年もの歳月をかけて継続させたからこそ、オリンピックに出られるのではありませんか。

    継続することは大変で、挫折してしまうことも多いです。
    しかしまずは継続させることを目標にしてみるのも、良いのではないでしょうか。
    継続できたことだって、自分にとって大きな自信になると思います。

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    負けているときほどチャンス

  • 追加
  • 負けているときほど、「今がチャンス」とおもわなければいけません。今日はそんなお話をしたいと思います。

    我々が普段使っている漢字は中国古代の「漢」という国で作られました。三国志でも登場する国ですね。この漢を作った男を劉邦といいます。劉邦には当時項羽というライバルがいました。項羽は中国史上でも屈指の猛将で、劉邦も当然の如く項羽と戦って敗れてばかりいました。

    しかし、劉邦が優れていたのは、狭い戦場ではいつも負けていたにもかかわらず優秀な武将を抜擢し、重要な地点をどんどん占領して行き、最終的に項羽を大量の兵士で囲み敗北させてしまったのです。

    劉邦が負けて悲しむだけの男だったらもしかしたら漢という国は生まれず、漢字は生まれていなかったかもしれません。

    私たちも普段仕事をしているとこの会社にはとても勝てない、この仕事はとてもやりきれないと思うことがあるかもしれません。
    でもそこで見習うべきは劉邦の姿勢で、局地戦で勝てなくても大局を見て、他の重要なところをおさえて行けばよいのです。

    ある会社に営業に行き、例え案件が安売り競争で競合他社に取られてしまっても、大局を見てお客様にとって重要で自社にしかできないサービスを考える等、負けながら考えなければなりません。逆に勝っている相手はその案件に注意が行きがちです。つまりその間により重要な案件を発掘作成出来るチャンスとなるわけです。

    このようなことを心がけながら仕事をしていきたいと思います。

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