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幸せについて

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  • 皆さんは幸せですか?

    幸せと感じるのは人それぞれで、同じことが起きたとしても、ある人は幸せと感じたり、ある人は不幸だと感じたりするものです。例えば、100万円の宝くじが当たっとして、当たると思っていなかった人は100万円が当たり幸せと感じるが、1,000万円当たると思っていた人は900万円少なかったと残念に感じるでしょう。幸せと感じることは自分の望んだものが手に入った時で、それが家族であったり、出世であったりすると思います。そういった物の中で一番欲しい人が多いのはお金かもしれません。

    しかし、家族や地位、お金を手に入れた瞬間から、手に入れたものを失う怖さや、もっと欲しいと思う欲望が湧くことで、結局は満足できないまま、気づけば不幸になっていることもあります。

    国民総幸福量という言葉を知っていますか。ブータン王国という国で実際に使われている基準で、国民総生産に代わる基準です。国民の金銭的、物質的な豊かさを測るのではなく、国民がどのくらい幸せに思っているのかを測る基準です。

    物質的な豊かさを競うことでは、決して幸せにはなれず、健康や精神的な豊かさが人の幸せにつながるという考え方です。こんなことを言うと、そんなことは分かっている。結局はどうすればいいのか、と反論がありそうです。

    完璧な回答はありませんが、すぐに実践できる方法があります。それは、選択肢を増やし過ぎないことです。選択肢が多いことは良いことのように思っている方も多いのではないかと思います。しかし、実は選択肢が多いと、不幸になるという調査結果があります。例えばある物を2つの中から選んだ人と、5つの中から選んだ人とでは、5つの中から選んだ人の方が、後悔する可能性が高いというのです。

    選択肢が多いと「やっぱりAよりBの方が良かったな」という、後悔の気持ちを持つことが多いということです。この調査結果から分かることは、選択肢を多くすると、幸せと感じることからは離れていってしまうということです。

    商品を提案するときに、あまり選択肢が増え過ぎないようにお客様へ伝えることは、実はお客様の幸せにもつながっているのです。

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    プラスにできるかどうかは自分次第

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  • 今日は、たくさん経験をすることがやがて結実していくということについてお話したいと思っています。

    日本では海外で生活してきた子供のことを帰国子女といいます。そして帰国子女に対するイメージはというと、積極的ではきはきでしているという感じではないでしょうか。帰国子女も日本に居た時は他の子と変わらない子ですが、彼らは海外で日本では経験しないようなことを経験してきています。

    例えば、親の転勤でアメリカのニューヨークの郊外に転居して暮らした私の知り合いの子供さんは、現地の小学校でこんな経験をしたそうです。
    それは毎朝クラスの誰かがみんなの前で自分の言いたいことや調べたことを数分間話す時間があるというのです。ちょっと今の私と同じ状況ですね。
    その時間のためにそれぞれが家で準備をして考えるのだとか。

    たくさんのクラスメートの前で話をして聞いてもらうということは、最初驚きだったそうですが、何回かやるうちに次はこんな話をしようと思ったり、
    人の話もよく聞くようになったそうです。

    アメリカの通知表にはこういったことを評価する自己表現についての点数も記入されているそうですが、その点がどんどん良くなっていったそうです。
    帰国子女たちはこうして小さな時から自分の言葉で他の人に伝えるということを学んできています。はきはきとしているのはこうした積み重ねの結果なのでしょう。

    私たちも、せっかく与えていただいた機会を自分にとってプラスにできるかどうかは自分次第だと思います。
    私も次の番には、より楽しい話ができたらいいなと思っています。

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    心を躍らせるような製品開発のためには、テクノロジーだけでは不十分

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  • 2011年3月2日、アメリカのアップル社のスティーブ・ジョブズは、iPad2の製品発表会で次のような趣旨のことを語ったそうです。

    「心を高鳴らせる機器を開発するには、テクノロジーだけではだめだ。リベラル・アーツ(liberal arts)と結びついた、そして、人文科学(humanities)と結びついたテクノロジーが必要だ。そのことがアップルのDNAの中に刻み込まれている」(The NewYoker 2011/10/7より)

    アップル社と我が社とでは会社の規模も、製造している製品の種類も全く異なります。しかし、ジョブズの言葉は、我が社の製品開発にとっても非常に参考になることだと思います。

    良い製品を開発するには、技術者はただ物理学や電磁気学、化学、工学などの専門分野のみを勉強するだけではだめなのです。経済学や社会学、心理学、芸術、文学など広く社会科学・人文科学を教養として身につけてこそ、多くの人々を感動させるような製品をつくることができるのだということをジョブズは訴えているんだと思います。

    振り返ってみますと、私もエンジニアの端くれです。非常に反省するところがあります。大学に入って、そして我が社に入社してからずっと、自らの専門分野の本は何冊も読みました。しかし、芸術や文学などにはまったく触れてこなかったのです。休日になれば、寝て過ごすことが多かったと思います。

    これでは感性が錆びつき、製品開発のための良いアイデアが出るわけはありません。いわゆるリベラル・アーツ(一般教養)や人文科学を疎かにしてきたことが、私の製品開発能力があまり向上していないことの一つの原因だと、最近になり痛感しております。

    今後は、我が社の未来のためにも、また、自分の幅を広げるためにも、製品開発に直接必要な知識をよりいっそう深めることに努力するととも、芸術や文学、社会科学などにできるだけ触れて、人間らしい感性を磨いていきたいと思います。

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    心が変われば人生が変わる

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  • 仕事に取り組むうえで、意識・考え方というのは非常に重要です。最初からできないとあきらめていては何事もうまくいきません。逆に「何でもできる」と考えて行動すれば、自分が思いもよらなかった成果を得ることもできます。

    なぜ意識・考え方で結果が変わるのか?それは、考え方を変えると様々な要素が連鎖し、行動・習慣が変わるからです。

    ヒンズー教に「心が変われば態度が変わる、態度が変われば行動が変わる、行動が変われば習慣が変わる、習慣が変われば人格が変わる、人格が変われば運命が変わる、運命が変われば人生が変わる」という教えがあります。

    難しい仕事を任された時、まず「この仕事は難しいけれど、自分ならできる」と心(意識・考え方)を変えてみます。

    仕事に対する考え方が前向きになれば、仕事に対する態度も前向きなものに変わります。
    態度が前向きに変われば、その前向きな態度に合う行動をとろうと変わります。その行動を続けることで、自然と前向きな行動の習慣が身に付きます。
    前向きな習慣が身に付けば、性格も変わり、多少の困難には動じないポジティブな性格になります。性格が前向きなものになると、寄ってくる友人や出会いも前向きなものとなります。
    さらに自分を取り巻く環境も良い方向に変わり、運命が変わります。

    ここまでくれば、困難な仕事でも結果を出すことができるようになっています。仕事で結果を出せるようになれば、人生自体が前向きなものに変わります。

    困難な仕事で結果を出すことは、それほど難しいことではありません。初めの一歩として考え方を変えて、仕事に取り組んでいきたいと思います。

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    知っていること・できること

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  • 最近インターネットの動画配信やDVDレンタルで映画を見るのにハマっているのですが、話題になっていたけども今まで見たことがない作品がいくつもありました。

    話題になっている作品はやはり面白いもので今まで見たことがなかったのを後悔しているところです。そんな中で先日「マトリックス」を見ました。すごい今更な感じはありますが、あの有名なポーズしか知らなかったのですが、仮想現実やVRと言ったことを何年も前に作品にしていたのはすごいと感動しました。

    さて、前置きが長くなってしまいましたが、その中で印象に残っているセリフがあって、元が英語なので要約になってしまいますが「道を知っているのと実際に歩くのは違う」というものです。
    毎日を過ごすうえで、こうしたほうがいい、ああしたほうがいいと思っていてもなかなか実行できないことは多いです。ダイエットは食べる量を減らして運動する量を増やせば必ず成功しますが、実践できるのはごくごく一部の人だけです。

    仕事においてもこれと同じようなことが起こリがちではないかと思います。

    挨拶をきっちり返す、単純作業でもしっかりと事前に確認する、業務に無駄がないのか、改善はできないのかを考える、どれもやったことがいいのはわかっているのに実践できていないことは多いです。

    道を知っているのはそれだけで知らない人よりも大きなアドバンテージです。
    気づいたことがあったのならそのままにしておかず、行動に移して気持ちよく間違いなく仕事をやっていきましょう。

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    スキルアップする人としない人の違いについて

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  • 今日は、仕事で早くスキルアップできる人と、なかなかスキルアップしない人との違いについてお話しします。

    同じような時期にこの仕事に就いたAさんとBさん。どちらも同じような年齢層で、スキルレベルにも大きな違いは無いように見えました。そうして同じように仕事をしていたのですが、半年後にはAさんとBさんでは大きくスキルに差が出てしまいました。Aさんはチームのサブリーダとして重要な仕事を任されるようになっていましたが、Bさんは着任当時と同じように担当レベルの仕事のままでした。

    どこでこのような差がついてしまったのでしょうか?先ほどもお話ししたように、着任時のスキルレベルは二人とも大きな違いはなく、与えられた仕事もあまり変わらなったのに、です。

    その原因は「与えられた仕事以外にどれだけ興味を持っていたか?」の違いが二人にあった事でした。Aさんは自分の仕事が終わった後や、周りでトラブルが発生した時などは必ず自分から「何か手伝う事は無いですか?」「自分にもできる事があったら言ってください。」と声をかけていました。その結果、自分が出来る仕事の領域をどんどんと広げていき、その結果として重要な仕事も割り振られるようになっていきました。
    Bさんは言われた事はキチンとこなしていましたが、それ以上の事をしなったために、なかなか自分の仕事の領域を増やせなかったのです。

    皆さんも、自分が与えられた仕事以外にも興味を持つようにして、どんどんと自分が出来る仕事の領域を広げていくようにしましょう。

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    たとえ努力が実らなかったとしても

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  • 皆さんの中には、大学受験のときに第一志望の大学に行けなかった、という人もいるかもしれません。
    第一志望の大学に行けなかった、出来る限りの努力をしたのにこの努力は無駄だったのか、と感じている人もいるかもしれません。ですが果たして本当にそれは無駄だったのでしょうか。

    今一度、考えてみませんか。

    もし大学受験や高校受験、もちろん他のことでも良いのですが、努力をしたのに自分が望んでいた結果にならなかったとします。しかし結果の良し悪しが全てだと言い切れるかというと、そうではないように思います。第一志望の学校には受からなかったけど、必死に受験勉強をしたという人であれば、勉強していった中でたくさんの知識を得たと思います。プロスポーツ選手になりたくて毎日走り込みをしていたという人なら、筋力や体力もついて、体も健康的になったのではないかと考えられます。
    このように仮に、努力が望んだ結果にならなかったとしても、何かしら得たものがあるのではないでしょうか。

    夢を持つ人にとって、自分が望んだ結果を得られなかったことは辛いものだと感じます。ですが結果だけでなくて、その過程に目を向けてみることだってときには必要ではないでしょうか。
    自分では「あんなに努力したのに夢は叶わなかった」と思うかもしれません。しかし反対に「自分はあんなにも努力ができる人間なんだ」と考えてみてはどうでしょうか。

    努力ができるというのは、それだけでも立派な財産のように感じます。
    その財産は、一生腐らない大事な宝物になるのではないかと思いました。

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    私の場所

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  • 友達が、すばらしい相手と結婚を決めた。
    同級生が、大きな仕事で成功をおさめた。

    こんなとき、素直に喜んであげたい。と思うと同時に、
    「うらやましい。それに比べて、私はなんて運がないんだろう」と思ってしまいます。

    けれど、人間は絶対的に平等だと信じています。
    今の一瞬にとらわれるのではなく、長いスパンで考えてみました。

    人をうらやむのは、相手の中身を本当にみていないからだ。と言い聞かせています。
    どんなに幸せそうにみえる人でも、その分、リスクを背負って生きているはずです。

    例えば、芸能人は華やかで、みんなにちやほやされて、お金もあって。なんていいんだろう。
    けれど実際は、芸能人ほど不自由な人はいませんよね。
    どこに出かけるにも気を使い、ちょっとしたことがスキャンダルになる。
    ちやほやする人たちの本心が見えずに、だまされることも多そうです。

    そういう闇の部分まで、同時に見ることができないので、うらやんでしまうのだと思います。
    良いところも、悪いところも感じることができれば、今の自分の幸せにも、気づくことができます。

    自分のフィールドで動きもせずに、他人のフィールドをうらやむのは、マイナスなエネルギーにしかなりません。
    幼稚な考えです。

    自分の今の立場は、自分の課題をクリアするために、与えられたものだと信じ、
    私は、私の与えられた場所と立場で、どれだけのことができて、豊かに過ごすことができるか。考えて生きたいと思います。

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    どっこいしょ

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  • 今日は最初に、マザーテレサの言葉を引用しようと思います。

    思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
    言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
    行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
    習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
    性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。

    これは、マザーテレサの言葉の中でも有名な一文なので、今までに聞いた事のある方も多いと思います。
    私は、この言葉を知った時に、神道の「六根清浄」を思い出しました。
    六根というのは、いわるゆ五感、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚に、加えて第六感、意識を加えた六つの感覚が清浄であるという感覚です。
    マザーテレサの言葉は、途中を省略すると即ち、思考は運命になるという真理を伝えています。
    運命になる過程を丁寧に解きほぐすと、それは言葉であり、行動であり、習慣であり、性格である。
    そしてそれがいつしかあなたの運命になるという言葉です。

    問題は放っておくほど大きくなり、手に負えなくなります。
    それならば、一番最初の、思考の部分から変えて行くことが一番簡単で早道なのではないでしょうか。
    六根清浄は、古くから伝わる神道の払い言葉で、御嶽山信仰とも繋がりがあるそうです。
    どっこいしょ、皆が使うその言葉は、六根清浄が語源で、ろっこんしょうじょうイコールどっこいしょ、という説もあります。
    目の前の山に登る時、立ち上がる事が困難な時、それでも前に進まなければいけない時
    私たちは心の中でどっこいしょ、とつぶやいてはいないでしょうか。

    どっこいしょ、と唱える事は六根が清浄になる事です。
    六根が清浄という事は、目に汚い物を見ても心では見ず、汚い事を聞いても心では聞かず
    臭い匂いを嗅いだとしても心には嗅がず、口先も同じく、身体的にも同じく心は汚れに触れないという事
    そして、意識としての不浄に触れても心は汚れない、という教えです。
    これは、マザーテレサの最初の教え、思考に気を付けると共通してはいないでしょうか。

    大昔からある日本の言葉と、遠く時代と場所を離れたマザーテレサの言葉が共鳴している事は
    とても不思議ですが、どこかでしっくりする感じもします。
    今日も一日、どっこいしょ、と自分に掛け声をかける時、それは六感すべてが清浄になり
    そして思考に気を付けるためのきっかけになると考えてみて下さい。

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    物を通した信用

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  • 皆さんは、日常生活の中で物やサービスの信頼性を疑うことがどれだけあるでしょうか?

    例えば、「乗り込んだタクシーの運転手が安全運転してくれるだろうか?」また、「購入した商品がきちんと動くだろうか?」など、普段気にしていない事に疑問を感じることはあるでしょうか?

    特別な経験やメディアで流れる情報などによって信頼性に疑問を感じてしまうことは良くあるのではないでしょうか?

    一度、交通事故を経験すれば、他人の運転が信用できなくなりますし、テレビでリコールの情報が流れれば、その企業の商品を購入した人は疑い始めます。

    別にタクシーの運転手全員が事故を起こすわけではありませんし、リコールを出した企業の商品全てが不良品ではありません。

    でも、実状とかけ離れた少ない情報から得られた判断として、疑いの目を向けてしまうことが少なくありません。

    このような、物を通しての信用というのは団体や企業だけでなく個人に対しても行われ、無意識の内に行動や判断に影響しています。

    よく、「○○さんが作った資料だから大丈夫だよ」とか「××さんが書いた計算書だからもう一度会っているかチェックした方が良いよ」といった会話が聞かれます。

    私も、「もう一度チェックしなくて大丈夫?」と言われる事があります。

    作業や仕事の品質などが疑われている訳ではないのですが、過去に「ミスが続いた」などの記憶が影響した信用度が表れた言葉です。

    もちろん信用は、日常の行いの積み重ねで回復することは出来ますが、悪い内容というのは記憶に残りやすく努力が必要になります。

    私も普段から物を通しても信用される様に努力していくと共に、不用意に疑いの目を向けることの無い様にしていきたいと思います。

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    「コップ半分の水の話」に思うこと

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  • 皆さんの中でも「コップ半分の水の話」をご存知の方は多いと思います。

    コップにちょうど半分水が入っているのを見て、「まだ半分入っている」と思うか、「もう半分しか入っていない」と思うか、人それぞれ感じ方が違っていて、

    前者と感じる人は、残っている水に目を向けながら物事を考えられる楽観的で前向きな人、
    後者と感じる人は空の部分に意識が行ってしまうため悲観的に物事を捉える後ろ向きな人ということを伝える例えです。

    私は昔からよく、「〇〇ちゃんって典型的なO型だね」と言われてきました。
    おおらかで前向きな人という意味合いがあります。
    コップ半分の水の話を知ってから、これは面白いとコップの水を見るたびに自らの感じ方に目を向けるようになりましたが、やはりいつも「あと半分ある」と思えてしまうのです。

    私は自分の性格が嫌いではありません。それ自体楽観的で前向きな証拠なのですが。
    あるコラムで読んだのですが、日本の会社の社長の殆どが、性格テストをすると楽観的な人間と診断されるそうです。
    事業を立ち上げ、経営していくには大変な努力が必要だし、様々な危機も乗り越えなければなりませんが、楽観的な人から生まれるパワーがそれを成し遂げ成功を導くと言えるデータではないでしょうか。
    ですので、これからもいつでも「まだ半分ある」の精神を保ち持ち続けていくつもりです。

    ただ、問題もあります。楽観的過ぎるがゆえにアバウトになり過ぎたり、他人にも自分にも甘くなりすぎたりすることです。これは結果がうまくいかないことが多いです。
    自分の思考や行動について反省すべきところはきちんと反省する、失敗した場合は二度と繰り返さないための対策をきちんと見つける。
    これが出来てこそ、真の楽観的で前向きな人間になれると感じています。

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    「チャンスは貯蓄できない!」

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  • 「チャンスは貯蓄できない!」とは、アサヒビール中興の祖、樋口廣太郎(ひぐちひろたろう)さんが残された名言です。

    「チャンス」は、目に見えません。
    「チャンス」は、耳に聞こえません。
    「チャンス」は、口で味わえません。
    「チャンス」は、鼻で嗅ぐ事が出来ません。
    「チャンス」は、手で触れません。

    ただ、唯一、「チャンス」は感じることが出来ます。
    どういうことかと言いますと、皆さんも好きな異性と、一度は恋に落ちた経験があろうかと思います。
    中には、まだ一度もそのような恋愛経験が無い方も、いらっしゃるかもしれません。
    その人と出会ったときに感じた、体中を電流が駆け巡るような感覚・・・
    私は今でも、その衝撃を鮮明に記憶しています。

    これが、「チャンス」です。
    でも、「チャンス」は、いつも感じる事は出来ません。
    では、どうすれば感じることが出来るようになるのでしょうか?
    それは、『意識』する事です。
    『意識』する事によって、感じることが出来るようになります。
    「あの時あーしてれば、こうならなかったのになー」
    恋愛において、よくある後悔です。

    何もこの感覚は、恋愛に限ったことではありません。
    普段、何気なく過ごしている仕事の時間にも「チャンス」は存在します。
    その五感で体現する事が出来ない「チャンス」を、しっかりと感じ取れるようになるかどうかは、日常の時間の過ごし方に、たっぷりと詰まってるんですね。

    是非、皆さんも、そして私自身も毎日の行動の『意識』を高めて、「チャンス」を逃さないようにしていきたいと思います。

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    3つのタイプ

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  • 青年海外協力隊の方々から、こんな話を聞いたことがある。

    世の中の人は3つのタイプに分けられる。

    「いてもらわないと 困る人」

    「いられると 困る人」

    「いても、いなくても いい人」

    たとえば、病院のない町に新しい病院を造ろうとする。
    予算が決まっていて、1日も早い設立を待つ人たちがいる。
    あなたはそのプロジェクトリーダーだ。

    まず、地道に石を積む作業をしなければならない。
    3人の若者を雇った。3人は黙々と石を積む作業に取り組み始めた。

    プロジェクトを知らない、
    観光客が石を積む若者3人に
    『何をしてるんですか?』と聞いた。

    一人は「見れば分かるだろ。石を積んでるんだよ」と、答えた。
    もう一人は「金のために石を積んでるんだ」と、答えた。
    最後の一人は「病院を造って、病気の子どもを救うんだ」と、答えた。

    石を積む作業は無事に終わり、
    3人の作業員がいらなくなった。

    あなたなら、石を積んだ3人の若者のうち
    どの人と最後まで目標を達成したいと思うだろうか。

    目先の作業しか、視界に入らない人は仕事の満足度も低ければ、継続性も低い。金銭面が最大のモチベーションな人は(否定はしないが)もっと条件のいい仕事があればすぐに他へ移って行くだろう。将来のビジョンを思い描ける人は、同じ目標に向けて現在の仕事の意味を理解し、着実に成果を出していくことができるのではないか

    あなたにとって「いてくれないと困る」のは、
    どのタイプの人だろうか?

    仕事のモチベーションはとても大切であると考える。

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    「4つのシゴト」について

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  • 本日のスピーチですが、今回は「4つのシゴト」についてお話ししたいと思います。

    よく格言で言われる「4つのシゴト」皆さんはご存知でしょうか?

    まず、「つかえること(仕事)」です。組織の指示の元で行う一般的なシゴトになります。

    次が、「わたくしごと(私事)」です。自分のために自由に行うシゴトです。

    次に、「しんでいること(死事)」です。これは文字通り、自分を殺して嫌々シゴトを行っていることです。

    最後が、「こころざすこと(志事)」です。これは信念や志をもってシゴトを行っていることを言います。

    さて、ここまで「4つのシゴト」を紹介してきましたが、皆様はどのシゴトにあてはまったでしょうか?

    私個人はこう思います。まず「しんでいることのシゴト」このような時はモチベーションを阻害しているものは何か? シゴトの問題か? プライベートの問題か? それを自分自身で客観的に考え、改善してモチベーションを高められるよう努めることが必要ではないでしょうか。

    そして残りの3つのシゴトですが、そのなかの1つではなく、これら3つのシゴトがバランスよく結びついているのが良いシゴトの仕方なのではないか、と思います。

    同じ会社で働く私たちにとって、「つかえるシゴト」は前提です。でも、つかえるだけでは物足りない。

    「わたくしのシゴト」も大切です。ですがあまり自分の自由にこだわってしまうとチームワークが欠けることもあるかと思います。

    そして「こころざすシゴト」です。これは一番崇高かと思います。ですが全ての人間が強い信念・志を持つことはなかなか難しいというのが正直な所だと思います。

    ですので、この3つのシゴトをバランスよく保つこと、これが日々のシゴトを行う上で求められるのではないでしょうか。

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    お金にまつわるお話し

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  • サッカーでも野球でも有名選手が高額な契約金で有名チームに移籍したというニュースが話題になることが多いと感じています。
    高額な金額という言葉では言い表せないような契約金になっています。

    天文学的とまではいいませんが、私の金銭感覚とは絶対に相容れないほどの金額がやり取りされています。
    100円ショップや安売りのスーパーで買い物ばかりしている私では一生かかっても使い切れないほどの金額です。
    私などはあんなにすごいお金を貰ってしまったら嬉しくなるどころか逆に茫然自失となってしまうに違いありません。

    これから何をしていいのか判らず、仕事も手につかず一切のヤル気が無くなってしまうだろうと思うのです。
    私もお金は欲しいです。
    できればたくさん欲しいと思っています。

    お金は欲しいですが、何十億円もの金額をもらってしまうと、お金を基準にする価値観が崩壊してマヒしてしまうのではないかと思ってしまいます。
    お金に関して書かれた書物を読んだことがあります。

    それによると、お金はある程度の以上の金額を貯めてしまうとお金が貯まったとしても、嬉しいという感情が沸いて来なくなるそうなのです。
    私はお金をたくさんは持っていないので、貯金残高が多くなってくると素直に嬉しいという感情が沸いてきます。
    それと同時にこれからも頑張ってお金を溜めようという気持ちも沸いてきます。

    このような気持ちもお金を有り余るほど持っている大金持ちのひと達はもはや感じられないそうです。
    お金を貯めても幸せに感じないというのは幸せなことなのか不幸なことなのか私にはちょっと判別するのが難しいです。
    もし、お金を溜めても嬉しくないのであれば、少しくらい分けて欲しいな、などと思ってしまいます。

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    茹でガエル理論

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  • 皆さんは「茹でガエル理論」をご存じでしょうか?

    熱湯にカエルを入れると、驚き露わにそこから飛び出し脱出しますが、冷水にカエルを入れて徐々に温度を上げていくと、カエルはそれに気づく事無く死んでしまいます。
    これは、突然の変化には誰もがすぐ気づくのに、徐々に変化するものには往々にして気づきにくいという警句であり、昨今のビジネスシーンにおいてもよく戒めのひとつとして語られているものです。

    人は皆、突然の出来事にはすぐさま反応を示すわりに、暫時的な変化には随分と鈍感なものです。
    端からみれば明らかにおかしな事であっても、本人にとってはそのおかしさになかなか気づく事が出来ないものなのです。

    これはひとえに、人が環境適応力を兼ね備えた生き物だから、そして余程の事が無い限り、その適応した環境を壊そうとしない生き物だからに他なりません。
    けれど、だからこそ誰もが「茹でガエル」になってしまう危険性をはらんでおり、常に細心の注意が必要だと言えるのです。

    あなたの鍋は大丈夫ですか?知らぬ間に火で炙られてやいませんか?気づかぬうちに「茹でガエル」にならないためにも、ょっとした変化を見逃さず、常に客観的なものさしで自分をはかるクセをつけましょう。

    ちなみにこの話、あくまでも例え話であるため、実際にカエルを熱湯に入れれば飛び出す間もなく死んでしまうし、冷水に入れれば熱くなる前に飛び出して逃げ出すと、科学的な検証では間違いとされています。

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    運を貯める

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  • 皆さんは、ボランティア活動などはしたことがありますか。

    どうしても、報酬を求めてしまい、無償で何かをすることは損なように感じてしまう傾向にある人も多いと思います。
    また、「誰かのためにやっている」という感じがして、どうもおこがましい感じがしてしまう方もいると思います。

    私もそう感じる一人でありましたが、先日あるドラマの社長役の方が、このようなことを話していました。
    その社長は、人が困っていればすぐ手を差し伸べ、ごみが落ちていれば拾う、日ごろの生活にボランティア精神が溢れている社長でした。
    その社長に向けて、社員がどうしてそのようなことをするのか尋ねたところ、このように返答していました。

    「運を貯めているのだ」と。

    この言葉は、私にとって目から鱗が落ちる言葉でした。
    なるほど、人のためにもなるが、自分の運も貯めていると考えれば、無償でもないしおこがましい気持ちも感じなくなると思ったのです。

    人のために何かをすることは、やってみると自分も気持ちがいいものです。
    さらに、運も貯まっていると考えれば、その効果は何倍にもなると思います。
    いい行いをすると、いつか自分に返ってくると私は考えます。

    私は始めに、ボランティア活動と言いましたが、そんな大それたものでなくても、コピー用紙が少なくなっているのに気付いたら、次の人が印刷することを考えて補充する、そんなちょっとしたことでいいのだと思います。

    運を貯めていると思いながら、身近なことから何か始めてみませんか。

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    自分の評価

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  • 皆さんは、自分の能力を正確に把握できているでしょうか?

    自分自身の能力を正確に把握することは非常に難しく、出来ると思っていた作業が期間内にできなかったり、出来ないと思っていた仕事が思いのほか簡単に終わったりした経験はないでしょうか?

    私自身も、期日内に作業が終わるつもりがなかなか終わらず、他の人に手伝ってもらった事があります。

    それは、自分自身の能力を過大評価または過小評価していることによるものです。

    これらは行動心理学や、行動経済学などによる様々な実験によって、一定数の人が自身の能力を正確に把握できず、男性の方が過大評価ぎみで、女性の方が過小評価ぎみである事が確認されています。

    特に、自分自身を過大評価して考え方や判断に偏りが生じてしまう事を「自信過剰バイアス」といいます。

    特に、株取引やFXなどの資産運用にて「自信過剰バイアス」によって明確な根拠も無く売り買いを重ねて損失をだしてしまうケースが多く、注意を呼びかけている証券会社もあります。

    また逆に自身の過小評価により、本来なら発揮できる能力を生かす場に恵まれないままの人もいます。

    これらは、自己評価のある会社では適切な人材の配置の妨げになり、経済学的に損失になっていると考えられています。

    しかし、自身の過大評価や過小評価する事自体は、決して悪いことばかりではありません。

    自身の過大評価によって、強気に物事を進めて停滞していた物事を進められる事がありますし、自身の過小評価によって、リスクを回避する余裕が生まれる事があります。

    私自身も、行き過ぎた自己評価をせずに、適切な判断で物事を進められる様に気をつけて行きたいと思います。

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    現状維持で良いのか

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  • トップアスリートというのは、たとえ優勝したりしても、トレーニングや技術の鍛錬の手を抜くことはありません。

    常に上を目指して努力を重ねられるということが、アスリートとしての素質ではないかと思うことがあります。
    置かている状況はだいぶ違いますが、私たちのような一般人にとっても、「現状維持」という言葉には、あまり良いイメージが持てないように感じています。

    世の中ではいろいろな技術や価値観が、以前にも増して目まぐるしい速さで変化しているというのは、多くの人に共感してもらえることだと思います。
    短いスパンでの変化は感じにくいものですが、今日と同じ明日は存在しません。
    日々変わりゆく環境の中で、変わっていかないということは、一見「維持している」ように見えますが、前進する人からみれば「後退している」ように見えるはずです。

    19世紀から20世紀にかけて起こったような、電気やパソコンといった、生活をガラッと変えてしまうようなイノベーションはそうそう起きないでしょう。
    しかし、常に変化していることを認識せずに、現状に満足するということは、長期的に見ればかなりのマイナスになるはずです。
    限られた時間や労働力をより有効に使うためには、大なり小なりのイノベーションが必要なのは誰の目にも明らかです。

    そうかんがえると、毎日なんとなく行なっていることというのが、あまりにも多いような気がします。
    何から何までそこまでシリアスに考える必要はないかもしれません。

    ですが、日々、緩慢と行なっている作業やルーティーンについて、いま一度その必要性について考えてみることも必要ではないかと思います。。

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    勉強をする環境について

  • 追加
  • 最近、プライベートの時間で勉強や考えごとをするときに、積極的に自宅の近くのカフェを使うようにしています。

    Wi-Fi環境が整っていたり、電源を貸してくれたりと、いろいろと便利な環境が整っています。
    本来は勉強や作業をする場所ではないとわかっていますが、気前よく長いを許してくれるお店には恐縮してしまいます。

    集中して勉強をするためには、静かで落ち着いた環境でやるのが良いというのは多くの人に共感していただけると思います。
    ですので、以前は自宅の使い勝手の良いデスクや、必要な資料が揃った本棚というのは、マストだと思っていました。
    他にもお客さんがいたり、他の人の会話が聞こえるようなカフェでは、集中しづらいのではないかと思ったりするでしょう。

    しかし、自宅や自分の部屋というのは、なんとも邪魔なものが多いものです。
    休みの日や仕事の後などには、ちょっと気を許せばそばには横になれるベッドがあり、テレビやパソコンでの動画の閲覧など、誘惑はそこかしこにあるものです。
    やろうやろうと思っていても、結局他のことに気を取られて、全然勉強が進まないという経験はどなたにもあると思います。

    ですので、最近は少し発想を変えることにしてみました。
    家で勉強をしようとして結局できないということよりも、多少のコストはかかりますが場所を変えて行うのもよいのではないかと思います。
    結局のところ、限られた時間と限られた資材を使うことで、時間を区切って集中することができているように感じています。

    家でぐうたらしてしまって逃す時間や機会というのは、カフェで使うコーヒー代よりもずっと大きいような気がします。

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