仕事には数字は必要か?

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  • 業種にもよりますが、仕事には数字というものがつきものです。
    逆に言えば、数字と無縁な仕事はあまりないともいえます。

    昨今のIT化とかデジタル化で数字を直視するサラリーマンは増えていると思います。
    数字は正直で嘘をつきません。逆に、オブラートにも包んでくれません。
    ある意味漠然とした仕事よりもメリハリがあっていいこともあります。

    転じて、サービス業や教育業の世界では無茶なことをいうクレーマーやモンスターペアレントが問題になっています。
    企業の中には、こういった人たちに毅然と対応することで従業員を守ろうとする動きも出始めているのが実情です。
    ただ、よく考えてみたら、こういった人たちも間違いなく仕事をしている人たちなんですよね。
    仕事をしてお金を稼がないと普通に客として来店できませんから…。

    なぜ彼らが病的なクレームに駆り立てられるのか。
    我々の社会があまりに数字に対してステレオタイプになりすぎているからかもしれません。
    お客様1人に対して「客単価なんぼ」って考えてしまうサービス業、利用者1人に対して「実績1単位」と考えてしまう福祉事業者。
    商売をする上では数字は必須で忘れてはいけないことですが、時にそっちに捕らわれると思わぬ落とし穴があったりするものです。

    数字を求めすぎるあまり、お客さんや取引先と仕事ができるようになった「ご縁」を忘れると、不思議なことに神様は試練を与えます。
    ご縁なんていうと非科学的で仕事に持ち込むことを忌避する人もいるかもしれませんが、理屈を抜きにしたご縁はどんな仕事にもあるものです。

    いくらエクセルやデーターベースで数字を管理しても、仕事は相手があってのこと。
    計算できない仕事の「ご縁」を見つめなおしてみるといいかもしれません。

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    「そ・わ・か」の法則

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  • 「そわかの法則」を皆さんご存知ですか?この法則は日本の著者、小林正観さんの有名な法則です。神様というのはどうやらこの「そわか」という言葉が
    大好きらしいのです。「そわか」の法則を実践する事で人生が好転し、自分自身を変えることが出来ます。また、この法則は誰にでも簡単に実践する事ができます。
    では一体「そわか」とはどのような意味なのでしょう。

    まず、そわかの「そ」は掃除の「そ」です。神様はきれい好きなので、自分の身の回りを一生懸命、掃除すると良いそうです。特に水回りをきれいにする事が大切なようで、
    台所やトイレ掃除をする事で、水が流れるイコール自分の中の悪い部分である、執着やこだわりを流してくれるそうです。

    次に、そわかの「わ」は笑いの「わ」です。笑う門には福きたる、という有名なことわざもある通り、日常生活で笑うことは大切な事です。人の悪口や愚痴を言わずに
    常に笑っていることで幸運を引き寄せるそうです。引き寄せの法則という言葉も有名ですが、いつも明るく笑っている人には同じように笑っている人が引き寄せられ、
    逆にネチネチ悪口ばかり言う人には同じようにネガティブな人を引き寄せてしまうのです。笑顔には免疫力があるとも言われています。ですから、苦しい時こそ笑顔
    になる事が大事だそうです。

    最後に、そわかの「か」は感謝の「か」です。ありがとうという言葉はとても強いパワーを持っているようです。もともと、ありがとうという言葉は、「有難い」
    という言葉からできたそうです。つまり、ありがとうは神様に対する感謝の気持ちであり、神様をたたえることなのです。些細な事でも感謝を忘れずに、
    ありがとうと言い続けるだけで、自分の身の周りも変わっていくそうです。

    掃除、笑い、感謝、どれも簡単な事ですが、なかなか続けられないものです。でも、私は「そわか法則」を知り、人間ちょっとした心がけが大切なんだと思いました。
    職場でも実践してみたいと思っています。

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    草履取りと下足番の話

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  • 草履取りの逸話といえば、織田信長に仕えていた豊臣秀吉の話はかなり有名で知らない人はほぼいないでしょう。また似たような名言として阪急グループの創業者であった小林一三さんの名言があるのをご存知でしょうか。

    その名言とは「下足番を命じられたら、日本一の下足番になってみろ。そうしたら、誰も君を下足番にしておかぬ。」という言葉がそうです。果たして小林一三さんが豊臣秀吉の草履取りの逸話を引用したような言葉を述べたのかどうかはわかりませんが、ほぼ同じことを言っているのは間違いありません。

    この言葉は、私たちに二つの大きな心得を 教えてくれていると思われます。

    一つはいつどんな状況であっても、全力を尽くして努力することが必要であるということです。草履取りや下足番というような仕事は、いわば最底辺の仕事であるという意味で使われている可能性が高いです。そのような仕事であっても、腐らずに努力をするということが、後々には自分のためにもなるということを示唆しています。

    もう一つはモチベーションを維持していくということの大切さです。人間は飽きやすいものです。その上で最底辺の仕事であるということであれば、モチベーションを維持することは簡単ではないことは容易に察することができます。しかし、どのような仕事であっても、誰かから見られているという意識を持って取り組んでいれば、モチベーションを維持することはできるのではないでしょうか。

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    人は忘れる生き物

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  • 新しいことを習った時、どんなにその場ですぐ理解することができても、次の日になっても気づいたら忘れていたり、一ヶ月後にはそもそも何を習ったかすら忘れていたり…そんな事態に陥ったことが、人生で誰しも一度はあるのではないかと思います。心配しないでください。それは、あなたの能力が低いせいではなく、人間誰しも起こりうる現象なのです。

    ところで、人は1日経つと、新しく習ったことの何パーセントを忘れてしまうかご存知ですか?正解は、70%です。しかし、実は習ったその日、習ってから20分後に既に50%のことを忘れてしまうと言われています。当然、1ヶ月後にはほとんど覚えていないに近いでしょう。これは、ドイツの心理学者、ヘルマン・エビングハウスが提唱する忘却曲線の考え方です。

    では、忘れないようにするためには何が必要なのか?それは、復習です。本日は、復習のベストなタイミングをご紹介します。

    まず、新しいことを学習したら、その日のうちに10分間の復習をしてください。すると、記憶が100%戻ります。そしてここからが大事なのですが、その1週間以内に5分、2〜4習慣以内にたった3分復讐するだけで、記憶を常に100%に維持することができます。

    つまり、タイミングさえ間違えなければ、人は1ヶ月に20分程度の復習で、記憶を維持することが可能なのです。

    しかも、このように何度かに分けて記憶を定着させることで、長期記憶の維持が可能になります。例えば、英語や資格の勉強をしているのであれば、この復習方法は非常に有効です。

    皆さんも、今なにか新しいことを勉強されていたら、ぜひこの復讐方法を試してみてください。

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    人事を尽くして天命を待つような仕事をすれば後悔しにくい

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  •  仕事をしていて「人事を尽くして天命を待つ」という境地にたどりつけば、後悔はしにくいでしょう。

     仕事をしていて一番後悔するのは「やるべきことがあったのにそれをやらなかった」時ではないでしょうか?やろうとしたのにできなかったのならまだいくらか弁解の余地がありますが、そうではなく弱気や怠け心によってやらなかったら、後で激しく悔やむのは目に見えていますよね。

     できるかできないかはやってみないとわからないですが、やらなければ絶対にできません。ですからまず結果を恐れることなくやろうとすることが大事ですし、そうすることで「人事を尽くして天命を待つ」の境地にたどりつけます。

     仕事では、自分のやれることが決まっています。それをやり切ったら、後はもう流れに任せるより他ありません。それは上司やクライアントなどの他人が命運を握っていることもありますし、本当に運任せな場合もあるでしょう。ただ、いずれにせよ仕事に対してやれることをやり切っていったら、むやみやたらと後悔はしないですよね。たとえ思い通りの結果にならなかったとしても、全力で取り組んだのだからしょうがないと早々に心を切り替えられます。

     仕事に対して全力を尽くすことの意義は大きく、常日頃から心がけていないといけませんよね。もうこれ以上はやりようがないというぐらいフルパワーで仕事に臨めば、後は結果を待つばかりです。そのぐらいエネルギッシュに働くことが、成功への道だと思っています。

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    ワンランク上の体験をする、自分への投資方法

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  • 国内や海外出張の際、出張手当が出る会社は多いです。
    出張先では、経費で出せるもの以外でも、外食などで以外とお金がかかるからですね。

    ある会社の出張手当てが1日5000円だそうです。
    ホテルや飲食代を安く済ませば、1回の出張でかなりの額が手当てとして入ることになります。

    普通の良識を持った会社員であれば、出張手当ての中でやりくりをし、時には手当てが残ることもあるでしょう。
    しかし、中にはこの出張手当てを悪用しようとする人も出てくるわけです。

    1週間など長期の出張となれば、手当ても大きな額となります。
    あえて、最低ランクの安ホテルに泊まり、私腹を肥やすのを目的としてしまうのです。
    そういった低レベルには落ちてはいけません。

    よく考えてみてください。
    そんな低レベルな考えでは良いビジネスはできないのです。

    海外での安いホテルは、セキュリティや設備でも万全ではないでしょう。
    エアコンがきかない、不衛生で治安も立地も悪いホテルでは、体力回復もできません。
    そんなホテルでは、ただでさえ疲れる出張先で、良い取引やプレゼンができるはずがないのです。

    ではどうすればいいのかというと、少しの手出しをしてワンランク上のホテルに宿泊するのです。
    これは目から鱗かもしれません。

    自分の出世した次のステージを、少しの手出しにより先に体験してしまうのです。
    ホテルでもグリーン車でも構わないのですが、そうしたワンランク上の環境に身を置くことで、自分自身への投資となります。

    最高級ホテルやビジネスクラスなど、普通は体験することはない世界へ足を一歩踏み入れることになります。

    誰でもランクが上がった時には緊張します。
    付き合う人も、行くお店もガラッと変わるからです。

    そうしたワンランク上の環境に少しでも触れておくことで、自分が出世した際にも早く溶け込むことができるのです。
    このランクにのし上がるぞという、自分への良い刺激にもなるでしょう。

    実際にこの方法を実践している方は、今はある会社のトップとなっています。
    あなたも出張の際には、自分への投資となるので、できる範囲でワンランク上の環境を体験してみましょう。

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    健全な精神と健全な肉体で業務成功

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  • みなさんは健康でしょうか。健全というと、大きな病気、たとえばガンや既往症などがないことをいうと思う人もいるかもしれません。しかしながら、真の健康を定義しようとするならば、なかなか難しいものです。

    身体的には健康であっても、精神が病んでいるということもあります。また、精神的には充実していても、身体的に不具合があるということもあります。

    検査の結果では医学的にわからなくても、自覚症状として、健康ではないと感じる人もいるかもしれません。医学ではどうにもできない病というものもあります。

    私自身、幾度も病を経験してきました。そんな中で、健康であるということの大切さを思い知らされました。

    人それぞれ、さまざまな要因がありますが、病を避けるためにも、健全な思考状態であるというのは大切なことだと実感しています。

    思考的に病んでいると、身体的にも精神的にも良くないものを引き寄せるように感じます。単にストレスを溜めないとか、睡眠がどうとかいうだけではなく、ものの考え方において健全であるということの大切さを思い知らされます。

    思考を変えることで、生活も変わります。生活が変わることで、心と身体を取り巻く現実も変わっていくのです。

    では、正しい思考とは何かというと、己の良心に恥じることがないということではないでしょうか。ずるいこと、汚いこと、本当の自分とは違うことをし続けると、知らず知らずに思考が歪んでいくのです。

    爽やかで健全な心と身体で、気持ちよく仕事をしていけるように調整して参りましょう。

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    求めれば与えられるという意識

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  • みなさんは仕事をするうえで、どういうものが必要だと考えているでしょうか。
    良き仲間、資産、人脈、健康、さまざまなものが私たちは必要だと感じ、また足りない足りないと思ってしまうのではないでしょうか。

    新約聖書の中に、「求めなさい、そうすれば与えられる」という言葉があります。
    私は、教会には通っていませんが、こうした言葉には胸打たれるものがあることは確かです。

    私は、求めても求めてもそれが得られず、拗ねていた時期がありました。
    そうした時期に限って、くだらない人との繋がりができ、面倒に巻き込まれたり、お金の面でも苦労したものです。

    求めるに際し、与えられるに違いないという確信があるということは大切です。
    そうした確信なしに、無いことばかりに着目し、文句を言ってばかりでは前に進めないのです。

    ジャパネットたかたが、あそこまで大きくなったのは、社長が、できる、という確信を持って何事にも取り組んだためだそうです。

    与えられる、できる、大丈夫だ、そうした前向きな言葉や思いを持って、はじめて求めるということが効力を発揮するのかもしれません。

    みなさんは何を求めているでしょうか。何があれば、みなさんの業務はさらに躍進し、素晴らしい成果を出すことができるでしょうか。

    可能不可能を吟味する前に、まずは夢見てみましょう。そして、与えられると信じて求めてみてはいかがでしょうか。

    変化なき組織は腐敗していきます。一緒に成長していこうではありませんか。

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    出川哲郎に学ぶ積極性について

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  • お笑い芸人の中に出川哲郎という人がいます。もう50歳を超えていますが、リアクション芸を得意としている芸人さんです。
    昔は、抱かれたくない芸能人の一位にいるのが当たり前で女性からはかなり嫌われていました。男性からもあまり支持されていたわけでもなく、一時期テレビで見る機会がかなり減りました。
    しかし、ここ最近は再びブレイク中でバラエティ番組に引っ張りだこの状態です。50歳を超えても変わらずに体を張った芸と天然キャラゆえのボケが受けている以上に、何事にも物おじせずにどんどんチャレンジしていく姿勢が、特にお茶の間に受けているのだと思います。
    年齢を重ねていくと、どうしても体を張るのが難しくなったり、気持ちも守りの姿勢になるものですが、出川哲郎の場合は年を重ねるにつれて、逆にますます積極性が増しているように思います。
    我々のような会社勤めをしている人間にとっても、年を取ったり勤続年数が長くなってしまうと、今までの仕事をこなすだけで満足してしまい、なかなか新しい仕事にチャレンジしたり、新しい事を覚えたりするのが苦痛になってきます。
    しかし、出川哲郎のようにどんなにバカにされても笑われても新しいことにめげずに挑戦する気持ちが、いずれ実を結ぶことがあると思うと、非常に勇気づけられますし、時には感動すら覚えます。
    出川哲郎の芸風はマネしなくともよいと思いますが、その気持ちの持ち方と積極性は、年を取っても仕事における色々な場面でも参考になるのではないでしょうか。

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    仕事ができる人だけが人なのですか?

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  • 僕は確かに仕事ができる人間ではありません。
    上司の指示の眼目を外す事もありますし、尋ねる人が回りにいないとどうして良いのか判らず、仕事が停滞してしまう事もままあります。
    確かに手も遅くて不器用だからミスする事もしばしばですし、うっかりやらなければいけない作業を忘れてしまう事も。

    ホントに御免なさい。
    仲間や先輩や上司の方に御迷惑をお掛けしている事は十分に認識しています。
    だから叱られるのも自分が悪いんだと思っています。だって足を引っ張ているんですから当たり前です。
    会社が悪い、上司が悪い、先輩が同僚がーなどとは決して考えていません。

    でもこれでも一生懸命なんです。必死で頑張っているんです。絶対、サボったり手を抜いたりはしていません。
    その事だけは信じて欲しいんです。

    それに、並にできる人と比べると能率の悪いのは確かですし、出来の良い人ばかりの集団を基準にすれば全体の仕事効率も下がるでしょうけど、そんなに優秀な人ばかり集める事なんて実際には不可能でよね。
    僕みたいな人間も戦力として含まれて来るのが現実だとすると、貢献度は低くても少ないながらも貢献はしていてマイナスにはなってないと思うんです。

    ですから僕の事を馬鹿扱いするのだけは止めて欲しいんです。
    仕事のミスで怒られるのは仕方がありません。褒めて欲しいとか、甘やかして欲しいというのではありません。

    人として接して欲しいだけなんです。人としての尊厳を守りたいというのは贅沢なことですか?

    あなたの周りにはこんな人はいませんか? そしてその人にあなたはどう接していますか?

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    疑問点発掘能力を磨こう。

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  • 昭和の名刑事といわれる平塚八兵衛は、終戦直後の帝銀事件や吉展ちゃん誘拐事件、三億円事件など昭和を代表する大事件の捜査に係わってきた、警視庁の名物刑事です。

    捜査を行っていく上での彼の信条は、「疑問をそのままに放置するな」という事でした。
    だから例えば事件現場の検証をする時に、疑問が涌かない様では一人前の刑事ではないと言っています。

    例えば、ある事件の発端はホテルでの女性の首つり死体発見でした。
    鑑識含め現場検証に立ち会った多くの関係者達は、自殺として見ていました。

    しかし平塚刑事は、死体の状況にある疑問を持ちました。それは遺体が下着を着けていなかった事でした。
    女性が自殺をする時には、必ず発見された時に事を考えるもんだと平塚は言います。
    下着をつけないまま、女性が自殺する事は絶対にあり得ない、だからこれは他殺だと判断したのです。
    他にも自殺と考えた時、疑問点がいくつか出て来たそうです。
    捜査の結果、この事件は偽装殺人でした。

    同じ状況を見ても、この様に疑問を見つけられるかどうかで、結論は正反対になる場合があるのです。
    この事は全ての仕事に当てはまります。

    どんな仕事でも完全に完成された形というのはありえません。人が作り上げた事柄に完全などあり得ないのです。
    何処かに必ず欠点や弱点がある筈です。
    その事に気が付かず、昔からずっとこのやり方で来たのだからと疑問さえ持たないでいると、やがて何処かで破綻が訪れます。

    常に改善・改良が行われ、進歩・前進がなければなりません。
    自分の周りが流れて進んでいる時、立ち止まっている事は後退しているのと同じなのです。

    だから疑問点の発掘は大切なのです。是非疑問点発掘能力を磨きましょう。

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    カンガルーとノルウェイの森(勘違いと誤訳にまつわるお話)

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  • カンガルーの語源の由来であると言われているのが、諸説はありますが、俗説の一つで面白い逸話が残っています。キャプテン・クック率いる探検隊が、オーストラリアで見たカンガルーを指さして、「あの動物は何か?」と現地の原住民たちに尋ねたところ、彼らが「(何を言っているのか)わからない」を意味する「カンガルー」と発したため、それがその動物の名前であると勘違いして、今なお「カンガルー」は「カンガルー」と呼ばれているという話です。

    なんともお間抜けでお粗末な逸話ではありますが、それに似たような話が、かの有名な村上春樹さんの小説やビートルズの楽曲である「ノルウェイの森」にも残されています。

    ビートルズの詞のなかで展開されているストーリーを実際に見てみると、彼女が尋ねてきて、「Isn’t it good, Norwegian wood」という節が出てきます。家のなかに森があるとは思えませんので、これはおそらくノルウェイ調の家具であったり、ノルウェイ風の材木であるとするのが正しいのではないかと言われています。

    もし、正しい翻訳がなされていたら、村上春樹さんの小説のタイトルも「ノルウェイの森」ではなく「ノルウェイの家具」になっていた可能性もゼロではないというところが面白い話です。

    これらの話から得られる教訓は、私たちも間違ったことなどが、そのまま一般に認知され、広まってしまう前に、そういった事態を想定しつつもなるべく回避できるよう、最終確認をしっかり行うことが大切さであるということになりそうです。

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    「3」という数字に見る、面白い共通エピソード

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  • 「三度目の正直」であったり、「仏の顔も三度まで」「石の上にも三年」といったことわざに代表されるように、普段あまり意識していないものの、じつは「3」という数字にまつわるエピソードを言い得た格言や歴史的出来事がたくさんあることに気付かされます。

    たとえば、「三本の矢の教え」は、毛利元就が、三人の息子に対して、矢は1本では簡単に折れるけれど、3本束ねると折ろうとしても簡単には折れないので、その矢と同じように三人で結束することが大事であると伝えたといわれる逸話になります。

    また、「三顧の礼(さんこのれい)」は、故事成語のひとつで、目上の人が格下の者の許に三度も出向いてお願いをすることで、三国志の時代の中国で、劉備が諸葛亮を迎える際に三度訪ねたとする故事に由来していると言われています。

    さらに、「三献茶」という石田三成に関するエピソードも興味深いものがあり、「武将感状記」という書物に記されています。少年時代の石田三成が、のちに主君となる人物であった豊臣秀吉との出会いを果たしたときの出来事です。

    現在の滋賀県は長浜市の城主となった豊臣秀吉は、ある日領内で鷹狩をしていたときに、喉が渇いたため、近くの寺に立ち寄ってお茶を頼んだのでした。そのとき対応した寺の小姓が石田三成であり、一杯目は大きな茶碗いっぱいのぬるめのお茶を、もう一杯目のお茶は一杯目よりやや小ぶりな茶碗に少し熱いお茶を半分ほど、三杯目に差し出したお茶は小ぶりの茶碗に熱く点てたものでした。

    秀吉は、石田三成が欲しているものを瞬時に察知して対応したところに感動し、そのまま三成を城に連れ帰り家臣にしたという逸話です。

    共通点として「3」がポイントになるこれらの話から、迷ったとき、困ったときには「3」を意識してみるというのも、良いかもしれません。ただし、「三時のおやつ」はほどほどにしたいものです。

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    人に勝つより自分に勝て

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  • これは中国の老子の教えの中の一つです。今の世の中は激しい競争社会で現代人は強いストレスの中で生活しています。

    人と競争することによって自らを高めていくことは大事なことです。しかし百戦錬磨の人などほとんどいません。
    多くの人が敗北して挫折したり、ときにはそれによって自分の目標を絶たれることもあるでしょう。

    しかしそこで老子は説いています。己の私利私欲に打ち勝つ者こそが本当の強者であると。
    身近な例でいうとメジャーリーグのイチロー選手が真っ先に思い浮かびます。

    彼こそ自分に打ち勝つ強い心を持った人、つまり最高の自己管理を実現している人物の代表でしょう。

    人間は放っておくと楽なほう、楽なほうへ流れていく生き物だそうです。
    その行きつく先がどのようなものかは想像に難くないでしょう。

    ですから大事なことは理性を持つことです。欲望のままに行動するのは野生の動物と同じです。
    人間には理性というものが備わっています。

    人を押しのけて自分が勝利をつかみたい、、、そのような考えは少なからぬ人が持っていると思います。
    そのような欲求を否定するつもりはありません。人間には適度な欲が不可欠だからです。

    しかしそれらが度を越えると堕落した人生、または人に疎まれ孤独に生きる人生になりかねません。

    別の視点で考えてみて、まずは自分自身に勝つことを目指してみましょう。

    日常生活の中で自分なりに目標をもつ。ここで大事なことはそれを紙に書き出してみることです。
    一日でも一週間単位でもいいでしょう。そしてあとから見てみて何割くらいクリアできたか顧みる。

    全部出来ていなくても構いません、8割くらいを目標に!100点満点では疲れてしまい続きません。
    大事なのはその割合を維持してゆくこと。
    そしてそれを習慣づけること。

    この習慣を続けていけば、あなたの人生は必ずや豊かになってゆくことでしょう。

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    成功者も結局過去に多くの失敗をしている可能性が高いということ

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  • 世の中で成功している人は数多くいます。実業家や経営者で名が通っている人は国内外を含めてかなりの人数がいると思いますが、そういった人はすごい人だと感銘を受けることでしょう。しかし、そういった成功者は成功しかしていないわけではありません。

    成功者は成功した部分だけがクローズアップされるので、まるで失敗なんかほとんど経験していないかのような錯覚に陥ることもあります。しかし、それは成功者が失敗していないわけではなく、失敗した部分に注目されていないだけなのです。

    そして、どれだけ過去に失敗を重ねていても、1つの大きな成功があれば、その人は成功者として世の中から扱われます。そうなると、結果的に成功している人も過去に何度も失敗をしている可能性が十分にありますし、現実的にそういう人もかなりいると思います。

    したがって、失敗ばかりをしている人というのは自分に才能がないと思う必要がないと思います。成功者になるためには数少ない成功のためのチャンスを逃さないことが重要なのです。

    ミスをする回数などは減らしていく努力も必要ですが、ミスする回数が多いとしても自信をなくす必要はなく、自分が無能と思う必要もなく、いつか成功するチャンスが巡ってくるかもしれないと、そういう気持ちでいましょう。

    成功者になれるか?どうかは失敗の回数が少ないか?どうかで決まるのではなく、成功のチャンスを掴めるか?どうかだと思いますし、むしろ過去に失敗した経験が多くあれば、その失敗に学べるはずで、そこからも成功のチャンスが広がるかもしれないのです。

    そういった考え方で私は仕事をしていきたいと思います。失敗を減らす努力をしながら、過去にした失敗をそのままにするのではなく、失敗を財産として生かして、成功へとつなげていきたいです。

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    住まいに感謝して

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  • 住宅の解体工事に携わっていて感じる事があります。
    住んでいた人がいなくなった住宅の玄関のかぎを開けて中に入ります。

    家財道具が全て片づけられ掃除機をかけたであろうと思われるちり一つ落ちてない部屋、雑巾がけをしたであろうぴかぴかに輝いている床。住まわれていた方の住まいへの感謝の思いが伝わってきます。

    かと思うと、ちょっと前まで生活していたのではないかと思わせる足の踏み場の無い部屋。箪笥には衣類が詰まり、冷蔵庫には使いかけの調味料が散乱し、あらゆる収納スペースにものがびっしり。挙句は家族のアルバム・遺影まで置き去りにされ、不本意な引っ越しを余儀なくされたであろう。

    住まいも泣いています。住まわれていた方の無念を思います。「こんなはずではなかった。」「幸せな日々を送っていたのに」「一生懸命生きてきたのに」苦しい思いも同時に感じ取れます。

    何年か、若しくは何十年か、家族とともに過ごしたであろう住まいが今、無に帰そうとしています。子供たちの食卓を囲む歓声が聞こえてきます。お母さんのそれを諌める甲高い声が聞こえてきます。仕事で疲れた体を家族のだんらんの中で癒され明日への英気を養ってきたお父さんの姿が見えます。
    諸々の思い・声が重機のエンジン音の中にかき消されていきます。

    様々な人生模様を垣間見る思いです。自分は「数々の思い出をありがとう。」と言って去りたい。
    でも、「誰しもがそう思うのに、それが出来なかった無念」 それを感じ取れる自分自身でありたいと思います。

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    苦悩を抱える状況というのをプラスに肯定できれば道は開ける

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  • 社会人として働いていれば、悩みが生じるのは日常茶飯事かもしれません。多くの人は悩みを抱えている状況を好ましくは思ってはいないと思います。しかし、その状況というの私たちにとって好ましい状況を提供しているとも評価できるのです。

    有名なメジャーリーガーのイチロー選手が言っていた言葉で「苦悩とは前進したい思いがあり、かつそれを乗り越えられる可能性を持った人にのみ訪れる」というものがあります。イチロー選手はあれだけの素晴らしい成績を残してきましたが、彼自身にも苦悩は相当あったということなのでしょう。

    そういった経験をしてきたからこそ、そういった言葉が出てきたと思いますが、社会人にとっても共通の部分があるはずです。自分自身が何かに関してとても悩んでいるとき、心の中では不安などの部分が強いかもしれませんが、実は自分自身が前に進もうとする、成長したいという欲求の表れなのです。

    そういった人間にしか苦悩は訪れないので、苦悩を抱えた人の状況というのは成長段階にある人間とも呼べます。いまさに殻を破って成長しようとする姿なので、肯定的に捉えてみるおとをおすすめします。

    ネガティブな感情が支配している状況というのは、なかなか物事がうまく運びませんが、プラスに捉えることで上手くことがあると思います。したがって、これからもし仕事において苦悩する状況が訪れたときには、その状況を肯定的に捉えて、自分が一皮むけるための試練と考えると状況を打開できる可能性が高まると思うのです。

    私自身も悩みぬかないといけないシーンが訪れたときには、それをどうやって乗り越えるか?というのを楽しみながら仕事をしていきたいと考えています。全く同じことでも捉え方が変わることで結果が変わることがありますから、皆さんが仕事をするうえでは頭に入れておいてほしいと思います。

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    努力してもダメなときに努力の仕方を変える重要性

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  • 仕事をしている人は基本的に全ての人が頑張っています。努力をしているはずです。しかし、努力が実を結ばないことは仕事では多々あります。

    そういったときに差が出る社員の行動があります。その努力をさらに続ける人、努力の仕方を変える人という、大きく分けて2つのパターンがあるのです。後者を柔軟に行える人こそが優秀なビジネスパーソンと言えると思います。

    結果の出ない努力を続けることは言ってしまえば誰でもできます。結果が出なくても良いならば、それ自体何ら難しいことではないからです。しかし、努力の仕方を変えるというのは誰でもことではありません。

    努力の仕方を変えるということをしても、絶対に結果が出るとは言えないでしょう。しかし、努力の仕方を変えるということは今までの努力がなぜダメだったのか?の原因を分析し、その原因から今度は上手くいくはずだと思える方法をきちんと考えるというプロセスが必要です。

    これは誰でもできるわけではなく、論理的に物事を考える力が備わっていないとできないことなのです。そして、努力してダメだったことというのは、努力の仕方を変えることで結果が出る確率が上がります。つまり、そういった能力がある人の方が会社にとっても重要であり、ビジネスパーソンとしても有能と言えるのです。

    私が目指している理想の社員というのはそれになります。努力をすることは当たり前ですが、努力してもダメだったときにどのように軌道修正するか?が重要だと思うのです。柔軟に対応して、事態を良い方向に向かわせられる能力こそが、私たちに必要だと思います。

    私はそういった社員になるべく、努力をしながらも状況を正確に見つめて、常に最善の手段を選択していけるように頑張っていきたいと思っています。こういった部分は私だけではなく、全ての社員に必要であり、同じく理想としてほしいと思うのです。

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    働く人にとって自分の代わりはいくらでもいることを肝に銘じる大切さ

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  • 私たちは普段会社で何気なく働き、身分を保障されていると思っている人が多いかもしれません。しかし、会社で働く私たちの代わりは意外と多くいるものです。私たちは就職活動を通じて会社から選ばれた必要な人材という認識の人も多いかもしれませんが、その認識は妥当ではないのです。

    会社としては必要な人数を採用するということを迫られてはいるものの、それがこの人じゃないといけないとは思っていないでしょう。最低限のスキルなどを持った人の中で最も良いと思った人を採用したに過ぎないのです。だから、自分と落ちた人の能力差はそこまでないと思った方が良いのです。

    そして、自分が会社に就職できて、これで安泰だと油断をしていると、会社からそういった評価を受けることになります。そういった評価というのは、こいつの代わりは他に探せばいくらでもいるから、待遇を悪くしても構わないとか、無下に扱っても構わないというものです。

    代わりはいくらでもいるという状態というのは、この人が会社を辞めても、同じ能力を持った代わりは簡単に見つけられるということであって、最悪辞められても困らないという状況になります。そう思われたら、自分に対する会社の期待はほぼなく、評価もされないでしょう。扱いも悪くなり、自分の存在意義は失われ、自尊心もどんどんなくなるかもしれません。

    したがって、自分がここで働く意義や自分だからこそできることというのを見出し、そのための努力をして会社から認めてもらって、自分が会社にとって不可欠な存在になることができれば、それは会社にとっても大きいですが、自分にとっても意味があることになります。

    そういった状況を作ることが私たちが会社でやるべきことであり、今日も目指していく姿ではないでしょうか。自分が働く意味を会社に訴えていくことが自分と会社の成長を促すのですから、私はそういった社員でいたいと心から思っています。

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    木はそれぞれの伸び方をしています。

  • 追加
  • 私は毎朝公園を散歩しています。朝の公園はとても気持ちがいいものです。歩きながらたくさん生えている木を見ると、たまに他の木と違う方向に枝を伸ばしている木があります。普通は太陽の方向に向かって枝が伸びるはずなのに一本だけ反対に枝が伸びているのです。

    木が自分で方向を変えている訳ではなく、何かがあってそうなったんだなとは分かりますが、そんな木を見ていると自分に似ていると感じてしまいます。わざと反対側に枝を伸ばして目立ってやろうとしているように感じるんです。私も目立ちたいとか、もてたいとかの為に似たような事をする時があるからです。

    木は自分を守るために枝の方向を変えたんでしょう。それは木が本来持つ本能のようなもので、自然な成り行きだと思います。それに比べて私は自分をわざと曲げて、良く見せようとしているんだなと感じさせられてしまいました。本当の自分じゃないのに評価されたりもてたりしても、結局は後で恥をかく事になるんですよね。木は葉が日陰に入らないようにしているのに、私は日陰を作って誰かの邪魔をしているのかも知れません。

    見栄を張ったりして一時的にいい事があったとしても、結局期待を裏切ったりして相手に迷惑をかけてしまいます。私はあの木のように自分を偽らずに、自然な流れで枝を伸ばしていきたいと思います。それが私の為であり、周りの人達を裏切らないことに繋がるんだと、公園の木に教えてもらったんですね。木を見て森を見ずに、自分を見てみました。

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