自信が確信に

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  • 今回のテーマは「自信が確信に」です。

    この言葉はプロ野球中日ドラゴンズの松坂大輔投手が、高卒のルーキーイヤーの西武ライオンズ時代に当時のオリックスブルーウェーブ(現オリックスバファローズ)のイチロー選手と対決してイチロー選手から1試合で3三振を奪って勝利した時のヒーローインタビューで発言した言葉です。

    この言葉はその年(1999年)の流行語大賞にこそならなかったものの、その年に同じく松坂投手が発言して流行語大賞に選ばれた「リベンジ」同様、強烈なインパクトを放った言葉でもあります。

    この言葉を発言してから松坂投手はさらに頭角を現し、プロ野球界でも全国区の人気を誇り、スターの地位を築くまでに登りつめた事は言うまでもありません。

    その年に私は松坂投手より1学年下で高校3年生だったのですが、その年の学校のクラスの卒業の寄せ書きで先ほどの「自信が確信に」という言葉を書きました。

    私自身が野球が大好きで、その言葉が強い印象を受けたのもそうですが、自分に自身を持てる人間になりたい、そして物事に確信が持てるほど、誰よりも抜きん出たものを1つでも作りたいという思いからその言葉を当時、高卒の卒業の寄せ書きに書こうと決めました。

    一般社会においても最初は難しい仕事を与えられた時は誰も不安で自信の一つも持てません。

    ただ、不安の中でもその仕事をやり遂げて成功したらそれは自信につながり、自信をもってやって誰にも負けない地位を築く事ができればそれは確信に変わっていくものだと思います。

    私自身も社会人になりもう15年目になりますが、その中でいろんな方々を見てきてもやはり、自分自身や自分の仕事に対して自信や確信を持ってる人ほどトップの地位を築いている方が多いように見受けられます。

    不安の中でもまず1つ大きな仕事をやり遂げて自信を持ち、自信を持った中でまた1つ大きな仕事をやり遂げて確信が持てるように、高卒の卒業の寄せ書きでも書いた「自信が確信に」という言葉を胸に、これからも精進していきたいと思います。

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    多くの皆様に、より良い提案をするために

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  • 仕事上で必要とされるスタンスにロジカルシンキング<論理的思考>とクリティカルシンキング<批判的思考>あることはご存知のことと思います。
    論理的思考と批判的思考は物事を予測し、効率的・合理的に進めるうえで必要不可欠な要素と言われています。

    多くの経験や情報があるからこそ、仕事上で問題が発生しやすい部分を予見して事前に対策を立てて失敗を回避することができるでしょう。
    実際、皆さんも1つか2つ程度は大事に至らずに済んだ案件を経験しているはずです。

    その他にもこれらのスタンスが必要とされる場面はたくさんあります。

    例えば、とある会社の事務への発注では、記入ミスをしやすい発注書を長年使用していたそうです。
    記入内容に誤りがある時は、担当の事務員が手作業で修正をしていたため二度手間になることが多かった上、他の部署の職員がしょっちゅう記入方法について確認に来ていたこともあり、多忙な職員達への労力が無視できない状況になっていました。

    事務員は「なんでこんな簡単なこともできないのだろう」と他部署の職員を、他部署の職員は「なんでこんなまどろっこしい書き方をせにゃならんのか」と、互いに不満をため続け、人間関係がぎくしゃくしていったそうです。

    そんな状況にメスを入れたのは新しく赴任してきた一人の男性でした。
    「発注書自体を変えたら、もっとスムーズに仕事ができるのではないか。」
    結果、新しい発注書のおかげで仕事も人間関係も円滑に進むようになったそうです。

    この事例での問題点は、事務員も他の職員も、他人の出来る出来ないに意識をとられすぎたために根本的に発注書の仕様に問題があることに気づかなかったことです。

    赴任してきた男性は各々の部署の言い分は尤もだと思いつつも、本当に問題はその事だけなのだろうかと批判的にとらえ、他に原因がないのだろうかと論理的に状況を把握した結果、この問題を解決することができました。

    皆さんも一度、長年の慣習だからと続けていることについて疑問を持ってみてください。
    もし、改善することで組織の利益になることが予想できるなら、臆せず提案してみてください。

    それはあなた達職員一人ひとりだけでなく、より多くのお客様もまた快適に過ごせる手助けになるかもしれません。

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    努力をすることが大切だと言われる本当の理由

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  • 何をするのにも努力は大切と良く言われます。
    しかし本当に努力はしなければならないのでしょうか。
    結論としては努力はするべきなのですが、その理由は明確にしたいと思います。

    まず、結果を出すために努力が必要です。
    ここで言う結果を出すとは継続的に出し続けることを指します。
    才能で成功してもその裏付けがなければ継続的に結果を出し続けることは難しいでしょう。

    しかし努力でしっかりとした実力を身につけておけば常に結果を出すことはできるでしょう。
    また、柔軟な対応も可能となりますので多少の変化には慌てずに対応することができます。
    そうすることで継続的に結果を出すことが可能となるのです。

    また、努力をすることは困難に立ち向かう力を身につけさせてくれます。
    人生は常に困難が付きまといます。時にはどうにもならないのではないかと思えることもあるでしょう。
    しかし努力をすることが日常的に身について入ればそんな時にもくじけずに立ち向かおうという気持ちを持つことが出来ます。
    努力から逃げて過ごしてきてしまうとこういった時にまったく動けない人間になってしまいます。

    残念ながら努力をすれば必ず結果が出るとは限りません。
    しかし結果を出すためには努力が必要であるので、本当に重要なのはすぐに結果が出なくても投げ出さずに努力を継続していくことです。

    努力をすることが出来るのも才能と言われることもありますが、まさに結果がでない時にも自分を信じ続けることができるということは生きていく上で重要な資質と言えるでしょう。
    その資質を身につけさせるために、努力は必要だと言われるのではないでしょうか。

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    雨だれ石を穿つ

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  • 昨今、IT化が進んでこの方、スピードが重視されています。
    早いことはよいことだという価値観が先行していて、それ自体が間違いだとは思いません。
    しかし、こういう時世だからこそ、根気よく続けることも大事なのではないでしょうか。

    雨であっても、ずっと同じ場所に落ち続ければ硬い岩さえも穴をあけてしまいます。
    例えば、新しい技術を生み出してそれを実用化にこぎつけるためには何度も何度も試行錯誤を重ねることが必要です。
    机上の空論と実際にやってみるとでは事前に想定できないトラブルが発生することは珍しいことではありません。
    コンビニやファミレスの新しいメニューの影にはそれに数倍する日の目を見ない試作品があるはずです。
    新薬を作り出すためには数限りない臨床実験が繰り返されています。

    一見、天才的な行動の影にも無数の試行錯誤があります。
    名医と呼ばれるような医者は才能だけで仕事をしているわけではありません。
    何回も、何十回も、何百回も診察や手術を繰り返すことで患者の病気を見抜き、病巣を適切に除去する手術を行えるのです。

    スピード重視の社会では、こうした試行錯誤をロスとみなし、成功への最短距離を目指す風潮が強まりやすいです。
    ですが、失敗を含めた試行錯誤の数こそがその人の貴重な経験値であり技術の修練に絶対的に必要なことです。
    お客様への電話がけ、窓口での応対、クレームに対する対応、製造現場における試行錯誤
    すべて、自分自身を成長させ「凡人」が「達人」へと成長するために必要なプロセスだといえるでしょう。
    そうすれば、雨が石に穴をあけるように、地道な努力が報われる日が訪れるのではないでしょうか。

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    星の王子さま

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  • 「しくじり先生」という番組をご存知でしょうか。
    人生でしくじった経験を持つ人が先生となり、生徒に「俺みたいになるなよ」と経験を話す、少し前にやっていたバラエティ番組です。

    先日たまたまyoutubeで、オリエンタルラジオの中田敦彦、通称あっちゃんが星の王子さまを題材に、教壇に立っている動画を発見し、見てみました。
    星の王子さまはサン=テグジュペリというフランス作家の作品の1つで、名前だけでも聞いたことがある方は多いと思います。
    私も昔、実家で見たことがあるような気はしていますが、内容はよく覚えていませんでした。

    簡単ですが、物語のあらすじはこうです。星の王子さまは、小さい星で一人、たった1本のバラを大切に育てながら暮らしていました。ある時、バラと喧嘩してしまい、自分の星を飛び出して、住みやすい星を探す旅に出ます。

    いろいろな星を転々とし、最後の星、地球にたどり着きました。そこにはたくさんのバラがありました。星の王子さまは、特別だと思っていた1本のバラが、ありふれたバラだったんだと気づきます。
    その悲しみ・切なさをキツネに話すと、キツネは「もう一度バラを見に行ってごらん。そしたら君の星のバラがこの世に一輪だけだってことがわかるから」と言います。星の王子さまがもう一度たくさん咲いているバラを見て気づいたこと、それはやはり星で一緒に暮らしていたあのバラだけが大切だということです。水をあげ、ガラスの鉢を作り、ついたてを立ててあげ、毛虫を退治してやったのは、あの星の花だけだ、あれがぼくの花だと気づきます。キツネは、「君がバラに費やした時間が君のバラを特別にするんだ。これが大事なことなんだ」と教えてくれます。

    この物語を解説するあっちゃんこと中田先生は、この小説のキーワードを「大切な人」とし、こう締めくくります。

    「「運命の人」とは突然出会う訳ではない。相手を大切にしながら過ごした時間が少しずつ相手を「運命の人」にしていく。」と。

    私は今、目の前の仕事をこなすことで精一杯です。仕事に対するやりがいや向き不向きについては未だわかりません。
    でも、これから職場にいる時間を大切にし、仕事と向き合って、いろいろな力を蓄えながら、いつかここで働いてよかったと思えるように日々精進したいと思います。

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    ある曲を聞いて勇気を貰える話し

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  • Mr.Childrenの曲で「彩り」は2007年3月14日発売のMr.Childrenの13枚目のアルバム「HOME」の中の1曲です。

    僕のした単純作業がこの世界を回り回って
    まだ出会ったこともない人の笑い声を作っていく
    そんな些細な生き甲斐が日常に彩りを加える

    上記歌詞引用いたしました。

    曲を聴いた方は、次の日から自分の仕事に自信を持つようになり、生き生きと業務をこなすようになったということでした。
    なかには、目に見える形で自分の成果を確認することができない仕事をしている人もいるでしょう。

    経理担当の人であれば、パソコン画面に伝票の数字をひたすら入力し続ける仕事に飽き飽きしているかもしれません。
    通販サイトの受付を担当している人は、まるでパソコン画面に向かって接客しているような感覚になり、実際にお客様の笑顔を見る機会がないかもしれません。
    ですが、どんな仕事も必ず誰かの役に立っているのです。
    目の前の仕事に意味のないことなどありません。

    クリック一つで社会貢献できていると思えば、仕事にもやりがいが出てきませんか?
    同じ仕事の繰り返しでやる気がなくなっている人は、今やっている仕事が回りまわって誰かの笑顔を作っていると思って仕事をしてみると良いと思います。
    そうすれば、きっとモチベーションが上がるはずです。

    毎日仕事で同じ作業をしていると、やりがいを見失ったり、モチベーションを上げるのが難しくなるものです。
    自分がやっている業務は、自分じゃなくても誰でもできる仕事だと思ってしまい、自分の価値ってなんだろう…と落ち込むこともあるでしょう。

    必要の無い仕事は無く気持ちを大らかにして接してください。(さぼりは禁物ですが)

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    たかが仕事、されど仕事。

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  • 私達、人間の身体は色々な原子からできています。
    例えば炭素、水素、酸素などを始めとする原子が集まって人間の身体が形造られています。

    これはこの宇宙全ての物質において例外なくそうなのですが、これら原子の誕生は約138億年前におこったビッグバン、即ちこの宇宙の誕生の時まで遡ります。
    その37万年後ぐらいに水素とヘリウム原子が生まれ、ビッグバンの約4億年までにその他の原子が出来上がったそうです。

    人類の祖先である二足歩行の猿人が現れたのが700万年前といいますから、その1971倍以前の事です。計算が間違っていたら御免なさい。
    いずれにしても途方もなく、想像できないほどの過去に発生した物質が、そのまま今のこの私の身体を形作っているのです。
    私のこの身体が138億年前に発生した物質なのだという事に、私は言い様の無い不思議を感じます。

    また地球を直径1メートルに縮尺すると太陽は東京ドームほどの大きさになり、この宇宙の大きさはが465億光年、つまりたった1秒間に地球を7周半回るスピードで走ったとして465億年かかる様なのです。しかもその高速以上の速さで今現在も膨張し続けているのだとか。

    もう私の少ない知識と想像力ではとても追い付かない壮大な宇宙の話ですが、こんな事を考えていると、自分という存在がほとんど「無」に等しい様に思えてきます。
    でもしかし私は今ここに存在しています。そして今から課長に報告しなければならない、得意先からの苦情について悩んでいます。
    それは宇宙から見ればなんとちっぽけな悩みなのでしょう。そう考えると自分のその悩みが大した問題では無い様にも思えてきます。

    こんな時、私は「たかがちっぽけな人間の仕事さ」と考えたいと思うのです。
    そう自分に言い聞かせながら報告に向かいたいのですが、いやいや、やっぱり私にとっては一世一代の大問題で、「されど仕事」なのです。
    いつも私はこんな風に自分を励ましながら、前向きに毎日の厳しい仕事をこなしています。

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    あなたは、自身気付かずに誰かの邪魔をしていませんか?

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  • 車に乗っていてしばしば感じる事があります。
    前の車が右左折の際、十分に右または左に寄ってくれない為に、直進したいこちらが通過する事が出来ないという経験がありませんか。
    道幅に余裕があるので、もう少し、もう何十センチか寄せてくれたらスムーズに行き過ぎる事が可能なのに、とイライラを感じる事が少なからず私はあります。

    勿論、狭い道でどうしようもない時には、当たり前の事、通過出来る様になるまで何の精神的苦痛もなく待ちます。
    寄せ幅があるにも拘わらず道の中央近くに車を停車させる人は、他人の迷惑には無頓着なのでしょうか。おそらく全く周囲の状況に気を配っておらず、自分の行動が周囲の流れにどう影響するのかを考えていないのだと思います。

    この様な事柄は、他にも、道幅いっぱいに横に並んで歩く集団や、歩道を塞ぐようにして信号待ちをしている自転車など、いたる所で散見出来ます。
    そして、この様な状況は社内の仕事上でも当てはまる事があるのではないでしょうか。

    只々目の前の自分の仕事をこなす事に集中する余り、周囲の状況に目が行き届かなくて、誰かの業務を何かしら邪魔している事はないでしょうか。
    ほんの少し、一瞬で良いから回りに目を配ってみたら、もっとスムーズに全体の仕事が流れるようになるかもしれません。

    多少は面倒臭い事でしょう。しかし、要はそれは習慣の問題です。そんな気配りが身に付いていれば、たいした苦痛も無く自然とその気配りを出来る様になる筈です。
    目配り気配りは練習が必要です。皆でそれが出来る様になればきっと良い職場になると思います。

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    出世した時こそ「井の中の蛙」にご用心

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  • 「井の中の蛙大海を知らず」とは、自分の周囲の狭い世界しか知らず、物事に対する見識が狭いさまを言い表した諺です。
    マイナスの意味で使われる言葉であり、似たような言葉には裸の王様が挙げられます。

    会社に長く勤め、地位が上昇していくにしたがい、井の中の蛙になってしまう人が多く見受けられます。
    地位が上がっていくと、若手のマネジメントや会社の運営を担当するようになっていきます。
    視線の先が取引先やお客様から、会社内のことに向いてしまうことは避けられません。
    その中で、いつのまにか会社内のことしか考えられない井の中の蛙に変身してしまうのです。

    従業員を何万と抱える大きな企業であろうと、日本、あるいは世界という単位から見れば、そこは狭い世界に過ぎません。
    そして、会社の存続を決めるのは、その広い世界にいる何億という人々にどれだけ貢献できるかということです。
    常に外の世界について意識を持っていなければ、会社の事業はあっという間に世間からの信用を失ってしまいます。

    すぐれた経営者、リーダーと言われている人たちは、常に視線が外を向いていると感じます。
    会社の中での出世競争に汲々としている人は、井の中の蛙となり、結局のところ会社にとっても害をなす存在になってしまいます。

    部下を束ねる地位に就いたとき、新しい社員が入ってきたときなどは、改めて自分の視線がどこを向いているか確認する必要があると感じました。
    会社内での出世に浮かれることなく、自分のことを見つめなおす冷静な視点を持っていきたいと思います。

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    趣味と連動させた自己啓発で仕事のモチベーションUP

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  •  趣味と連動させた自己啓発でモチベーションを高めて仕事に取り組んでいければ、理想的なサイクルで仕事ができるといえるのではないでしょうか?今回はそんな仕事への向き合い方について、スピーチの場を借りて提案していきたいと思います。

     残業続きでプライベートな時間をほとんど取れないようなときは、どうしても疲れが出るものですよね。人の体力は無尽蔵ではありませんので、疲れるのは当たり前です。もしもそこにやる気のエネルギーを注入しなくてはいけないとき、どう考えれば良いのでしょうか?その方法としてオススメなのは、趣味と連動した自己啓発です。

     たとえば趣味が国内外を問わない旅行だった場合、たとえ仕事が一時的に苦しくても「これを乗り越えれば旅行が待っている」と思えますよね。すでに旅行の手配をいろいろと済ませて準備万端な状態にしておけば、後は仕事を片付けるだけだと割り切って考えられます。

     果てしなく続くように思える仕事でも、仕事をやり続けていればいつかは必ず片付きますよね。その後に待っているのは心から待ち望んでいた旅行というご褒美ですから、仕事を頑張れば頑張っただけ達成感に浸ることができるでしょう。

     仕事の成功そのものをモチベーションに取り組めればそれがベストなのは確かですが、そうできないこともありますよね。そんな時は趣味を糧に自己啓発すれば、仕事をあまりストレスに感じることなく頑張れますよ。私はそう心がけていますし、みなさんにもぜひ意識して欲しいです。

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    無理にでも自分の不満を探して成長していく姿勢が大切

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  • 人は不満を持つとその不満をいかにして解消できるか?について考えようとします。それが原動力となり、成長を果たすのです。つまり、不満は人にとってプラスの力を持つということになります。

    電通の元社長である吉田秀雄は「現状に不満を持つべきであり、現状に不満がない人間は使い物にならない」と口にしたことがあります。不満がないということは現状に一応満足しているということになります。ただ、それは別の言い方をすれば成長が止まっている状況なのです。

    したがって、不満を持つようなことが癖になっているような人、自分に足りないところはどこなのか?常に探すことができるような人は常に成長を続けられる可能性があります。それだけビジネスマンとしても魅力的で、会社としても重宝する人材になると言えるのです。

    だからこそ、仮に現状にある程度満足していても、その状況で自分に足りないところはないか?不満に感じる部分はないか?と、無理やりにでも探すということを私はしていきたいと思います。

    テストで100点をとってもそれに満足するのではなく、今回はたまたま自分の得意分野が出ただけだと考えるなど、慢心することなく、次もまた100点をとれるような姿勢でいることが重要ということです。

    どんなにいい結果を出しても、次はそれをさらに超えられるような結果を出せるように頑張る気持ちで私はこれからを過ごしていきたいと思いますが、これは全ての社員にとっても持っておいてほしい気持ちです。自分の成長を止めることなく、常に上を目指す気持ちを持って仕事をしていきましょう。

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    風の吹かない時に凧を揚げる価値

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  • 世界企業トヨタを含むトヨタグループの創始者・豊田佐吉は、慶応3年(1867年)遠江国敷知郡山口村(現在の静岡県湖西市山口)で生まれました。
    佐吉は機織機(はたおりき)の改良や発明に大きく貢献し、名古屋で織機製造会社や紡織会社を経営して起業家として大成功を納めます。
    トヨタ自動車は、佐吉が経営していた豊田自動織機製作所の自動車部として発足しています。

    佐吉の企業人としての活動は名古屋でしたが、功成り名を遂げた後も故郷を大切にし、また故郷の人からも愛されて現在も豊田佐吉記念館が湖西市にあります。

    湖西市を含む遠州の広い範囲では凧揚げが盛んで、浜松まつりなどが有名ですが、佐吉も凧揚げが好きでした。
    しばしば故郷に帰省しては、地元の若い衆を集めては酒肴を振舞い、凧揚げをして貰って楽しんだそうです。

    帰省したある日も佐吉は凧揚げを頼みましたが、その日は折悪く無風。これでは凧は揚がるない、無理だと皆が言いました。がしかし佐吉は諦めません。
    何度も繰り返し挑戦させて、とうとう揚げるのに成功させてしまいました。
    皆が大喜びする中、佐吉も大満足で「風が吹いている時に上るのは当たり前。苦しい時に揚がってこそ値打ちがある」と呟いたといいます。

    これは苦労を重ねて起業した経験で得た佐吉の哲学だと言えます。
    事業や仕事においても、順風の時に上手く行くのは当然で、それで満足するのでは決して事業で成功したとは言えない。
    逆風の中で勝ち残ったものだけが本当の勝者だと、佐吉は考えていたのだと私は思います。

    私が凄いの思ったのは、仕事でのそんな信条が私生活の楽しみの場でさえ発揮されるのは、それは頭で理解したものではなく、文字通り「心底」佐吉に根付いていたからだろうという事です。

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    海外挑戦するプロスポーツ選手をリスペクト

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  • スポーツの世界で昔は珍しかったのに今は当たり前になっているのが、海外挑戦ですよね。プロの野球選手、あるいはサッカー選手などが国内を飛び出して海外挑戦する様子は各メディアでも大々的に伝えられ、毎日と言っても過言ではないくらいひっきりなしに報道されます。

    この海外挑戦の意義はさまざまですが、一番の理由は単純で「もっと高いレベルでプレイがしたいから」ということでしょう。今はプロスポーツの国内レベルがだいぶ向上しているので、国内だからといってそれほど悲観的にとらえる必要はありません。プロ野球はWBCで優勝経験があるのですから、トップクラスなのは間違いないです。

    ただ、それでも海外挑戦する選手は後を絶ちませんよね。これは海外の場にもっと成長できるような環境が待っているからに他なりません。プロ野球のメジャーリーグやプロサッカーのプレミアリーグやセリエAは、選手たちをどんどん成長させてくれます。この成長を期待しているからこそ、日本を飛び出す選手がたくさんいるのです。

    このプロスポーツ選手の考え方は、私のような一会社員も見習わないといけません。海外挑戦とはいかないまでも、いつまでも同じ場所にとどまっていて良いのかなと自問自答させられます。それは単純に場所で考える時もありますし、仕事をしていくうえでのステージという意味で考えることもあります。海外挑戦するぐらいの上昇志向は素直にリスペクトしたいですし、私もその気持ちを忘れないようにしたいです。

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    手段と目的をきちんと意識していかないといけない

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  • 仕事をするうえで手段と目的を履き違えてはいけないという部分を知らないといけません。問題なのは手段が目的になってしまっているという場合で、これは無意識のうちにみんながやってしまっている可能性があることになります。

    例えば、今の時代は英語が話せないといけないと思ったとしましょう。その人は英語を勉強するかもしれません。しかし、勉強して英語が得意になった結果、どんな未来が待っているのか?を想像しておかないといけないのです。

    英語を勉強するというのは、通常ならば自分の仕事において有利になって、結果として会社の利益につながり、自分の収入が上がるなどのメリットをもたらすための手段です。しかし、英語を勉強して何も変わらなかったら、その手段が目的になってしまっていると言えるのです。

    手段は目的を達成するためのものであって、手段それ自体が目的ではないのです。だから、英語を勉強しても自分の仕事に何の影響もないようなケースでは、英語ができるようになったという自己満足で終わってしまいます。これは手段が目的になってしまっているケースで、もはや時間と労力の無駄とも評価できます。

    このケースにおいては英語を勉強する必要なんかないのに、英語を勉強した方が良いんだろうなという部分に影響されてしまっているだけと言えます。英語を勉強した方が良いという自分の思いを具現化するためだけに勉強をしてしまっているのです。

    だから、ある手段を講じるときには、何の目的のためにやるのか?その結果、どんな良いことがあるのか?をきちんと想像して、そこまで理解をしてから取り組まないといけないと思います。そして、私自身はそういった意識を常に持ちながら仕事をし、努力をする人間でありたいと思っているのです。

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    コミュニケーションも仕事です

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  • 最近私は仕事でミスをしてしまい、しばらく落ち込んでいました。

    先輩や上司にフォローしていただき事なきを得ましたが、自分の不甲斐なさに落ち込み反省しました。
    家に帰り、一連を振り返ると、自分の日頃の行いやちょっとした思い違いでこうなったのだと気づきました。

    私は自分で言うのもなんですが、人とのコミュニケーションが得意ではありません。
    言い訳ですが、朝は低血圧で寝起きも悪いためとても苦手です。
    挨拶も小声で酷い時は会釈しかできていません。
    仕事中も必要最低限の会話をして、仕事をきっちりこなせていれば他に話す必要もなく、むしろ仕事以外の会話は無駄話だとまで思っていました。

    ところが今回のミスは苦手とするコミュニケーション不足でおこってしまいました。
    先方のお客様ともう少しコミュニケーションを日頃からとっていれば、表情をくみ取ることができていればおこらなかった事でした。

    日頃の挨拶から始まり相手の目を見てコミュニケーションすることは、全てが雑談というわけではないんだとこの歳で気づきました。
    お互いの考え方や表情にでる感情を得られるコミュニケーションは、仕事を気持ちよく円満に進める最も重要な仕事でもあるのではないかと。

    これまでの自分の行動や考え方が急に恥ずかしくなりました。
    ですが、すぐに自分を変える事は難しいので、少しずつ変えていこうと思っています。

    まずは朝の挨拶から始めていこうと思っています。
    皆さんに急に挨拶しますが、びっくりせずどうか温かい目で見ていただけたらなと思います。
    宜しくお願いいたします。

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    いくつになっても挑戦する人は、輝くことができます

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  • 今日は、歳を取ってからも新しいことに挑戦して、日本を変える仕事をした人の話をします。

    伊能忠敬は、江戸時代の商人でした。元々この人は有能な人材であることを見込まれて伊能家に婿入りすると、わずか17歳で伊能家の家督を継ぎました。当時の伊能家は当主が不在の中に事業を縮小していたところです。忠敬が当主となってからは、伊能家の復興が急務となりました。若い当主だから、初めの頃は苦労の連続でしたが、幸いにも復興に成功しました。

    忠敬は、息子が成人に達した頃に隠居を考えました。その時は既に50歳になっていました。隠居後にしたのが星の勉強です。天文学者として名高い高橋至時に弟子入りすると、熱心に勉強を重ねていました。髙橋至時の方が19歳も若かったが、気にせずに教わっていました。

    髙橋至時は、暦をきちんと作る仕事をしていました。それには正確な地球の大きさをする必要があります。江戸から蝦夷地までの正確な距離がわかれば、地球の大きさがわかる。そのために蝦夷地に行く必要がある。そのついでに蝦夷地の地図を作ってしまおうと計画した。そこで始めて地図を作ることに繋がります。伊能忠敬にその仕事が与えられたのです。

    伊能忠敬が蝦夷地の測量をすることになったのは、55歳の時でした。普通なら、蝦夷地に行くことがない年齢です。江戸時代なら死んでいてもおかしくない年齢だった。それでも忠敬は蝦夷地の測量を成し遂げました。

    その仕事が非常に高評価だった。それで新しく測量の仕事が与えられると、日本各地に出かけて、72歳まで歩き続けて、ついに全国の測量を完成してしまう。その地図は、忠敬の死後に完成して、明治時代まで精度の高い地図として知られています。

    年齢が嵩めば、新しいことに挑戦するのが嫌になります。難しいことであれば、なかなか難しいです。それを忠敬のように50歳を超えても新しい物に挑戦した人も居ます。それを見ていたら、皆さんはまだまだ若いです。だから頭も柔らかくて難しいことでも勉強することができます。

    これから業務が変わって新しい仕事をする人も出てきますが。まだまだ現役だと思って頑張っていくなら、きっと新しいことでも成功できます。諦めずに挑戦していけば、それができます。

    新しいことに挑戦するのは大変だと思いますが、伊能忠敬のように挑戦してみて下さい。

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    運勢をどう信じて業務に活かすか

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  • 巷に溢れる占い情報といわれるものに対して、皆さまはどのようにお考えでしょうか。

    私は、何十年と占いを気にしながら生きてきた人間です。とはいえ、多額のお金を使ってしまったということはないのですが、運勢についての本やサイトを見ては、不安になったり喜んだりの繰り返しでした。

    運勢が悪いのでじっとしていなければならない、だとか、運勢が良いので積極的にならなければならない、など、無意識的にそういう基準で物事を判断していたことも多かったです。

    それが、自分にとって良い影響をもたらすならば良いのですが、かえってよくないということもありえます。
    運勢を気にしすぎるあまり、自分の目の前にあるビジネスチャンスを逃してしまうということもあり得るのです。

    運気や運勢というものを否定はしません。人生には波というものがあります。しかしながら、私は、自分の意識が人生を形成していくという考え方も大切だと思うのです。

    明るい意識を持つ人には希望が、陰気な意識を持つ人にはそれなりの未来が待っているように思えます。

    占いを信じるとしたら、そうした自分の意識を前向きに持っていくためのツールとして用いるのが適切だといえるでしょう。

    占いに振り回されるのではなく、たとえば、良い占いの言葉を信じて前向きになるように用いるなどの工夫が必要です。

    不幸になりたくないと心配をし過ぎるのは、その気持ちがかえって業務の不調に繋がってしまうので良くありません。前向きに今日一日を過ごしたいものですね。

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    何故あの人は運が良いのか

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  • 大体の人が共通して思い描く運が良い人とは、お金持ちであること、美男美女に生まれたこと、好きなことをして生きていること、ではないだろうか。
    どれも努力だけではどうにもならない要素ばかり、つまり運が大きく絡むことばかりだ。

    では運の良し悪しは何で決まるのだろうか、それもまた運である。
    運を決めるのが運とはおかしいと思いますが、ではあなたが母親の胎内から出る時に運が良い人になりたいと願えばその通りになるのだろうか、答えはならないのである。
    逆に親の方が願ったところで同じである。

    つまり、世の中は大変不平等である。
    しかし、世の中は不平等だと嘆くのではなく、仮に運が悪く不幸な思いをしているのなら、その現状をどう捉えるかで自分を良くも悪くも変えることが出来る。

    例えば自分の机の引き出しから500円玉が出てきたとします。
    運良くお金持ちになった人からしたらはした金と喜ぶのは難しいと思いますが、運悪くお金がない人として生まれた人は大喜びで財布に入れるでしょう。
    この場合、お金持ちは幸せな気分になれませんが、お金がない人はとても幸せになれます。

    運が悪い人の人生も捨てたものではありません。
    運が悪い人は小さなことで喜びを感じることが出来ます。
    総合的に判断すれば、運良くお金持ちになった人の方が金銭面では幸せになれるでしょう。
    しかし、そこで運の悪い人が運の良い人を見て羨ましいと思ってはいけません。
    そういった羨みは自分を惨めにするだけなので、運が悪くお金が無い人は置かれた状況で自分が目一杯幸せをするように努力をするべきである。
    本気で幸せになりたいと願うなら、努力しているその瞬間さえも幸せに感じるはずです。

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    石の上にも三年という言葉と仕事について

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  • 石の上も三年とよく昔は言われました。しかし、私はそうは思いません。

    なぜかというと、私自身、さまざまな仕事を経験しながら成長してきたからです。その中には、三年たたずに辞めたこともあります。

    しかしながら、私は、三年たたずに辞めた経験が無駄であったとは決して思えないです。なぜかというと、この情報化社会において、必ずしも業務の把握に三年かかるものばかりだとはいえないからです。

    業務によっては、一年ほどで大体どんなことをする仕事なのか把握できる場合があります。そして、その場所が必ずしも自分が長くやっていきたい仕事ができる状況ではない場合、早めに新しい場所に移動することがチャンスを掴むことにつながることもあるのです。

    もちろん、皆さまに転職や退職を勧めているというわけではありません。しかしながら、三年という数字にこだわるあまり、自分の適正ではない仕事にしがみつくのは時間がもったいないでしょう。

    自分の適正は、自分だけではわかりにくいこともあります。周りの人達の意見にも真摯に耳を傾けて、自分を冷静に見極めなくてはなりません。

    そして、三年ルールはとりあえず忘れてしまってもいいですから、これぞと思うことがあれば、どんどんチャレンジしようという気概を持っていただきたいです。

    チャレンジしていく中で、これは自分が三年続けるに値するとわかったならば、そのときに自分で決めてがんばる、その心意気が大切であります。自己決定の意識が重要なのです。

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    コミュニケーションにおける卑屈さを解消し、業務に役立てる

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  • コミュニケーションにおいて、卑屈さというのはネガティブな影響をもたらすものだといえます。アドバイスを受けた時、卑屈になってしまうことで、得られないことがあるのです。

    そして、厳しいことではありますが、たとえ暴言に近いような言葉を言われたとしても、それを卑屈に捉えてしまったならば、自分には悪影響しかないのです。

    パワハラに対しては、卑屈さではなく、燃える正義、もしくは冷静な青い炎のような理性で対応しなければなりません。卑屈というのは、ある種の拗ねと同じことであります。それは、自分で自分を攻撃することにもつながります。

    私自身、さまざまな状況において、卑屈になってしまったばかりに失敗したことがあります。どうせ私なんて、などという心境に陥ってしまうと、相手も嫌な気分になるか、もしくは相手が増長してしまうかのどちらかです。

    また、卑屈になると、自分が成長する機会までなくなってしまいます。

    子供ならば、拗ねていれば、もしかしたら誰か慰めてくれるかもしれません。しかしながら、社会人は拗ねても誰もフォローしてくれないのです。

    そのためにも、私たちは自分で自分をコントロールしなければなりません。卑屈な思想に陥りそうになったら、まず紙に書くなり、口に出して誰かに聞いてもらうなりして、冷静さを取り戻さなくてはなりません。

    そして、卑屈さに閉じこもるのではなく、辛い状況から何かを掴んで立ち上がろうとすることで、明るい未来が見えてくるのではないでしょうか。

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