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『上機嫌力』について

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  • 『上機嫌力』という言葉をご存じでしょうか。

    明治大学の斎藤孝教授の言葉です。

    『上機嫌力』とは、自分の不機嫌な感情をコントロールして、円滑なコミュニケーションのために「上機嫌な状態」を自分の技にするということだそうです。

    上機嫌とは具体的にどういう状態を指すと思いますか。ただバカみたいにテンション高いとか、なあなあでおしゃべりばかりしているとかそういう場をわきまえない天然の機嫌の良さのことではないのです。
    上機嫌でいることで馬鹿にされる、軽薄にみられるというのは誤りです。プライドが邪魔をし、不機嫌をアピールすることで威厳を守ろうとしても、周囲はそうとらえていないはずです。

    その時の気分に左右されず、にこやかに、でも内心は冷静で厳しく、技としての上機嫌を心がけているうちにいつしか感情に揺さぶられない冷静さを持ちながら、人当たりの柔らかい印象を周囲に与えられるということです。

    想像してみてください。例えば、朝、職場に出勤してきて上司や同僚がいきなり不機嫌だったら、モチベーションは下がりますよね。仕事の事より、その人の機嫌とりに執心することになり、生産性は落ち、業績は上がらず、お互いに負のスパイラルに陥ってしまうかもしれません。

    逆の場合もあります。忙しくて頑張っているというアピールで、他人の言葉も耳に入らず返事や挨拶もろくにしないような不機嫌な部下を演じてしまうと、印象は悪く、いくら頑張っても評価されない、上司はなぜわかってくれないのか、とモヤモヤ、イライラして、また仕事に響き、環境は悪化するでしょう。

    では、お互いにコミュニケーション上で上機嫌を意識してみたらどうでしょうか。

    上機嫌になるには、ふっ切る力をつけ、人といるときは楽しい時間を過ごすよう心がける、ということだと斎藤先生は言っています。

    楽しい時間、関係をお互い心がけ、上機嫌で人と向き合うことを意識して働けば、楽しい職場になり、生産性もあがり、皆が充実した生活を送れるのではないでしょうか。

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    ルールとマナーと第三の手法

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  • ルールとマナーの違いをご存じでしょうか?

    ルールは、禁止されている行為が明確に定義され、ほとんどに罰則が設けられている規定で、法律や条令、施設の利用規約などを指します。

    対して、マナーは経済学で「社会的規範」と言われ、集団の中で、他の人に不快感を与えないための行動や態度を指します。
    しかしマナーは、育った環境や国民性などの集団の違い、個人の知識や性格によって大きく変わります。

    良くある例えで、電車内での化粧や喫煙などがよく取り上げられています。

    私も、平日の昼食時の非常に混みあっている定食屋などで、食べ終わっているのに黙々とスマートフォンを操作している人を見ると、まだ並んでいる人が気になって仕方ない時があります。

    ですが、逆にサッカーなどで怪我人が出た時に、わざとボールをフィールドの外に出し試合を一時止めるのがマナーとされている事を知りませんでした。

    このようにマナーとされていることは個人の考え方などにかなり左右されます。

    では、ルール化していけば良くなるかというと、そうでもないようです。
    実験によって実証されているようですが、あえて罰則を受け入れて守らなくなる人が一定数現れ、場合によってはかえって悪化することが分かっています。

    そこで、行動経済学によってナッジという第三の手法が提言されています。
    ナッジとは、「肘で軽く突く」といった意味で、マナーを破った人に対して行う仕草の事を言います。

    行動経済学では、実験や分析に基づいて、良い行動に導くための手法とされています。
    例えば、電車のシートを色分けして、きちんと定員分の人が座れるように導いたりするのもこの一つです。

    マナーを守らない人を見てイライラするよりも、どのようにすれば皆が気分良くなれるのか考えることが重要ではないかと思います。

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    メリハリをつけた仕事の仕方

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  • 突然質問ですが、昨日残業された方はどのくらいいらっしゃいますか?

    仕事量によっては残業が必然的なことはあると思いますし、残業が悪いことだとは思いませんが、残業になってしまっていることのが本当に正しいことかを自分に自問自答する機会もあってはよいのではないでしょうか?

    私はできるだけ残業をしないために日頃取り組んでいることがあります。
    それは、仕事の順序を考え「何時までにはこの仕事を終えて何時までにはあの仕事を終わらせる。」ということです。

    ダラダラと目の前の仕事をするのではなく、仕事の効率を考えて「メールや電話連絡は何時までに終わらせ、時間がかかりそうな仕事は午後にしっかり時間を費やそう。」と考えたり、その日の仕事の優先順位を前日にある程度決めるようにしています。
    簡単に言えば、自分で自分のノルマを課し時間内に追われるように取りこんでいます。
    欲を言えば、前日ではなくもっと前から仕事の予定を組めるようになりたいと考えています。

    他にも仕事終わりに予定を組むようにもしています。

    例えば、友人との食事の約束があれば何としても何時までには終わらせようとしませんか?相手があっての予定は尚仕事への気持ちも引き締まります。
    スポーツジムに通うことで残業をしないという考えだけでなく、異業種の方との交友関係をもてるので自分の価値観や仕事への刺激にもなっています。

    今の自分に満足せず色々な刺激を受けられることは仕事の幅や価値観の幅も広げてくれると思っています。

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    「困難は分割せよ」を改めて考える

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  • 「困難は分割せよ」。

    このことばはあまりにも有名なので、みなさんも聞いたことがあると思います。
    ビル・ゲイツをはじめとした多くの人がこの言葉を引用していますから。

    この言葉はフランスの哲学者・数学者であるルネ・デカルトが、これまた「我思う、故に我あり」で有名な『方法序説』で述べていることです。

    ただ、あまりにも有名でよく聞くので、聞き慣れてしまってこのすばらしく簡潔な警句について、大事であるという意識が薄れているようにも感じます。
    それはとてももったいないことです。そこで改めて、この言葉について考えてみます。

    まず、デカルトは『方法序説』のなかで、正確には以下のように言っています。
    「検討している難問をできるだけ多くの部分、しかも問題をより良く解くための小さな部分に分割すること」。
    より良く解く、というのは、より良いベストな解決策を与える、ぐらいの意味です。

    デカルトはこの言葉を、数学の問題を解く上での規則として書いています。
    それも4つある規則のうち一つです。
    残りの3つを挙げると、この言葉はより生きてきます。

    第一は、注意深く速断と偏見を避けること。
    第二は先程の、困難を分割すること。
    第三は、単純なものから始めて複雑なことへ登っていくこと。たとえそのままだと順序がつかないものにも一度順序をつけること。
    第四は、最後に全体を見渡して見落としがないことを確認すること。

    原文はもっと長く書いてますが、私なりに抜き出すとこんな感じです。
    これら4つは、数学だけでなく全ての困難な仕事に当てはまると思います。
    あわてて決断するのを避けて注意深く見て、困難を分割して、最初は単純なものから始めて順序よく片付け、最後は全体を見渡して見落としがないかを確認する。

    複雑な問題、難しい仕事を考えてこなす上で、困難を分割する以外にもこんな大事なことがあったのです。
    これからの仕事にも困難が伴いますが、より実践的になった4つの規則を胸に、最高の仕事をしようと思います。

    ご清聴ありがとうございました。

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    人間にとって大切なもの

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  • O・ヘンリーは、「人間にとって大切なのは、この世に何年生きているかということではない。この世でどれだけの価値のあることをするかである。」という言葉を残しています。

    生きている時間が少なくても、多くの人に感動を与えている人はいます。
    特に、難病を患いながら病気と闘った人は、人生に対する考え方も、取り組み方も違います。

    文字通りに、「死に物狂い」で闘っているので、当たり前です。
    だからといって、病気になりたいと思う人はいないでしょうし、闘病している人に対して失礼になります。

    では、どうすれば価値ある人生を送れるのか。

    心構えと言ってしまえば、それまでですが、目の前にある仕事などを真剣に取り組むことだと思います。
    そして、ただ淡々と仕事をこなすのではなく、その仕事を極めることだと思います。
    仕事を極めると、いろいろなことが見えてきますし、考えが沸いて来ると思います。

    それは、仕事の効率化だったり、仕事の生き甲斐だったり、後輩への引き継ぎ方など、様々だと思います。
    そして、必ず思うことは、「その仕事で自分は何を残せただろう」ということです。
    「もっと真剣に取り組めば良かった」と思う人もいることでしょう。

    しかし、その様に思えた人は、その仕事に真剣に取り組んでいた証拠ですし、その反省を糧に価値ある人生を送って行けると思います。
    価値ある人生とは、他人が評価するものではなく、自分が過去を振り返ってどう感じるかです。

    あなたは、過去を振り返って満足してますか?
    少しでも満足出来ることがあれば、あなたは価値ある人生を送っています。

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    5分前行動について

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  • 「5分前行動」という言葉を皆さんはご存知でしょうか?

    社会人となったら、遅刻は許されません。
    新人教育にも必ず取り上げられるので、その際に聞いたことがある人も多いと思います。

    遅刻した場合、同僚や友人に迷惑を掛けたり、先輩や上司の信頼を失ったり、お客様との約束の時間に遅れたら最悪は契約が白紙に戻ることさえ有り得ます。

    自分自身や身の回りの人にとっては仕方ない遅刻であっても、相手にとっては関係無いこと、遅刻にはどんな言い訳も通用しません。

    こういうお話をすると、「では、約束の時間の5分前に到着する様に行動すれば良いんですね」という方がいます。
    しかし、この5分前とは、あくまで一般的な目安であり、全ての人に当てはまるとは言えません。

    5分前に準備を始めたのに、会社に到着したらいつもと同じ時間だったということは多々あります。
    それは、家から会社まで出勤の過程に様々な予測できない事象があります。
    家を出たら大家さんに呼び止められ数分間会話した、踏み切りで待たされた、Suicaの残高が不足していた、混雑で目的の電車に乗れなかったなど、この様に、出勤の過程であらゆる事象が考えられます。

    ですから、出勤過程においては、あらゆる遅刻の原因を想定して、それに対する保険をどうするかを検討します。
    その保険を積み上げて、○○分前行動を実践して、後は少しずつ調整するこで、その人にとってのベストな事前行動が見えてきます。

    「Time is money.」
    時間はお金に替えることが出来ます。
    しかし、お金で時間は買えません。
    そして、遅刻はお金だけでなく、信頼も失うことになります。
    より良い人生を送るためにも、○○分前行動をお勧めします。

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    文章の第一印象

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  • よく第一印象は、メラビアンの法則により5秒弱の見た目で決まってしまうと言われ、会った瞬間に身だしなみや仕草などが見られていると言われています。

    しかし、実際には会う前に印象はかなり決まってしまう事が多くあります。
    それは、「文章の第一印象」です。

    就職活動なら履歴書の志望動機、営業ならアポイントのメールなどによって会う前にその人が書いた文章を目にし、文体や構成などでイメージが出来てしまいます。

    文章による印象が悪いと、就職活動なら面接までたどり着かず、営業なら新規顧客の喪失などにつながります。

    業務連絡などのビジネス文書でも、文体や構成などで良くない印象を与えてしまうと、直接会った時にトラブルが起こりやすくなります。

    私も堅い文章を書いてしまうので、初対面の人に「意外と気さくな人なんですね」と言われます。

    文章の印象は、語彙力を駆使して字面を整えたり、高度な表現力で読者を惹きつけなくても、統一された文面と「読む人の事」を考える事で文章による印象を良くことが出来ると思います。

    例えば、ビジネス文書なのに馴れ馴れしい文体で書かれると信頼できなくなりますし、プライベートのやりとりで堅い文章だとよそよそしい印象になります。

    全ての人に対して印象の良い文章を書くことはできませんが、読む人を想定して、その立場に立って考えながら文章を書いていくことはそれほど困難ではないと思います。

    そしてそのことよって、印象を良くし、面接する機会を得たり、顧客を説得できたり出来るのではないでしょうか?

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    親の心子知らずという言葉

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  • 『親の心子知らず』という言葉があります。

    自分を振り返ると子供時代や思春期は親の言動に逆らっていたところがあります。
    何かにつけいちいち小言を言われ、うざく思ったのは私だけではないと思います。

    しかし自分が今度親になり、子供が成長し、気になることを言うと子供は反抗します。
    まさに昔の自分でした。

    この時『親の心子知らず』の言葉の意味がわかりました。親はこんなに心配しているのに子供はそんなことは知りません。
    そして子供が大学受験などをすると、今度はお金のやりくりで苦労します。
    この時自分の大学時代も親は苦労したんだなあと思います。
    自分がその立場になってみないとわからないことです。

    では会社に当てはめるとどうでしょう。
    さしづめ『上司の心部下知らず』とでもいいましょうか。
    下っ端だったころは正直上司から当然のように色々言われます。
    口うるさく言われると反感を覚えたりもします。

    しかし自分がその立場になると良くわかります。
    部下の責任は自分の責任です。そのために指示をしたり小言を言わなければならないのです。
    その上司もさらに上の役職の上司に言われます。会社でも同様その立場になってみないとわからないのです。

    私は考えました。上司にとって小言を言わなくてもいいような部下になることです。
    つまり、彼に任せておけば安心、業績もいいと言われる社員になるのです。

    非常に難題ですが、それを実行すれば、最終的に会社にも貢献できて業績も上がると思います。
    この考えを頭において今後の仕事に励みたいと思います。

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    すれ違う時にはどちらに避けますか?

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  • 街中で、人とぶつかりそうになりお互いに避けるんだけど、何故か同じ方向によけてしまいすれ違えない、誰もが経験したことのあることだと思います。

    でも、皆さんはどちらに避けるのが普通だと思いますか?
    例えば、学校の廊下は右側を歩くように教えられます。さらに歩行者は一般的には右側を歩くように勧められますよね。
    でも、駅やその通路等は左側通行が一般的ですよね。あちこちに左側を歩くように促す矢印や目印がついてます。

    社会人になり、それ以前にも通学などで電車で通学、通勤をすると普通に歩道を歩いていても左側に避ける、もしくは左側を歩くということが自然に習慣になっていると思います。そういう私もそうだからです。
    でも、小学生や中学生、さらに電車を一般に使わない方たちは右側を歩くことが習慣になっているので、歩道でも右側を歩くことが多く見られると思います。きちんとルールを守っているということがわかります。

    これは、本来どちらが正しいんでしょうか。
    右側を歩くことを最初に教えられているのに、年齢を重ね行動範囲が広くなると、今度は逆の左側通行を習慣付けられるんです。
    戸惑いますよね。とっさに出るのはもちろんいつもと同じ習慣です。
    だからついすれ違う時に同じ方向によけてしまいすれ違えない、これって仕方のないことなんでしょうか。

    例えば、学校と同じように駅も右側通行をする、ことにしたら、少しはこういうことは減るのでしょうか。
    一度こういう右側通行を全体に広めてから、すれ違う実験というのを体験してみたいものです。

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    険しい山を登るために必要なことは何か

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  • 「険しい山を登るためには、最初ゆっくりと歩くことが必要である」と、シェークスピアの言葉にあります。

    険しい山に登るときには、苦しさに耐えて頑張らなければ成功しません。頂上に着くまでには、数々の困難があり、突然の危機にも出会うことでしょう。
    登頂できるのは、たくさんの苦しさに耐えることができた者だけで、体力があるから、大丈夫だからと登頂を急いだ者は、体力を使い果たしてしまうでしょう。

    大きな問題を解決しようと思うときには、チャンスが巡ってくるまで、じっと機会をうかがう慎重さが求められます。
    風向きをチェックして、良き風が吹くときには、すぐにそのチャンスを逃さないようにしましょう。

    遅れを取り戻そうとあせっては失敗します。時には回り路かもしれないアタックの仕方も重要です。
    危ないと思われる時には、引き返す勇気も必要です。新しく安全な道を探して、出直すこともあるでしょう。

    何の障害もなく頂上まで登ったものよりも、さんざん回り路をし、天候に恵まれずむなしく待つだけの日を費やした者のほうが、それだけ経験豊かに、鍛えられていると思われます。

    いつかきっと役に立つ何かが、身に着いたことでしょう。
    一つのことを成し遂げるには、あくまでも性急にならずに、じっくりとチャレンジすることが、結局は早道であることになります。

    焦らずじっくりと考えを詰めて、物事に当たっていきましょう。
    しっかりとした足場を固めてからのチャレンジが、成功を招くのです。

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    今日の歩むべき行き先、目標

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  • あなたの自分の歩むべき行き先はどちらでしょうか?そう聞かれたとしてもこの問いに模範解答はありません。
    なぜなら歩むべき道や行き先なんて千人十色星の数ほどあると思います。

    ただしこの目標となるものが自分はなくてはならないものだと思っております。
    実際仕事上においてもただ単に仕事をこなすのでは意味のない行為でそんな作業だったらロボットで十分です。

    社会的に見てもロボットの開発は始まっておりある程度の作業はロボットが行う時代、けれどロボットには現実的にまだ目標を持って作業をするということはまだまだ実装されてはいません。
    あなたの仕事やプライベートを過ごす1日、あなたはそんな1日でいいのですか?

    ただ単に決められたレールを通ってただ走り続けるのもだめだとは言いませんが、せっかく人間に生まれたのですから自分は目標をもち何事にも取り掛かることが重要だと日々考えております。その目標が「社長になる」などの高いものでも「家に帰っておいしいものを食べる」というような当たり前なものでもなんでもいいのだと思います。

    一番大事なのはその一日をどう生きるか、それにあたってどう楽しむか。
    難しいことではありません、子供のころ帰り道に近道を探したりするような簡単なことなのです。

    これは生き方だけではなく仕事にも言えることであり
    ただ単に納期に間に合わせるように作業するのではなく、どうしたらもっと効率よく有意義に作業ができるのかを考えることが大事だと思うのです。

    今日も一日このことを考え今日という1日を過ごしたいと思います。

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    人との距離と言うものは場所や状況によって変化すると実感

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  • 先日帰宅の途中に、ちょっと食事の材料をスーパーで購入しようと思い、あれこれ買い込んでレジに並びました。
    時間が丁度スーパーの混む時間帯だったので、レジもいささか行列が出来ていました。列の一番後ろに並んで、レジへと進むのを待っていたのです。

    少しずつ列は前に進み、それに合わせて自分も前に進んでいました。その時急に、自分の前にいた女性がこちらを振り向いたのです。多分主婦の方と思いますが、かなりきつい目で睨まれてしまったのです。
    別に何かしたとも思えませんでしたし、後ろから押したつもりもありませんでしたので、自意識過剰かとも思ったのです。そこで丁度前の女性がレジの順番になり、目線も外れてくれました。

    正直少々自分としても、いい気分で無かったことも事実です。何の覚えもないのに、いきなり睨まれたのですから気分がいいはずもありません。しかしその後、作業台の所で袋詰めしていた時に、睨まれた訳が分かったのです。
    さっきの女性と、友人らしいこれも主婦のような感じの女性が話しながらそばを通りぬけた時に、会話が漏れ聞こえたのです。

    それによると、列に並んでいる時にあまりに距離を詰めてくるので、密着されているようで気持ち悪かった、とのことでした。
    たったそれだけか、とその時には思ったのですが、家に帰ってからやっと腑に落ちたのです。

    行列を作ると言うのは自分の場合、駅のホームで並ぶのが最も多いわけです。その時は出来るだけ前に詰めて、とアナウンスでも言われますし、それが当たり前のことです。
    しかし、スーパーのレジの行列での女性目線で考えると、その距離感と言うのはあまりに近すぎるらしいのです。

    人との距離と言うのは、仕事上も大事なので気を付けるようにしているつもりですし、仕事上の付き合いなどでも適度な距離を心がけているつもりです。
    しかし人間同士の距離と言うのは物理的にも感覚的にも、ところ変わればまた違う距離感と言うのがあると言うのに、やっと思い当たった感じです。

    これはこの後も、仕事上もプライベートでも考えていかなければいけない問題だなと、思った次第です。

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    信頼は次工程への思いやり

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  • 信頼は次工程への思いやり
    この言葉は今となっては誰が言い出したのか不明だが、我が社で代々引き継がれている言葉である
    時々の朝礼の話題としてもあがるので、なんとなくではあるが社内の基本理念の一つともなっている

    言うまでもなく、仕事というものは個人では完結出来ない
    前があり後ろがあり、その流れで進んでいく清廉な川のようなものである
    その流れの中で、一旦よどんでしまうと川底は汚れ、水面は濁り、やがて魚は死を迎える

    企業における川の流れを育むのは次に続く者達への思いやりである
    どんなに素晴らしいアイデアや情報でも、次工程に理解できなければただのゴミにしかならない

    例えば、開発現場が自分たちだけに伝わるワードで作成した仕様書を制作現場に渡す
    制作現場側は努力したものの結果、満足なものが出来なかった、あげくは納期が遅れたり不良品が発生したり、消費者からクレームが届いた

    これらの事象は、100%開発現場が悪いのである
    一語一語、誤解を招かない表現はないか、手順にムダ・ムラ、ムリはないか次工程の立場にたって見直すこと
    そのひと手間を惜しんではならない
    そして、そのひと手間が思いやりという社風を生み、信頼に包まれた職場環境にと変えていくのである

    大切なことは、思い込みではなく思いやりである

    思いやりは、企業組織という川の酸素や栄養にもなりえる
    川の行きつく先は海である
    同じく次工程の行き着く先は、最終顧客である消費者である
    川が豊かな海を醸成するように、次工程への思いやりで豊かな顧客を醸成していきたいものである

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    お客様の気持ちにより添う対応を心がけましょう

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  • 接客中や取引先との会話の中で、さながらクレームのような納得のいかない事に出会うことがあるかもしれません。そういった、お相手の方が優位な立場の場合、どのような態度をとることが理想的でしょうか?

    まず、お相手からの理不尽な欲求は、こちらに対する期待あってのものだと考えましょう。こちらの商品や対応に期待していたにも関わらず、その期待が裏切られてしまったので、残念な気持ちを口に出して伝えたいのです。
    そういう考え方をすると、たとえこちらに非はなくとも「申し訳ありません」の言葉がスムーズに出やすくなりませんか?事実に対する申し訳ありませんでなく、期待に対して申し訳ありませんと伝えましょう。

    そのように、お客様の気持ちにより添いながら会話を進めていくと、うまく言葉が出やすくなります。
    そのような技術を共感と言います。共感の技術には
    ・全面的共感
    ・部分的共感
    ・仮定的共感
    ・条件的共感
    ・個人的共感
    ・立場的共感
    とあり、それぞれ話の進め方が異なります。

    全面的共感は、こちらに非がある場合に用います。お相手の言うことが全面的に正しいですと伝えることで、こちらの非を詫びお相手の気持ちを汲みます。
    部分的共感は、この部分ではこちらに非がありました、という詫び方です。この部分ではと言うことで、お相手により添いつつもこちらに全面的な非がないことを伝えます。
    仮定的や条件的も同じように、こういった事があった場合にはお相手が正しいです、こういう場合でしたらお相手が正しいですという伝え方です。
    個人的共感というのは、企業に勤めている立場ではなく、一個人としてでしたらお相手の意見が正しいと思うという伝え方であり、立場的共感は、お相手の立場になればそう考えると思います、という伝え方です。

    どの伝え方もお相手気持ちに共感しつつもこちらの立場を保つという話し方です。たとえこちらに非はなくとも、問題の種はあちらこちらに転がっています。うまい会話運びをし、よりスムーズなやり取りを心がけましょう。

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    時間は平等、体感は自分次第

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  • 皆さんは「ジャネの法則」をご存じでしょうか?

    「ジャネの法則」とは、フランスの哲学者ポール・ジャネが発案した「時間の心理的長さは年齢に反比例する」という心理法則であり、
    よく先輩や上司が言う「歳を取れば1年なんてあっという間だぞ!」なんて有難いお言葉とほぼ同じ意味、詰まるところ人は歳を取るにつれ時の流れがやたらと短く感じてしまう生き物なのだと言い表しています。

    確かに20歳の人にとって1年はその人生においてわずか20分の1でしょうが、40歳の人にとって1年はそのさらに半分である40分の1。
    さらにその差分となる20年間、個人差はあれども皆、様々な事を学び生きているのですから、たとえ数字上の話と言えども、歳を取るほどに1年の比重がどんどん小さくなっていくのは致し方のない事実だと言えます。

    しかしながらこの「ジャネの法則」、あくまで過ぎ去った1年を振り返ってのものであり、現在進行形で感じる体感時間とは微妙に話が異なります。

    幼い頃「まだ遊び足りなくて時間が足らない!」なんて感じた事はありませんか?
    逆に大人になるにつれ「あれだけ仕事したのにまだこんな時間なのか?」と、やたら時間の経過を長く感じた事もあるでしょう。

    時間とは、すべての人間に平等でありながらも、その時々の充実感・充足度により長くも短くも感じ取れるものです。

    もしもあなたの1日がやたら長く感じるならば、それは余程に退屈な日常を過ごしているのだと自覚するべきかもしれませんね。

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    返報性の原理

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  • 返報性の原理とは人の持つ心理的な性質の一つで、噛み砕いて言うと、「相手にされたら自分もしたくなる」と言うことである。

    みなさんも、友達に優しくされたら自分も優しく振る舞おうかなと思ったり、あの子には避けられてるからあまり仲良くしなくないなと思ったことはありませんか?
    1度や2度あると思います。これこそが返報性の原理です。
    意外と身近に存在するものですよね。

    この心理は、様々な場面で使われています。
    まずは、悪い場面から紹介します。
    詐欺師や睡眠商法、などに用いられます。おもしろい原理ですが、怖い面もありますよね。みなさんも、このような返報性の原理の存在を忘れずに、詐欺に引っかからないようにしてください。

    次に、良い面を紹介します。
    例えば、あまり親しくない友達と仲良くなりたいとします。その時に、返報性の原理はものすごく役に立ちます。

    簡単に言うと、「相手に好意を与える」と言うことをすればいいのです。どんな方法でもいいので、相手に好意を示してください。たとえ嫌われていたとしても、変わる可能性はあります。
    他にも、恋愛で使えると思います。
    こちらでも同じです。相手にしてほしいことをすれば良いのです。ものすごく簡単なことですよね。

    このようなことを利用しながら生活するだけで見える世界がかなり変わると思います。利用しない手はないと思います。

    ぜひ、これからつかってみてください。あなたの周りの反応が変わると思います。

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    釣りをするとその人の性格がわかる話

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  • 私の趣味は釣りです。
    釣りはほとんど一人で行きます。
    理由は一人のほうが誰にも気を使わず自由に釣りを満喫できるからです。
    それでも時には友人や同僚、上司部下などという誰か行く場合があります。釣りをするとその人の性格がわかると言います。

    私が今まで経験した事例を紹介します。
    『一緒に行った人がいてもおかまいなしで我先に自分の釣りたい釣り場に向かう人』
    『お先にどうぞといって自分は後から釣り座を決める人』
    『公平にじゃんけんしようという人』そして『もう帰ろうという人』
    『相手が釣りを止めるまで待つ人』
    『自分だけ釣りに没頭して相手の気遣いをしない人』さらには
    『自分が釣れないと怒る人』など、他にもありますが色々な人がいました。

    釣りをするとその人の隠れた本性が出るようです。
    釣りを一緒にやって仲良くなった人もいれば釣りのおかげで疎遠になった人もいます。
    自分がどんな人か?と言われると普通だろうと思います。
    趣味の世界や遊びの世界で人間関係が崩れたりするのが嫌で今は一人で釣りに行っています。

    釣りをしない人はわかりまんが、やってみると
    『あんな厳しい上司が釣りをするとこんなにやさしい』とか『いい人だと思っていたのに結構自分勝手』や『仕事は結構適当なのに釣りになると繊細で綿密になる』など
    見えなかった部分がよく見えます。

    昔は会社内に釣りクラブやスポーツのクラブがあったと思います。
    そんな社外でのインフォーマル活動で社員同士がわかりあえて一体になったりしていました。

    今後このような社員同士の趣味活動も必要なのではないかと思います。
    私も独りの釣りも行きますが、社内の人も誘っての釣りの割合も増やしたいと思います。

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    ネジ1本でも大切に!

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  • 工場内の通路の隅を見渡せば、ビスネジが1本ぐらいは落ちてると思います。きっと誰かが落としてそのまま放置したのでしょうね。
    きょうはそのネジ陰に秘められた悲劇を話してみたいと思います。

    そもそも日本にはネジという発想が無くて、ネジが伝来したのは種子島の鉄砲伝来と密接な関係があります。
    種子島の領主の種子島時堯がポルトガル人から購入した鉄砲の複製を領内の刀鍛冶に命じて作らせました。

    外観や機能は同じような物ができたのですが、筒底を塞ぐ方法が解らなかったので、鉄栓を叩き込んで塞ぎました。
    しかし、この鉄砲で実射撃すると叩き込んだ鉄栓が後方に飛び出して、射手が死亡もしくは怪我をしました。
    叩き込んだだけでは火薬の爆発力には耐えられません。いろいろ工夫しましたが、問題は解決せずに鉄砲の国産は頓挫しました。

    そんなある日、再びポルトガル人がやって来たので、
    筒底の塞ぎ方を聞いたところ
    「女をよこせ!そしたら教えてやる!」と言われました。
    種子島時堯は悩んだあげくに、わが娘をポルトガル人に差し出し、塞ぎ方を教わりました。
    それがネジによる方法でした。

    栓にラセンの溝を彫り筒底にねじ込む方式です。
    これにより実射撃しても栓が後方に飛び出す事故は無くなり、鉄砲の生産が本格的に再開されました。
    これが日本に初めてネジが伝来した経緯です。

    ですからネジには可愛い娘の身が代償になってるんです。
    ネジ1本を粗末に扱うのは、女性を粗末にするのと同じです。
    ネジも女性も大事にしましょう。

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    過程と結果の関連性。成功と失敗の違い。そして挫折の意味。

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  • 現在、日本の社会は「競争社会」の風潮が強くなりつつあります。そのような社会の中で評価されるのは「結果」です。

    仕事を任された個人や団体が「結果」を出すために陰で行われた努力やその「過程」が評価の対象となることはほとんどありません。
    私は「過程」と「結果」は密接な関係にあると考えています。過程は言い換えれば「原因・理由」という言葉になると思います。
    物事や問題が起きるときは、大抵の場合物事のきっかけ(原因・理由)になるものが存在するからです。
    表出された数字や事実だけの評価は、自らの行動を振り返って反省することもできません。

    だからこそ、皆さんに次の言葉について考えてもらいたいと思います。
    「ただ、勘違いしちゃいけないのは、下に落ちるっていうことが、進化してないということではないんですよ。下に落ちるのも、次に昇るための変化かもしれない。
    昇るために、落ちることが必要なこともある。」
    これは、サッカー日本代表本田圭佑選手の言葉です。

    この発言では、サッカーに関してのことで「下に落ちる」、「進化していない」という表現が使われていますが、これは一般の仕事についても言えることではないかと考えます。「下に落ちる(こと)」という言葉が「失敗や挫折」、「進化」が、「成長」、「次に昇る(こと)」が「成功」などと捉えることもできるかと思います。

    また、次のような発言もしています。
    「何でもスムーズに上に行くことはないと思うし、一度や二度の挫折は誰にでもある。
    一番重要なのは、その挫折から立ち直れるか、立ち直れないかだと思う。」

    現代社会では、結果を残さなかった人は突き放されてしまうことが少なくありません。
    そのために、自分と全体を振り返る瞬間が必要だと考えます。

    結果は失敗かもしれませんが、その中には良かったこと・うまくいったことも少なからずあるはずです。
    今の私たちが意識すべきことは、「できたこととできなかったことを冷静に区別すること」だと考えます。

    「人は誰でも失敗や挫折をすることはある」、「一人ではできないこともある」と少しでも頭の中にあるのなら、馴れ合うというのではなく、互いに成長するために日々支えあって仕事ができればいいと思っています。

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    電卓を使った遊び

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  • ラジオで何気なく聞いた電卓の話です。
    電卓の歴史やメーカーによってボタン機能が少し違うというのも初めて知りました。更に驚いたのは電卓を使った遊びでした。
    電卓で誕生日を当てる方法を話していました。

    電卓の機能を利用して、最終的に誕生日を表示させると言うのです。
    私を興味を持って自宅でパソコンで調べてみました。
    するとそれ以外に色々ありました。

    『携帯番号を当てる方法』『好きな数字を並べる方法』それ以外にもいろいろな遊びがありました。
    毎日使っている電卓にこんなにも未知の部分があるのです。

    これは電卓を作ったメーカーが想定したものではなく誰かが考えたものだろうと思います。
    それにしても凄い発想だと思いました。
    たがが電卓にこんな可能性を見つけているのです。

    日々仕事している私にとっては電卓は計算をするものです。
    今では電卓を持たずスマホで代用したりしています。
    この電卓を見て何かできないか?と考えるようなことは私にはありません。
    しかし今回のラジオで知って、電卓というより、何事も違う角度で見る重要性を再認識しました。

    例えば出荷のための商品のピッキングをします、間違いはないかチェックをします。
    しかし実際間違いが発生すると確認のしようがありません。
    この時同僚が携帯やスマホで写真を撮っている姿を見ました。
    何をしているのと聞くと画像があればチェックできるし、後から誤配などがあっても確認できるし証拠にもなると言うのです。
    これも発想の転換です。

    ピッキングの仕事を教わるときは写真を撮るなどという事は教わりません。
    終わったらもう一度チェックするくらいです。
    そこで写真を撮るということを考え付くのは、常に考えて仕事をしているからだと思います。

    日々仕事に流されて何も考えていない自分を思い出しました。
    常に仕事中もなにか?という事を考えながらやっていくことの重要性を再認識させられました。
    近日中に皆さまをあっと言わせたいと思っています。

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