ものわかりのいい大人たちは子供たちに対して「勉強しろ」と言っていればいいので気楽なものです。また、ものわかりのいい教員も生徒に対して「授業をちゃんと聞いて予習復習をしろ」と言っていればいいので気楽なものです。

いっけんどちらも正しいことを言っているようですが、そのどちらも具体的な方法論が欠けているので勉強法としてはただの欠陥でしかありません。

ですから、「何か違う」という風に直観的に感じ取っている生徒は「大人は何かうさん臭い」と感じ結局大人たちのいうことなど耳を貸しているふりをして自分で考え、行動していくのです。

しかし、近年はこのような大人をうさん臭いと思って自分で考えて行動するという考えの子供ではなく大人の言うことが正しいと考える「いい子ちゃん」な子供の数が増えています。ですから、そのようないい子ちゃんの子供に勉強を教えるときには昔のままのやり方では通用しなくなってきているのです。

つまり、学校も予備校のように何をいつまでに仕上げるとか、どこまで理解してやるとか、できなくてもいい問題は初めからやらないとか、そのような手取り足取り勉強を教えなくてはならなくなってきているのです。

しかし、教員という仕事は相変わらず様々な雑務に追われて勉強のことなどまともに考える時間はありません。それでも、ある程度の成果を出さなければならないので、結局ほかの時間を削ってどのような勉強が今の受験に必要なのかを探ることが教員には求められているのです。