零戦の設計者・堀越二郎に学ぶ

  • 追加
  • 零式艦上戦闘機、いわゆるゼロ戦は、当時の世界各国の戦闘機と比較して、
    最高速度・航続距離・空中運動能力などにおいて飛び抜けた性能を持った戦闘機でした。

    しかしその設計製作は困難を極めました。
    例えば、最高速度を上げるには大出力の大型エンジンを搭載すれば簡単ですが、
    重い大型エンジンを積むためには機体と翼の大型化も必要で運動性能は落ち、燃費が悪い分、航続距離も短くなります。

    片方を達成すれば他方が劣るといった相反するこれら性能を、世界最高水準を超える高次元で確保しなければなりませんでした。
    それは、マラソンと100m競争、またウェイトリフティングと体操競技で、
    オリンピック金メダル級の成績を上回る能力を一人の選手が持てというに等しい非常識です。
    しかし堀越二郎はこの難問を見事解決してゼロ戦を世に出しました。

    1970年の著書の中で、
    「よく言われる様な、日本人が模倣と小細工にのみ長けた民族だったらゼロ戦は生まれなかった。
     世界的潮流に乗ることだけに終始せず、日本独特の考え方・哲学のもとに設計された飛行機だった。」
    と大学教授になった彼は後に言っています。
    この様に堀越は日本人の技術に絶対的な誇りを持っていました。

    一方で、
    「日本の技術的発展は今や日進月歩ではあるが、産業革命以後200年の歴史も持つ欧米に比べ歴史は浅く、
     その水準もそれを支える人の数も未だ十分ではない。」
    とも述べているのです。
    1986年にGNPが世界第2位となり1970年には大阪万博が開催されるなど、
    世界の経済大国として有頂天だった日本にあって、堀越のこの謙虚さはどうでしょう。

    そして
    「大きな仕事を成し遂げるには、愉悦より労苦と心配の方がはるかに強く長い。
     その合間に訪れるつかの間の喜びにこそ何ものにも代えがたい生き甲斐がある。
     若い世代の人が、技術界のみならず、全ての分野で日本の将来を築いていくために、
     誇りと勇気と真心をもって努力して欲しい。」
    と結んでいます。

    堀越二郎のこの願いを達成するために、私たちはどれだけ努力できているのでしょうか。




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