ひとえに努力というけれど

  • 追加
  • 世間ではよく、努力は人を裏切らない、結果は後からついてくるとか言いますが、本当にそうだろうか、と思うことがあります。

    かの有名な漫画家水木しげるは、こう言っています。
    努力は時に人を裏切ることがある、と。
    はじめこの言葉を知った時、それはあまりにもむなしいのでは、と思いました。これでは誰も努力をしようとしなくなるのではないかと思ったからです。

    しかし、あえてそういうこともあるかもしれないと考えてみました。
    たとえば、災害への備え。いざという時のために物を準備したり、日ごろから訓練を重ねたりすることは、大変エネルギーのいることですが、実際に災害が起こってほしいわけでは決してなく、むしろ無駄に終わってほしい努力の一つです。

    水木しげるは、いやおうなしに戦争の惨禍に飲み込まれ、片腕を奪われ、自らの生死の間を行き来するなど、極限を体験した人です。自分も含めて、これまでのどのような人となりなど関係なく人生を絶たれてしまった事例を多く目にしてきた人です。そういう人のたどり着いた言葉は重いものですが、しかし同時に、人間に対するやさしさも感じる言葉であると、私はおもいます。

    努力をしても、結果が保証されるわけではありません。努力のすえ、思うような結果が得られなかったとしても、気を落とすことはないですよ、むしろその過程を楽しむくらいの心の余裕を持ちましょうと言ってもらっているような気がします。

     世の中も、勝利至上主義のようなギスギスしたものでなく、ともに目指したゴールへのプロセスや努力に寛容な社会であってほしいものだと思います。




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