安易な猿真似ではなく自己をベースとした発展を

  • 追加
  • 本日は「邯鄲(かんたん)の歩み」と言うお話をしようと思います。
    邯鄲の歩みは、古代中国の思想家「荘子」の著書「荘子」に記されている説話です。
    その昔、燕(えん)と言う国に住む青年が外国の趙の首都、邯鄲の洗練された歩き方に憧れ、自分も習得しようと邯鄲に留学をしました。

    しかし結局その青年は邯鄲の洗練した歩法を習得できず、そのうえ自分の故郷の歩き方も忘れてしまったというお話です。

    つまりこの話は、「安易な他人の技術の模倣は、大抵の場合は中途半端な結果に終わり、所持していた技術を喪失する原因となる」事を警告しているのです。

    「カッコイイな」「素敵だな」という憧れを抱くことは向上心につながるため、決して悪いことではありません。

    自分のやり方でゴリ押し、独りよがりになり、周囲からの意見を受け入れない態度も考え物ですが、安易に他人の模倣をしても結局猿真似程度で終わってしまうものです。

    少々話は変わりますが皆さんは「桜梅桃李」という言葉をご存知でしょうか。

    桜、梅、桃、李(スモモ)、これらは全て美しい花を咲かせる植物です。

    どの花も美しいですがそれぞれの花は簡単に区別できる、つまりそれぞれに個性があるのです。

    「桜梅桃李」とは「桜には桜の、梅には梅の、桃には桃の、李には李の美しい花が咲く。桃の花が梅の花になる事が出来ないように、安易に自分の性質を変えようとせず、自分らしさを大切にすべきだ」と言うメッセージを我々に送っているのです。

    もし、自分の技術や性質で解決困難な課題にぶつかった時は安易に他者の猿真似をするのではなく、「自分」をベースに少しだけ「他者」を参考するに留めるべきであると私は考えています。




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