世界一おそいタイム
日本が初めてオリンピックに参加したのは1912年、スウェーデンの首都ストックホルムで開かれた第5回夏季オリンピックでした。 参加といっても、参加したのはたった2名。マラソンの金栗四三さんと短距離の三島弥彦さんです。 その2名のうち、マラソンの金栗さんが「世界一おそいタイム」を持っています。 20歳だった金栗さんは当
日本が初めてオリンピックに参加したのは1912年、スウェーデンの首都ストックホルムで開かれた第5回夏季オリンピックでした。 参加といっても、参加したのはたった2名。マラソンの金栗四三さんと短距離の三島弥彦さんです。 その2名のうち、マラソンの金栗さんが「世界一おそいタイム」を持っています。 20歳だった金栗さんは当
皆さん「三十六計逃げるにしかず」と言う言葉を一度はお聞きになった事があるはずです。 これは「ピンチに陥った際はあれこれと計略をめぐらせるよりも、一刻も早く逃げるべきだ」と言う意味ですが、この三十六計がどういったものであるかはご存じない方も多いのではないでしょうか? 三十六計は正式名称を「兵法三十六計」5世紀の中国の
徳川慶喜は、日本史上最後の、征夷大将軍です。 慶喜が朝廷に大政奉還を決断し 源頼朝以来の武士の時代が終わりました。 徳川慶喜の決断は極めて合理的な考えと 思い、私は尊敬している人物です。 そもそも徳川家を中心とした武士の世の中を、さらに継続していけるほど 当時の日本は簡単な状況ではありませんでした。 進んだ文明国
1789年の7月14日にフランスのバスチーユ牢獄が 民衆により襲撃されました。 それまでのフランスは王権が強すぎで民衆は 極めて苦しい生活を強いられていました。 当時の王であったルイ16世はフランスの極めて厳しい財政状況を 打開するため民衆から比較的支持のあったネッケルを財務長官に 指名します。 ネッケルはマリー
司馬遼太郎先生の「翔ぶが如く」について今回取り上げます。 かなりの長編であるため、読むのはかなり根気が必要ですが、 読むとかなり納得できる点も多いため、今回、取り上げます。 時代は日本の明治維新の初期の話です。 維新の功労者であったはずの薩摩藩の武士、 そしてその武士の棟梁ともいえた西郷隆盛が明治新政府に 反旗を
司馬遼太郎先生の小説「関ヶ原」について読んで強く 感じた事を述べます。 今回取り上げたいのが石田三成の生き方です。 石田三成の生き方は、今の私たちの社会観に少なからず影響を与えていると この本を読んで感じました。 今回、ぜひ、石田三成の行動を知ってもらい今後の生き方の参考に してほしいと考えます。 小説「関ヶ原
源氏と平家が戦い、平氏が壇ノ浦で敗れ、世は源氏の世となりました。その後、源平の戦いで敗れた平氏の中には生き延びたものはどこかに住みつき、身を隠し、今でも平氏の落人伝説が日本各地に残っています。彼らは何を思い、そして死んでいったのでしょうか。 しかし、その平家の落人の子孫の中で小学校の教科書に載るくらい戦国時代で活躍し
皆さんはある限界を超えてしまうと物事は破綻してしまうことがあることを知って下さい。 例えば、マラソンですが距離は今では42.195kmと決まっていますが、マラソンは始まった当時は42kmとピッタリの距離でしたことをご存知でしょうか。 では、なぜ195mの半端な距離が付いたのか不思議ですね。今から100年以上も昔、ロ
幕末、江戸徳川幕府の幕臣・勝海舟は、江戸攻撃をしようとする官軍を率いる西郷隆盛と交渉し、江戸城無血開城によって江戸の町を戦渦から救いました。 幕臣としては少々変人の域に入っていたこの人は、数々の名言を残しています。 曰く「生業に貴賤はないけど、生き方に貴賤はあるね」 「自分の価値は自分が決めることさ。つらくても貧
毎日当たり前のように穿いている靴下について、製造工程などあまり深く考えたことがありませんでした。 1560年、エリザベス1世が穿いていた手編みの靴下の足首の角度は、人間の足首の角度と同じ90度でしたが、徳川光圀が穿いていた日本で最初の靴下の足首の角度は135度でした。 靴下の製造方法が、手編みから機械編みに変化した
音楽の父バッハについて、偉大だなと思うエピソードがあります。 バッハは、どの作曲家も真似したといわれるくらい、作曲の天才であると言われていました。 例えば、「インベンション」という曲に関していうと、楽譜を普通に弾くとキレイなのですが、そこには天才と思われる音符が隠されています。 それは、普通に弾くのではなく、楽譜を
10月7日は「ミステリーの日」と言われています。 これは、ミステリー・推理小説の先駆者として有名なエドガー・アラン・ポーの命日が由来になっています。エドガー・アラン・ポーと言えば、モルグ街の殺人やマリー・ロジェの謎、盗まれた手紙、アッシャー家の崩壊などが代表作として有名です。 天才探偵の周りで不可解な事件が起き、情
皆さん、司馬遼太郎先生の竜馬がゆくを読んだことありますか? 誰もがその小説の存在自体は知っていると思います。私自身幕末のことが大好きなので昔からこの作品を定期的に読み返しています。そして、週末に時間があったので改めて読み返してみました。 そこで考えるのはなんといっても江戸幕府の末期、近代化に向けて坂本龍馬を始めとし
1871年の10月8日と言えば、岩倉具視らが岩倉遣外使節団として欧州派遣を明治天皇から命じられた日です。 当時の日本では幕末に欧米と結んでしまった不平等条約の改正に関して関心が集まっており、その改正に向けた第一段階として欧米に向けて出発することを命じられました。 欧米からすれば、不平等な内容だろうが自分たちにとって得
私が歴史上の人物で最も尊敬する人は、諸葛亮孔明です。 彼は、中国で最もスケールが大きい「三国時代」で活躍した、当時の中国最大の知将として活躍しました。 彼は、三国時代にて、主の劉備玄徳に従う名軍師であり、当時、劉備のライバルである魏の主・曹操や呉の主・孫権と比べて戦力が劣っていましたが、諸葛亮の加入によって、蜀の軍
みなさんは3月14日が何の日かご存知でしょうか? 昨今はいわゆるホワイトデーというのがすっかり定着して、ひと月前にチョコレートをいっぱいプレゼントをもらった方にとっては、そのお返しにたいへんな日でもありますね。 また女性にはそれがうれしい特別な一日となることでしょう。 それはさておき、実はあのあまりにも有名な科学者
8月15日といえば、第二次世界大戦の終戦記念日です。当時のことをリアルに知る方々がどんどんお亡くなりになる中、映像や文献でしっかりアーカイブズ化していくことがこれからの大きなポイントになっていくことでしょう。 さて、今の子供たちにとって、この戦争を言う言葉がどううつっているのでしょうか。私なりに子供たちに聞いてみて感
悪貨は良貨を駆逐すると言いますが、日本の江戸時代にこんな事があったそうです。 六代将軍家宣の時、財政難から金貨銀貨の貴金属の比率を下げた事がありました。この時江戸城大奥に、江島という大奥総取締の才女がいました。 男子禁制の大奥ですがいくつかの例外があったそうで、その1つに「花祭り」がありました。お釈迦様の生まれたと
私が尊敬する人物の一人が坂本龍馬です。 龍馬は、土佐の下級藩士に生まれたため 元々、人が生まれた家柄で不当な扱いを受けている社会を無くしたいと考えて いました。龍馬を最も尊敬しうる部分が、小さな世界にとらわれることなく、 常に幅広い視点から物事を見ていくという点です。 龍馬は若い頃に江戸に留学し黒船を江戸で直接見た
有馬温泉で700年の歴史を誇る老舗温泉旅館と知られる兵衛向陽閣をご存じでしょうか? 今回は、この兵衛向陽閣の歴史についてご紹介していきます。 兵衛向陽閣は、神戸市北区有馬町1904に位置する温泉宿で、最寄り駅は、神戸電鉄有馬線の有馬駅です。 駅周辺のタクシーを利用することも可能ですが、有馬駅に到着後に兵衛向陽閣に電