なせば成る なさねば成らぬ何とかって聞いたことありますよね。

  • 追加
  • なせば成る なさねば成らぬって誰もが聞いたことがある言葉ですが、実はこの言葉には続きがあるんです。

    それが、「なせば成る なさねば成らぬ 何事も 成らぬ人にならぬなりけり」という言葉で意味としては、如何なることでも強い志で取り組めば必ず成し遂げることができるという内容です。メッセージ性が強い言葉ですよね。

    さて、こんなすてきな名言を残したのは誰なのでしょう?
    それは、江戸時代の米沢藩のお殿様の第九代藩主の上杉鷹山という方なんです。上杉と聞いて「あれっ」と思った方もいると思いますが、戦国時代の人気武将、上杉謙信でお馴染みの、あの上杉家の江戸時代の当主に当たるのが上杉鷹山そのかたです。

    あの名言を残した上杉鷹山とはどんな人物だったのでしょうか?
    上杉鷹山は米沢生まれの方と思いきや、なんと米沢より遠く離れた日向高鍋藩(現在の宮崎県)の出身なんですよね。不思議なものです。ある意味、宮崎出身の方が山形県のお殿様になってしまうとは鷹山公も数奇な運命をたどりましたね。

    どうして、こんなことになったのでしょうか?
    鷹山公は日向高鍋藩の秋月氏の次男として生まれ、10歳の時に米沢藩藩主上杉重定の養子になり、17歳で米沢藩9代目の藩主の座に就きました。宮崎出身の方が山形県のお殿様になったのにはそういう理由があったのですね。

    しかし、あの名言と鷹山公はどういう関連性があるのでしょうか?それは、彼が藩主に就いてから見えてきます

    鷹山公が藩主に就いた当時は、米沢藩は財政難に陥っていました。その財政難を含めた藩の課題に奇抜なアイディアで解決していきます。
    財政が厳しいから年貢の藩の取り分を増やすなんてことはしません。

    国を元気にすれば、財政は勝手に良くなる!
    国を元気にする策を繰り出します。用水路を作り田んぼを増やす。田んぼが増えれば年貢の取り分は変えなくても年貢の収入は勝手に増えますよね。生活が苦しい方には、生活保護のような手当を支給、など生活者の目線で策を繰り出し、藩の負債を減らし、藩主を退くときに、次の藩主や家臣に教訓としてあの「なせば成る なさねば成らぬ 何事も 成らぬは人のなさぬなりけり」の言葉を贈ったのがあの名言の由来です。
    彼のように社会のために行動できる人間になりたいものです。




    おすすめ関連コンテンツ



    関連ネタ & スポンサーリンク

    Popular! 朝礼ネタ

    著書

    タグからネタ探し!