物事に対する自分の見方を考える

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  • おはようございます。まずはこの絵を見てください。
    佐藤さんはこれが何に見えますか?

    はい、この絵には飲み物がグラスの半分だけしか入っていません。
    これを見て、実際にこれを出されたらどう思いますか?
    半分しか入っていないとガッカリしてしまうのではないでしょうか。
    きつと、まだ半分残ってるな、とは思えないでしょう。

    色んな見方、感じ方があると思いますが、このグラスの事実はただ飲み物が半分入っている、というそれだけのことなのです。

    それに対して、なんで半分なんだ!と怒るのか、半分あればいいやと満足するのか、そもそもこんなグラスに関心が持てないのか、そういった感情は私たちの自由なわけで、どう思うかは自分の自由 なのです。

    この考え方は、私たちの人生において大きな違いになります。

    たとえば、誰かが少し手伝ってくれた時に、手伝いを嬉しく思い「ありがとう」と感謝を伝えるのか、「なんでもっと手伝ってくれないの? かえって迷惑なんだけど!」と不満 を持ってしまうとしたら、どちらが幸せでしょうか?

    きっと感謝し嬉しいと思えるような気持ちでいた方が良いですよね。

    物事そのものには基本的に何も意味がないものに対して、自分が勝手に不平不満や泣き言、悪口、文句という事を意味づけしているだけです。

    私は、イラッととなってしまった時や、悲観的になってしまう時は「待てよ、別の見方はできないかな」といったん立ち止まって考えてみるようにしています。

    そうすると、ちょっとポジティブになれて、結果的に物事がうまく運ぶような気がします。

    しかし、感情がポジティブに偏り過ぎて問題点を見落としてしまうことがあります。
    事実をもう一度冷静に見直して、良い見方だけをしていないのか気を付けてみるべきです。

    人間、いつもそういう風にはいきませんが、特に仕事のときは感情を抜いて、冷静な見方というのを心がけて行きたいと感じています。




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