私は今、嫁をもっと大切にしようと思っています
朝礼ネタ1929 2021/01/01 故事ことわざ家族・ペット「袖振り合うも多生の縁」という諺があります。
この中の「多生」を、今まで「多少」だと私は思っていました。だから衣服の袖がほんの少し触れあうだけ事でも、縁は縁だから、という程度に解釈していました。
しかしこれは大きな間違いでした。
多生というのは仏教における言葉です。
仏教では、天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道の六道があり、人はその生き方によって六道に生まれ変わる輪廻転生を繰り返すとされます。
永遠ともいえるこの輪廻の中で、私たちは今、人間道の世界に生まれ、身の回りの人達と出会っています。その出会いはだから無いに等しい程の稀有な出来事なのです。
難解な仏教の教えを十分に理解し得ない私は、拙い今様の解釈を私なりにしてみました。
現在の世界に生きる人の数約70億人ですが、そのほとんど大部分の人達とは一生出会う事も無く私は死んでゆきます。
そして、過去人類が誕生してから現在までに生きてきた人の数はどれぐらいでしょうか。
さらにはこれから将来にわたって、人類が絶滅するまでに生まれ死んでゆく人な数は、と考えると、その数は想像もつかない程の天文学的数字になるのでしょう。
そんな膨大な数の人の中から、私は今までいく人かの人と出会ってきました。
袖振り合うも多生の縁の本来の意味で考えるならば、その人達の出会いは奇跡としか考えようがありません。欲して得られるものでは決してないのです。
そんな奇跡を今まで私は何と粗略に扱ってきたのでしょうか。
これではいけません。私は今思っています。嫁をもっと大切にしようと。