『遊戯三昧(ゆげざんまい)』の精神でいこう

  • 追加
  • 『遊戯三昧』とは禅の教科書である『無門関(むもんかん)』に出てくる禅語です。そのままの意味は「我を忘れて一心に遊ぶ」となるのですが、ここで言う遊びとはレクリエーションだけのことではなく、生きることすべてを指しています。生きることのあれやこれやを全部、仏や菩薩のような気持ちで、ひたすら自在に楽しんで無心に行うこと、と解釈してみました。

    仕事をしていく中で、苦手な業務や苦手なクライアントなど、「嫌だな」と思うことは、言いだしたらきりがありませんね。ですが、何かに無心に集中しているとき、悩みやつらさは忘れてしまっていた、という経験はありませんか?悩みや迷いといった心のとらわればかりに意識が集中すると、自在な力が発揮できません。

    スキルやポテンシャルをフルに発揮できる精神状態が『遊戯三昧』だと思います。仏教には空(くう)という言葉がありますが、これは何もないということではなく、「とらわれることがない」ないのです。「ミスをしたらどうしよう」とか「評価が下がったらどうしよう」という思考は、とらわれなんですね。

    仏や菩薩のような悟りの境地で仕事をする、なんてことは一朝一夕にできることではありませんが、「どんなことも無心に楽しんで力いっぱいやってみよう」、このくらいのモティベーションなら、今日からでもできそうです。壁にぶつかったときも『遊戯三昧』の精神なら、新しいアイディアを思いつく余裕が出てきます。

    そしていつの日か、自分に言い聞かせることも忘れて『遊戯三昧』が自然体になることを目指して、日々の仕事に打ち込んでいきたいと思っております。




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