常識について

  • 追加
  • 昨今話題になっている大相撲の事件があります。横綱の品格や取り組みについても深く触れられていますが、皆さんの常識と照らし合わせると大変かけ離れたものになっていると思います。
    まず外国人力士が日本古来の考えにどこまで寄り添えるかという事です。日本人は正面から事を受け止めて、何があっても言い訳しないことを美徳としている一面があります。です諸外国では自己主張こそアイデンティティーの国も少なくありません。彼らには日本国の伝統の考え方は理解できませんし、それが普通です。

    ですが世の人は横綱の品格を汚していると野次を飛ばす人も少なくありません。ここで一つ疑問です。ではあなたはその世界を経験した事がありますか?何か知っていますか?人を評価できるほどの経験がありますか?と聞いてみたくなります。もっというなら自分の考えの範疇には無く理解できないから文句を言っていませんか?それはその世界や地域では当たり前のことかも知れませんよと。

    常識とは何でしょうか?常識とは自分や仲の良い人だけの考えでなく、世間の人全てが共有している考えです。それを自分達の世界だけで判断しているとしたら悲しい事です。普通や常識的に見てという言葉もよく使われますが、これは社会的にみてということでつまり社会ルールや法律に乗っ取っての意味です。

    しかし昨今はその言葉が自分の普通であり、自分の常識であると意味が変貌しているように思います。自分が世界の中心にいない限り成立しない考えが、自分達の普通という言葉に表れているように思います。

    自分の普通が世の常識でなく、自分達だけのルールが常識で無い事を再認識してもらいたいです。世の中には10人十色の人間がいるのだから、考えも捕らえ方も千差万別です。それを一つの考えで縛り付けるのは不可能なのにそこに当てはめます。そしてそこから漏れた人を非常識と言いがちです。理解できない人が非常識なのじゃなくて、もしかしたら常識の枠内に収まらないほど凄いのかも知れません。そこを念頭に置くだけでも自分の常識すら幅が広がります。新しい自分の誕生です。

    時に正しく、時に思考を停止させるのが世の常識です。これはたまたま正しければいいものではないはずです。本当の常識とは社会ルールに沿ったものであり、生物が生きる上での能力の範囲内の事を言うものです。でもたまにそれを打ち破る人も出てきますが、冷静に公平に判断すればその人が何者かも見えてきます。構成になって評価されている人も沢山います。自分の常識よりも、今までの世界的な流れから来る常識を持って判断する事で本当の常識人と言えるのではないでしょうか。
    ひいてはsy回問題になりつつあるイジメ問題の解決や仕事での同僚との付き合い方すらもワンランクアップするのではないかと思います。




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