現代にも生かせる豊臣家の滅亡から学ぶ事
朝礼ネタ5808 2024/04/19 社会・経済豊臣秀頼の話をする事で、組織の承継の大事さを話そうと思います。
ご存じのように、豊臣家は、戦国時代に突然、織田家中から彗星のごとく出現した
豊臣秀吉により創業された偉大な家です。
元々、武士の出身ではなかった秀吉の為に朝廷から特別に豊臣という
姓を賜って、天下に号令をかける資格を有したそうです。
今回お話するのは、奇跡的に天下人に駆け上がった秀吉の話ではなくその子である
豊臣秀頼の話です。
歴史的に見ると秀頼は、秀吉がこの世を去ってから20年足らずで大阪城の落城と共に
この世から消え去ってしまいます。
つまり豊臣という戦国時代の覇者の家は、あえなく2代目で消滅してしまいます。
秀吉は、自分がいよいよ最後の時が迫りつつあるとき秀頼がわずか5歳という幼少で
あったため、当時豊臣家にとって脅威ともいえた徳川家康の勢力拡大を抑えるために
万全の対策をとっていました。
しかしこれらの対策は、すべて家康という老獪な武将により概ね、無力化させられて
しまいました。
豊臣家が、消滅した最大の原因は、天下の趨勢を秀頼自身がほとんど把握していなかった
為です。
秀頼は、大阪城の外にほとんど出た事がなく、周囲に自分にとって都合の
よい情報しか報告しない側近に囲まれたため、既に天下が豊臣家から徳川家に
移行している厳しい現実をほとんど認識していませんでした。
また生母である淀君の方針もあり武家というよりも公卿として育てられるなど
秀吉と違い、武将としての生きざまなどを知らずに育ってきました。
現代社会でも、創業者から2代目そして3代目に移行する際に、承継者は、
周囲の環境変化に敏感になるとともに、たくましさや精神力の強さが必要になってきます。
秀頼の例を学ぶ事で、外部環境の変化や、競争社会で勝ち抜く精神力の大事さを
私たちは知るべきと感じます。