今も生かせる「百万一心」

  • 追加
  • 戦国武将の毛利元就といえば、息子たち3人に対しての教訓である「三本の矢」が有名ですが、実は、もう一つの逸話があります。それが「百万一心」です。

    百の字の一画を省いて「一日」、万の字を書き崩して「一力」とすると、縦に書けば「一日一力一心」と読めるというものです。一日一日、力を合わせ、心を一つにしていこう。という意味です。城の修復工事が難航した際、当時の慣習に従い人柱を立てることを主張する家臣たちに、「百万一心」と刻ませた石を代わりに立てて人柱の代わりにしたというのです。

    もともと毛利氏は中国地方の山間部に拠点を持つ国人領主に過ぎませんでした。大内家と尼子家という二大勢力に挟まれ、常に存亡の危機に立たされていました。規模が小さく、人も少ない中で一致団結することこそが生き残るうえでの絶対条件だったのでしょう。

    これは、現代の中小企業の在り方でとても参考になるものです。資本や人的資源で圧倒的な大手の進出に対し、小さいながらも一致団結して自分の長所を磨き上げることで生き残りを図る戦術です。

    人柱という形での犠牲を回避し、団結を重視した毛利家は徐々に勢力を拡大します。現在の広島県にあたる安芸の国人領主たちをまとめ、次男・三男に有力国人の家を継がせることで勢力を拡大しました。そしてついには厳島の戦いで大内氏の重臣陶晴賢を討ち取り、ついには大内家・尼子家を滅ぼして中国地方の覇者へとのし上がりました。

    大企業となった毛利家は徐々に一族の結束が緩みます。関ヶ原の戦いの際には毛利本家と次男の吉川家・三男の小早川家が結束できず、戦後処理で大幅な領土削減をされてしまいました。

    大きくなっても創業当初の志を守ることはとても難しい。まさに、初心忘るべからずではないでしょうか。




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