高校時代に担任から聞いていた言葉とは

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  • 「禍福は糾える縄の如し」という言葉を聞いた方は多いと思います。私がこの言葉を知ったのは高校時代の担任からです。

    この言葉は最初聞いただけではピンときませんでしたが、説明を聞いているうちに良く分りました。

    「糾える(あざなえる)」とは、ねじって縄とか糸を編むことで、この言葉の意味は、表と裏が交互に出てきて捻じれている縄のように、人生では良いことと悪い事が順番に起こるのだということのようです。

    担任はまだ年若い私たち生徒のこれからの人生を案じて、人生訓を説かれたのだと感じました。

    この時同時に「人間塞翁が馬」という言葉も同じ意味だよと話されました。

    城塞に住む老人の話で何やら難しいことを言っているなと思っていましたが、人生は予測がつかないものだと言っていましたのは印象に残っています。

    今はこのように仕事についているのですが、その意味は少しずつ、分り始めたような気がしています。

    ミスをしたり批判されたりする事をしてしまうことはありますので、その時はじっと反省し、これから先良い事が待っていると言い聞かせています。

    担任はご自分の人生経験を振り返り、生徒たちにどうしても話して起きたかったに違いありません。

    今この場で「人生とはこういうもの」などと口はばったい事は言うつもりはありませんが、私の担任のその時の気持ちは今理解が出来ます。

    「先生ありがとう」という気持ちがこれからも沸いてこる事が有るかもしれません。

    長い人生何が起きるか分からないけれどいつでも希望を持ちましょうということですね。




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