初詣。あなたは何をお願いしますか?
朝礼ネタ1893 2021/01/01 故事ことわざお正月、日本全国の神社やお寺には大勢の人が初詣に訪れます。
皆さん、神様の前で柏手を打ち、仏様の前で合掌してそれぞれの願い事を神妙に祈願しています。
普段は信心などに無関係な人もこの時だけは信心深そうには見えますが、辞典などでは信心とは神仏を信じる心であり、また神仏の加護を願って神仏を信ずる事と説明されていまので、百歩譲ってこれも信心の一つとしておきましょう。
色々な宗教における信心の本当の意味についてはなかなか難解で私などには全く理解の外ですが、私なりの理解では信心は感謝なのだと思っています。
だから私は初詣など神仏に詣でる時は、願い事はしません。
今この時まで大過なく生きて来れた事、生活できている事、自分や家族が健康である事などについて、お陰様でという感謝を捧げる事にしています。
人は自分の人生や暮らしの中での成功を、自分の手柄だと自画自賛しがちです。
しかしその成功の原因を良く考えてみると、誰かの助けがあったり、タイミングが良かったり、環境が有利に変化したりと、自助努力ではない部分の要因が必ずある筈です。
それらの事柄に対しての感謝は必要ないのでしょうか。そして感謝するとすれば、何に感謝するのでしょうか。
例えば助けてくれた人でしょうか。勿論それは必要でしょう。
でも人同士の感謝のやりとりでは、感謝しなかった時、される側には普通は不満が生じます。
真の信心を持つ人は、感謝されなくても不満には思わないのです。最初から感謝など期待していないのです。
逆に人の助けができた事を感謝するのです。
感謝する対象が神なのか仏なのかは私には分かりませんが、人知を超えた何かに今ここに自分がある事を感謝する。
それが信心なのではないかと思うのです。
そうありたいものです。簡単ではありませんが・・。