因果応報:当たり前だけれども深い言葉

  • 追加
  • 瀬戸内寂聴さんをご存知でしょうか。テレビに出て元気に講話をなさっている天台宗の尼僧です。
    岩手県二戸市の天台時の復興を軌道に乗せたことでも知られています。
    現在は京都府に在住し、今年で95歳になられました。
    小説家として数々の作品を執筆し、特に源氏物語の現代語訳はとても読みやすいものです。その寂聴氏が因果応報について次のように語っています。

    私たちの生きているこの世で起きることにはすべて原因がある、
    これが「因」です。
    起こった結果が「果」です。

    因果応報というように、
    必ず結果は来るのです。

    原因があって結果があり、結果が次の原因となる。そうして連綿と物事がつながっていく。
    そう考えるならば、現在の行動は過去の「果」であり、未来の「因」といえるでしょう。

    今日誰かに対して行った行為や、言った言葉はその人の未来に対して大きな影響を与え、
    場合によっては次の成功につながったり、悪評の原因となったりもするのです。

    人間は生きているうえで様々なことを行っていますが、無意識的に、刹那的に行ってしまうことも少なくありません。
    もしかしたら、何かをしてしまった直後に、自分のしたことを忘却の彼方に追いやっているかもしれません。

    ですが、もし、一日の終わりに自分自身のその日の行いを振り返って反省すべきことがあれば、翌日から改める
    そういった行動を身につけたらどうなるでしょう。昨日のよくないことを反省し、翌日の行動に生かせるかもしれません。
    行き過ぎて、過去にとらわれてしまうのもよくないですが、無反省に日々を積み重ねることはそれ以上によくないのでは
    ないでしょうか。

    今日は昨日と明日につながっている。そういう意識も生きる上で大切だといえるでしょう。




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