コミュニケーションにおける卑屈さを解消し、業務に役立てる

  • 追加
  • コミュニケーションにおいて、卑屈さというのはネガティブな影響をもたらすものだといえます。アドバイスを受けた時、卑屈になってしまうことで、得られないことがあるのです。

    そして、厳しいことではありますが、たとえ暴言に近いような言葉を言われたとしても、それを卑屈に捉えてしまったならば、自分には悪影響しかないのです。

    パワハラに対しては、卑屈さではなく、燃える正義、もしくは冷静な青い炎のような理性で対応しなければなりません。卑屈というのは、ある種の拗ねと同じことであります。それは、自分で自分を攻撃することにもつながります。

    私自身、さまざまな状況において、卑屈になってしまったばかりに失敗したことがあります。どうせ私なんて、などという心境に陥ってしまうと、相手も嫌な気分になるか、もしくは相手が増長してしまうかのどちらかです。

    また、卑屈になると、自分が成長する機会までなくなってしまいます。

    子供ならば、拗ねていれば、もしかしたら誰か慰めてくれるかもしれません。しかしながら、社会人は拗ねても誰もフォローしてくれないのです。

    そのためにも、私たちは自分で自分をコントロールしなければなりません。卑屈な思想に陥りそうになったら、まず紙に書くなり、口に出して誰かに聞いてもらうなりして、冷静さを取り戻さなくてはなりません。

    そして、卑屈さに閉じこもるのではなく、辛い状況から何かを掴んで立ち上がろうとすることで、明るい未来が見えてくるのではないでしょうか。




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