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囲師必闕(いしひっけつ)について

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  • 囲師必闕(いしひっけつ)とは、古来から伝わっている兵法のひとつである「孫子」に書かれているものです。

    この、「孫子」に掲載されている兵法は、武田信玄げ孫子に惚れ込み、風林火山のもととなったものですが、今でも世界の名だたる経営者のバイブルとして、今でも読まれている本です。

    さて、囲師必闕とは、すなわち、相手を攻撃する際は必ず逃げ道を作っておくこと、ということです。
    これは仕事の上でも部下や相手企業との交渉にも生かされます。例えば、部下の失敗を追求せざるを得ない場合があると思います。その際に、ひたすら詰めるばかりで何の逃げ道や落としどころをなくしてしまうとどうなるでしょう。部下をとことん追い込むと、労基署や逆に上司の失敗や弱点を攻撃してくるかもしれません。とどのつまりは自殺してしまうかもしれません。

    また、相手企業との交渉で、相手に無理難題を押し付け、落としどころがないようにしてしまうと、契約が破談になるばかりか、敵対企業の側にたってこちらを攻撃してくることすらあります。相手を追い詰めすぎると、今度はいわゆる「背水の陣」という言葉もありますが、必死になって向かってきます。
    必ず、交渉や話し合いには落としどころを事前に準備して挑むことで、不必要な損害を被ることをなくすことができます。

    仕事のみならず、人間関係を気づいていく上でも、相手を追い詰めすぎることのないようにすることを肝に銘じ、接していきたいと思います。

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    変えてもいい事

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  • 私が子供のころは、夏になると水を飲んではいけないと言われました。それは水を飲むと汗が出て体力を奪われるという理由からでした。

    ゆえにクラブ活動や運動会、体育祭、さらには夏の自分の趣味などは水筒すら持っていかない状態でした。水を飲まないことによって持続力が生まれると先生や、色々な人に教えられたことを覚えています。

    それが近年は何につけ水分の補給を促されます。特に夏場は熱中症予防でとにかく水を飲むようにと言われ、病院でも体調を維持するために水を飲んでくださいと言われます。

    自分が子供のころに習った事と正反対なのです。これは医学的に研究が進んだ結果水分補給が体に一番いいとわかったからだと思います。しかし今までの格言ともいえるくらいの『水を飲むな』を完全にひっくり返したのには驚きました。

    では自分たちが仕事をしていても昔からの習慣というか決まり事のようなことが多くあると思います。例えば『損して得獲れ』という言葉があります。
    これは営業などでは初めの1品は損をしてでも納品すればやがて、納品アイテムが増え利益が生まれるという事です。しかし今の時代は『損したらそのまま』と言われるくらい納品価格競争は過激です。
    競争相手が多い為1品の損を取り返すのは至難の業です。ひどい場合には損した商品しか発注が来ない事すらあります。

    このように昔はこうだったという決まり事や、習慣で、今の時代にそぐわないものはどんどん変えないといけないと思います。
    高度成長期やバブル期の言葉や言い伝えがすべて今の時代に通じるかといえばそうではありません。これは誰かが言い出さないと変わらないことだと思います。

    前例の『水分補給』の話のように、今の時代にそぐわないものは変えるという勇気が必要だと思います。私も今後色々提案をしていきたいと思います。

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    ことわざ

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  • ことわざは古くから伝わってきているものですが、私の好きなことわざに「風が吹けば桶屋が儲かる」というものがあります。

    風が吹くと砂ぼこりが舞う、砂ぼこりが舞うと目に入る…というように様々な現象が次から次に起きて、最終的には桶屋が儲かる、という落語のような話ですが、改めて考えるとこのことわざは何を伝えたいのでしょうか?

    単に話の面白さもあって伝わっている面もあるかと思いますし、物事は関係ないように見えて関係しているのだ、という意味で捉えられていることが多いと思います。
    似たような意味で蝶がは羽ばたくとハリケーンが起きるということわざも海外には存在しているので、こういった話は万国共通なのかもしれません。

    ただ、私はこの言葉をもう少し拡大解釈して「何が自分の役に立つかわからないので積極的に行動していこう」という意味で捉えたいと思っています。

    一見関係ないように見えることも、実はどこかで繋がっている。仕事はまさにこの繰り返しではないでしょうか?

    例えば一見地味で単純な会議の資料をコピーして作成する、という作業でも文字は鮮明に読めるか・ページの抜けはないかという確認、めくりやすい位置にホッチキスをとじれているか、出席者が増える可能性を考えた予備はあるかと、いったことの積み重ねで最終的な会議の進行具合や内容の決定が変わることは大いにありえることだと思います。

    与えられた仕事は自分では把握できないところで評価されることもあります。どんな小さな仕事でも手を抜かず真剣に取り組んで行こうという思いを忘れずにいきましょう。

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    失敗から学ぶこと

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  • 突然ですが、みなさん今までお仕事や何かで失敗を経験されたことが無いかを思い浮かべてください。
    みなさん、何かしら頭に思い浮かばれたかと思います。

    そうなんです。ほとんどの方が何かしらの失敗を経験されて今ここにいらっしゃると思います。
    私の人生のなかで初めて失敗と実感した経験は、高校入試でした。

    当時、私は学区内でギリギリ行けるか行けないかくらいの高校を受験しました。
    学校の先生も最後までOKとは言ってくれませんでしたが、自分の人生で自分の判断で受験を決意しました。
    結果は不合格でした。

    当時は、「やっぱり先生の言うことを聞いておけばよかったな。」と悔しく悲しく落ち込んでいました。
    そんな時に父が笑顔で「やる価値のあることは、失敗したとしても価値がある。」と言ってくれました。

    後日聞いたところ、「Whatever is worth doing at all is worth doing well.」という外国のことわざらしく父の言葉ではなかったのですが…。
    それでも、その言葉のおかげで進学した高校に行ったことを後悔しないように勉強と部活に力を入れました。
    そして、次の大学入試では同じ失敗をしないように周りに流されることなく、大学情報や学科情報、就職先などのリサーチも行いました。

    結果、第一志望の大学と学科に入学できました。
    高校入試が終わった当時失敗と思ったことも自分の考え方次第でバネにもなると実感できました。

    私は仕事においても、失敗して上司の方や会社にご迷惑をかけることは申し訳ないと思いますが、その失敗の原因と次回への対策を考えた上で仕事に取り組んで行こうと考えています。

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    二兎を追うものは一兎をも得ず

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  • ローマのことわざです。
    「二匹の野兎を追いかけるものは、どちらもとらえることができない」というラテン語の言葉からきています。
    いっぺんにいろいろな事に手をつけると、どれもこれも中途半端になり、結局は何もできないことになってしまいます。

    大きな目的に向かうのであれば、あれこれ迷わずに一心に取り組んでいかねば成功には結びつかないでしょう。
    一生懸命に一つのことに取り組んでいれば、きっと良い結果がもたらされるでしょう。

    あちこちと他のことが気になり、目移りし、違う方向へ向かったり、また軌道修正したりでは、時間を浪費するばかりで、目的地は近づいてきません。
    地道に、じっくりと努力することの大切さを表している言葉です。

    自分を過信して、うまく二兎を捕まえるんだ!という気負いは、足元が崩れていく危険があります。
    物事を成し遂げるには、じっくりとした努力と、根気強さが重要です。

    浮ついた気持ちではなく、自分を見つめ、自分の出来ることを、きっちりと見極め、一兎を追うことをお勧めします。
    一兎も手に入れられないのでは、それまでの努力と、時間が「無」になってしまいます。

    仕事をするときに、良き結果をもとめるなら「二兎を追わずに一兎に狙いを絞る」ことにしましょう。
    慌てずあせらず、着実にことを進めていくのが、すべての中で、最善の道です。
    まずは一匹、捕まえましょう。それから一匹、また一匹と、順次手に入れていけばよいのです。

    あせらず慌てずじっくりと!つねに心にとめて、物事に取り組んでください。

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    スウェーデンのことわざより

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  • スウェーデンのことわざを紹介しましょう。

    「貧乏人とは少ししかもたない者のことではなく、たくさんほしがる者のことである」

    物質的にどんなに恵まれていても、精神的に貧しければそれは「貧乏」ということでしょう。

    「足るを知る」ということわざもあるように、望んでいくときりがありません。
    どこで満足するか、どこで事足りたと思うか、それによってこれからの人生も変わっていくことでしょう。
    もちろんもっと暮らしを良くしよう、希望をかなえよう、との思いがなければいけませんが、どんどんそればかりを突き詰めて、自分の力以上のものを望みすぎてはいけないということでしょう。

    十分に今の暮らしで充足しているはずなのに、お金・お金・モノ・モノばかりを追いかけていては、足元がおろそかになり、今まで築いてきた暮らしが揺さぶられることになりかねません。

    無理をせずに、自分に合った暮らしを大事にしつつ、適正な努力をしていけば、その姿勢が向上につながります。
    実際の「貧乏」よりも、心の満たされない「貧乏」に陥らないように、今の暮らしを見つめて、今後の糧にしていきましょう。

    毎日の中に、日常の中に、豊かな心、豊かな暮らしはあるのです。
    じっくりと自分の今の暮らしを見つめなおす時間を作りましょう。
    ちょっと立ち止まることができる、ということもこれからの暮らしの向上にはとても大事なことです。

    物質的な豊かさよりも、心の豊かさのほうが大事です。
    心に余裕を持ちましょう。それが「裕福」ということです。

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    石の上にも三年

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  • 「石の上にも三年」ということわざがあります。

    冷たい石の上でも三年も座っていれば暖かくなる、どのような悪い状況の中でも、耐えていれば必ず状況は好転してくる、ということでしょう。
    暮らしていくうえで、働いていくうえで、つらい状況に置かれることはいくらでもあります。そんな時にすぐに弱音を吐かずに、少し辛抱してみましょう。

    ことわざでは「三年」と言っていますが、長い年月を「三年」と表しているので、もっと早くに状況が好転することもあるでしょうし、まだまだ我慢を強いられることもあるでしょう。
    「ことわざ」とは昔から言い伝えられてきたことなので、真理が含まれています。
    信じて、頼ってよいものです。

    すぐに良い悪いの結論を出すことなく、もっと長い目で物事を考えてみよう、との意味も含まれています。
    ちょっと試して、あ!ダメだったから撤収する、だけではなく、もう一度状況を考え直してみましょう。
    じっくりと検討することによって、別の流れが生まれてくるかもしれません。

    万事忍耐が大切!と、心に決めれば、落ち着いて状況判断に臨むことができるでしょう。
    しばらく辛抱していると、案外そのままでも諸条件が好転してくる場合もあるかもしれません。
    急がず、慌てず、辛抱することで、これから先の展望に違いが出てくることでしょう。

    この先の長い人生の中で「三年」は短い時間です。じっくりと辛抱して、チャンスを待ち、良い流れを見極めましょう。それが成功への近道です。

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    七転び八起き

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  • 「七転び八起き」ということわざがあります。失敗しても気力を失わずに、かえってファイトを燃やし、何回でも困難に立ち向かっていくことです。

    失敗したり、成功したりするのが、人生であるとも言えます。なんの挫折もなくすんなりと暮らしてきた人は、何かあったときに立ち上がれなくなってしまいます。

    いろいろな苦しいこと、つらいことを経験することによって、自分が鍛えられ、強くなれると思うことにしましょう。
    温室の中で育った植物は、強い風では倒れてしまうでしょう。
    雨・風・雪・暑さなどの厳しい季節の繰り返しの中で育った植物は、大地にしっかりと根を張り、強い風が吹いても倒れません。

    仕事がうまくいかなくても、思い通りにならなくても、今は耐える時と思って我慢をしていれば、またチャンスが巡ってきます。
    その時にまたしっかりと挑戦をしていけばよいのです。焦るな、腐るな、つぶれるな、まだまだチャンスは巡ってくるのですから。

    不遇の時は、自分のためになることを心がけましょう。
    植物に肥料を与えるように、自己研鑽に励みましょう。与えられた肥料は、枝を、葉を、延ばすために、花を咲かせるために、実を結ぶために必要なものです。

    自分のために積み重ねたものは、次のチャンスにきっと出番が回ってくるための肥料です。しっかりと根を張り、大風に負けない力を蓄えましょう。
    失敗も成功もあるのが人生です。失敗してもあきらめず、成功してもおごらずに、じっくりと人生に取り組みましょう。

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    親の心子知らずという言葉

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  • 『親の心子知らず』という言葉があります。

    自分を振り返ると子供時代や思春期は親の言動に逆らっていたところがあります。
    何かにつけいちいち小言を言われ、うざく思ったのは私だけではないと思います。

    しかし自分が今度親になり、子供が成長し、気になることを言うと子供は反抗します。
    まさに昔の自分でした。

    この時『親の心子知らず』の言葉の意味がわかりました。親はこんなに心配しているのに子供はそんなことは知りません。
    そして子供が大学受験などをすると、今度はお金のやりくりで苦労します。
    この時自分の大学時代も親は苦労したんだなあと思います。
    自分がその立場になってみないとわからないことです。

    では会社に当てはめるとどうでしょう。
    さしづめ『上司の心部下知らず』とでもいいましょうか。
    下っ端だったころは正直上司から当然のように色々言われます。
    口うるさく言われると反感を覚えたりもします。

    しかし自分がその立場になると良くわかります。
    部下の責任は自分の責任です。そのために指示をしたり小言を言わなければならないのです。
    その上司もさらに上の役職の上司に言われます。会社でも同様その立場になってみないとわからないのです。

    私は考えました。上司にとって小言を言わなくてもいいような部下になることです。
    つまり、彼に任せておけば安心、業績もいいと言われる社員になるのです。

    非常に難題ですが、それを実行すれば、最終的に会社にも貢献できて業績も上がると思います。
    この考えを頭において今後の仕事に励みたいと思います。

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    子育て中に気付いた「三つ子の魂百まで」の意味

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  • 日本には、三つ子の魂百まで、という言葉があります。
    今日は子育てをしている親の立場から、この言葉について少し持論を述べさせて頂きます。

    冒頭の言葉は、幼い頃に興味を持ったことは、100歳になっても忘れない、という意味ですが、この「幼い頃の興味」は、何処で芽生えるのでしょうか?
    絵本から?テレビから?それとも遊びに出かけた公園でしょうか?
    勿論、そうしたものもあるでしょう。
    しかし、幼い子供が一番興味をもつのは、「親が好きなもの」に他ならないのです。

    突然ですが、私は宇宙の天体について興味を持っています。
    幼い頃に、大好きだった祖母に「月にはうさぎさんが住んでいるんだよ」というお話を聞かせてもらったこと、そして画用紙一杯に黄色い円を描き、そこにうさぎの絵を祖母と2人で一杯描いた、楽しい思い出が根本にあるのです。
    ですから、今もテレビで宇宙についての番組があればよく鑑賞しています。

    そんな姿を、わざと見せつけたり、子供にも見ることを強要したことはありません。それなのに、私の子供は、月や星といったものに、強い興味を持つようになりました。
    夜、眠る前になると必ず窓辺に行き、空を眺めて月や星を指差し、笑顔になります。曇りや雨の日には、目に見えてがっかりした顔でベッドに潜り込みます。
    そんな姿を見て、私は冒頭の「三つ子の魂百まで」という言葉を思い出しました。
    子供は、親が笑顔になったり、褒めてくれることを何よりも喜びます。
    親と感情を共有することを、一番の幸せだと感じるのです。
    私の子供は、私がニコニコと笑うから、楽しそうにしているから、夜空に興味を持つようになったのでしょう。

    昨今は、子供の将来のため、多くの習い事をさせることも当たり前になってきました。
    ですが、親が全く興味のないことを、子供にだけ強要しても、果たして子供の身につくものとなるでしょうか?
    子供に何か興味を持ってもらいたい、そう思うならば、親である自分が興味を持ち、楽しんでいる姿を見せることが、一番の近道だと思うのです。

    仕事をしていく上でも、同じことが言えるのではないか、と私は思います。
    熱意を持って商品を勧めるセールスマンと、形通りの説明だけで終わるセールスマン、同じ商品でも、お客様はどちらから購入したいと考えるでしょう?
    お客様に興味を持ってもらうためには、まず、売り手である自分自身が、商品の良さを理解し、「だから広めたいんだ、使って欲しいんだ」という気持ちを持つことが第一なのではないでしょうか。

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    終わりよければ全てよし

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  • 皆さん『終わり良ければ全て良し』という言葉をご存じだろう。元はシェイクスピアの戯曲から来ており、どのような行動にも結末さえよければ過程での弊害は問題にならないという意味だ。

    このことわざの正しさを証明する法則がある。ダニエル・カーネマン他によって提案された『ピーク・エンドの法則』がそれである。

    ある経験をして、自分が後にこの経験を思い出したとき、その経験の良し悪しは経験中の一番強い感情(ピークの感情)と一番最後の感情(エンドの感情)を足して2で割った総合点によって決まるというものだ。

    これは仕事において自分にも相手にも当てはまる話だろう。つらい仕事を任され、そのせいで心身ともに疲弊しきったとしても、仕事の最後に達成感や満足感を覚えたとしたら、のちに思い起こされるのはいい感情だろう。取引先などで問題を起こし、相手に不快な思いをさせたとしても、商談後に相手の目を見てがっしりと握手し、元気よく挨拶をして終われば、相手の印象は決して悪いものだけではないはずである。

    どれだけできる人であっても、完璧な人間などいはしない。長い人生において、必ずどこかで挫折や失敗を味わうはずだ。だからおそらく、本当にできる人間というのは、挫折や失敗を「いい経験だった」と笑える人間だと思う。例え失敗してもそこで終わらず、最後に自分が納得できるまで頑張ろう。

    終わり良ければ全て良し。物事をやるときは失敗を恐れず、失敗をしても立ち止まらずに励むことが何より重要だと思う。

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    いつもと違う景色を見るために

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  • 「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。」

    夏目漱石の草枕の冒頭部分です。ご存知の方も多いのではないでしょうか。
    この一説を理解するにあたり、現代では中々馴染みのない言葉の説明を挟みたいと思います。

    情に棹させばの「棹」とは船を進める櫂のことで「棹さす」とはこれを川底に立てて力を入れて進める事であり、流れのあるところへ「棹さす」と推進力が倍増して流されるということであって「流れに逆らって」という意味ではありません。

    理知や理屈で割り切った行動ばかりしていては世間と摩擦が生じるし、かといって情に流され個人的な感情を優先させていれば、それに引きずられて事態を悪化させる。
    また、意志を強く持っていてもそれに固執しすぎれば窮屈な生き方を強いられる。

    この様に智・情・意志のどれに力点を置いても人間社会を生きる事は難しいということを書いた一説で、バランスが大事である事をきれいにまとめた一説で私はとても好きです。

    具体的な人物像を浮かべてみたら分かりやすいかもしれません。
    学問だけを極めて賢い人はいます。でも勉強で学ぶ理屈だけで世の中は生きていけますか?情に流されて変な人に引っかかった犯罪者の話は聞いたことはありませんか?自分の意思を強くお持ちの職人気質の方を付き合いにくいと思ったことはありませんか?

    智・情・意志どこに比重を置きすぎてもいけない、この場面では智・情・意志どこに比重を置けばうまくまとまるのだろうか、などと考えて今日一日を過ごしてみるといつもと違う景色が見えてくるかもしれません。

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    私がこうありたいと思う出世魚は

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  • 出世魚、と呼ばれる魚があります。
    成長するにつれて名前が変わっていく魚のことですが、よく知られているのはブリでしょうか。
    もっとも最終的にはブリになってももっと若い年代のときの呼び方は地方によっていろいろとあるようです。

    ブリの他にスズキやボラ、マイワシなども成長するにつれて名前が変わることから出世魚とされることもあるそうです。

    調べてみて面白いと思ったのは鯉も出世魚と考えられる、という話でした。
    登竜門という言葉は「鯉が激しい滝を登って竜になる」という故事からできた言葉です。
    厳しい関門を潜り抜けて立身出世するとかとても大変な試験を突破していく様子を例えたものだと言います。
    5月5日の鯉のぼりもこの鯉の滝登りにあやかってのことだそうです。

    私が面白いなと思ったポイントは、出世魚とされている魚の中で鯉だけが「成長して名前が変わっていく」という理由で選ばれたわけではないということです。
    他の魚と違い、鯉だけは実際に滝登り、という苦労して竜になるわけですからちょっと違うのです。

    生物学的に鯉が本当に滝を登るかどうかをネットで調べてみてもそういう事実はみつかりませんでした。
    ただ、滝を登るとまではいかなくともわずかな段差は跳ね上がったりして移動することは可能なようです。
    元気よく跳ね上がる様子が「滝も登る」と考えられたのかもしれません。

    実際に滝登りをするかどうかはともかく、風がよくて大空に豪快に泳ぐ鯉のぼりはなかなかいいものです。
    確かにどんな大きな滝も登っていきそうな勢いがあって、見ていても気持ちがいいなと思います。
    たまに風の具合によってはお腹を上にして溺れているような雰囲気のものもありますが、それはそれで「お、頑張ってるな」と思ったりします。

    私も鯉の滝登りにあやかることができるように1日1日の仕事を丁寧にこなしていきたいと考えています。
    時にはお腹を上にしてアップアップしていることもあるでしょうが、きっと次のいい風をつかめるような努力をしたいです。

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    辛い時期を乗り越えると、幸せが待っている

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  • 今日は季節に関するイギリスのことわざをご紹介します。
    「March winds and April showers. Bring forth May flowers.」というものです。

    これは直訳すると、「 3月の風と4月の雨が. 5月の花を運んでくる」と言う意味になります。
    日本でも三寒四温と言う言葉がある様に、3月の寒い風や、4月の冷たい雨などの荒れた天候があって、ようやく5月の穏やかな気候をもたらし花が咲く事を表しています。

    そして、このことわざにはもう一つの意味があります。
    それは「辛い時期を乗り越えると、幸せが待っている」というものです。

    4月は始まりのシーズンでもあります。
    何か新しい事を始めると、慣れない事に取り組んで辛い事や大変な事も少なくないと思います。
    しかしこの大変な時期をしんぼうし乗り越えることで、必ず幸せな時は訪れます。

    これから何か壁にぶつかってくじけそうになった時は、この風や雨をやり過ごせば必ず花が咲くんだと言う事を思い出してください。

    季節が必ず変わって行くように、自分を取り巻く環境も立ち止まらない限り必ず変化していきます。
    過ごしやすい時があれば、苦しい時もあります。
    しかし冬をこえた後、迎える春は慶びに満ちていますよね。

    ついつい当たり前のように日々を過ごしていると忘れてしまいそうになりますが、忙しくて余裕のない時ほど
    季節の移り変わりを感じながら深呼吸する事でリセットできることもあります。

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    つらいときの乗り越え方

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  • 4月といえば、日本ではお花見のシーズン中だったり入学式や入社式などあったりして新生活の始まり、という明るい雰囲気があります。
    「さあ、これから始まりだ」という時期が4月のイメージでしょうか。

    ところが英語のことわざに「3月の風と4月の雨が美しい5月をもたらす」というものがあります。
    英語圏だけでなく、ヨーロッパのいろんな国々で似たようなことわざがあるそうです。
    日本では「始まり」のイメージの4月は「美しい5月・春のための準備期間」というところでしょうか。
    日本とはまったく反対のイメージがあるようです。

    海外では学校などの始まりは4月よりは9月ということはよく知られていますね。
    話に聞いたところでは仕事をスタートする時期は個人によって違うので、学校を卒業してすぐの人やボランティアなどで経験を積んでからという人もあるようです。

    それはさておき、私はこの「4月の雨」のことわざはなかなかいいものだと思うのです。
    何か始めようというとき、どうしても最初から自分の望む「いい結果」を期待してしまう、というのは誰にでもあることだろうと思います。
    もちろん、最初からどうせ失敗する、と思ってスタートを切る人は誰もいないでしょう。
    でもそれが新しい挑戦だったり、自分にとってのチャレンジだったりすると何かひとつうまくいかないことがあると投げ出してしまいたくなることも多いのではないでしょうか。
    その他に「本当にこれでいいのだろうか」とか「自分は間違っているのではないか、自分には無理なのではないか」と考えることも多いと思うのです。

    でもそんなときにこの「3月の風と4月の雨が美しい5月をもたらす」という言葉を思い出すと、今のつらいときは好結果の準備期間だと思えるのではないでしょうか。
    美しい春、という自然にも準備期間があるのです。
    だとしたら今の自分にだって思い描く結果を得るための準備期間がある、と考えるとつらいときも乗り越えられるのでは、と考えています。

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    エイプリルフールの起源

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  • 4月1日は、エイプリルフール。嘘をついてもいい日。賛否両論あるかと思いますが、世界的にすっかり定着してしまった習慣ですね。

    しかし、不思議なことにその起源は全くわかっていないのです。諸説はありますが、あくまでも仮説の域をでていないのです。

    仮説のひとつに、フランスでは新年を4月1日と定めていましたが、シャルル9世が1964年よりグレゴリオ暦を採用した為1月1日に変更になり、それに反発した国民が4月1日を「嘘の新年」として馬鹿騒ぎをするようになった、という話があります。

    また、インドの修行僧説に因んだ説もあります。3/25~3/31迄の1週間は、座禅を組んで悟りの境地に入る、という修行をする期間でありました。4/1は、修行を終え俗世に戻る日であり、その日をからかう行事を行ったから、というものです。

    他にも、ノアが方舟から、陸地を探すために鳩を放っが日が4/1だった(結局、鳩は手ぶらで戻ってきて無駄足だった)とか、古代ローマ時代においては、奴隷と主人・聖職者と商人など身分や職業を入れ替えてふざけて遊んでもよい日、とか、キリストの命日(4/1)に、ユダに裏切られたことを忘れない為、など。

    インターネットの普及で、4月1日についた嘘が拡散するスピードや、嘘のスケールも大きくなってきています。

    最低限のルールとして、特定の人や企業・物に対する誹謗中傷はいけません。嘘が高じて大きな損害を与えてしまったら笑いごとではすまされなくなります

    また、うっかり騙されてしまった方も、真剣に怒らずに笑って許す懐の広さが必要です。

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    塵も積もれば山となるについて

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  • 「塵も積もれば山となる」とは、塵のようにごく僅かなものでも、積もり積もれば大きなものになるということわざです。
    その分小さなことでもおそろかにしてはいけないという、戒めのような意味合いもありそうですね。

    このことわざは仕事面でも大いに頭に入れておきたいものだと感じます。

    事務であればちょっとした書類上のミスであれば、気づいたときに直してそれで終わりという方もいるかもしれません。
    小さなミスであればあるほど、特に大きく取り出したりはしないでしょう。

    しかし小さなミスも積もり積もれば、大きなミスの見落としに繋がる可能性もあると思います。
    また例え小さなミスであったとしても、それを何度も繰り返せば上司や周りの信用を失ってしまうかもしれません。

    営業であれば最初はお客さんの小さな不満があったとしても、特に指摘されなければ気付くこともなくそのままになってしまうかもしれません。
    しかし小さな不満が積もり積もれば、大きなクレームとなり更には取り引き停止という事態になりかねません。

    だからこそ小さなことも大きなことと捉えて、ミスであってもお客さんの不満であっても小さいものほど取り出して解決する必要があると思います。

    ミスや不満はなくすことが大事ではありますが、人間である以上は絶対0にするというのはなかなか難しいことだと思います。
    大事なのは取り返しがつかなくなる前の水際の対策だと考えます。

    だからこそ私はどんな小さなことでも気付き、対策できるように日々業務に取り組んでいきたいと思います。

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    早起きは三文の徳ということわざについて

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  • 「早起きは三文の徳」ということわざは、朝早く起きると人より早く仕事ができるので、何かと徳という意味があります。

    最近は朝活という形で朝早く起きて英語を勉強したり、ランニングしたりという活動をするビジネスマンが増えています。
    また、朝の始業前の出勤を推奨し、夜の残業を減らそうとする取り組みを行なっている企業もあると聞いたことがあります。

    定時後の夜に残業するよりも、朝早めに出社し始業前まで業務を行うほうが実質的な業務時間を短縮でき、効率に繋がると思います。
    ダラダラと残業をしてしまうよりも、朝スピードを持って取り組むほうがより仕事の進み具合が早そうですね。

    そのほかにも夜の残業よりも朝早くの出社のほうがメリットは大きいように感じます。
    例えば朝早く出社することで、その日一日の仕事の流れやお客様のアポイントの確認や準備を早い時間から行うことが可能となってきます。

    特に営業であれば前日に万が一、当日のお客様への提案資料などに準備不足があったとしても、朝早く出社していればその分慌てふためくこともなくなると思います。
    また、気持ち的にもゆとりが生まれそうな気がします。

    どうしても営業であれば日中は外回りなどで、書類作成などの内勤的な事務作業は帰社後となり遅い時間になりがちです。

    だからこそ効率的に業務を行うことが求められると思います。

    私も早起きを心がけて、朝の時間を有効に使えるよう励みたいと思います。
    そして、それが業務に何らかの形で貢献できることが最大の目標です。

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    急がば回れということわざについて

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  • 「急がば回れ」とは、急いで物事を成し遂げようとするときは、危険を含む近道を行くよりも、安全確実な遠回りを行く方がかえって得策だという、ことわざです。

    急ぐからといって慣れていない道を行ってもかえって迷ってしまい、道に迷って時間がかかってしまうかもしれません。
    それよりも多少の回り道をしても知ってる道や本道を通ったほうがかえって早く着くかもしれませんよね。

    仕事に置いてもこれは言えると思います。

    例えば書類チェックの際です。
    締め切り間近だからとはいえチェックを主要な部分だけ行ったり、手を抜いてチェックをしてしまうと、後から重大なミスが発覚してしまったり、やり直しになってしまいかえって時間のロスになってしまうかもしれません。

    それよりも一つ一つ着実にチェックを行い、ミス一つない状態で提出するほうがかえって書類不備や修正がなく、結果的に早く仕上げることができるかもしれません。

    書類は大なり小なりありますが、チェックをおそろかにしてしまって、後からミスが発覚すると取り返しのつかないことになってしまうこともあります。

    普段私たちは何枚、何十枚の書類を確認したり、パソコンへの入力業務を行うこともあるかと思いますが、果たして業務で絶対ミスなくできているよう、一つ一つ確実にチェックできていますでしょうか。

    私たちにとってはたくさんある業務の一つ、書類の一つかもしれませんが、それも会社やお客さんにとっては大事な業務、書類となっていると思います。

    だからこそ、今ここで再度気持ち新たにスピードも大事ではありますが、正確なチェックを一つ一つの業務にて行い、ミスを無くしていきたいと思います。

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    時は金なりについて

  • 追加
  • 「時は金なり」ということわざは時間は貴重なもので、お金と同じように大切なものだから、決して無駄にしてはいけないという、いわば戒めのようなことわざです。

    時間は有効に使わなくてはいけないということですね。

    このことわざはどんな仕事によっても大切になってくると思います。

    一日に仕事に費やせる時間はある程度限られています。
    同じ仕事を「まだ締め切りまで時間があるから」と先延ばしにして時間をかけてやるのと、「この時間までにやってしまおう」と自分の中での締め切りを決めてやるのとでは効率がかなり違ってきます。

    中にはしなくても良かった残業を減らすこともできるかもしれません。

    これは本人にとっても会社にとってもメリットがあります。
    仕事をダラダラとすることなくテキパキとやることで、残業時間を減らしたり、残った時間を他の仕事に費やすことができます。

    会社にとっても残業代を減らせたり、業務効率が良くなる分、人件費削減にも繋がるでしょう。

    双方にとって大きなメリットがあると言えると思います。

    仕事を先延ばしにすることは簡単ですし、ダラダラと仕事をすることも楽かもしれません。
    しかし仕事をテキパキとすることでダラダラとしていた時よりも大きなメリットを手に入れられるかもしれません。

    そのため、仕事を締め切りよりも早く着実に終えることを目標とし、一分一秒無駄にすることなく仕事に集中して頑張りたいと思います。
    目標は高く、頑張りたいです。

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