ちょっとした気遣い

  • 追加
  •  ビルの中のエレベーターに乗るとき、自分はどの立ち位置がいいか考えながら乗る方もあると思います。

    同じ会社の中では、年齢や地位の上下関係があるため、乗り降りする人のためにエレベーターの「開く」のボタンを押してあげる人は多いかもしれません。

    しかしながら、デパートや駅などお互い知らない人同士が乗り合わせるケースでは、エレベーターのボタンの近くに立った人がいても、エレベーターから乗り降りする人のために「開く」のボタンを押してあげる、ということが最近少なくなってきているように感じます。

    また、「開く」のボタンを押してもらって乗り降りする人たちの中にもやってもらって当然といった態度で乗り降りする人も多くなりました。

     こうした他の人のために自分の時間やエネルギーが犠牲になる行為ー少しオーバーな表現ですがーをすることを嫌う傾向が最近徐々に増えてきているのではないかと感じています。エレベーターの前にいようがいまいが、自分が降りる階になったら当然のごとくわれ先に降り、たくさんの人が乗り込むときでの先にエレベーターに入った人は後から乗り込む人が扉に挟まれそうになることなどお構いなく突っ立っていることも多くなりました。

     エレベーターの例は単なる一つの例にしかすぎませんが、他人のためを思って何かしてあげる、それはすごく時間や手間がかかることをするということを意味するのではなく。相手が何を欲しているのかを相手の立場になって考え行動することであって、日常生活を円滑に動かす潤滑油になるのではないかと考えています。

    大げさなことではなく、他の人のためにエレベーターの「開く」ボタンを押す程度のことはとりもなおさず、職場の中での円滑な人間関係を作るためにも必要な心構えではないでしょうか?

    自分の近くの身近な人へのちょっとした関心、心遣いが職場の中での雰囲気をよくするものと思い、自分も行動していきたいと思っております。

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